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新鮮な桃のケーキ

 通りの向こうのマンションの修繕工事が終わった。前の姿を知らないのでどれだけ変わったのか分からない。布が取り払われると、建物が意外と小さく感じられた。

 八月だけど曇ってて比較的涼しい日。久しぶりにケーキ屋に行った。定期的に呼び寄せてるかのように、またチラシがポストに入っていた。

 店の入り口、ガラスの壁に「パートアルバイト急募」の紙が貼ってあった。わたしはまじまじと見てしまった。

「いらっしゃいませ」 

 入り口付近に陳列された焼き菓子のレイアウトを変えている店員に声を掛けられた。

 無花果のコンポートを勧めてくれた彼女だ。

 貼り紙を見ていたわたしが店の経営を気にしているとでも思ったのか、丁寧に説明しだした。

「パートの方が今月いっぱいで辞めちゃうんですよ。九月からご主人が地方に転勤になって引っ越しするって。フルタイムで入ってくれてた方だから、大変だって。わたしも学校ある時は入れないから」

「そうなんだ」

「あ、すみません。ペラペラと」

「いえ、無職なんで考えておきます」

「え、パートってことですか」

 ものすごく嬉しそうな笑顔を向けられた。このまま新しい人が入らなくなったらバイトも休めなくなると、本気で心配していたのだろうか。あまり期待させてはよくないので、わたしは貼り紙から目を逸らせて、店の中に入った。お客はわたししかいなかった。

 社交辞令の笑顔か。パートとして入ったら、一緒に働くって事だろう。わたしが同僚になって嬉しいのか。本当に誰でもいいから来て欲しいぐらい人手が足りないのか。沢山くるお客の中で、わたしのことなど覚えてないだろう。

「無花果、いかかでしたか?」

「え?」

「無花果のコンポートケーキ」

「覚えてるの?」

「はい」

「美味しかった。これが似合うって言われたのがすごく嬉しくて、ちゃんとした大人にならなきゃって思った」

 素直な気持ちを伝えたつもりだったのに、彼女は敗北感を味わったような表情を浮かべた。さっきみたいな笑顔を期待したのに、何かすごく悪いことを言ってしまったのだろうか。わたしの表現能力が本当に乏しくて意味が分からなかったのかもしれない。

 予想外だったなんとも言えない空気をどうにかしたくて、そんな空気感じてないふりをしたくて、わたしは並んでいるケーキを見た。どれもキラキラし過ぎてて、わたしの中に入ってこない。

 奥にいるパティシエが出来上がったケーキをカウンターに音を立てて乗せた。

「今が旬なのはこれです」

 新しく出来上がった丸ごと生の桃を使ったケーキを満面の笑顔で紹介された。

 さっきの敗北感の表情は、わたしの気のせいだったかも知れない。

 桃のケーキを買った。

 キレイに中心部がくりぬかれ、底の部分がタルトみたいになってて、甘さ控えめなクリームが入っていた。生の桃を生かしたとっても若い味がした。

 みずみずしくて、新鮮で。二十歳のあの子のようなケーキだ。


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