好きだから
彩花には、映画関係者からの連絡は徹底的に無視し、成田君と会う約束をしてもらった。
彩花との待ち合わせの場所、居酒屋の個室にわたしが現れて成田君は驚いた。
「なんで真依さん」
「彩花ちゃん、わたしのバイト友達なの」
「らしいね」
「で、彼女まだバイト中だから、伝言頼まれたんだ」
「ああ、そうなんだ」
最後に会ったのは、わたしのベッドから逃げていったあの日。普通に再会したら少しは気まずい気分になるのかもしれないが、彩花の存在がただの知り合い同士として引き合わせてくれた。
彩花がまだ恋人の位置にいないので、感情を抑えているのだろうか。わたしが代わり来たことに不満は見せなかった。
一応、友人としての再会を乾杯した。
「彩花ちゃん主演で映画、撮るんだって」
「その話はなくなった」
「そうなの」
いきなり終わった。成田君は無関係?
ほっとしたが、何も解決はしない。
「どういう仲間だったの?」
「短編映画の映画祭で知り合ったんだ。中にはピンク映画とか撮ってる人たちもいるけど、映画自体は硬派な内容でさ。彩花も興味あるって言うから連れてったんだ。そこで知り合った奴らと映画撮ろうって話になって、俺が脚本書くことになった。でも、あいつら、俺の書きたいことねじ曲げ始めた。彩花の身内が事故死したって話聞いたら、どうにかして脱がそうとするんだよ」
「なんで?」
「脱ぐ女には不幸な背景が欲しいから、利用するんだよ。俺、そういうの好きじゃないんだよね。最近たまたま見た映画でもあった。災害で恋人が死んじゃった子がAVに出るって話。可哀想な分、脱ぐことが神聖になるみたいにさ」
好きな女が脱がされる。成田君の苛立ちはそれだけではなかった。
「でも、あいつらのやってることは映画じゃなかった。陰で素人脱がせて金儲けしてただけだった。騙されたんだ。最初から、俺の脚本じゃなくて、彩花が狙いだった」
意気投合した人たちが、自分の許せない方向の作品を作ろうとしていたこと。自分の脚本ではなく、彩花の若い肉体を必要としていたこと。成田君は二重に傷ついて、いろんな思いを諦めて日常を取り戻して、ここに来たんだろうなと思った。
「彩花ちゃんは、まだその話が続いてて、準備させられてる」
「え?」
「成田君も関わってる映画だと思ってる」
「まさか」
「知り合いだから信用して何度か会ってたみたい」
「マジかよ。なんで俺に何も言わないんだよ」
「会うことも、成田君が知ってることになってたみたい。でも、それもウソだって気づいて、怖くて怖くて私の所来たんだ」
「本当に関係ないか確かめるために真依さんを寄こしたのか」
「そう。鋭いね」
「なんだよ。直接言えばいいのに」
「わたしも言ったんだけどね。けど、彼女映画に出てもいいって言い出したんだ」
「は?」
まるで、わたしが勝手に話を作ってふざけているかのような反応をした。多少は編集しているところはあるけど、ウソじゃない。
成田君は何かを悟ったように、小さくため息をついて悲しそうな顔をした。
「なんだよ、それ。やっぱり悲しみを忘れるためだったら簡単に脱げるのかよ。自分さらけ出したら楽になるのかよ。どんな形でも誰かを喜ばせたら救われるのか。脱いだら違う人間になったみたいに、今までの嫌なこと忘れられるのか」
思いもよらない方向に解釈されてしまった。映画で脱ぐ女達はそういう設定が多いのだろうか。神聖になるって、そういう強引な意識改革がされるのか。わたしが考えていた展開ではない。
成田君らしい。
いろんなことに敏感すぎて、自分に向けられた悪意や好意には鈍感すぎる。
「彼女は身内の死を理由になんかしてない。成田君が好きだからだよ」
「そんなわけないだろう。俺いくつ上だよ」
結構決め台詞みたいなことを言ってやったつもりなのに響かなかった。妙に冷めて距離を置いて見てる。「好きだから」そんな言葉で心動かされて、女の子のところに走ってなんかいかない。
「成田君に大人に見られたいから」
彩花の気持ちを代弁するかのようにつぶやいた。彼女の成田君への思いにはそういう気持ちに満ちていた。
親子ほどの年の差が、もどかしい。いつも子供扱い。だから、本当に成田君の映画で、成田君が脱げというなら脱いでもいいと思ったと。わたしだって大人だと見てもらいたいと。その行為に価値がある若さが単純に羨ましいと思いながら、そんなふうに誰かに想われている成田君の方に嫉妬してしまう。
「脱いだら大人か。路線変更したい女優かよ。二十歳ってそういう年か。オヤジにはわかんねえ」
成田君は最近「オヤジ」という言葉を多用する。それは自分が年をとった、現役じゃない、終わったという意味には聞こえなかった。子供を持った女が「おばちゃん」と言うのに似ていた。おばちゃんと言われるのは、年齢じゃない。そういう立場にいるから。子供目線で自分を見ている感じだ。成田君は、彩花にとって父親みたいな存在であろうとしているのかもしれない。年齢のせいにして自分とは関わりのない世界の人だと、最初から関係が生まれることなどないよう装ってる。自分から遠ざけようとしてる。大切だから自分に関わらせてはいけないと避けてる。男として本気で好きになってしまって、彩花が自分の所からいなくなる日を恐れている。
大丈夫だよ。そう言ってやりたかったが、口先だけで慰めるようなことはできない。心変わりするには充分な年齢差が、きれい事で片付けられない。
だから、わたしは、ただ彼女を守るためにだけに考えたドラマの筋書きを話始めることにした。
「じゃあ言葉を変える。これ、犯罪だよ」
「犯罪?」
「奴らは成田君の名前を使って信用させて、逃げられなくしてる。断ったら違約金払えって脅す。成田君が紹介してしまったんだよ。罪状はなにか分からないけど、無関係じゃすまないよね。彼らのやってることを知ってるのに、見て見ぬふりも罪だよね」
「犯罪。犯罪ねえ。はっはは」
その言葉の効力が強すぎたのか、成田君は、ものすごく不愉快だという目で声を出して笑った。
「何? 刑事ドラマでも書くの? 主婦が悪事をあばくみたいな」
「違うよ」
「確かに、あいつらがやってることは阻止するべきことだと思うよ。彩花から引き離す。でも、それをどうの偉そうに、真依さんが言ってるのがおかしいなと思って。正義感振りかざしてるけど、信用できるのかなって」
「え?」
「自分だって。犯罪、幼児虐待みたいなことしてんじゃないの? トイレも一人で行かれないなんて小学校上がる前だろ。何歳だよ」
全く予想外の言葉が返され、それを導いたに違いない会話が瞬時に思い出された。
……もう勘弁してよ。
……ごめんなさい。ごめんなさい。
……もう自分でやって。洗濯はしてあげるから、着替えてかごに入れておいて。それぐらいはできるでしょ。
……うん。ごめんなさい。
成田君がうちに来た時、小動物とした会話。ドアの隙間で交わされた、自分の目線よりも下に投げられた私の声、子供と会話していると思ったんだろう。
140cmにも満たない小柄な認知症の母との会話を。