再び砂漠を密かに走るタチアナ
今までとトーンが違います
月面基地への移動は思い出したくも無いし、語りたくもない。つまりは、それ程酷い経験だった、という事だ。以上。
そして今、月面基地の資材管理室でわたしはボブと打ち合わせをしている処だ。
「高密度・大容量型の魔力バッテリーを三個貰えない?」
訊ねるわたしに、彼は本当かよ、みたいな顔を向けていた。わたしが注文したのは一個20Kgはあるのだから、当然といえば当然の反応だ。だが、わたしは何も無策でこんな事を言っているのではない。アーフの施設を脱出した時から肌身離さず持ち歩いていた手帳を取り出し、挟んでいた数枚の薄いシートを彼に見せる。
「これは何でしょう?」
内一枚をしげしげと見詰めた彼は、次第に驚きの表情へと変わった。
「おい! これって、重力魔法の……」
「そう。これを貼り付けた物は重力から解放される。この四隅の丸いのが薄型魔力バッテリー。これ一枚で48時間効果がある」
わたしが元居た部隊に試験運用として配備された装備で、部隊を離れた今でも、レポート提出を条件に貸与を許されているものだ。
「おま、いやポポフ君。一体どこからこんな物を……」
「ふふっ。内緒です」
わたしの経歴は、作戦内容上、ETO軍内でも機密扱いだ。わたしの身内でもグラショウ司令しか知らない。況してや彼が知る由もないし、教える必要も無い事だ。
これからカーリ宇宙基地へと帰還するにあたって、必要な装備を手配している処だ。今の処魔力バッテリーと、砂漠仕様の圧縮空気弾を使用するグレネード発射装置着きの魔力回収式小銃2挺の手配は終えた。後は動きやすく耐熱・耐寒仕様の戦闘服とヘルメット、できれば砂漠迷彩のもの、鼻から下すべてを覆うマスク、完全密閉のゴーグル、近接戦用の短機関銃・拳銃と弾倉、アーミーナイフ、空気中の水分を収集する水魔法水筒と4日分の携帯食位だろうか。後は魔力回復薬も追加しなくては。
ボブに手配を頼むと、これはあそこの倉庫、これはあっちの倉庫と教えてくれたので、連絡だけしてもらって、わたしは自分でその場所まで取りに行った。
武器に優劣は無いけれど、相性はある。自分で使うものは自分で確かめなければ気が済まない性分だ。それは元の部隊で徹底的に叩き込まれた習性だ。咄嗟の動作は、武器との相性によって、大きく変わってくる。手足の様に扱え、何時でも最高のパフォーマンスが出せるようにする事が、元の部隊での生存の為の教えだった。
わたしは、自ら手に取って確かめ、相性の良いものを必要な数だけ借り出していった。
全ての装備が揃った処で、時間を確認する。月面基地のではない。あの深夜のカーリ宇宙基地襲撃からの経過時間だ。今ちょうど31時間経過した処だった。
ヴェロニカ隊長が宣言した反撃開始まで、後最大17時間だ。彼女からの連絡は未だ無い。
今頃あの塔はあれから二度目の朝日を迎えているだろう。1時間後、わたしはあの地に降りる。ヴェロニカ隊長の反撃を支援する為だ。
彼女の率いる部隊が到着する迄は、今宇宙基地を占領している奴らの戦力を削ぐ事に徹する。その為の装備が先刻の手帳に挟まれている。
部隊が到着した後は、奴らを背後から狙い、混乱を引き起すのだ。
そしてカーリ宇宙基地を取り戻す。奴らに月面基地も、況んやL4までも渡しはしない。
「無理はするなよ。ターニャ」
加速器の横で最後の打合せを終えたわたしに、グラショウ司令は声を掛けてくれた。その目は、軍人としてのわたしでは無く、ただの身内の一人としてのわたしを見る目だった。
「ええ、大丈夫よシェルダン叔父さん」
わたしは叔父さんと家族の抱擁をし、コンテナに乗り込んだのだった。
コンテナ内で頭を下に、身体を固定されたわたしはこのフライトの各要素を思い浮べた。加速度は約3G、加速時間は約35秒、最終速度は秒速1137m。心静かに打ち上げを待つ。
浮遊感がきて、背中を押し付ける力を感じ、頭に血液が昇る瞬間がくる。そして全ての力から自由になったその時、ゆっくりと足下への1Gの力が蘇えった。わたしは戻ってきたのだ。カーリ砂漠へと。
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プロテクションが自動解除され、自由の身となったわたしは、コンテナへと着地した。
わたしの装備しか無いスカスカのコンテナ内で、装備の固定を外す。
まず三基の魔力バッテリーに例の重力魔法シートを貼り付ける。腰のベルトに装着した後スイッチ部分に触れ、軽くジャンプしてみる。とても軽く感じる。勿論質量が無くなった訳では無いので、それなりの力は要るのだが、重力に引かれる事が無い分、負担が少ないのだ。
次に携帯食料等を詰めたウエストバッグを腰の後ろに着け、ナイフと短機関銃・拳銃・弾倉を装着した。
そして、魔力バッテリーに接続した2挺の小銃の内一挺の銃口にもう一つのシートを貼り付ける。
マスクとゴーグルを付け、ヘルメットを被ったわたしは、コンテナ解体用スイッチを入れた。
解体されたコンテナの外には、青い空と赤茶けた砂丘が広がっていた。直視したら目に痛いだろう青空をゴーグル越しに見詰めた後、現在位置の確認をする。月面基地の計算に間違いは無いだろうが、念の為だ。場所は間違い無くカーリ宇宙基地の北西50Kmの地点だった。
ヴェロニカ隊長達がオーマか南アーフに居るとすれば、東か南から彼女は進軍してくるだろう。だから今宇宙基地を占領している彼奴らの背後を突くため、この位置を選んだのだ。
宇宙基地迄4Kmの地点へと進む。最初の40Km程は走った。砂漠の走り方は経験済みだし、今回は専用ブーツを装備している。普通の靴だった前回とは比べものにならない位走り易い。
砂漠の景色は一向に変わらないようでいて実は砂丘の形ばすこしづつ変化している。注意深い観察眼を持つ人の目には楽しみと映る事だろう。
残りの距離はなるべく目立たないよう身を屈めて歩く。最後1Km程は匍匐前進で目的地まで進んだ。なるべく砂丘の陰に隠れられそうな場所を選ぶ。
目的地にまあまあの場所を見付けたわたしは、砂丘の上に頭だけ出して宇宙基地を観察した。視力を強化して、遠見する。RTO軍の戦闘服を着た兵士達が幾人も見える。
忙しそうに歩き回る人。
それを護衛する人。
周囲を警戒している人。
目に映る人だけで何十人といる。この他に、管制室のある施設、幾つもの倉庫、施設の向こう側、勿論塔も含めると、千人以上の規模の隊が占領している事が予想された。
残り最大15時間。わたしは逸る気持ちを落ち着けるため水筒に手を伸ばし、喉を潤す。
冷静になった処で、砂丘越しにシートを貼り付けた小銃の銃口を、宇宙港に居る警戒担当の一人に向けた。
二脚で支えられた小銃のドットサイト越しに顔が見える。遠見のお陰でスコープいらずだ。
心持ち銃口を下に向ける。
自動小銃を握る手が、ドットサイトの中心より少し上に捉えられる。
わたしは、そっと引き金を絞る。シュっという発射音と共に弾丸が打ち出された、かと思う間も無く、相手の手が血を噴き出した。本当は銃器の破壊を狙っていたのだが、不幸な事故と諦めてほしい。
わたしは直ぐ様、小銃毎身を砂丘の陰に隠し横へと移動を始めた。
今わたしが放った銃弾は、寸秒もおかずに命中した。この小銃の初速は音速程度だろう。普通なら、10秒以上はかかる筈だ。そもそも、この小銃に4Kmなんて射程は無い。
なのに何故、時間が短絡したかの様に弾が命中したのか。
それが銃口に貼り付けたシートの効果だ。
これは射出される銃弾を転位させるシートだ。それも位置指定の転位ではない。距離指定の転位だ。これによって転位させられた銃弾は、転位前の速度を保ったまま距離を跳躍し出現する。至近距離から撃たれたも同然なのに、何処から撃たれたのか解らないという、狙われた者にしてみれば悪夢の様な装備だった。
そしてわたしの強化視力、遠見と暗視は自分と対象の間にある空気の揺らぎや屈折等を補正してくれる、という優れものだ。
わたしがこの装備を使って狙いを外すことはほぼ無い。相手が予想もしなかった動きをした時以外は外した事が無い。
砂丘の陰を移動し、遠見で見た占領軍の兵士達は、突然銃撃に蜂の巣を突いたような騷ぎだった。
どの方向を警戒すればいいのか判断がつかず辺りを見回す者。
しゃがみこんで、頭を抱える者。あれは生粋の軍人では無く技術者だろうか。
地に伏せ、次弾に備えようとする者。手練の軍人らしい。
取り敢えず建物の陰に隠れようとする者。
報告の為か走り回る者。
撃たれた者を救助しようとする者。
様々に入り乱れる彼等の一人に狙いを着ける。あまり動きまわられると、殺してしまいかねない。立ち尽し、周りをきょろきょろしている者に狙いを着けて、再びそっと引き金を絞った。
今度は狙い違わず手と銃器の境目に着弾し、銃器を弾き飛ばした。彼の手は高圧電流にでも触れた様に跳ね上がった。手の骨は衝撃で折れただろう。ひょっとしたら指の又が裂けたかもしれない。
わたしは、何度も何度も場所を移し方角を変えては狙撃を繰り返したのだった。立っている者には武器を、しゃがみこんでいる者には足下を掠めるように、地に伏せる者には肩の直ぐ側を、わたしは容赦無く狙い撃っていった。彼らに致命的な怪我は負わせず、しかし戦闘力は奪うように。
そしてそれは夕方まで続いたのだった。
その間、ヴェロニカ隊長からの連絡は一度もなかったのだった。




