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敗北感の意味

 九月からケーキ屋で働くことになった。

 接客業は無理だと思ったが二十歳の彼女に切望された。彼女の名前は、彩花。その場が彩られたように明るくなって本当にお花のような子だ。この子はなぜかわたしを慕ってくれている。母と娘でもあり得なくない年齢差だけど、彼女の瑞々しさにわたしは緊張してしまう。幻滅させるようなことはしたくない。嫌われたくない。そう思った。

 

 数日後、夕飯を一緒に食べようと誘われた。お酒は飲めないというので自然食のレストランに行った。この年になって、一緒にご飯を食べるような、こんな若い知り合いができるとは思わなかった。

 連絡先を交わしお互い登録し終わると、彩花はスマホ画面をわたしに向け、隠し撮りしたかのようなアングルの画像を見せてきた。

「真依さん、この人、知ってますか」

 わたしの頭の片隅、心のどっかにいる人の画像だった。最後に会った時とは、髪型が少し違う。

「成田君」

「映画監督目指してて、レンタルショップで働いてて、多分、真依さんと同じ年です」

「間違いなく成田君だ」

「そうですか」

 彩花はスマホをテーブルに伏せて、改まった姿勢で聞いてきた。

「あの、真依さんって、元カノですよね」

「え?」

「写真見たんです。冬だったかな。偶然見ちゃって」

 酔っ払って二人で撮ったことを思い出した。すごく楽しくて、お互いそういうキャラじゃないだろうって、ポーズをしてた。

「違う。だって、わたし、無理って言って逃げられたし」

自分に再確認するように、二人の間に何もないことを強調した。

「そうなんですか」

 逃げられたという事実は、成田君側に気持ちがないことが明白だからか、彼女の表情が変わった。

「すみません。写真見てすごい気になってて。でも、成田さんに問いただす権利はわたしにないから。モヤモヤしてたら、真依さん、駅前を歩いてたんです。いやでも、そんな偶然あるわけないし、わたしの会いたい想いが全く似てないのにその人に見せてるだけかもしれないって思って、さらに確かめたくなって後付けたんです。そしたらお店の近くのアパートに入っていたんで。もう、チラシをポストに入れて会えるの待ってました」

「え、だから一週間に三枚も入ってたのか」

「バイトの日ごとに入れてました」

「ストーカーじゃん」

「ごめんなさい」

 素直に白状する彩花の姿が可笑しかった。非難したい気持ちは全くないが、今までの自分への好意的な態度は成田君という存在を介してのものだったと知って少し寂しさを感じてしまった。

「想像してたような人じゃなかったでしょ」

 自虐をこめて聞いてみた。

「大人の女だなって思いました」

「大人か」

「無花果のコンポート。美味しかった、似合うって言われて嬉しいって言うなんて、太刀打ちできないって思いました。正直、わたし、あれ苦手なんです。洋酒がおじさんぽい感じで」

 あの時の敗北感をにじませた表情は気のせいではなかった。そういう意味だったのか。それをさらりと言ってのける素直さに、わたしの方こそ勝ち目がないように思えた。勝つもなにも、成田君には逃げられているけど。

 しかし、成田君は童顔だから見た目はもっと若く見えるけどわたしと同じ年。この子とだったら親子でもあり得なくない。

「成田君、二十も上だよね」

「はい」

 好きなのかどうかとは聞いていないのに、顔を赤らめる彼女が可愛かった。好きなんだろう。

「一人で寂しい夜、DVDをよく借りに行ったんです。ネット配信じゃなくてお店で選んでみようってレンタルショップ行ったんです。成田さん、そこの店長で。どんな映画なら嫌な思いしないで見られますかって聞いたんです。変な相談ですよね。でも、成田さん、すごい映画に詳しくって、丁寧に対応してくれたんです。映画ソムリエみたい。わたしの気持ちに寄り添う映画を選んでくれて」

 映画ソムリエ。そんなようなこと言っていた。その頃からの付き合いなんだ。あの時直感した「今の子」がこの子なんだと思った。少し変わった成田君を形成するものが見えてきた。

「去年、姉が事故で死んだんです」

 彩花は唐突に話題を変えた。成田君への恋心を聞かされるのかと思ので、予想もしていない設定に身構えてしまった。わたしは、世の中にあふれる美しい姉妹愛の話に共感できない。その手の話に対応できる自信がないので、あんまり聞きたくないと思った。

「姉のこと嫌いでした。正直、知らない人の訃報を聞いたみたいに別に悲しくなくて。清々したとかそういう怨みが消えたような感じでもないし、本当に何も感じなかったんです」

 共感できない話かと思ったら、ものすごく近づいてきた。嫌いな理由など聞かなくてもいい。なんとなく、何もかも持ってる「ズルい妹」として姉からも愛されていなかったんじゃないかと想像してしまう。

「その気持ちを成田君に言ったの?」

「いえ。ただ事故死のことと、同情してくる周りにどうすればいいか分からないって言いました。身内が亡くなったって言うとみんな慰めてくるから、わたしが普通の日常を送るのが罪みたいに思わされて。何をすれば落ち着くんだろうって悩んでて。けど、成田さんが勧めてくれた映画見たら、どれも優しい気持ちになれたんです。細かいこと何も言ってないのに、分かってもらえたみたいで嬉しかった。ずっと前からわたしのこと知ってたみたいに」

 あなたと成田君が似てるから昔を知る人のように思えたんだよ。そして、成田君とわたし、わたしとあなたも似ている。と言いたくなったが、やめた。

「成田君も、きっと彩花ちゃんの存在で救われたところあると思うよ」

 娘や生徒に対する愛情に限りなく近くて、彩花が望むような恋愛対象の好きとは少し違う気がするけど、成田君に多少影響を与えていることを伝えてあげたい気分だった。

 


 その後、彩花から成田君の話を聞くことはなかった。

 学校が始まってしまったからか、バイト自体あまり来なくなってしまった。彼女が来ない分、わたしが店に入るので、常にすれ違いで、会うことはなかった。


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