大西洋と砂嘴の狭間を走るタチアナ
リーガン空港でタイミング良くフロリダ行きのチケットを手に入れたわたしとハミルトン氏は、順調なフライトの助けもあって無事オランド空港へと降り立つ事ができた。
DCとは違う照り付ける日差しが、フロリダなんだ、とい事を実感させる。
空港で北メリット島へ行くために借りたレンタカーの中で、運転中のハミルトン氏にケープ・カナベラル行きを決めた時から可能なら出来たら良いと思っていたことを打ち明けてみた。
「ハミルトンさん。これから向う先には、宇宙軍基地もありましたよね」
「マークでいいよ。それと、確かに宇宙軍基地はあるね。それで?」
ハミルトン氏、改めマークさんの答えを聞き、次の質問へと移る。
「誰かお知り合いの方とかいらっしゃいませんか?」
「放送衛星に携わった時から何度も此処には来てるから、あちこちに、それなりに知りあいは居るけど、それが何か? あ、成程。システム起動が上手くいったか、現場の対応状況がどうか、確認したいんだね?」
マークさんが聡い人で助かった。わたしはマークさんに頷いた。
「わかった。管制センターに着いたら、いやシステムを起動してからか、連絡してみよう」
おねがいします、とわたしは頭を下げた。ついでにもう一つ気になった事を聞いてみた。
「こんな事を尋くのは失礼な事かもしれませんが、管制運行ならゴダード宇宙飛行センターだと聞いていたのですが、何故ここで?」
マークさんはちょっとだけ困った表情をした。ほんとはそうしたいんだけどね、という本音が見え隠れする様だった。
「うん、国家的なプロジェクトの場合はそうなんだ。あそこはLASAのプロジェクトしか取り扱ってなくてね。民間に場所をシェアしてるのは此処だけなんだよ。衛星との通信設備は世界中各地にあるLASAのを借りる事はできるんだけどね」
ああ、プライドとか資金とか、色々な絡みがあるのだろうな、と予想がついた処で、そうですか、と言ったきりわたしは口を閉じ、マークさんも沈黙したのだった。
大きな干潟に架かる長い橋を渡り、二つの公園道路を通った先にその建物は建っていた。嘗て有人宇宙飛行打ち上げの中心地だったその建物は、今もその往時の面影を残しているかのような、矜持を感じさせるものだった。
門の前で一悶着あったが、「君もウサの男なら分るだろう。彼女に良い格好を見せたいんだ」、というマークさんの一言で苦笑いで通してくれた。無理を通させた身で言う事では無いが、この国の危機管理は大丈夫なのだろうか、と慨嘆せずにはいられなかったのは内緒の話だ。いや、世界一の軍隊を持ち、世界を相手に複数の戦争を同時に継続できる国だというのは知っているけれど、そこで働く個々の人びとはなんとも大らかというか……
ここだ、と言ってマークさんが案内してくれた一室に入ると、何人かのスタッフが彼の出現に驚いた顔を向けた。そんな彼等に向けて落ち着くようにと身振りを返したマークさんは、徐に口を開いた。
「皆、これからUシステムを起動する。必要な準備を今すぐ初めてくれ。さあ、今直ぐ取り掛かれ!」
例のウーレンベック主任考案のシステムは、彼の頭文字を取ってUシステムと呼ばれているようだ。システム名を聞いたスタッフ達は一瞬にして緊張に包まれた様だった。確かに使われる筈のなかったシステムが、今立ち上げられようとしているのだ。緊張するのも無理は無いと言える。
皆が慌しく作業し始めた。
ある者は、世界各地にあるLASAの追跡レーダー施設へと連絡し。
ある者は衛星に搭載された専用アンテナの調整を行い。
またある者は放送衛星の姿勢調整を行い。。
必要な措置を全て終え、運行管理責任者であろうスタッフがマークさんに、準備完了しました、と伝える。それを見たマークさんは、皆に聞こえるよう声を張り上げる。
「よし、皆良くやった。これよりUシステムを起動する。Eコム、システムオン!」
情報通信担当スタッフが命令を復唱し、Uシステム起動を告げるアラームが室内に谺する。室内の高度な電子設備とは不釣り合いな無線装置と、それに繋れた通信及び記録装置に反応が表われたのは直後の事だった。
その装置に繋がれたスピーカーからは、システムが動作している事を示す、ホワイトノイズ特有の、サー、という音が流れていた。しかし、装置に駆け寄ったスタッフの一人が何かの操作をすると、ノイズ音は音量を落し、モニター上に文字が浮びあがる。
『DC本社Rワインバーグ。ケープカナベラルMハミルトン。応答せよ』
室内に歓声が上った。使う事の無いと思っていたシステムが初めて使用された瞬間に立ち合ったのだ。
マークさんは無線装置の前へ行き、スタッフに返信内容を告げる。
「私から社長に、感度良好と伝えてくれ」
指示を受けたスタッフがキーボードを叩く。画面には、
『ケープカナベラルMハミルトン。DC本社Rワインバーグ。感度良好』
の文字が。スタッフがエンターキーを叩く。と直ぐに本社からの返信が画面に表われた。
『DC本社Rワインバーグ。ケープカナベラルMハミルトン。受信した。システム立ち上げ、よくやった』
よしっ、マークさんの声が、スタッフ達の歓声が室内を埋め尽したのだった。
「CCSFに確認を取ろう」
わたしの提案を忘れずにいてくれたマークさんがカードフォンを取り出す。
「マークだ。テッド今大丈夫か? それどころじゃないって? つれない事言うなよ。今ケープ・カナベラルに来てるんだ。そちらに入れるよう手配しておいて……ああ女性を一人連れて行くのでそれも頼む。じゃあな」
途中で、連れて行って欲しいというわたしの合図を汲んでくれたマークさんが通話を終えると、時間は大丈夫か、と訊ねてくる。
L4行き連絡艇打ち上げまで1時間程ある。打ち上げ場所のLC39D発射台迄15Kmも無い。走って20分もあれば辿り着ける。報告用にCCSFの様子を確認したいだけなので、大丈夫と答えた。
もう一つの干潟に架かる橋を越え辿りついたCCSFでは、降って湧いた椿事にてんやわんやの状態だった。マニュアル探せ! お前の担当だろう何とかしろ! といった怒号が聞こえる。今迄省みずにいた無線機が突然自己主張したのだから無理も無い事としたいが、有事に対する緊張感が足りないとも言えた。まあ、ここはロケット打ち上げがメイン業務なので仕方ないとしよう。
「まあ、全部が全部こうじゃないと思うよ?」
と呆れ顔のマークに
「少なくとも国防総省とミサワ基地は、このシステムが起動する事態に備えている筈なので、彼等と連絡してみるよう教えて上げたらどうですか?」
とアドバイスして、わたしはマークに別れを告げた。
マークとの別れの言葉は簡素そのものだった。またな、またね、それだけだ。お互い再会する事はほぼ無いだろうと知っていたし、たとえ再会したとしてもわたしは今の変装した姿では無い。気付かれる事などありえない。だから、あれ以上の言葉は必要なかった。
細長い砂嘴の海岸沿いに作られた細い私道の上を、大西洋から吹き寄せる風に晒されながら走るわたしに、強い日差しが照り付ける。でもこの感じは少しアーフに似てるのかもしれないと考えていた。特にわたしの配属先があった都市は海岸付近にあった事もあり、その類似性がわたしの記憶を刺激しているのだろう。
懐しいような、それでいて新鮮な気持ちを味わいながら、どんどんと近付いてくる発射台を目指して、わたしは駆けるのだった。




