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ガップ

裂け目 空洞 隙間


 ユミルが何故殺される必要があったのか。

 それを最初に訊かれた。


 何かとても悪いことをしたからですか? と聞き返すと、怒りを含んだ否定が返ってきた。

 間違えることは悪で、アース神と同じだと教えられてきた。悪い巨人はヨトゥンヘイムでは生きていけない。外の世界を何も知らない僕は、すぐに死んでしまう。


 だから、僕は間違えてはいけない。今日はもう2回も間違った。次こそは正解しなければならない。


「エーシルが・・・・・・悪い存在、だから? 」


「素晴らしい。この子は特別に賢いな」


 周りを見渡して、複数の同意を得る。6人目にしてやっとまともな答えが返ってきた、とある巨人が小声で囁いていた。


「エーシルどもは、ユミルが悪い巨人だと人間たちに教えている、と前にうかがいました。どうして神々は短命の劣等種にウソを教えているのですか? 」


 ルーン文字どころか、あいつらは数も数えられないらしい。同じ“ロキ”の中にも勉強が苦手な奴はいる。

 でも、神の家畜が僕らの脅威になどなる訳がない。前に人間を見たとき、なんてか弱くて小さい生き物なんだろうとびっくりした。神の加護が無ければ生きていけない訳だ。

 天にいる神々は、人間と巨人族とがわざと敵対するよう仕向けている。

 頭の良いその巨人は僕を見て答えた。


「人間は頭が悪くて、力も弱い。だから神々へ曇りない賞賛を向けられる。それはとても気持ちの良いことだからだ」


 人間はアース神の言いなりで、好き勝手に利用されている可哀想な存在だ。

 だから、“ロキ”という巨人は、ヨトゥンヘイムだけでなくミドガルドまで救う英雄になる。

 

「驕り、のようなものですか? 」


 僕がそう聞くと、フリームスルスは嬉しそうに笑った。


「そうだ。その年でよく知っているな。お前の両親は、ラウフェイとファールヴァウティとして、しっかり役目を果たしている」


 そう言われて、嬉しくなった。僕が適格であればある程、僕の親も、ラウフェイとファールヴァウティの適格が認められる。

 あとは、ラウフェイが3人目の子を産むだけだ。そうすれば僕は殺されないし、家族も良い待遇を受けられる。


 序盤のとても重要な段階を一つずつ合格していくのが、何より幸せだった。成功を積み重ねていけば、いつかあのユグドラシルの梢みたいな、高みへ手が届くのかもしれない。

 現実感はないけど、不可能という言葉からは少しずつ遠のいている。


 僕は、幸せな家族が欲しかった。

 大樹を焼いて、たくさんの生き物を殺して。その先に自由で幸せな未来があると知ってから、そこへ大好きな家族を連れて行くために頑張った。


 侮辱されることは、生きることよりも辛くて苦しい。

 だから、僕はお母さんが大切にされる世界を作りたかった。お父さんが馬鹿にされない世界にしてあげたかった。

 お父さんもお母さんも、たくさんのことを覚えるのが苦手なだけだ。


 フリームスルス様が言うように、ラウフェイとファールヴァウティの役割をしっかり果たす、素晴らしい巨人なのに。

 他のロキは、僕の家族を馬鹿にする。

 相手を侮辱するのが上手だと、褒められるからだ。でも、馬鹿にされても耐えるのは、それよりもっとすごいことだってお母さんは言ってた。


「フリームスルス様、僕もっとご飯がほしいです。たくさんお肉を食べると体が強くなるって本で読みました。お母さんが元気な赤ちゃんを産むのに必要なんです」


 僕は、フリームスルス様に交渉した。お母さんは僕を産んでから10年も経つのに、まだまともな子供を産めていない。みんなお腹の中で死ぬか、産まれた時に死ぬか、産まれてしばらくして死んだ。

 お母さんは疲れている。子供を産むのは自分の命を半分削るような辛い仕事だ。何度も産んで、死ぬのを見てきたから、今はとても疲れている。


 お肉を食べたら、元気が出るはずだ。

  

「よかろう。今日の問題にすべて正しく答えることが出来たら、お前たちの食事を増やしてやろう」


 フリームスルス様は、そう言って微笑んだ。

 お母さんはもうすぐ新しい子を産む。お腹が大きくなるのは赤ちゃんが成長している証だってお父さんは言ってた。

 お母さんも、お父さんも、僕もビューレイストも。みんなお肉が大好きだ。

 僕がみんなに食べさせてあげないと。


「衣食住を満たし、歴史を学び、武と魔術を極めてこそ、偉大な英雄になれるのだ」


 中でも正しい歴史を学ぶことは、他の何よりも大切なことだ。ヨトゥンヘイムを出てミドガルドの東に移り住んだ巨人たちは神々の圧力に負けて間違った歴史を覚えてしまった、とフリームスルス様は仰った。


 だがそれは、家族を守るために仕方なかった。

 優しいフリームスルス様は、その者たちを許しなさいと僕に言った。


 ロキが神々を打ち倒せば、ミドガルドの巨人の子供たちも正しい歴史を学ぶことができる。ミドガルド生まれの巨人がのけ者にされることも無くなるのだ。


 

 のけ者にされるのは、とても苦しいことだ。 



 お父さんとビューレイストがご飯を全部食べてしまうのを見ている時や、ビューレイストに僕のおもちゃを奪われた時や、他のロキが僕を無視する時。

 

 それらと同じ気持ちを、ミドガルドの巨人たちは感じている。


「ロキ、お前はやがて全ての巨人を救うのだ」


「はい」


 僕が救わなければならない。僕が助けなければならない。


「そうすれば、お前の父母も自ずと救われるだろう」


皆んなが幸せにならなければ、お父さんもお母さんも幸せになれないから。


「頑張ります」


 僕がそう答えると、フリームスルス様は眉をひそめた。この答えは間違いだ。


「必ず、神々を倒します」


 フリームスルス様が頬を緩めたので、これで良かったのかと僕も安心する。


「”ロキ”よ。よく覚えておけ。・・・・・・お前やお前のきょうだい、”ラウフェイ”や”ファールヴァウティ”が毎日食い物を食べる度、ヨトゥンヘイムの別の場所では巨人が飢えて死んでいるのだ。お前は将来の為に生かされている。”ロキ”が健やかに育つことは、希望だからだ」


「はい。たくさん勉強して、強くなります。罪人が罰を受ける正しい九界を取り戻します」


 僕は、その日の問題を全て正しく答えた。








 外の風は涼しかった。ソルの引く馬車が西の地平線をくぐりながら、最後の閃光を放っている。マーニを一瞥しながら馬に拍車をかけ、やがて地下世界は日の出を迎える。

 ゆっくりしている時間はなかった。

 生きている限り、動き続けなければならない。どれだけ早く駆けても、過去現在の先達には遠く及ばない。

  

「お母さん」


 僕は






























 嫌な夢を見た。



 過去は嫌なことしかない。良かったことなんてゴミみたいに小さくて、いつか心を掃除した時に掃き捨ててしまった。


 

 お母さん・・・・・・僕は、止まれた貴女が羨ましい。


 アングルボザも、あの時止まれて良かったのかもしれない。僕は最期まで止まることはできないけれど、進み続ける苦痛を延々と味わう絶望に比べたら、幸せだと思う。



 

 誰かを助けられるような、優しい子になりたかった。


 身を削っても、子供を愛せる親になりたかった。


 できないことをできないと諦められる凡人になりたかった。


 役割のために動ける、大人になりたかった。

 


 昨日のように思いだせる記憶が、文字通り昨日からまた続きを綴り始めた。


 あの“ラウフェイ”は、僕を産んだ個体じゃない。

 お母さんはあの時止まってしまった。お父さんも、後を追うように止められた。

 限りなく母に近い、赤の他人。



 でも、あの人には分からないだろうから、あと少しだけお母さんと呼んでみる。


 それでも、あの人を父と呼ぶことは終ぞ無かった。

 2人を両親と呼べば、幸せな記憶が再び動き出すとでも?

 だから、僕はこれからも呼ばないままだろう。


 あり得たはずの可能性を今日も捨てる。

 掴める距離にあったはずの幸せを、今日も見送る。

 そして、僕は大人になった。



 夜が終わったんじゃない。僕がカーテンを開けて外の明かりを取り込んだのだ。





























「ん・・・・・・」


 彼女が目覚める前に、僕はもう一度手を握る。眠りにつく前と全く同じ状況で、ラウフェイが新しい朝を迎えられるように。


 ゆっくりと意識が持ち上がり、ラウフェイは僕を見た。心の中で暴れるの方に賭ける。

 彼女はまだ僕を思い出せないようだった。まだ夢の続きだと思っているんだろう。突然現れて一瞬のうちに全てを変えてしまった張本人だと分かったら、この眠たげな顔はどんな風に変わるだろうか。


「おはようございます」


 いつでも取り押さえられるように、身構えながら僕は挨拶をする。だけど、ラウフェイは“目が覚めた時に交わす短い鳴き声”が存在することをそもそも知らなかった。


 拷問が始まる合図ではないと知るのは、あとどれくらい先になることやら。




















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