3.願いごと
「えっ」
逆に提案されるとは思わず、ルゥはとまどってしまいました。それでも、ふくろうはやさしく言葉をかけてくれます。
「せっかくだから、元気になれそうなことをひとつ、心から願うといい。もっと夜が更けたあとでまた来るよ。今から少しは寝てもいいぞ。わしが起こしてやるからな」
「ありがとうございます」
そこまで親切にしてもらって、ルゥは断る気持ちにはなれません。ふくろうの近くで寝床を探し、休ませてもらうことにしました。
願いごとはどうしようか。
ルゥは目を閉じたまま、考えをめぐらせました。
これまで流れ星に願っていたことでいいように思いませんでした。もっと違う、もっと願いたいことが心の奥にひそんでいる気がしてなりません。
『元気になれそうなことをひとつ、心から願うといい』
そう言われたことも、うんと考えさせられました。
思えば、ずいぶん遠くまで飛んだものです。世界の果ては見つからず、あるのかどうかも分からないまま。でも、今となっては翼は動きません。気持ちも底へと沈み込んでいます。
前の日に見た、八羽の鳥の兄弟の姿が心に浮かびました。仲間たちを思い起こします。
みんなはどうしているんだろう。
そう思ったら、急に胸がちくちくうずくような切ない気持ちになりました。先ほど久しぶりに話したから、余計にわかります。
孤独なのです。
ルゥはひとりで飛ぶのが寂しくなってしまったのです。一番速く上手に飛べるのに。
ずっとずっとひとりのままではいられないのでした。
そっと目を開いて葉の間から見上げると、夜空にはたくさんの星が光を投げかけています。ちらちらと瞬く様子が、何かをささいているように見えました。
「心からの願いごとかぁ」
小さくつぶやくと、星のささやきが耳に響いてくる気がしました。
ココロカラノ ネガイゴト ココロカラノ ネガイゴト
ゲンキニナル ネガイゴト
ナニカナ ナニカナ
星たちが静かに問いかけているかのようです。
ルゥは一度、小さく息を吐きだしました。
仲間たちの前で、世界の果てを見てきたと言いはることはできません。ここまで飛んでみても、八つの説のひとつもわかりませんでした。
でも、もうそのことを誰かに話したかったのです。
何も成果はなかったけれど、いっぱい飛んでみたよ。楽しいときもあったけれど。
寂しくなったよ、と。
そんなことを話せばいいのではないかな。
元気になりたければどう願えばいいか、だんだん見えてきました。
明日から帰ろう。戻る道は今までと同じだけ大変なのはわかっているけど、それでももうそうするしかない。
そうすれば、いいんだ……。
「そろそろ時間だよ」
そのとき、ふくろうの声がしました。
ルゥははっとします。いつの間にかうとうとしていたようです。このところよく眠れなかったのに、眠らなくてもいいときに眠れるとは。
そんな自分に笑いたくなるくらいのゆとりが、今のルゥにはありました。
ルゥはふくろうと一緒に、高い木のてっぺんまで上りました。ちょうど見晴らしのよい場所がありました。
満天の星が二羽を囲んでいます。
「願いごとは決まったかい」
ふくろうに問われ、ルゥは「はい」と元気よく返事をしました。
「わしも決まったぞ。今考えている理論が早く証明されるように願うんだよ」
ふくろうは、とてもうれしそうな表情で語ります。
ふくろうらしい願いごとだなあと、ルゥはほほえましく思いました。
でも、ルゥだって、今の自分に一番正直な願いごとをするつもりでいます。
「おっ、そろそろだぞ」
ふくろうの言葉が終わらないうちに、夜空からひとつの星がしゅうっと落下していきました。
あっという間でした。
しかし、そのあとにまた星が尾を引いたかと思うと、次々と流れ星が現われました。
夜空が、光のシャワーで彩られます。
ふくろうが祈るように左と右の羽を合わせたので、ルゥも羽を合わせ、心のなかで願いごとを唱えます。
八つの星が地上に向かううちに、ルゥは三度唱え終えました。星はまだ降り続いていました。
流れる光のきらめきが消え去ると、ふくろうは尋ねます。
「どうかね。願いごとは言えただろう?」
「はい。ありがとうございます」
ルゥはお礼の言葉を口にしました。途端に、何だか心地よい眠気に誘われました。
これまでずっと眠れなかったのに、今日はどうしたことでしょう。思わずあくびをすると、ふくろうはにこりと笑って寝床へ促しました。
「ゆっくり眠るといい。心から願えたようだからね。わしも、明るくなってからよく寝るつもりだよ。願いごとはちゃんとできたからね」
ふくろうと別れると、ルゥは安心してすやすやと深い眠りにつきました。
なぜなら、ルゥは自分の本当に叶えたい願いを、星にきちんと伝えられたからです。
『仲間に会いたい』
ただそれだけが本当に望んだことでした。
「ルゥ。おーい、ルゥ」
突然の呼び声に、ルゥは目を覚ましました。辺りはまぶしく輝いています。夜が明けたというよりも、ずっと太陽は高いところまで昇っているようです。
「ルゥ。大丈夫かい」
光の中からさらに声がして、ルゥはびっくりしました。
「トパ? トパじゃないか。どうしたんだ?」
そこにいるのは、自分が森にすんでいたときの友だちでした。
「どうしたんだって、こっちが聞きたいよ。ずいぶん久しぶりじゃないか。今までどこへ行っていたんだよ」
「どこへって……。ぼくはずっと遠くへ遠くへ飛んで行ってたんだよ。それなのに、なんでトパがいるの? トパも遠くまで飛んでいたのかい?」
「まだ寝ぼけているの? ここは、ぼくたちが生まれた森じゃないか」
「えっ。だって、ぼくはずっとまっすぐ飛び続けていたんだよ。なんで森にいるわけ?」
トパは肩をすくめてみせます。
「夢でも見たんじゃないのかい。すごくよく寝ていたようだからね。もうお昼すぎだよ。通りがかりの鳥たちが『ふくろうのそばで仲間が眠り込んでいるよ』って教えてくれたから、迎えに来たんだけど」
「そうなんだ。ありがとう、トパ」
「ようやく目が覚めたみたいだね」
トパの笑いをふくんだ言葉にはかまわずに、ルゥはつぶやきます。
「確かにすごく寝た気がする。でも、ふくろうのおじいさんには昨日の夜、絶対に会ったんだ。今まで飛んでいたのも昨日のことも夢じゃないよ」
そこで、ふと思いつきます。
「そうだ。もう一度、ちゃんとお礼を言わなきゃ」
願いが叶ったのだから、とルゥは心の中でつけ加えました。