DCを浮かれたように走るタチアナ
ふと目をさますと薄暗い天井が目に入ってきた。カーテンは薄明るく光っている。
ああ朝が来た、わたしはとぼんやり考えていた。が、突然はっと気付き時計を探した。ベッドサイドに置かれた時計の針が6時を差しているのを見て、ほっと一息吐いた。色々回り道を辿ったが、予定時刻より1時間早くDCに着く事が出きたのでそれで良しとしよう。
一時間後、身支度を済ませたわたしを、エリーさんが起こしに来た。
「随分早起きね。疲れはとれたかしら」
「お蔭様ですっかり回復しました」
グー。
わたしのお腹も挨拶したようだ。エリーさんは、楽しそうに笑う。
「お腹の挨拶も元気なようね。ダイニングにいらっしゃい。朝食を用意してあるわ」
顔を赧めたわたしは素直に頂いたのだった。
朝食後、昨日連れて行かれた地下室へ戻ったわたしに、エリーさんは幻影魔法による変装を施してくれた。
「貴女、全体的に可愛いらしい顔をしてるからちょっと厳格な感じにしましょう。あと肌の色を少し白くして、髪の色も暗めにして……こんな感じでどうかしら」
鏡の中の自分を見ていたわたしは、少しずつ変わっていく自分に吃驚していたが、この最終形と元の自分には全く関連性が見られなかった。
「すごいですね。全くわたしじゃない人がそこに居ます」
「そうでしょう。でも凄いのはこれだけじゃないの。私の魔法は赤外線からX線までカバーしてるから、見た目だけではなく、赤外カメラもCTスキャンも誤魔化せるのよ。あと掛けっ放し可だから、私が側に居なくても問題無いし。解除はETO共通コードだから誰でも出来るの」
これには、素直に驚いた。DCには凄腕の幻影術士が居るとは聞いていたが、まさかこれ程迄とは思わなかったのだ。ここを頼って本当に良かった。
「凄いですね。これなら潜入調査員としてもひっぱりだこですよね」
と何も考えずに聞いたわたしは、彼女の少しだけ悲し気な顔を見て口を噤んでしまう。
踏み込みすぎたか、と後悔するわたしの肩にエリーさんは微笑みながら軽く手を置いてきた
「気に病まなくていいの。以前、別の任務でちょっと怪我をして、本格的な潜入調査はちょっと出来なくなっちゃったわ。けど、こうしてみると支援もやり甲斐のある仕事って事が分ったわ」
その微笑みが、決して無理に作ったものでは無かったのが、わたしに彼女の言葉を信じさせてくれたのだった。
「じゃ、そろそろ打ち合わせをしよう。エリーは先ずジョンソン支局長に連絡を。早めの昼食って事で良いだろう」
場の雰囲気を元に戻すようにケビンが明い声を上げた。
「例のレストランで良いわね」
「ああ、頼む。その後は、ポポフ君の話を聞いた支局長の判断次第だな。俺達が支援できるのは取り敢えずここ迄だ」
わたしは、感謝を込めてケビンの目をじっと見詰めた。
「突然お邪魔したにも拘わらず、ご協力下さり有難うございます」
「気にするな。それが俺達の仕事だ。DCで何かあったら、何時でも頼ってくれていい」
支局長と連絡の取れたエリーと共にメトロレッドラインで中心部へ向かう。メトロセンターで降り、少しだけ北東へ歩いた所にそのレストランはあった。エントランスで案内を請うたエリーとわたしが案内された個室には、壮年の男性が座って待っていた。
「やあ、エミリ。久し振りだね。元気だったかい」
壮年の男性は快活にエリーへと挨拶する。その声は良く響く。オペラ歌手かと勘違いしそうだ。
「ええお蔭様で、ジョンソンさん。お久しぶりです。あなたの方こそ大丈夫でした?」
エリーもそれに合わせた様に弾んだ声を上げる。
「勿論だよ。見ての通りだ」
二人の雰囲気は久し振りの再会を喜ぶそれに、傍目には見えるだろう。けれど、わたしはそれが演技だという事が分っていた。
「で、こちらのお嬢さんはどなたかな? エミリ、私に紹介してくれないかな」
わたしを見るエリーの瞳には、この演技に付き合うように頼んでいた。
「はじめまして。わたし、エミリの遠い親戚でタ、タバサと言います」
偽名を名乗る処で少しつっかえてしまった。
「ああ、緊張しなくて良いよ……この部屋の防諜は完璧だから安心しなさい」
口を開かず小声で付け加えられた、説明に安心する。わたしはそれ程演技上手ではないようだ。
「宜しくお願いします」
そう言ってわたしはジョンソン支局長と握手を交した。
挨拶を終えたわたし達は、各々椅子に座り会談を始める。わたしは何度も説明した所為か、これまでの経緯を過不足なく支局長に伝えた。
支局長は相槌一つ打つ事なく、黙ってわたしの話を聞いていた。そして、わたしの話が終ると同時に、
「ウロボロスの社長には後で話を通すとして、CTOの話を聞く可きだな。今すぐ呼ぼう」
と言ってカードフォンを取り出すと、何処かへ連絡を取ったのだった。
それから何分も待つ事無く、お目当ての人物がやって来た。
「支局長、急に呼び出すなんて一体全体どうしたんですか!」
若干苛々した、尖った声を出す男性に対し、支局長は、
「何、暇なんだろう? 役付きになるとさ」
とからかい始める。
「御自分がそうだからって、私も同類と見做さないで下さい!」
目をいからせた男性は抗議の声を上げる。
「まあまあ、落ち着きたまえ。君に紹介したいひとがいるんだ。私に怒るのは彼女の話を聞いてからでも遅くは無いと思うぞ」
そこで初めてわたしに気付いた男性が、
「これは、失礼した。私は、マーク・ハミルトン。ウロボロス放送でCTOをしています。貴女は?」
わたしは、支局長とエリーに確認の合図を送り、了承を得てから応える。
「訳あって今は偽名を名乗ります。わたしは、タバサ。ETO軍情報部所属の情報員です。実は今非常事態が発生しています」
とこれ迄の経緯を再び説明する。
話を聞くうちに顔色を白くしていったハミルトン氏は、最期の最期ケイン司令の要請を聞くと不意に真顔に戻った。
「話は解りました。そのシステムは以前ウーレンベック博士から伺ってます。本当にどうしようも無くなった際の非常手段だと言う事も一緒にね。これから社に戻って衛星運行スタッフに連絡しましょう」
「ちょっと待って下さい。その運行スタッフの居る場所はどこになるのでしょうか」
わたしは、直ぐにでも出て行こうとしたハミルトン氏に待ったをかける。彼は怪訝そうにわたしを見る。
「ええと? ケープ・カナベラルですが、どうかしましたか?」
わたし同様、支局長も問題に気付いたようだ。
「マーク、今、通常とは異なる通信はあちらさんの格好の餌になるんだ。誰かが直接に現地に行くしか無いんだよ。そのシステムを起動する迄はね」
わたしの言いたい事を、支局長が代弁してくれた形となった。
「ああ、そうか。成程分かりました。えーと?それじゃどうしようかな……」
ハミルトン氏が考え込んでいる間に、わたしも支局長に相談する。
「ジョンソン支局長。わたしは一度ケルンコロニーと月面基地へ戻って、両司令に報告した方が良いでしょうか?」
支局長は少しだけ考える。
「まあ、その方が良いだろうがどうやって行くのかね」
「はい、ケープ・カナベラル宇宙港から出発できればと思いますが、少しだけ問題が。わたし今、不法入国状態なので……」
擬装身分証か何かを貰えないかと聞こうとしたわたしの言葉に覆い被せるように、支局長の言葉が重なる。
「君が入国しようといた時の身分証はあるか? データのコピーを採らせてくれ。あと、利用しようとした便も教えてくれ。ちょっと情報を操作して、君がその便で入国した事にしておこう」
「助かります。ハミルトンさんこれで秘密の恋人と一緒にフロリダまでバカンスに行けますよ。仕事なんてサボっちゃいましょう? ねえ、ダーリン?」
あわあわするハミルトン氏を、エリーさんはケラケラとジョンソン支局長は豪快に笑ってからかうのだった。
「君の所の社長には、私から話をつけておくから、今すぐ出発したまえ。今からだとメトロイエロー・ラインを使って、リーガン空港から出発するのが早いだろう。さあ行った行った」
ジョンソン支局長とエリーさんに慌しい別れの挨拶をしたわたしは、ハミルトン氏と共にイエロー・ラインの最寄り駅まで、浮かれた恋人同士の様に走ったのだった。
勿論、これは演技だ。あくまでも。




