朝食
「あさがきたぁーあさがきたぁー、きょーもあさがきたー・・・・・・ひるがくるぅーひるがくるぅー、そのつぎひ」
「その、6時55分に流れる曲、やめてくれないか? 」
「・・・・・・7時ちょうどをお知らせする方です」
一睡もできないまま、ソルの引く馬車が地平線を越えた。まだ全員の治療は終わっていない。ちょうど重症の患者の処置がひと段落したので、日の出を眺めながら一服しているだけだ。
この休憩が終わったらすぐに戻る。筈だった。
ルンルンと体を揺らしながら、やけにハイな邪神が私の隣へ歩いてきたのだ。
「ぽ、ぽ、ぽ。ぴー」
「・・・・・・」
この子も、睡眠不足で頭がおかしくなっているのか。
昔から睡眠時間を削って、他の事に時間を割く癖がある。隈の深さと奇行で、いつも深刻度を測っていた。
今は、少し危ない程度だ。
「・・・・・・どうです? シャキーンとしました? 」
「今、なんかこう。もの凄くイラッとした」
神聖な太陽の光は、巨人族にとって毒そのもの。エーリヴァーガル川の下流から立ち込める霧が、人間や神々にとって毒である様に、日光・・・・・・殊に暁光は、その清らかな力で我が一族を苦しめるのだ。
多分この子にイラつくのも、その所為だと思う。
「ソルがー半分周りゃー、そのつーぎーノートがくるー」
「まだ続いてるのか。・・・・・・しかも替え歌にされて」
なんだか、絶望を混ぜられた気分だ。
散々働いて少し落ち着いたと思ったら、1日の始まりを突き付けられる。そして、今日も今日とて九界はラグナロクへの道を一歩辿るのだ。もう嫌になる。
「それで、アースガルドの神が何のご用事かな? 」
「討ち漏らしがいる様な気がして」
ユグドラシルで隠れた西の空と同じ瞳が、共に翼を得て飛び立とうと私に呼びかけている。
彼という成功例がいる手前、今回の計画はこれまでに無い最大級の規模になっている。あそこが生産工場だとして、めぼしい個体を別の場所で育成している可能性がある。と、この神は言うのだ。
私たちの時は、徹底的に““ロキ”の誕生を広めていた。多くの巨人から支持を得て、団結を強める狙いがあった。だが、3回目となる今回は同族にすら計画を秘匿にし、神々は勿論金の豊富な霜の巨人族しか、この話は伝わっていない。新世界派に知られたくないことがあるのだろう。
「・・・・・・できれば、全員助けたい」
「多頭飼育崩壊が起きますよ。ここじゃもう面倒見きれない、他に頼れる友達いないんですか? 」
もう、新たな被害者を受け入れる余裕などない。言葉も話せず暴れる巨人を何人も相手して、国民達も疲れ切っているだろう。
「体制は整えたつもりだ。・・・・・・皆の賛同もある。覚束ないとはいえ、労働力が増えたことに変わりはない」
できることが例えどれだけ少なくとも、産業に従事し経済が回れば、ただ寿命を待つだけの生活より余程良い。
「役に立つ・立たないを基準にして、立たない者を見捨ててしまえば、もうそれは奴らと同類だ」
私を見るアース神の目は、呆れていた。
“気まぐれなロキ”を演じる彼にとって、呆れるのがこの場面で最も相応しい反応だからだ。私が“ずる賢いウートガルドの王”という役から外れることができない様に、内心何を思っていたとしても、役から逸れた行動をとることは許されない。もし不適格認定を下されれば、運命は次のロキを向かわせて交代させるだろう。
どれだけ運命の支持を得て味方につけるかが、私たちの生殺与奪の権を握っている。
「いっそ、相応しくない行為をして、相手に来てもらうというのはどうだ? 」
「・・・・・・他人事だと思って」
エーシルのロキは、徹夜明けの顔を朝日に当てながら何か考え始めた。今はただでさえ不測の事態が巻き起こっている最中だ。予言にはないサブストーリーが入った所為で、より運命の判定を予想するのが難しくなっている。
「誰がそんな博打を・・・・・・僕か」
諦めてがっくりと項垂れ、気怠げに頭を掻いた。堅実な彼にとって、ロキという生き方は酷だろう。
比重の大きいため息が、つむじ風に攫われて舞い上がる。残星の輝きは弱まり、マーニは月の馬車を走らせながら、反対側にいるきょうだいと手を振り合った。
「私も出来るだけ力を貸そう」
「・・・・・・1人で結構です」
ヘイムダルと心中するまで、彼の苦悩は終わらない。死以外の救済がない彼にとって、この役は余りにも長く辛いものだ。私が逃げた所為で彼が生み出されてしまったという負い目もある。
「ちょっと母上の様子を見てきますね」
そう言って、彼はバルコニーから飛び降りた。心臓に悪いからここでは控えて欲しい。
アースのロキは、あのラウフェイを特に気にかけていた。自分の何倍も年下だが、彼はあの子を母と呼んでいる。
彼の本当の母親は、運悪く巨人族に捕まった女神の血を引いており、ディースという設定も囁かれる“ロキ”の母“ラウフェイ”として、最有力の候補だった。念願叶って2人目の子が“ロキ”としての適性試験に合格したが、ラウフェイは彼を産んだ時すでに殆ど体力が残っていなかった。
にも関わらず、“ロキ”の3人兄弟という設定を守るために妊娠させられ、出産であっという間に命を落とした。だが、“ロキ”が手に入ったことで彼女の死を悲しむ者は誰1人としていなかった。
用済みとなった他の“ラウフェイ”や“ファールヴァウティ”や生まれた子供は、次々と処分され、彼女を種付けした“ファールヴァウティ”やロキの兄弟である“ビューレイスト”と生まれたばかりの“ヘルブリンティ”だけが家族という役割の為に残された。しかし、“ファールヴァウティ”は悲しみに暮て3人の子の育児を放棄し、直ぐに屠殺された。
「朝ご飯食べたらすぐに出ます」
「必要な物があれば、用意しよう」
私の言葉に、ロキはまた何かを考えた。ラウフェイにもスープを与えながら、これから必要になる道具を幾つか指定した。
「好き嫌いしちゃダメですよ。消化器官が弱っている時にお肉を食べるのは、とても胃に悪いんです」
ラウフェイは、スープの野菜と穀物を拒否し、吐き出して魚をせがんだ。しかし、魚を食べさせても顔をしかめ、ロキの手にする器を覗き込んだ。そして目当ての具材が無いと知ると、とうとう口を閉じてスープを拒否した。
「・・・・・・お腹空いてるはずなのに」
パクパクと具を食べながら、ロキは途方に暮れた。粗く挽かれた穀物で濁った汁を飲み干して私におかわりを要求すると、困ったような顔でラウフェイを説得した。
「お母さん、ここは貴女の居た場所とは違います。食べる物も生活様式も全て。だから貴女の欲しい物を、何でも用意できる訳ではないんです」
彼女はまだ、起き上がるので精一杯だ。調理もされないまま投げ込まれた食糧を、狭い部屋の中で奪い合う様な世界から助け出されて、まだ1日と経っていない。
突然見知らぬ巨人が訪れ、知らない場所に連れ込まれて、初めて見る物を食べさせられる。
彼女が拒否感を示すのも、仕方がないだろう。
「スープ美味しいですよ。ちょっと薄いけど」
「皆が食べている所を見せたら、安心してくれるのでは? 」
「前はどんな食事を摂っていたのか、お話を伺うことができたら良いんですけどね」
うーん、と2人で腕を組んでいると、おかわりが運ばれてきた。スープ以外にも焼いた肉やパンが追加されている。
「炊き出しの様子は? 」
「予想より反応は薄く、まだ慣れないようでした」
国民たちが食べる様子を見て恐る恐る口にする、といった具合らしい。やはり、食べ物に慣れるまで時間が掛かるだろう。
「歯が残っているので、お肉も食べさせてみますか? 」
私がそうだなと答えると、アース神は悲しそうに肉を小さく切った。
「ほら、良い匂いでしょ。お肉ですよ、お、に、く」
ワンチャンこれも自分の胃に入ると期待していたロキは、ラウフェイがぱくっと肉を食べたのを見て、複雑な表情を浮かべた。
「君の分も用意する」
不思議そうに肉を噛むラウフェイを観察しながら、私は彼に伝えた。
「・・・・・・まぁ、それなら」
ラウフェイは初めて食べるウトガルドの肉に、目を見開いた。相当美味しかったのか、飲み込んで口の中から肉がなくなると、残念そうに少し眉を下げた。
「はい、次」
ロキが同じ大きさの肉を差し出すと、ラウフェイは、戸惑ったように彼と肉を交互に見た。
「まだいっぱいありますよ」
15欠片程になった肉を見せると、彼女は警戒して体を硬くした。見返りに何か要求するつもりだと怪しんでいる。
「お母さん、そんなに怖がらなくて良いんですよ」
だが、ラウフェイはパンもスープも肉も拒否して、一切手を付けなかった。
「弱ったな、食べてくれないと体が持たない」
「じゃあ、パンと肉だけ置いておきましょう。人目が無くなったら、食べるかもしれません」
ロキは小皿にラウフェイの分を除けると、残りをまた平らげた。
「いってーきまーす」
「気を付けて」
窓から出ようとする彼を引き留めて、私は玄関まで見送った。少しずつ朝から昼へ移行していく空に、星の輝きが一点だけ浮かんだ。
一羽の鷹が遠ざかって見えなくなるまで、私は立ち尽くした。
彼は、巨人族が通常得る筈の家族経験を積んでいない。務めを果たさない者や、果たし終えた者には死しか無く、決められた台本通りに動かなければ、常に自らもその危険に晒される。
彼が過去に成した書き換えが、あり得ないと思われていた杞憂を立証する何よりの証拠となった。自分が殺した亡霊に取り憑かれ、次は狙われる立場となった。
登場回数の多い彼は、その分自由も効かなくなる。
ラウフェイは、“ロキ”とその2人の兄弟を産む以外、まだ役割が分かっていない。
死が描かれていない私たちは、これから何をすべきなのだろうか。
私は、4時に寝て16時に起きる、昼夜逆転のカス大学生雪 月花。
アルゲバル伝記のアンケートが同数のまま終了しそうで、途方に暮れています。




