【短編】怪物令嬢、ついに美少年の生贄を捧げられる。えっ困ります!
「やあやあ我こそは生贄である!!怪物令嬢、かかってきやがれ!」
ある日、私の屋敷に
――美少年が乗り込んできました。
「ひえええ」
どうしてこんなことに、なったのでしょう!?
♦♦♦♦♦♦♦♦♦
「怪物令嬢」それが私、ニャルラット・ホテープのあだ名です。
私は、ホテープ子爵家の一人娘として生まれました。
別の子爵家との政略結婚の下に生まれた、由緒正しいサラブレッド。
そんな私には
――角がついていました。
羊のような大きなゴツゴツした角、それが私の頭には生えていたのです。
魔法も魔物もいないこの世界。
生まれたときは柔らかく、大きくなるにつれ固く大きくなっていったソレは、私の人生を大きく変えることになりました。
「見て、怪物令嬢よ……」
「あの角、恐ろしいわ」
「なんでも、逆らった者を串刺しにしてしまうらしいぞ」
皆に遠巻きに噂され、お友達は勿論できず
「社交界には出せるはずもない」
「あの子はきっと、妖精の取り換え子だわ……」
「それでも、あの子が幸せに暮らせるようにしよう……」
優しい両親は裏で泣くことになりました。
これはいけない。私は子供心にそう思い、なるべく人前に出ないようにしました。
こうして、17にもなって、社交界にも出ず、離れの屋敷に引きこもる、「怪物令嬢」の出来上がり、というわけです。
朝起きて、顔を洗う時。私は鏡を見つめます。
赤いボブヘアーに緑の目。
それに角
「長年付き合うと意外と可愛いものなんですけどね」
叩くとコツンといい音がしました。
昔はとっても嫌だった角のついた頭も、今では立派なアイデンティティ。
「まあ、角が無い人生にも憧れたりはしますけれど」
そう言いながら、階段を下ります。
一人暮らしは独り言が多くなりますね。
チリーン。
「はーい」
ベルが鳴ったため玄関に向かうとメイドが怯えながら朝食をくれました。
新しく入ったメイドさんです。確か名前は、ルル。
年の頃は同じ位。
私は、そわそわし始めます。
是非に、仲良くなりたい。是非に。
「し、失礼いたしました」
朝食を渡してくるりと背を向けたルルに、私は意を決して話しかけます。
「は、はのっ」
噛みました。
「ひえっ、な、なんれしょうか」
ルルも噛みました。のみならず、ガタガタと震えています。
「と、ともらひ、ともらひ」
私は焦った口で、必死に友達、友達と繰り返しました。「友達になりたい」そう伝えるつもりでしたが、これでは本当に悲しき怪物です。
「ふわーーーー」
結局ルルは、可愛い悲鳴をあげて逃げ去っていってしまいました。
がっくりと膝をつく私。
そう。この数年で「怪物令嬢」ニャルラットはすっかりコミュ障になっていたのでした。
そんな時に「彼」は現れたのです。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦
ご飯を食べ終わった後、読書の最中のことでした。
「バーン!!!!!!!」
大きな音がして、私の屋敷の扉が開かれました。
「ひえ」
二階にいた私は、柱の陰から恐る恐る階下を見ます。
そこには
――美少年がいました。
艶やかな黒髪に、ルビーのような真っ赤な瞳。歳の頃は15といったところでしょうか、
キリリとした凛々しい顔をしています。本で読んだことしかないような美少年です。
しばらく見とれていると、美少年はスッと口を開きました。
「やあやあ我こそは生贄である!!怪物令嬢、かかってきやがれ!」
「ひええ」
「怪物令嬢」と呼ばれて17年、ついに生贄を寄こされてしまいました。
しかも何だか喧嘩腰な生贄。
取り合えず、刺激しないように声をあげます。
「わっ、私。戦う気なんか……」
「なに!?僕では力不足というのか、なんだとこんちくしょー!」
美少年は憤慨して、剣の切っ先を私の方に構えます。
「わわわ」
全然話を聞いてくれません!
怖い!!!
「わ、わらひは」
更に説得しようとしたところ、噛みました。
あほっ。私の舌のあほ。タンシチューにしてしまいましょうか?
パニックと恥ずしかさで耳が真っ赤になります。
すると、階下から「コホン」と咳払いが聞こえました。
「え?」
「コホン。聞こえなかった。怪物令嬢め、何を言った?」
なんだか律儀に聞き直してくれたようです。
……いい人、なのかも?
私は柱の陰から、そっと身を乗り出しました。
「わ、私は悪い令嬢じゃない……ですよ?」
そう言いながら、ホールドアップします。
美少年とバチっと目が合いました。わー。まつ毛長ーい。
「騙されないぞ!!そんな角も生えて……
あれ、角だけ?」
視線が角に言った途端、少年の語気が弱まります。
「えーと、君はニャルラット・ホテープ子爵令嬢か?」
聞かれたので、首を縦に振ります。
「怪物令嬢って呼ばれている?」
更に首を縦に振ります。
「怪物令嬢は、身長が5mあって角と翼があって火を吹くって聞いてたんだが」
私は首を千切れんばかりに横に振ります。
「誰ですか!?その化け物!」
私がそう言った途端、美少年はへたへたとしゃがみ込みました。
「大丈夫ですか!?」
私が駆け寄ると、美少年は苦しそうに言いました。
「……まない」
「?何ておっしゃいました?」
「……すまない、安堵で腰が抜けてしまった。立たせてくれまいか」
キュン
恥ずかしそうに、悔しそうに言う美少年を見て私の胸が高鳴ります。
何やら、開いてはいけない扉が開いてしまいそうなのでした。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦
「た、大したおもてなしが出来ず、すみません。来客は久しぶりで」
「いや、こちらこそ。急に押しかけてすまない」
彼を椅子に座らせ、紅茶をいれると彼は申し訳なさそうに頬をかきました。
ちなみに、ちょっとさばを読みました。来客なんて初めてです。
「それで、貴方は……」
「挨拶が遅れたな。僕は【騎士】見習い。クトゥル男爵家が6男。イア・クトゥルだ」
特に、「騎士」の部分を強調して彼は自己紹介しました。
どうして、そんな方が我が家に?
私が疑問に思っていると、美少年――イアさんは「ふふん」と鼻を鳴らします。
そして堂々と答えました。
「僕は君の、生贄に成りに来たのだ!!」
「げほっごほっ」
私は思わず咳き込みました。どういうことです?
「この前、ホテープ子爵家から、クトゥル男爵家に縁談の話が来た」
「え」
私は驚きました。
そりゃあ、一応私は一人娘ですから、家を存続させるには婿を取るしかありません。
しかし……。私は角を触ります。
怪物令嬢の名がつく私に婿など来てくれるはずもありません。
「なぜクトゥル家は縁談を受けてくださったんです?」
「無論父上は反対したぞ。『そんな化け物に可愛い息子たちを遣れるか!生贄のようなものではないか』と」
「……。まあそうでしょうね」
ワタシ。キズツカナイ。
紅茶を一口含んで心を落ち着けます。いい香り。
イアさんは続けました。
「だから、僕が来た」
?
??
何かおかしくないですか?
「可愛い息子は遣れないのに、イアさんをこちらに送り出したんですか?」
私がそう聞くと、イアさんは事も無げに言いました。
「ええと父上は、6男以降は息子として扱っていないのだ」
「何ですかそれ!?」
何か急にクトゥル家の闇が!
怪物令嬢の私さえ、一応は娘として扱ってもらっていますよ!
私が憤慨すると、イアさんは少し悲しそうな顔をしました。
「スペアにしても多すぎて価値はないからと、僕と弟達は放任されている」
「そ、そんな……」
「で、でも悪いことだけではないぞ。今回は息子として、大任をおおせつかったしな」
すごく嬉しそうなイアさんを見て、胸が痛みます。
「そんなのおかしい……」
私がそう言おうとしたとき
イアさんが、バッと立って私の手を握りました。
「と、いうわけで、ニャルラット嬢。僕をこれからよろしく頼む
――花婿として」
え?
♦♦♦♦♦♦♦♦♦
次の日の朝。私の惰眠は夜明け前に破られました。
「起きろー。ニャルラット嬢ー」
目が覚めるような黒髪赤目の美少年。イアさんです。
「なんですか。まだ早いですよ。朝ですよ。朝前ですよ。むしろ夜ですよ」
「ニャルラット嬢は寝起きのほうが饒舌だな」
朝から的確に急所をえぐられ、私は目を覚まします。
そう。あれからイアさんはホテープ家に滞在することになりました。
親としては、せっかく捕まえた婿殿を放す気はないようです。
勿論、母屋のほうに泊まってもらいましたが。
「こんなに朝早くからどうしたんですか?イアさん」
「ああ、朝食が出来たから、一緒に食べよう」
私は驚きます。
「イアさんが作ったのですか?」
「うん」
体感と本で読んだ知識から察するに、料理をする令息なんて珍しいのでは。
クトゥル家、闇が深まります。
「嫌……か?」
不安そうにしたイアさんを見て急いで首を振りました。
「い、いえ!楽しみです」
それにしても、いい匂い。
「オムレツとマフィンを作ったんだ」
「何ですそれ美味しそう」
思えば私、熱々のご飯なんて何年振りでしょう。
母屋から離れに届けるため、どうしても冷めているのです。
一人じゃない食卓も久しぶり。なんだかイアさんが来てから、驚いてばかりです。
というかテーブルマナーが心配。頑張れ私の本知識!!
本で埋もれていたテーブルには、どこからか見つけ出してくれた白いテーブルクロスがかかっています。その上には美味しそうな朝食たちが、「私を食べて」と待っていました。
神に祈りをささげ、食べ始めます。
ふんわり焼かれたオムレツを切って口に運びます。
優しいバターの香りがふわっと広がりました。
「ん~」
あまりの美味しさにほっぺが落ちそうになります。
幸せっ。幸せっ。
「ふっ」
顔をあげると、イアさんが楽しそうに笑っていました。
「弟達には好評だったが……お気に召したようで良かった」
私はその顔に見とれます。
凛々しい美少年が顔をほころばせるところは破壊力抜群です。
周りが花が咲いたようにパッと明るくなりました。
食後、イアさんはいそいそと支度を始めました。
「どこに行かれるんですか?」
「僕は騎士見習いだからな。馬の世話とか……色々仕事があるんだ」
「そうなんですか」
勤労です。素晴らしいです。だから朝が早かったのかもしれません。
「そうなんだ。では、ニャルラット嬢。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
生真面目な美少年を送り出します。
扉が閉まった瞬間、私はハタと気づきました。
「あれ?私ヒモ同然なのでは」
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
家事もしない。外にも出ない。淑女としての交流にも参加してない。
これではいけません。
怪物令嬢ではなく、ニート令嬢です。
「というかイアさんが完璧すぎるのでは?」
私にはもったいない生贄、もとい、婿です。
私がそう身もだえていると、ベルが控えめになりました。
「はーい」
珍しい。またお客様です。
玄関に出ると、メイドが一人立っていました。
何とびっくり。ルルです。
「ご、ごめんなさい。朝ごはんは……」
私がそう言うと、ルルはか細い声で答えました。
「い、いえ違うのです」
ルルは手をもじもじとさせ、意を決したように私に話しかけました。
「そ、その。昨日は申し訳ありませんでした」
昨日……お友達になろうとしたときでしょうか。
色々なことがありすぎて、遠い昔のように感じます。
「いえ、あれは私が悪かったですから。」
昨日の気持ち悪い私相手なら、誰だって悲鳴をあげて逃げ出すでしょう。
イアさんと話したおかげで、舌の回りが良くなった今ならわかります。
そう言うと、ルルは「良かった」とホッと息をつきました。
「婿様のおっしゃった通り、お嬢様はお優しい方なのですね」
「婿様?」
イアさんのことでしょうか。
ルルは、「はい」と微笑みました。
「昨日、皆の前で婿様がおっしゃっていたのです。『ニャルラット嬢は怪物令嬢なんかじゃなく、優しく美しい令嬢だった』と」
「ええっ」
何だか急に照れます。イアさんがそんなことを……。
腰が抜けたのを介抱したのが良かったのでしょうか。
ルルはうるんだ目で私を見つめます。
「婿様のおっしゃっていたのは、本当でした。これは、磨けば光る」
ルルさん?何か後半職人が乗り移っていません?
そうして、彼女はニコニコしました。その手には櫛やメイクセットの入ったカバンが握られています。
「あの……お詫びと言ってはなんですが」
「え」
「可愛くさせてもらいますね」
決定事項なのですか!?
♦♦♦♦♦♦♦♦♦
「ニャルラット嬢。ただいま戻ったぞ」
階下でイアさんが帰ってきた気配がして、私は身を隠します。
「何をやっているんだ?」
すぐ見つかりました。
「うう……」
なるべくなら、見せたくは無かったのですが……。
私はゆっくりとイアさんのほうに振り向きます。
「ニャルラット嬢……!」
イアさんが息を飲みました。そう、私は今日化粧とヘアメイクをしてもらったのです。
「いや、やっぱり変ですよね。ルルさんが可愛くしてくれたんですけど、その私には分不相応っていうか、素材不足?みたいな。いやもうホント思いあがるなって話ですよね。ごめんなさい」
「可愛い」
「え」
イアさんが手を伸ばしてきます。その頬は心なしか紅潮していました。
「え、え」
私は目をぎゅっとつぶります。
そうして伸びてきた手が髪に触れた瞬間、
「す、すまない」
イアさんは我に返りました。
「そ、その。ゆ、夕食の支度をしてくる!!」
珍しく歯切れの悪いイアさんは、嵐のように台所のほうへ走っていきました。
「これは……」
「良かったですね!お嬢様!」どこからか、ルルの声が聞こえたような気がしました。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
それからしばらく、私達の新婚?生活は続きました。
ある日
「私、これではいけないと思うんです」
私がそうつぶやくと、日なたで洗濯物を干していたルルが答えました。
「急にどうしたんです?お嬢様」
私も洗濯物干しに参加しながら答えます。
「私、イア様に何も出来ていません」
「そんなこと、婿様は気にしなさそうですけど」
ルルがぼんやり呟きます。もうすっかり仲良くなりました。
「でも、こう。感謝の気持ちを、伝えたいのです」
彼が来てから私の毎日はグンと楽しくなりました。
ワクワク。
そわそわ。
ドキドキ。
本の中だけでしか知らなかった感情を沢山知れました。
私が真っ赤になって俯くと、ルルが「可愛い~~」と言って抱きしめてきました。
「つの!角刺さっちゃいますよ!!」
慌てる私をよそに、ルルは私をなでなでします。
そして、楽し気にこう言いました。
「じゃあ、贈り物とかどうでしょう?」
こうして私は町に出ることにしました。
「ひえええ」
家の外なんて久しぶりです。怖いです。涙が出ます。
しっかり、フードを被ります。
角を。角を隠さなければ。
「お嬢様、贈り物何にします?」
ルルが引っ張ってくれますが、怖いものは怖い。
段々過呼吸になっていきます。
「お嬢様?」
ルルに心配されてしまいました。
「む、むかし。い、石を投げられたことがあって……。化け物って」
そのときのことは、今でもたまに思い出します。
男の子に投げられた石の傷跡は小さく肩に残っているのです。
まあ、社交界での心無い言葉という、見えない石よりはマシですが。
段々と、「化け物」「気持ち悪い」「不気味」「恐ろしい」「役立たず」周りの人間たちが皆そう言っているように感じてきました。
「お嬢様、無理は駄目ですよ。帰りましょう?」
ルルはそう言ってくれます。
正直、自分でも無理だと思います。
うずくまる私を町の人が怪訝そうに見ていきました。消えてしまいそうなほど恥ずかしくなります。
帰りたい。
帰りたい。
帰りたい。
……でも
イアさんの、はにかんだような笑顔が脳裏に浮かびます。
私は息を落ち着け、汗ばむ手のひらをぎゅっと握りました。
すごく怖いけれど、イアさんの笑顔を見れるなら……!
「い、いえ。ルル、行きましょう」
私は、ゆっくりと前を向いて一歩を踏み出しました。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
「これを、僕に?」
夕食後、イアさんに贈り物を渡すと、彼はすごく驚いたようでした。
「開けてもいいか?」
「は、はい。お気に召すか分からないのですけど」
私がゴニョニョと言っている間にイアさんは包を開けました。
そこには
「本?」
一冊の本がありました。
「私の愛読書で……。そ、その。騎士のお話なので、イアさんも気にいるかな、と」
「そうか」
イアさんの言葉に、心臓がバクバクと音をたてます。
あれから、一生懸命町を見て回りました。色んな贈り物を見てきて、最後に行きついたのが、これでした。
ああでも、やっぱり装飾品とかの方が良かったのでしょうか。
新品とはいえ、本なんてここでは見慣れたものはまずかったでしょうか。
不安のあまりイアさんの方を見ます。
イアさんは放心したように
――泣いていました。
赤いルビーの瞳から、宝石のような涙が零れ落ちています。ポタポタと、テーブルに雫が落ちました。
「え」
私が驚くと、イアさんは袖でゴシゴシと目をこすります。
「す、すまない。騎士たるもの涙を女人に見せるなど」
「え、えと。それは贈り物が嫌で……?」
「違う!!」
イアさんは声をはりあげました。その後に恥ずかしそうに眼をそらします。
「贈り物なんて、初めてもらった」
そして、はにかんだように笑いました。
「ありがとう。ニャルラット嬢」
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
イアさんと暮らしていて、ずっと違和感がありました。
最初にここに来た時の発言といい、
「彼は貴族の令息として、一人の息子として、愛されていないのではないか」
私はこの段階でその考えを確信しました。
「イアさん……」
青空に浮かぶ雲をぼうっと見ながら考えます。
「お嬢様?」
プレゼントを渡した日から上の空な私を、ルルが心配そうに見つめました。
そんなある日の夕方、事件は起こります。
帰ってきたイアさんを出迎えていると、屋敷の前に豪華絢爛な馬車が止まりました。
「!」
イアさんの肩がビクリと震えます。
馬車の前にカーペットがしかれ、そこに大男が降り立ちました。
杖をつき、髭を生やした美丈夫です。白髪ですが、目のぎらつきは老いを感じさせません。
「父上……」
「えっ!?」
イアさんがポツリと呟きました。イアさんのお父様なのですか!?
そういえば面影が……特にないです。
私は、わたわたと、急いで挨拶をしようとします。
そこにイアさん父――クトゥル男爵の、低い声が響きました。
「イアよ。お前の婿入りは無しになった」
――え?
私は頭が真っ白になりました。
なんで?急すぎませんか?
隣のイアさんを見ると、やはり顔面蒼白です。
「お、お言葉ですが、父上……!」
「異論は認めん」
イアさんに、クトゥル男爵は冷たく言い放ちます。
それでもイアさんは食らいつきました。
胸に手をあて叫びます。
「父上、僕はニャルラット嬢のことを……」
「公爵令嬢から、お前指名で縁談が来たのだ。
――荷物をまとめて、明日には出立するように」
クトゥル男爵はそれだけ言って踵を返そうとしました。
「待って、父さ……」
パシッ
乾いた音が響きます。すがりつくイアさんの手をイアさんの父が叩き落としたのです。
空気が凍ります。
クトゥル男爵は低い声で言いました。
「お前は道具だ。少しは道具らしくしろ」
「――いい加減にしてください」
その空気を壊す一言が、玄関ホールに響きました。
「イアさんは、私の生贄です」
先に言っておきますが、私はとってもコミュ障です。
沢山のトラウマもあります。
今だって手の震えは止まりません。
でも、
それでも、
許せるはずがありませんでした。
クトゥル男爵は、私の角を一瞥しました。
「ふん。化け物め」
「あら、ご存じでした?」
私はなるべく声が震えないよう、努めます。
クトゥル男爵が少し目をそらします。異形の私を気味悪く思ったようです。
「これは私の道具だ。私の好きにさせてもらう」
「怪物の獲物を盗むなんて、度胸がおありなのですね」
私は頬に手を当て、にっこりと笑いました。
イアさんが不安そうにこちらを見ました。
大丈夫です。
私は、「怪物令嬢」なのですから。
スッとクトゥル男爵を指さします。
「貴方
――呪われますよ」
「くだらん。何を……」
そうクトゥル男爵が震え声で言おうとしたとき、
庭の方で、大きないななきがしました。
「旦那様!!馬が!暴れて!!」
庭の奥の方で馬が暴れだしたようです。
白目を剥き、怯えたように身をよじっています。
私の角を見て、何やら逃げ出そうとしている様子。
狙いすましたようなタイミングに私は驚きます。
今までこんなことはありませんでした。
「……ほう」
流石のクトゥル男爵も驚いたようで、白い眉を片方あげます。
そして何やら呟きながら、イアさんのほうへ向かいました。
「イア、俺の言うことを――」
とその時
ガシャン!!
地震でしょうか?二人の間の花瓶が落ちて割れました。
さっきから、都合の良い偶然が続きます。
偶然……ですよね?
何にせよ使わない手はありません。私はイアさんを後ろ手に庇い、にらみつけます。
それを見た男爵は鼻を鳴らし、「もはや怪物の手付か……」と呟きました。
ため息とともに踵を返します。
男爵が馬車に向かい、
「今日のところは帰ろう」
そう言った途端、馬が落ち着きました。
クトゥル男爵は忌々しそうに私を睨みました。
「父上」
帰る背中に、イアさんがスッと前に出ます。
そして、直角に礼をしました。
「僕は、正式にホテープ子爵家に婿入りします。
――これまで、ありがとうございました」
クトゥル男爵は吐き捨てるように、
「好きにしろ」
と言って去っていきました。後には轍の跡だけ。
その姿が見えなくなったとき、我々はへたり込んだのでした。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
それからのことを少しお話しましょう。
イアさんは、正式にホテープ子爵家に婿入りしました。
不気味に思ったのか、クトゥル男爵はあれから何も言ってこなくなったのです。
結婚式もささやかながら挙げました。
「お嬢様~!!お綺麗ですぅぅ!」
何故かルルが一番号泣していました。
それから2年後、イアさんは正式に騎士になりました。
「イアさん、おめでとうございます」
「ニャルラット嬢!ありがとう!」
そう笑う彼は、以前よりスッキリとした表情でした。お仕事は増えましたけど、毎日楽しそうです。
ただ一つ懸念事項が……
彼は面倒見も良く、ご令嬢からの人気も高い……らしいです。ルル談。
「こんなに可愛い、つ、妻がいるのに、浮気なんてするわけがないだろう」
そう、つっかえながら言うイアさんのほうが、可愛いと思いますけどね。
さて、私の話。
私は少しずつ、人と話すようになりました。
怪物令嬢の噂はどんどん尾ひれがつき、ヒートアップしていきました。
今では、身長が10mあって角と翼と牙があって火を吹いて、目から呪いを出すそうです。
ただ、もう一つだけ、噂が。
春風と共に、騎士の間から広がり始めていました。
曰く
「実は、怪物令嬢は生贄を溺愛していて、可憐な乙女の姿らしい」
私はイアさんと笑い合います。
噂の真相は、私たちだけが知っているのでした。
怪物令嬢の物語。読んでくださり、本当にありがとうございます!
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