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姉と妹が国民的女優ですが、俺は機械をいじっていたい  作者: よんまるよん
柊遼と桜井詩織

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間幕「遼と田中教授の雑談④:光合成」

※この話を読まなくても本編は成立します。かといって読まないでくださいと言っているわけでもありません。

※生物・工学・宇宙開発の話が含まれますが、あくまで個人の見解です。専門家の方はそっ閉じをお願いします。


 九月の午前。

 田中教授の研究室に、また一枚のメモがあった。

 (りょう)が実験室に向かう途中、廊下で声をかけられた。

(ひいらぎ)くん、少しいいか」

「はい」

「また公開授業の質問が来てな」

「はい」

 田中教授はメモを差し出した。

 遼は受け取った。

 走り書きで、一行。

「人間は光合成できないんですか?」

 遼は少し止まった。

「……教授」

「うん」

「これ、完全に工学と関係ないですよね」

「そうだな」

「生物の先生に聞いた方がいいんじゃないですか」

「君に聞きたい」

 遼はメモをもう一度見た。

 シンプルな疑問だった。

 でも、少し考えると、いくつかの話が繋がってくる気がした。

「……教授室、借りていいですか」

「どうぞ」


 椅子に座って、遼はしばらく黙っていた。

 田中教授はコーヒーを二つ用意して、一つを遼の前に置いた。

 受け取ったが、飲まない。

「まず整理すると」

 遼は口を開いた。

「光合成というのは、植物が太陽光のエネルギーを使って、二酸化炭素と水から糖を作るプロセスです」

「うん」

「そのために必要なのが葉緑体です。細胞の中にある小器官で、クロロフィルという色素が光を吸収して、エネルギー変換を行う」

「うん」

「人間の細胞には葉緑体がない。だから光合成できない。これが単純な答えです」

「では、なぜ人間には葉緑体がないのか」

「進化の話になります。動物は植物や他の生物を食べることでエネルギーを得る方向に進化した。光合成は効率が低いので、食べる方が速い」

「効率が低い、というのは」

 遼は少し間を置いた。

「計算してみます」

 田中教授は黙って待った。

 遼はノートを取り出して、さらさらと数字を書いた。

「人間の体表面積は平均で約1.7平方メートルです。植物の光合成効率は条件によって違いますが、太陽エネルギーの変換効率はおよそ1から3パーセント程度」

「うん」

「日当たりの良い場所での太陽エネルギーは、1平方メートルあたり約1キロワット。1.7平方メートルで1.7キロワット。そこに変換効率3パーセントをかけると、約51ワット」

「うん」

「人間が一日に必要なエネルギーは約2000キロカロリー。ワット換算すると約97ワット時間です」

「足りないな」

「全然足りない。計算上、一日中太陽の下に立っていても、必要エネルギーの半分にも届かない。しかも現実の植物の光合成効率はもっと低いので、実際にはおにぎり一口分も怪しい」

「……おにぎり一口分」

「工学的には、採算が取れないシステムです」

 田中教授はコーヒーを飲んだ。

「それを小学生に言うと」

「……太陽のエネルギーを体で吸っても、一日に必要な量の何十分の一しか作れません。だから人間は食べる方が効率がいい、になります」

「それで終わりか」

「終わりにしていいですが」

 遼は少し首を傾げた。

「でも、続きがあります」

「どうぞ」

「効率が低いからといって、意味がないわけではない。補助エネルギーとして使えるなら、話は変わってきます」

「補助エネルギー」

「はい。たとえば宇宙開発の文脈では、食料の調達が最大の問題の一つです。長期の宇宙航行では、食料を積めば積むほど重量が増えてコストが上がる。でも、もし人間が体表面積の10パーセントでも光合成で補えるなら、食料消費を減らせる」

「なるほど」

「宇宙船の中では人工照明を使えばいい。効率が低くても、食料の重量を削減できるなら、システム全体としては意味がある」

 田中教授は少し眉を上げた。

「君は宇宙開発を考えているのか」

「設計として面白いので」

 遼はあっさり答えた。

「で、人間が光合成するには何が必要か」

「葉緑体を人間の細胞に組み込む必要があります」

「できるのか」

「理論上は不可能ではないです。藻類の葉緑体を人間の細胞に移植する研究は実際に存在します。ただし」

 遼は続けた。

「問題が三つあります。一つ目は免疫の拒絶反応。異物として攻撃される可能性がある」

「うん」

「二つ目は効率の問題。葉緑体が細胞内で正常に機能するためには、細胞の環境を大幅に変える必要がある。人間の細胞は植物の細胞とは全然違う」

「うん」

「三つ目は倫理の問題。人間の細胞を遺伝子レベルで改変することになるので、倫理委員会が許可しない」

「三つ目が一番大きいな」

「現実的には、そうです」

 田中教授はしばらく黙っていた。

「では、倫理の問題を脇に置いたとして」

「置いていいんですか」

「仮定の話だ」

「……仮定なら」

 遼は少し考えた。

「人工葉緑体モジュール、という方向が一番現実的だと思います」

「どういうことだ」

「人間の細胞に直接組み込むのではなく、皮膚に貼り付けるウェアラブルデバイスとして作る。薄膜太陽電池の原理を応用して、クロロフィルに近い光吸収特性を持つ素材を使う。体外で光合成に相当するエネルギー変換を行って、体内に供給する」

「それは光合成ではないな」

「厳密には光合成ではないです。でも機能としては同じです。太陽光を体のエネルギーに変換する装置。工学的にはこっちの方が現実的です」

「なるほど」

「効率を10パーセントまで上げられれば、宇宙航行中の補助電源として十分機能します。食料の重量を3割削減できる計算になる」

 田中教授は少し間を置いた。

「それを小学生に一言で言うと」

 遼は一度コーヒーを飲んだ。

 少し考えた。

「……人間は今は光合成できません。でも、太陽の力で動くための装置を体に貼り付ける研究は、理論上可能です。それができたら、遠い宇宙にも長く旅できるようになるかもしれません」

「宇宙の話になるか」

「光合成の話は、突き詰めると宇宙の話になります」

 田中教授は少し笑った。

「どうしてだ」

「地球上では食べ物を調達できる。でも宇宙では調達できない。光合成が本当に必要になるのは、地球を出た後です」

 田中教授はしばらく黙っていた。

 それから、頷いた。

「それでいい」

 遼は立ち上がった。

「あの、一つ聞いていいですか」

「何だ」

「今回も、最初から答えを知っていたんじゃないですか」

 田中教授は答えなかった。

 ただ、コーヒーを飲んだ。

 冷めたコーヒーを、静かに。

「……失礼します」

 ドアが閉まった。


 田中教授は窓の外を見た。

 九月の空。

 夏の名残りが、まだそこにあった。

 なるほどと頷く。

 そこまで答えは用意していなかった。

 それに——宇宙の話になるとは、思っていなかった。

 田中教授はコーヒーを飲んだ。

 少し考えた。

 あの学生は、いつか地球を出ようとしているんだろうか。

 そうは見えない。

 機械をいじっていたいだけだと、本人は言う。

 でも、設計の先に、いつも途方もない場所がある。

「……若いって素敵」

 小さく、呟いた。

 誰にも聞こえない声で。

この話に登場する計算は、実際の数値に基づいています。人間の体表面積、太陽エネルギー量、光合成効率、必要カロリーは実測値です。

おにぎり一口分、というのは誇張ではありません。

藻類の葉緑体を動物細胞に移植する研究は実在します。ウミウシの一種が藻の葉緑体を取り込んで光合成を行うことが確認されています。

「倫理委員会が許可しない」という遼の発言は、工学的に正しい現実認識です。

「光合成が本当に必要になるのは、地球を出た後です」という遼の発言は、工学的に正しい問題の立て方です。

なお本作における宇宙開発の描写は、あくまで個人の見解に基づくものです。専門家の方はそっ閉じをお願いします。同じことを二回言いました。それだけ自信がないということです。

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