柊遼 Episode 7「壊れても、直せるから」
七月は暑い。
当たり前のことだが、この年の七月は特に堪えた。教室にいる間も廊下を歩く間も、空気の重さが違う。遼は汗をかくことを特に嫌がらない。ただ、汗で手が滑ると工具が扱いにくくなる。それだけが不便だ。
放課後、自転車置き場へ向かう。
詩織が自転車の前にしゃがんでいた。チェーンを指で触っている。油で指が汚れている。見れば分かる。チェーンが外れている。
「何やってんの」
「チェーン外れた」
遼は自分の自転車をスタンドで立てて、詩織の自転車の前にしゃがんだ。
チェーンを見た。外れ方が少し複雑だ。泥も絡んでいる。手が汚れる。でも特に気にしない。汚れたら洗えばいい。
チェーンをリンクに沿ってたどる。引っかかりを探す。スプロケットの歯とチェーンの噛み合わせを確認する。ここだ。指でチェーンを動かして、歯に引っかけてから全体を押し込む。テンションを確認する。ペダルを手で少し回す。回る。
「終わり」
立ち上がって手のひらを見た。汚れはある。でも許容範囲だ。
「早い」と詩織が言った。「これくらい」と遼は答えた。「ありがとう」「別に」。
自分の自転車の方へ歩きかける。
「ねえ」
詩織の声だ。
振り返った。詩織が立っている。少し不思議な表情をしていた。何かを考えているような、何かに気づいたような、どちらとも言えない顔だ。
「なんで機械ってそんなに好きなの」
遼は少し止まった。
こういうことを聞かれたのが初めてではない。幸江にも聞かれたことがある。凛にも華にも。でもそのたびに、うまく答えられなかった。「好きだから好き」としか言えなかった。なぜ好きかを考えたことがなかった。考える必要がなかったから。
今も考える理由はない。でも、詩織に聞かれた。詩織が聞くときは、たいてい本気で知りたがっている。適当に流すのは違う気がする。
しばらく考える。
七月の夕方の光の中で、遼は「なぜ機械が好きか」を初めてちゃんと考える。
これまで何度か似たような問いを向けられたことがある。幸江に「何が楽しいの」と聞かれたことがある。「手を動かしてると落ち着くから」と答えた。凛に「なんで機械ばっかりいじってるの」と言われたことがある。「好きだから」と答えた。華に「機械って面白いの」と聞かれたことがある。「面白い」と答えた。
どれも嘘ではない。でもどれも正確ではない。核心を外していた。
出てきた言葉は、短い。
「壊れても、直せるから」
言ってから、少し自分で止まった。それだけか?と思った。でも、それだけが正確だ。
壊れたものを見ると、直したくなる。「どこが壊れているか」を探したくなる。見つかると手が動く。直ったら、また動く。その一連が好きだ。「壊れたら終わり」ではないことが好きだ。「終わりにしなくていい」ことが好きだ。
「それだけ?」と詩織が聞いた。「それだけ」と遼は答えた。
「壊れなければ直さなくていいんじゃないの」
「壊れるから面白い」
詩織がしばらく黙る。何かを考えている顔だ。遼は続けた。
「壊れたものを直すのが面白い。壊れなければ触る理由がない」
そのままのことを言った。自慢でも説明でもない。ただ正確に言うとそうなる、というだけだ。
詩織は何も言わない。遼もそれ以上は言わない。
夕焼けが始まっていた。西の空がオレンジに染まって、校舎の影が長く伸びている。遼は少しだけその色を見た。それからまた詩織の方を向いた。詩織がこちらを見ている。
何かを言いそうな顔だが、何も言わない。
「帰らないの」と遼は聞いた。「帰る」と詩織は言う。
自転車を押して並んで歩いた。商店街に向かう道だ。
詩織は黙っていた。いつもの帰り道の沈黙とは、少し種類が違う気がした。いつもは「喋っても喋らなくてもどちらでもいい」という感じの沈黙だ。でも今日は詩織が何かを考えている。考えながら黙っている。それが伝わってくる。
聞く理由がなかった。「何を考えてるの」と聞いても、詩織は「なんでもない」と言うだろう。それで終わる。だから聞かない。
夕風が少し吹いた。アスファルトの熱気が体の低いところに残っている。遼は自転車のハンドルを持ちながら、今言った言葉を頭の中でもう一度たどる。
壊れても、直せるから。
言葉にしたのは初めてだ。言葉にしたら、思ったより正確だった。これが自分の根っこにある考え方だ。壊れたら終わりではない。壊れたなら、どこが壊れているか見る。見れば分かる。分かれば直せる。直ったらまた使える。
機械だけではないかもしれない——そう思う。
その先には行かない。行く理由がない。ただ、なんとなくそう思う。
「遼」
詩織が呼んだ。
「遼くん」ではない。「遼」だ。
遼は少し止まる。「なに」と答えた。
「なんでもない」
「そか」
また沈黙になる。
「遼」という呼び方に変わっていた。今までは「遼くん」だった。変わった理由は分からない。聞く理由もない。詩織が「遼くん」と呼びたければそう呼ぶし、「遼」と呼びたければそう呼ぶ。どちらでもいい。
でも、「遼」と呼ばれたとき、なんとなく少し近くなった気がした。
気のせいかもしれない。気のせいだろう。でもその感覚は、歩きながらしばらく残る。
幸江の店の前を通った。幸江が「二人とも今日は遅かったね」と言う。「チェーン直してた」と遼が答えた。「詩織ちゃんの?」「うん」。幸江が「遼くんはなんでも直せるねえ」と笑った。
「なんでもは直せない」と遼は言った。「でもたいてい直せる」と続けた。「それが遼くんだよ」と幸江が言った。
詩織が小さく笑う。何がおかしいのか、遼には分からない。
「今日のコロッケ、四人分ください」と遼は言った。幸江が「あら、詩織ちゃんの分も?」と笑いながら包む。詩織も笑う。
遼は意味が分からないが、笑われることは嫌ではない。
柊家の前で詩織と別れる。
家に入ると、華が宿題をしていた。「遅かったね」「詩織のチェーン直してた」「ふーん」。それだけで終わった。
机の前に座る。
今日の作業はコイルの調整の続きだ。先週から取り掛かっていて、今夜で終わるかもしれない。手を動かしながら、「壊れても、直せるから」という言葉が頭の中に残っていた。
なぜ残るのか。
遼は言語化することが得意ではない。感じたことを言葉にするより、手を動かす方が早い。「好き」だから手が動く。手が動いているから「好き」だと分かる。どちらが先か分からないが、どちらでもいい。手が動いていれば、それでいい。
でも今日の言葉は残っている。
「壊れても、直せるから」——この答えが、思ったより正確だった。遼の手が壊れたものへ向かうのは、「直せるから」だ。直せないと分かっていたら、そこまで真剣にならないかもしれない。でも見れば大体分かる。見れば直せるかどうかが分かる。だから手が動く。
直したい、ではない。直せるから、直す。この順番が大事だ。
詩織に聞かれたから言語化した。言語化したから残っている。ただそれだけだ。でもその言葉が、今夜は少し違う意味を持っているような気がした。違う意味、というより、重みが違う。
壊れても、直せる。
壊れたら終わりではない。
これは機械の話だ。でも機械だけの話かどうか、この夜には分からなくなる。
壊れたものが目の前にあると、遼の手は動く。「どこが壊れているか」を探す。探せば分かる。分かれば直せる。そういう性質が自分にある。それは遼にとって当たり前のことで、いつから当たり前なのかも分からない。気づいたときにはそうだ。
詩織の自転車のチェーンを直したとき、特別なことをしたという感覚はない。壊れていた。見た。直した。それだけだ。でも詩織が「壊れても、直せるから」という言葉を聞いて黙った。何かを考えていた。何を考えていたのか、遼には分からない。
「遼」と呼んだ。
なんでもない、と言った。
なんでもないことを、何のために呼んだのか。遼には分からなかった。分からないから、考えるのをやめた。手を動かした。コイルの端を持って、巻き数を確認した。
でも夕焼けの色が、頭の中にまだある。詩織がこちらを見ていたときの顔が、まだある。あの顔が何を意味するのか、遼には分からない。分からないまま、作業を続ける。
今夜は長くかかる。窓の外が深夜の色になってから、ようやく電気を消す。
眠る前に一度だけ、「壊れても、直せるから」という言葉を頭の中で繰り返した。
これが自分の根っこにある。それを今日、詩織のおかげで初めてちゃんと知る。
そのことを、誰かに言う必要はない。言う言葉もない。ただ、知った。それで十分だ。




