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姉と妹が国民的女優ですが、俺は機械をいじっていたい  作者: よんまるよん
第二部「世界が広がっている」

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番外編「熱烈大陸に映ったもの」

 撮影クルーが柊家に来たのは、平日の午前中だった。


 凛と華が、ドキュメンタリー番組のゲスト出演をすることになった。タイトルは「熱烈大陸」。著名人の素顔に密着するシリーズで、今回は「姉妹俳優・柊凛×柊華」という企画だ。姉妹でゲストというのは番組初の試みらしく、制作側の気合いは伝わってきた。


 事前の打ち合わせで、こんな話になっていた。


「台本読みの風景を、自宅で撮らせてほしい」


 マネージャーを通じて伝えられた内容に、凛も華も了承した。ただ一つ、問題があった。


 自宅には遼がいる。


 平日の午前中、遼は基本的に自室にいる。仕事の依頼が立て込んでいる時期は朝から机に向かっていて、誰かが呼ばない限りそのまま夕方まで出てこない。


「声かけといた方がいいかな」


「でも起こすの悪いし」


「起きてるよ、絶対」


 二人でそんな話をした結果、凛が前日の夜にドアを軽くノックした。


「明日、撮影クルーが来るから。一応。何か困ることある?」


「ない」


「そう。じゃあお願いね」


「うん」


 それだけで終わった。


   


 撮影当日。


 クルーは五名。カメラマン、音声、ディレクター、AD二人という編成だった。


 リビングに機材が並び、窓からの自然光を活かすためにカーテンの開け方を調整して、凛と華が向かい合わせにソファへ座る。台本は本物の次回作のもので、二人が同じ舞台に立つ珍しいプロジェクトだ。


「じゃあ、いつでも始めてください」


 ディレクターが告げた。


 凛が台本を開く。


 華がそれに続く。


 二人で台詞を読み始めた。静かなリビングに、柊凛と柊華の声だけが流れる。ディレクターが顔を上げもせずにモニターを見ている。ADが小さくメモを取っている。


 そこまでは、想定通りだった。


 問題は、カメラマンがふとリビングの奥に目をやった瞬間に起きた。


 台所と仕切るカウンターのそば、ダイニングテーブルの端の椅子に、人間が座っていた。


 男性。


 うつむいて、何かを手に持っている。


 動かない。


 音もしない。


 カメラマンは一瞬、そこに人がいることに気づかなかった。照明の当たり方のせいか、部屋の一角に溶け込むようにして、ただそこに在った。


 「あの……」


 カメラマンがADの袖を引いた。


「あそこ、誰かいますよね」


 ADが顔を向けた。


 いる。


 確かにいる。


 しかし、全く動かない。


 台本を読む凛と華の声が続いている。二人はそちらを見ていない。気にしていない。まるでそこに物があるのと同じように、その存在を処理しているようだった。


 ADがディレクターに耳打ちした。ディレクターが顔を上げて奥を見た。三秒ほど見た後、凛の方を見た。


「あちらは……」


「弟です」


 凛は台本から目を離さずに答えた。


「何か、作業されてますか」


「多分そうだと思います」


「撮影の邪魔ですか」


「全然」


 ディレクターは奥をもう一度見た。


 男は相変わらず動かない。


 うつむいたまま。静止したまま。柊凛と柊華が国民的俳優として自宅で撮影されている状況に、一ミリも反応していない。


 ディレクターはとっさの判断として、カメラをその方向にも向けることにした。


   


 後になってわかることだが、その映像がとんでもないことになった。


 完成した番組の本編では、凛と華の台本読みが中心に据えられた。二人の息の合い方、言葉の渡し合い、互いに反応しながら台詞を深めていくプロセス——そういった映像が、きれいに編集された。


 ただし、その合間に挟まれたカットが視聴者に刺さった。


 リビングの奥。


 ダイニングテーブルの端。


 動かない男。


 台本読みが佳境に差し掛かって凛が感情を込めた台詞を言う。


 男は動かない。


 華がそれを受けて目に涙を浮かべる。


 男は動かない。


 カメラが引いて、リビング全体が映る。凛と華の美しい空間の奥に、まるで気配を消したように存在する人影。


 ナレーションが流れた。


「二人の傍ら、空間の中に溶け込むように——弟の遼さんが、静かに作業を続けていた」


 男は動かない。


   


 放送翌朝、SNSが騒がしかった。


「柊凛と柊華の自宅撮影、途中から奥に誰かいるんだけど」

「心霊現象かと思った、背後の人」

「え、あれ弟?座敷童じゃないの?」

「国民的姉妹の家に棲む謎の存在、絵になりすぎ」

「一回も顔上げなかったのがじわじわくる」

「家霊?守り神?」

「いや普通に何してたのあの人」

「電子部品いじってたらしいって誰かが言ってたけどそれはそれで怖い」


 「#熱烈大陸の謎の人」というタグが生まれた。


 「#座敷弟」というタグも生まれた。


 午前中の段階で、どちらもトレンド上位に入った。


   


 その頃、当の本人はコンビニに向かっていた。


 半田ごてに使うフラックスが切れたのを思い出して、歩きながら通販サイトを開いていたが、当日配送が無理だったのでとりあえず歩いて出た。コンビニで代替品が売っているはずもないが、出かけついでに肉まんを買うつもりだった。


 スマホには詩織からLINEが来ていた。


「昨日の熱烈大陸、見た?」


 遼は一瞬考えた。


「見てない」


「自分のこと、見た方がいいよ」


「自分は映ってないだろ」


「映ってるよ」


 遼は少し止まった。


「いつ」


「ずっと」


 遼は返信するのをやめた。コンビニに入って、肉まんを一個買った。


 帰宅すると、凛がリビングにいた。


「おかえり」


「ただいま。俺、映ってたのか」


 凛はスマホから目を上げた。少し笑った。


「映ってた」


「どのくらい」


「かなり」


「なんで」


「ディレクターが途中から面白がって」


 遼は肉まんの包みを持ったまま、少し考えた。


「そういうこと、言ってくれれば移動したのに」


「遼が嫌じゃなければいいかと思って」


「俺が嫌かどうかより、映像に邪魔だっただろ」


「邪魔じゃなかったみたい」


「なんで」


「SNS、見てみたら」


 遼は机の上にあったノートパソコンを開いた。


 熱烈大陸のタグを検索した。


 三十秒ほどスクロールした。


「……座敷弟」


「うん」


「座敷童じゃなくて座敷弟」


「そう」


「何が面白いのかわからん」


「動かなかったから」


「作業してたから動かなかっただけだろ」


「それが面白いんだと思う」


 遼はパソコンを閉じた。


 肉まんをもう一口食べた。


「SNSの人たちって、暇なのか」


「そうじゃないと思うけど」


「なんで動かない人間を見て盛り上がるんだ」


「遼がいつも動かないのを知らないからじゃない?」


 遼は少し考えてから、「そうか」と言った。


 凛は笑った。


「謝った方がいい?撮影の邪魔にならなかったならいいんだが」


「全然。むしろ番組的には良かったって」


「なんで」


「リアルだから、って言ってた」


「リアルの意味がわからん」


「作った感じがない、ってことだと思う」


 遼はしばらく考えた顔をしていたが、最終的に「ふうん」と言って自室に戻った。


 夜、凛のスマホに華からLINEが来た。


「お姉ちゃん、遼の件で事務所から連絡きた?」


「何か来てた、なんで?」


「また呼べないかって話になってるみたい」


「遼に?」


「座敷弟として」


 凛は三秒ほど画面を見つめた。


「……言えない」


「だよね」


「絶対断る」


「絶対断るね」


 二人のLINEは、そこで終わった。



この番外編は本編の時系列とは独立しています。

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