二度目のコロニー、タチアナは走る必要は無かった
西に大きく傾いた太陽が、LC39D発射台を横から照していた。カーリ宇宙基地にあったのと同じような天に伸びる長大な電磁加速器の先端は西向きに大きく曲げられていた。それは地面とほぼ平行になるまで曲げられていたのだ。
地下の乗艇場に降りたわたしは、他の乗客と一緒に連絡艇に乗り込んだ。席に座りシートベルトを締めると、身体全体がクッションに包まれた感じがした。プロテクションが働いたのだろう。
これから暫くは地下に設置された中空のドーナッツ型電磁加速装置の中で加速して行き、垂直に立てられた天を突く加速器へ導入、最終的に最適な方向へと偏向され、打ち上げ終了となる。所要時間は80秒程だろうか。ケルン・コロニーとLC39Dの現在の位置関係から最終速度は毎秒1400〜1500mになるだろう。
カーリ宇宙基地も此の様な構造になっている筈だが、あの時の最終速度は毎秒600mだったから地上の垂直部分だけでよかったのだと今になって気付いたのだ。
打ち上げ100秒前のアナウンスがはいる。身体にかかる重力が消えた。重力魔法が起動したようだ。
80秒前。身体全体がゆっくりとシート背面に押し付けられる。少しずつだが体重が戻ってくるのを感じる。それは次第に重さを増し、とうとう普段の重さを越えたようだ。今体重を計ったら倍以上の数値を記録するかもしれない。
10秒前。シート背面に押し付ける力が一瞬消える。と同時に艇全体が時計周りにロールする。今迄に無い座面へ押し付ける力を感じた、と思う間もなくその力は大きさを変える事なくシート背面に押し付ける力へと向きを変えた。
再び時計回りにロールし最期の偏向が行われた。今、地上から中の様子を見る事ができたなら、背面飛行する旅客機の客席を見る事になるだろう。
全ての加速と姿勢制御を終えた連絡艇の中は無重量状態に戻っていた。
「これより転位します……転位」
アナウンスが終わると、艇内正面に置かれたモニターに、直径2Kmの真っ黒な茶碗を乗せた、直径8Kmの轆轤、スターサイド・ディスクが見えた。茶碗が斜め下に見えたが、微かな振動と共に正面に位置するようになる。
再び振動が艇内を走ると、正面の茶碗は少しずつ大きくなって行き、艇はその内部へと潜っていくのだった。前進を停止した艇は右へとスライドして行く。その速度もだんだんとゆっくりとなり、ガシンっという振動と共に静止した。
「本日は、ご搭乗ありがとうございます。当機は無事ケルン・コロニー北宙港9番埠頭へドッキングしました。ボーディングブリッジの接続・与圧完了まで今しばらくそのままでお待ち下さい」
正式なフライトとはこういうものなのだ、と前回の不法侵入と比較し、感心しきりなわたしだった。
偽造身分証での審査をパスしたわたしは、スターサイド・ディスクの外周部にあるETO軍ケルン駐屯地へ向うことにした。
幾つかの検査と手続きを経て、今わたしは前回打ち合わせを行った会議室で、ケイン司令そして"ジェーン"・ウーレンベック主任の二人と顔を合せていた。駐屯地から、Uシステム起動の報を受けた主任は、一早くここへ出むき、色々と相談に乗っていたらしい。
「おめでとう。どうやら上手くいったようね」
"ジェーン"・ウーレンベック主任が、一先ず、といった様子で労ってくれた。
「ウサ連邦共和国国防総省、同国ミサワ空軍基地、同国CCSFとの通信は確認できたが、君からも報告してもらいたい」
ケイン司令の問いに、わたしはこの駐屯地を出てから、今に至るまでの経緯を報告した。特に、ケルン・コロニーでモノレールに乗る直前とハネダ空港での不審者による襲撃の話でケイン司令は、顔を顰めた。
「カーリから月へ、そこからL4へ、と連想するのは解らんでも無いが、それにしても動きが早いな」
何か思うところがあるのだろうか、司令の表情は思わしくなかった。
「それにしても、良くDCまで行けたわね」
と"ジェーン"・ウーレンベック主任。
「それに関しては、運が良かったと思います。適切な場所・時間に適切な人材が居てくれましたから」
それだけじゃないでしょうに、と言たそうな主任はそのままにして、わたしは司令に今後の指示を仰いだ。
「それなんだが、今はアーフの支局も占拠中だろう。事態が沈静化するまで此処か本局で待機したらどうかと思うのだが……」
今回の事についてのわたしの仕事は一応完了したらしい。だったら、希望を一つ叶えてもらえないだろうか。わたしは、期待を込めて提案した。
「それでしたら、わたしを現地へ、カーリ宇宙基地へ向わせてもらえないでしょうか」
司令はわたしをジっと見詰める。
「君には、何ができる?」
それは侮りでもなく、疑義でもなく、純粋に、わたしに何ができるか問うものだったので、わたしは何の誇張もなく自分に出来る事を正直に話した。
それは、わたしの身体強化能力に関る話だった。
わたしの話を聞き終えた司令は、感嘆の声を漏らす。
「それなら、なにがしかの働きは出来そうだな。月面基地経由で行ってもらう事になる。直ぐ行くか?」
わたしは頷いた。
「それなら良いものをあげるわね。これ、私の研究室の新作なんだけど」
と行って主任から手渡されたものは若干大き目のカードフォンだった。
「こんなナリだけど立派なUシステムの端末よ。恐らく現地では単独行動が主になる貴女にはピッタリだと思うけれど?」
わたしは目を輝かせる。この大きさで衛星高度まで電波を飛ばせるという。これは必須アイテムだ。早速、必要な情報を入力する。わたしのコードは何の捻りも無くターニャPとした。
「このコードは、ここと月面基地に登録しておきます。後ヴェロニカ・ベガ隊長と連絡が取れたら彼女にも教えてもらえませんでしょうか?」
司令はうんうんと頷きながら確約した。
「多分、隣国のオーマか南アーフに居ると思う。確認が取れしだい彼女には伝えよう」
宜くお願いします、と頭を下げたわたしは、再び南宙港へと向う。月面基地への連絡艇の手配はわたしが南宙港へ着くまでに司令が済ませておく事となった。
わたしは、曰く付きのモノレール乗り場へと急ぐのだった。
変装の甲斐があったのか、今回は不審な視線は感じなかった。前回経験できなかったモノレールからの眺めは不思議の一言だ。ハーフラウンドビューの窓からは、左右に競り上がる居住地が、その上には二本の河が走り更に二本の居住地があり、それが天辺の河と接している。その全てが前方のある一点を目指して収束していくコロニー独特の景色は、不思議、の一言でしか言い表わせなかった。
長く住めば、慣れてしまうものなのだろうか?
そんな不思議な一時間をわたしは過したのだった。
南宙港の月面基地行連絡艇に乗りこんだわたしは加速器の方向を見て、やはり頭がおかしい、との感想を持った。
タネガシマ行きの時とは逆に左方向へ斜行しているのだが前回より内側を向いている気がするのだ。
その答えは直ぐに身を以って体験する事になる。
わたしは過去最大の加速度、6G越えを経験したのだった。




