春を告げる鐘 台本 Part3
S-20 茉莉の部屋 朝 (5月)
茉莉、目を覚ます。
天井を見る。
頭の奥に鈍い痛みがある。
起き上がる。サイドテーブルから薬を取る。水で飲む。
窓の外。光が入っている。
ナレーション(茉莉)
「薬を飲んでいる間だけ、自分が病人だと思う。
それ以外の時間は、できるだけ忘れることにしていた」
茉莉、立ち上がる。制服に着替える。
鏡を見る。一秒だけ。
鞄を持つ。
S-21 病院・診察室・回想 (転校前・冬)
白い部屋。
茉莉、椅子に座っている。両親が隣にいる。
向かいに医師。
医師、ホワイトボードに何かを書く。
カメラ、ホワイトボードに寄る。
「神経膠腫 グレードⅣ」
医師、続けて話している。声は聞こえない。
図を描く。脳の断面図。腫瘍の位置を丸で囲む。
カメラ、茉莉の手元に寄る。
膝の上で、手が静かに握られる。
医師、別の紙を出す。数字が書いてある。
母、その紙を見た瞬間に顔を伏せる。
父、壁の方を向く。
茉莉、二人を見る。
それから医師を見る。
うなずく。
回想、終わる。
S-22 茉莉の部屋 朝 (現在に戻る)
茉莉、ドアを開ける前に少し止まる。
茉莉
(小声で)「今日も、忘れる」
ドアを開ける。
S-23 ダイニング 朝
母、朝食を用意している。
茉莉、席に座る。
母
「今日、しんどくない?」
茉莉
「大丈夫」
母
「昨夜、起きてたでしょ。音がしてた」
茉莉
「ちょっと眠れなかっただけ」
母
「……病院、来週だよね」
茉莉
「うん、分かってる」
間。
母
「学校、楽しい?」
茉莉
「楽しい」
母
「友達は?」
茉莉
「いる。葵ちゃんって子と毎日帰ってる」
母、少し表情が和らぐ。
母
「そっか」
茉莉、トーストを食べる。
母、茉莉の横顔を見ている。
茉莉、気づいているが、何も言わない。
S-24 登校・校門
茉莉、歩いてくる。
葵が校門の前にいる。
葵
「遅い」
茉莉
「ごめん、薬探してた」
葵
「頭痛薬?」
茉莉
「うん」
葵
「毎日飲むの?」
茉莉
「必要な日だけ」
葵
「今日は必要な日だった?」
茉莉
「……うん」
二人、並んで歩き始める。
葵、それ以上聞かない。
S-25 教室 授業中
茉莉、板書を写している。
隣の葵が見える。
ノートを取っている。何も考えていないような顔。
ナレーション(茉莉)
「葵ちゃんには時間がある。
それが当然だと思っている。
その『当然』が、私には眩しかった」
授業が続く。
先生の声。チョークの音。
茉莉、窓の外を一瞬見る。
また板書に目を戻す。
S-26 非常階段の踊り場 昼休み
茉莉と葵、弁当を食べている。
茉莉
「葵ちゃん、将来どうするの」
葵
「まだ分からない」
茉莉
「何か興味あることは?」
葵
「特にない。茉莉はどうするの」
茉莉
「どうしようかな」
葵
「続きは?」
茉莉
「ない」
間。
葵
「……似たようなもんじゃん」
茉莉
「似てないよ」
葵
「どう違うの」
茉莉
「葵ちゃんはこれから決まる。私は……」
茉莉、少し止まる。
茉莉
「なんでもない」
葵
「なんでもなくなかった」
茉莉
「なんでもない」
葵、茉莉を見る。
茉莉、弁当に目を落とす。
茉莉
「ごめん。変なこと言った」
葵
「謝らなくていい」
間。
茉莉
「葵ちゃん、やりたいこと、早く見つけてね」
葵
「……なんで急に」
茉莉
「見てたいから」
葵、返事をしない。
風が来る。
二人、しばらく黙って食べる。
S-27 放課後・帰り道 夕方
葵と茉莉、歩いている。
茉莉
「葵ちゃんって、誰かのために何かしたことある?」
葵
「どういう意味?」
茉莉
「自分が消耗してでも、その人のためにやりたいと思ったこと」
葵
「……分からない」
茉莉
「そっか」
葵
「茉莉は?」
茉莉、少し間を置く。
茉莉
「ある。今もそれをやってる」
葵
「誰のために」
茉莉
「ひみつ」
葵
「……なんで聞いたの」
茉莉
「気になったから」
葵、返事をしない。
「今もそれをやってる」という言葉が、葵の頭に残る。
S-28 帰り道・住宅街 夕方
葵と茉莉、歩いている。
茉莉、少し後ろに遅れる。
葵、気づかず歩いている。
茉莉の視野の右端が、一瞬白くなる。
茉莉、立ち止まる。三秒。
葵、振り返る。
葵
「どうしたの」
茉莉
「なんでもない。転んだかと思って」
葵
「転んでないじゃん」
茉莉
「転ぶ前に気づいた」
葵、少し見る。
茉莉、笑っている。
葵、それ以上は聞かない。
二人、また歩き始める。
S-29 分かれ道 夕方
葵
「また明日」
茉莉
「うん。また明日」
茉莉、歩き始める。
少し行ったところで、振り返る。
茉莉
「葵ちゃん」
葵
「何」
茉莉
「今日も来てよかった」
葵、返事をしない。
茉莉、また歩き始める。今度は振り返らない。
葵、その場に立ったまま見ている。
S-30 茉莉の部屋 夜
茉莉、机に向かっている。日記を開く。書く。
ナレーション(茉莉)
「葵ちゃんに話したくなった。
でも話せない。
話したら、葵ちゃんが変わる。
葵ちゃんが普通でいてくれるから、私もここにいられる。
やりたいこと、早く見つけてね、と言った。
見てたいから、と言った。
これは本当のことだ。
嘘じゃない」
茉莉、ペンを置く。
日記を閉じる。
電気を消す。
暗転。




