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宇宙基地を走るタチアナ

「ねえ、貴女。アーフ連邦からここまで走ってきたの?」


 軍用ピックアップトラックの後部座席に座らされたわたしに、隣りに座るヴェロニカ・ベガは興味津々といった様子だ。まあ確かにこんな真夜中に砂漠のど真ん中を走っていれば誰でもそう思うだろう、と納得する。


「はい、その通りです」


 わたしはシレっと答える。彼女は益々興味深そうにわたしを見詰めてきた。


「単なる興味で聞くんだけど、連邦からあそこ迄30Kmはあるんだけど、どれ位時間かかった?」


「まあ、1時間位ですかね」


 わたしは再びシレっと答える。なにせこれが、わたしが脱出させられた理由なのだから。本当は1時間もかかっていなのだけれど。それでも彼女には感銘を与えたようだ。


「それってオリンピックのマラソン選手並みじゃない! そんな小柄な身体をしてるのに、貴女凄いわね。でも砂漠でそのスピードだと……ひょっとして貴女、身体強化魔法使いなの?」


 まあ、ばれるとは思う。そうでもないと有り得ない速さなのだから。


「ええ、その通りです。それが理由で、軍への入隊が認められました。ただ、秘密では無いですが、公にしている事でも無いので、できれば内密でお願いします」


「確かに、外部に漏れたら貴女へのマークがキツくなるわね……でも先刻の襲撃でバレたんじゃないのかしら?」


「それは、わたしも懸念してる処なんですが。ただ、脱出した時間と逃走手段はまだバレてないと思うので誤魔化せてるとは思います」


 ヴェロニカの態度を見る限り、わたしへの疑いは持っていないようだ。初対面の時の様な張り詰めた様子は見られない。

 そんな事を考えていると、彼女は不意に真剣な顔になってわたしを見詰めてきた。


「ねえ、貴女。アーフ連邦に配属されてどれ位になるの?」


「3年になります」


「いいわ、貴女を信じましょう。何があったの? 宇宙基地に伝えないといけない事とは?」


 わたしは暫く考え込んだ。今日は五月十日か。


『御眞津日子訶恵志泥命、葛城の掖上宮に坐して、天の下治らしめしき』


 彼女はキョトンとした顔をしていたが、やがてニッコりと笑う。


『御眞木入日子印恵命、師木の水垣宮に坐して、天の下治らしめしき』


 わたしも同じ笑みを返す。


「誰がこんな取り決めをしたんでしょうね。極東の国のエンペラーだなんて」


 彼女はわたしの手首に嵌められていた枷を笑い乍ら、外してくれた。


「五代エンペラー・コウショウと十代エンペラー・スジンだったけ」


 さて確認も取れた事だし、情報を伝えましょう。


「ETO軍情報部の入手した極秘情報です。RTO軍は最新型の量子コンピュータの開発に成功、既に運用に入っています。ETOコード名はエニグマ」


 ヴェロニカは軽く頷き、続きを促す。


「主な用途は、リアルタイムの暗号解読。ETOの全ての通信は、エニグマによって解読されていると見られます」


 彼女の表情は段々と険しくなっていく。そうだろうと思う。暗号化が情報通信の生命線なのだから。だけどそれだけでは終らないのだ。


「更に、解読した通信の乗っ取りを成功させ、カーリ宇宙基地への通信は既に欺瞞情報に差し替える事で情報封鎖を行なっています」


 わたしの情報は更に重いものになっていった。わたしが宇宙基地へ身体を張って伝達任務を遂行したのも、基地への通信が最早正しく伝わる事が無くなってしまったからだ。


「奴等が何をしようとしているか分る?」


 重い真剣な声でヴェロニカはわたしに聞いてきた。わたしは、勿論知っている。各地に赴任された仲間達が決死の想いで集めてきたのだから。


「カーリ宇宙基地占領作戦が計画されています。ここを足掛かりにしたETO月面基地の制圧が目的です。わたしが、情報を得た時点では10日後の五月二十日〇1〇〇時作戦開始です。が、今回わたしがETO施設を脱出、カーリ宇宙基地へ向う処を発見されていますので、計画実施が早められる可能性があります」


 そうね、と呟いたきりヴェロニカは視線を下し思考モードに入ったようだ。わたしは彼女の邪魔をしないよう、沈黙を守った。

 軍用ピックアップトラックがカーリ宇宙基地に近付いた頃、ヴェロニカは(おもむろ)に顔を上げ、わたしを見た。その表情は何か重大な決意を秘めている様にわたしには思えた。


「あなたに頼みたい事があるの。大丈夫かな?」


 それについては脱出時に上司から言われている。わたしはその通りの事を彼女に告げる。


「脱出時、『カーリ宇宙基地に到着したら、現地の指示に従う事』と上司から直接言われています。なので大丈夫です」


 彼女は大きく頷く。


「丁度、一時間後、定期貨物便が打ち上げられるわ。貴女はそれに乗ってETO月面基地へ行って欲しいの。そこで基地司令に今の情報と、カーリ宇宙基地にある物資をこれから最大24時間、一時間おきに打ち上げる事、その後一時的にこの基地を閉鎖する事を伝えて欲しい。任務完了後は、司令の指示に従ってね。」


 わたしに異議はない。了承の頷きを彼女へ返した。


「これから管制室へ行きます。ついてきてね。あー、その前に疲れてない? 休憩は必要かな?」


 膝の様子を確かめてみる。まだ万全とは言えないみたいだ。それに身体が少し(だる)い。それ程魔力を使った訳では無いが、全身に疲労感を覚えていた。


「治癒師の方が居れば治癒をお願いします。他には魔力回復薬と普通の回復薬があれば頂きたいです」


 わかったわ、と言った彼女は管制室に入るなり、近くのオペレーターを通じて、治癒師に二つの回復薬を持って来るよう伝える。わたしを連れて管制官の男性の前に来ると、今の状況とこれからの方針を伝えた。

 最初は何事かと驚いていた管制官は、事の重大さを理解すると、ヴェロニカの方針を支持し、全てのスタッフを集める。彼が今後の方針と計画策定を進める間、わたしは到着した治癒師に身体の異常を治してもらい二つの回復薬を服用した。


 管制室に入って30分が過ぎる頃。そろそろ発射台へ向おうかと話していたところへ、廊下からの慌ただしい物音が管制室に響いてきた。管制室に乗り込んできた隊員が、大声で報告する。


「ベガ隊長! 北の空にドローン多数! 先程撃墜したものと同型と思われます」


 チっと舌打ちをしたヴェロニカは、直ぐ様指示を出した。


「全隊員に、ドローンを迎撃せよと伝えろ。少くとも2時間は宇宙基地内への侵入を許すな。管制官。次の打ち上げはなんとしても成功させてくれ。その後は基地を一時放棄するので始末を頼む。最大で48時間使用不能にしてくれれば良い。その間に態勢を立て直しこの基地を奪回する」


 ヴェロニカは全ての指示を出し終えると、わたしに向い合う。


「タチアナ、この基地の見取り図は頭に入っている? ここから発射台まで予定していた乗り物で20分か掛るところだけど、貴女の脚なら10分もあれば大丈夫でしょう。打ち上げコンテナまで何段か階段を登る必要があるけど、大丈夫だと信じているわ。頼んだわ!」


 彼女の話が終わるのを待たず、わたしは管制室を飛び出した。身体強化を掛けたわたしは正に翔ぶ様に廊下を駆け抜け基地の外へ出る。

 ここまでで1分。

 発射台までは舗装された5Km程の道路だ。走り易い道で全力を出せばわたしは時速50Kmで走れる。発射台まで6分位。充分間に合う。


 全力で走るわたしの視界には、倉庫の灯りが流れていく様子が映る。あの倉庫内には月基地への物資が格納されているのだろう。RTO軍が占領した後、接収されてしまうのだろうか。

 これらの施設・物資が再びETO軍の下に戻る事を祈りつつ、わたしは発射台へと続く道路を全力で駆け抜けた。


 発射台を照す照明がどんどん近づいてくる。


 後1分弱。

 更に照明が大きくなる。同時に発射台の基部に何人かの人が居るのが見えてきた。視野の強化を行なっているわたしの目には1Km先の様子がよく見えるのだ。


 後30秒。

 基部に居るのは整備員の制服を来た男女だ。皆、腕を振って右の方を指していた。そちらへ目を向けると、階段の登り口があった。成程、あれを登れと言っているのか。


 後十秒。

 登り口の方へと進路を変える。階段の上の方を確認すると五階分程登った所にもう一人整備員らしき人が立っているのが見える。


 二秒

 減速。歩幅を縮め、踵から着地する様に脚の動きを変える。姿勢は仰け反り気味に。


 一秒

 若干仰け反るような姿勢で、足裏全体を地面に擦り付ける。摩擦によるスキール音が鳴る。


 〇秒

 階段の登り口、丁度真ん前でわたしは正対するように停止した。

 ここ迄7分程。さあもう一踏ん張り。今度は階段だ。


 一段飛しで、階段を駈け登る。わたしのリーチでは、余り飛しすぎると筋肉に余計な負荷が掛って、逆に遅くなる。

 階段は目算では100段程だった筈。


「カンッ。カンッ。カンッ。カンッ」


 一定のリズムで奏でられる、階段を蹴る音が耳に残る。このリズムを維持すればいい。


「カンッ。カンッ。キュッ。カンッ。カンッ」


 踊り場で体勢を180度入れ換える時のスキール音が鳴る。

 踊り場は後四つ。

 リズムを維持しながら、只管脚を動かす。


 焦るな。焦るな。踏み外すのだけは避けるんだ。


 踊り場に立つ人がどんどん近づいてくる。


 後2階

 後1階


「キュッ」


 よし到着だ。

 わたしは目の前の男性に確認した。


「後何分、ありますか」


 男性はニッコリ笑って、

「後20分近くあります。このままコンテナに固定しますのでついて来て下さい」


 わたしは、「よろしくおねがいします」と応えて男性の後ろを歩いていった。


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