「柊家、満員につき Part 2 帰宅
夕方五時を少し回った頃。
玄関のドアが開く音がした。
「ただいまー」
華の声。続いて凛の声。
「ただいま。……あれ、靴が多い」
リビングに入ってきた二人が、ソファに座っている颯と壮介を見た。
颯が振り返る。
「凛ちゃん!! 華ちゃん!! ひさしぶり!!!!」
立ち上がりながら言う。少しふらついた。缶ビール三本半の午後五時である。
「……久しぶり」と凛。「もう飲んでるんだ」
「飲んでる!! ひるから!!」
「昼から」
「遼ちゃんちだから!!」
「遼ちゃんちだからの意味が分からない」
華が颯と壮介を交互に見る。
「颯くん久しぶりです!!」
「華ちゃんひさしぶり!! テレビでよく見てたけど!!」
「私もよく見てました、颯くんのこと——あ、テレビに出てないか」
「でてない!! いがくぶだから!!」
「そっか!!」
凛が遼を見た。
「……呂律回ってない」
「三本半飲んだ」と遼。
「三本半!! 昼から!!?」
「一時から」
「四時間で三本半」
「たのしかったから!!」と颯。「おれ、いつもより飲むの、はやいかも!!」
「いつもよりって……」
「でも、だいじょぶ!! いがくぶだから!!」
「医学部だからの意味も分からない」と凛。
「自分の体は自分でわかる!!」
「それが一番アテにならない」と壮介。
壮介が凛に向かって軽く頭を下げる。
「凛さん、お帰りなさい。久しぶりです」
「久しぶり。壮介くん、変わってないね」
「そうですか」
「落ち着いてる感じが中学のまま」
「まあ、そういうもんだと思います」
華を見る。
「華ちゃんも久しぶり」
「壮介さん久しぶりです! なんか大人っぽくなりましたね」
「中学のときより多少は」
「颯くんと全然雰囲気が違う」
「昔からそうだ」
颯が「俺も大人っぽくなってるよ!!」と言う。壮介が「なってない」と言う。颯が「なってる!! いえーい!!」と言う。壮介が「チャラさに磨きがかかっただけだ」と言う。颯が「それが成長だって言ってんだよ!! ブラボー!!」と言う。凛が「何がブラボーなの」と言う。颯が「なんとなく!!」と言う。
凛が遼を見た。遼はテーブルの端で基板に向かっている。
「遼、ちゃんと相手した?」
「してた」
「基板触りながら?」
「触りながら」
「……まあ、遼らしいか」
「颯も壮介もそれで慣れてる」と遼。
「慣れてる!! いえーい!!」と颯。「遼ちゃんはそういう人だから!!」
「慣れてるというか、諦めてる」と壮介。
「諦めてる!!……あ、それはちょっと違う気がしてきた!! ブラボー!!」
凛が「何がブラボーなの」と言う。颯が「なんかでた!!」と言う。凛が「なんかって何」と言う。颯が「わかんない!!」と言う。
華が荷物を置いて、冷蔵庫を開けた。
「あ、ドンペリ入ってる!!」
「颯が持ってきた」と遼。
「開けていい?!」
「せっかくだから開けよう!! いえーい!!」と颯。「全員揃ったし!!」
「全員って、詩織ちゃんはまだ来てないよ」と華。
「詩織ちゃん来るの?! ブラボー!!」と颯。
「何がブラボーなの」と華。
「詩織ちゃんが来ることが!!」
「呼んでる。もうすぐ来ると思う」
「じゃあ詩織ちゃんが来てから開けよう!! いえーい!!」
「さっきまで自分で開けようとしてたのに」と華。
「全員揃った方が絶対いいじゃん!! ブラボー!!」
「何がブラボーなの」
「ぜんいんそろうことが!!」
凛がソファに荷物を置きながら「壮介くんって今何してるの」と聞く。
「早稲田の政経です。三回生」
「そっか。ラジオはまだやってるの」
「やってます。コーナーも一つ任せてもらって」
「コーナー?」
「深夜番組で。日常観察日記みたいなやつを」
「へえ」と凛が少し興味を持った顔をする。「芸能界の話とかも詳しいんだっけ」
「好きなので」
「今度の映画の配給、東和フィルムなんだけど」
「知ってます」
凛が少し止まった。
「……知ってるんだ」
「宣伝費の規模が大きいので、今年の秋に向けて動きが出てくると思います。凛さんのドラマの視聴率と合わせて、かなり注目される時期になるんじゃないかと」
「……詳しいね」
「芸能の話になると止まらなくなるので、先に言っておきます」
「止まらなくなる前に聞いておきたいんだけど」と凛が前のめりになる。「今の芸能界、どう見てる」
華が「お姉ちゃん食いついてる!!」と言う。
「だって面白そうじゃない」
「壮介さんが止まらなくなるって言ったのに」
「止まらなくていいから聞きたい」
壮介が少し考えてから「では遠慮なく」と言った。
颯が遼の方を見た。
「遼ちゃん、壮介が始まったよ」
「知ってる」
「止められる?」
「止められない。中学から一度も止められたことがない」
「だよね!!」
壮介の声が低く、静かに、でも止まらずに続き始めた。凛が身を乗り出して聞いている。華がお茶を入れながら時々「へえ!!」と言っている。
颯は缶ビールを四本目に開けた。
「颯くん、それ何本目」と華。
「よほん!!」
「昼から四本?!」
「うまいんだもん!!」
「飲みすぎだよ!!」
「でもたのしいから!!」
華が「遼、颯くん飲みすぎじゃない?」と言う。遼が「本人が適量と言っている」と返す。華が「それが問題だって言ってる!!」と言う。颯が「だいじょぶ!! おれのかんぞうはじょうぶ!!」と言う。壮介が話しながら颯に「それ根拠あるのか」と言う。颯が「いがくぶのちょっかん!!」と言う。壮介が「最も信頼できない根拠だ」と言いながらまた凛との話を続ける。
遼は基板の接点を一つ確認した。
リビングが急に賑やかになった。颯の声と華の笑い声と壮介の低い分析と凛の鋭い質問が混ざって、さっきまでの静かな三人の時間とは別の温度になっている。
悪くない。
さっきも思ったが、また思った。
インターフォンが鳴ったのは、その十分後だった。
華がリモコンでドアを開ける。しばらくして玄関が開く音。
「お邪魔しまーす……あれ、なんか人多くない?」
桜井詩織がリビングを覗いて、颯を見て、止まった。
「颯くん?!」
「詩織ちゃん!!!!」
颯が立ち上がった。またふらついた。
「ひさしぶり!! きてくれた!!」
「久しぶり……飲んでる?」
「飲んでる!! ひるから!!」
「昼から」
「遼ちゃんちだから!!」
「それ凛さんにも言ってたけど意味分からないよ」と華。
「遼ちゃんちっていったら、ひるから飲んでいい空気あるじゃん!!」
「ないよ!!」
詩織が壮介を見る。
「壮介くんも久しぶり」
「久しぶり。詩織ちゃん、来ると思ってなかったので持ってきたものに詩織ちゃんの分が入っていない。次来るときは言ってくれれば用意する」
「気にしないでください」
「几帳面!!」と颯。「でも詩織ちゃんの分ないのはかわいそう!!」
「缶ビールは余ってます」と遼。
「遼!! 詩織ちゃんにビール渡すの!!?」
「飲むか聞いてから渡す」
「詩織ちゃん、飲む?」と颯が先に聞く。
「……いただきます」と詩織。
「じゃあ遼ちゃん! 詩織ちゃんにビール!!」
「自分で取れる」と詩織。
「いや! 遼ちゃんに出してもらいな!!」
「なんで」
「なんとなく!!」
遼が立ち上がって冷蔵庫から缶ビールを出して詩織に渡した。詩織が「ありがとう」と言った。颯が「いいな〜!!」と言った。遼が「何が」と言った。颯が「なんでもない!!」と言った。
壮介が颯を見た。
「颯、うるさい」
「防音だから!!」
「室内がうるさくなっていいとは言っていない」
「遼ちゃんと同じこと言った!!」
「そうか」と遼。
「二人して同じこと言う!!」
詩織が凛の隣に腰を下ろして缶を開けた。凛が「お疲れ」と言った。詩織が「お疲れ様です」と返した。華が「詩織ちゃん来てくれてよかった!!」と言った。
颯が「じゃあそろそろドンペリ開けよう!! ぜんいんそろったから!! いえーい!! ブラボー!!」と言った。
「お前、うるせーな!!」
壮介が言った。
全員が止まった。
壮介も少し止まった。
普段の壮介では絶対に出ない声だった。低くて落ち着いていて感情の起伏が表に出ない、あの壮介が。
「……壮介くん、飲んでた?」と凛。
「飲んでました」
「何本」
「四本」
「昼から?」
「一時から」
全員が笑った。颯が「壮介も飲んでたー!! ブラボー!!」と言った。壮介が「うるさい」と言ったが、声が少し柔らかかった。遼が「壮介が切れるのは初めて見た」と言った。壮介が「俺も初めて切れた」と言った。それでまた全員が笑った。
ドンペリを開けた。




