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灰色猫と終末の犬  作者: 野村勇輔
第1章

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2/3

第1回

   1


 燃え盛る炎のなか、少女はうつ伏せに倒れたまま、息も絶え絶えにソレを見上げていた。


 灰色の長い毛並みに大きな眼。祖母の歳経た愛猫は、今まさに死を迎えようとしている少女に憐憫の色を湛えながら、ゆっくりと口を開いた。


 それは猫の鳴き声ではなく、静かな、重たい、人の言葉だった。


 少女は生きたかった。

 死にたくなかった。

 だから、少女は――


 ――かつての少女は、そこで薄らと瞼を開いた。


 暗闇のなか、女は樹上の太い幹に座り、二本の刀を抱えながら、短い眠りから静かに目覚めた。


「……嫌な夢だ」

 女は――タマは呟く。


 タマ、それが今の彼女の名前だった。


 かつての名は、あの日、あの炎のなかで捨て去った。


 身分と、そして在りし日の思い出とともに。


 タマは樹下に神経をやり、なにか動きはないかと辺りを見回す。


 どこか遠くから、梟の鳴く声が聞こえてくる。


 兵たちの寝息と、不寝番の話し声も密やかだ。


 敵陣に視線をやれば、煌々と瞬く篝火が風に揺らめいていた。


 どうやらあちらも今は大人しくしているらしい。


 夜陰に乗じて動くような気配はない。


 ならば、とタマは音もなく静かに樹下に降り立った。


 ぎろりと敵陣の方へ視線をやり、風の如く駆けだした。


 双方が油断しているこの隙に単独で忍び込み、あちらの大将首を取ろうと考えたのだ。


 この小さな戦に加わって早五日。主だった動きはなく、ただ小競り合いを繰り返すのみ。


 タマとしては早くこんなくだらない戦に蹴りをつけて、次の戦仕事を探して銭を稼ぎたかったのだ。


 タマはあっという間に敵陣のなかに忍び込んだ。それは意図も容易いことだった。この倭国が西と東に分かれて数十年。今やその力は拮抗し、目立った大戦もなくなった。こうした小競り合いは数えきれないほどこの関で起こってきたが、それが当たり前になるとどちらも本気で攻める気を失っていた。


 だから、タマはそこを突くことにした。


 この行動で再び大きな戦禍が起ころうが、どうでも良い。


 ただ、傭兵としての仕事が増えるだけ。


 そして戦が増えたぶん、より己の復讐を果たす機会を増やすことになるだけなのだ。


 敵の大将は、陣中の幕の奥にいた。


 タマは周囲を守っていた兵をひとり、ふたり、物音を立てることなく、その首を掻き斬って死に至らしめた。


 やがて守るものの居なくなった幕に忍び込み、寝ている大将の首に刃をあてる。


 瞬間、敵の大将がばっと目を覚ました。


 息を飲み、冷めた視線で見下ろすタマに、

「き、貴様はまさか灰色猫……」

 しかし、それが彼の発した最期の言葉だった。


 タマは、灰色猫と呼ばれた彼女は、すっと静かに刃を引いた。


 すぱりと大将の首が切断され、赤い血飛沫が辺りを染める。


 返り血を浴びてなお顔色ひとつ変えないタマは、大将の首を重そうに持ち上げると、敵陣をあとにした。


 再び静かに夜闇を駆ける。


 背後の敵陣から、動揺の叫びが響き渡る。


 それを耳にしても、タマは特段なにも思わなかった。


 これで、このくだらない小競り合いは終わったのだ。


 あとは首級を雇い主の武将に差し出し、金を得て再び戦仕事を探して旅を続けるだけ。


 そうしてあいつに――かつての少女が暮らしていた国を滅ぼしたあの男に、復讐を果たす。


 思いながら、タマは静かに月を見上げた。


 その月は、タマが国を失ったあの時と、変わらずそこに浮いていた。

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