2.流れ星とふくろう
「ちょっと疲れたのかな。体の調子がよくなれば、きっと元通りさ」
ルゥは自分に言い聞かせました。けれど、どうもそうではないようです。
なぜか、いつも心は鉛をつめたように重苦しく、翼もまたルゥを裏切るかのように鈍く感じるようになりました。
「ぐっすり寝たら、きっとよくなる」
そう思うのに、ルゥはいつのころからか、よく眠れなくなっていたのです。
前よりも休む時間を増やし、ぬくぬくと温かく安全な場所を見つけて目を閉じても、どこか気持ちが休まりません。何か凝り固まったものを胸の内に感じて、心はゆらゆらとして定まらず、落ち着きませんでした。
気がつくと朝になっていて、ルゥは以前のような爽快感もなく、空へ飛び込んでいきます。広げるのも億劫になるほど両の羽は動かず、まるで自分のものではないかのよう。飛行距離もたいして伸びないうちに日が沈んでしまいます。
ルゥは木の枝の上でよく休憩をとるようになりました。そんなとき、ほかの鳥たちを見かけることもあったのです。
「待ってよぅ」という幼い声に振り返ると、小さな鳥が兄弟たちの後ろからついていくところが見えました。
「ゆっくり行こうか」
先頭の鳥が合図を送り、みんながスピードを落としました。
全部で八羽の群れでした。
ルゥも小さなころは、兄や姉たちの一番後ろをひたむきについていったものです。
それがみんなに励まされるうちに、だんだんとうまく飛べるようになり、ついには誰よりも速くたくさん飛べるようになったのでした。
「なつかしいなあ。楽しかったな、みんなと一緒に飛べて」
どこかあこがれるようなまなざしのまま、ルゥはつけ加えました。
「もう昔の話だけど」
その晩、ルゥはまるで眠れませんでした。夜が明けるのも待たず、思い切って寝床としていた木のうろから顔を出します。
月明りが地上を照らし、ルゥの目に周りのものを見分ける力をくれました。ルゥは外へ出ると、高く舞い上がり、星の海へ向かっていきました。
たくさんの星が地上へ向かって光を放っています。
これまで飛ぶことしか考えていなかったせいでしょうか。こんな美しい星空を目にするのは、初めてのような気がしました。その光景に、心がなぐさめられました。
しばらく星のなかをくるくると舞ってみます。すると、ひゅっとひとつの光が地上へ向かって流れていきました。
「流れ星だ」
すぐに分かりました。しばらくすると、またしゅっとひとつの光がこぼれ落ちていきます。
ルゥは思い出しました。
「そういえば、流れ星が消える前に願いごとを三回唱えると、叶うって聞いたことがあったな」
調子のととのわないルゥは、それを試してみたくなったのです。
「よし。今度の流れ星に願いごとをしよう」
ルゥは旋回しながら、次の流れ星を待ちました。待っているうちにだんだんと夜が明けていきます。
「もう今夜は無理かな」
そう思った途端、ひとつの星が輝きながら地上へと降っていきました。
「あっ……」
ルゥは願いごとを口にすることができませんでした。
ほとんど眠れなかったので、ルゥはその日はあまり飛べませんでした。それなのに、いざ夜になると眠りはすぐに訪れません。
「それなら、流れ星を探しにいこう」
昨晩のように天空を見つめていると、やがて星が光り、長い尾を引いていきます。
「世界の果てまで行って、みんなにほめられますように……」
ルゥの声は小さくなって、消え入りました。なぜなら、言葉の途中ですでに、流れ星は夜空になかったからです。
「やり直しだ」
ルゥはしばらく天をにらみながら飛んでいました。
再び、星の流れるときが訪れました。
「世界の果てまで行って、みんなに……」
ルゥの声は半ばで勢いをなくし、途切れました。
「今度こそ」
明るくなってきたところで、次の流れ星が地上へ降り注いでいきます。
「世界の果てまで行って……」
ルゥはやっぱり言い切ることはできませんでした。
本当に世界の果てがあるかわからないし、このままでは飛び続けることさえ難しいのではないかと、感じていたからです。
その日の飛行もつらくて、気持ちもどんより沈んでしまいました。
夕闇のせまるころ、ルゥはやっとその日のねぐらを見つけました。ちょうどいい森が目の前に現われたので、がんばってそこまで飛んだのです。
星が瞬くようになると、ルゥは飛び立ちます。しかし、最初の流れ星があっという間に消えてしまうと、力がもう湧いてこなくて、木の枝へ戻ってしまいました。
「おまえさん、こんな夜更けに何しているんだ?」
突然声をかけられて、ルゥはびくりとしました。見ると、年を取ったふくろうが一羽、すぐそばの木に止まっています。
「若いのに、疲れた顔をしておるな。どうかしたのか」
ふくろうはよく回る首をかしげて見せます。ルゥは急なことでうまく話ができません。そういえば、ずっと誰ともしゃべっていませんでした。
「うん、ちょっと……」
もそもそとしてごまかすくらいしかできません。ふくろうは、そんなルゥの様子にかまわず、話します。
「そうだ、いいことを教えてやろう。このあと、流星群がやってくるんだ」
「流星群?」
今度はルゥが首をかしげます。
「そう。流れ星が一斉にやってくるんだよ。ちょっとゆっくり願いごとをしても、間違いなく三回言えるくらいさ。これを逃す手はない」
「はあ、そんなことが」
ルゥは流星群というものを、よく知りませんでした。
「なぜ、流れ星がこれからいっぱい来るって知っているんですか」
「わしらふくろうが毎年同じ時期に見ている流星群があってな、ちょうど今日がその星たちが流れてくる日なんだよ」
「そうなんですか」
ルゥは、ふくろうたちがたくさん知識を持っているのを知っていました。
ふくろうは、夜はほとんど眠らず、あちこちから集めた情報で、考えごとをするのが大好きなのです。そのふくろうの言うことなので、きっと本当なのだろうとルゥは思いました。
「わしも、ちょうど願いごとをする予定なんだ。どうかね。おまえさんも流れ星に願いごとを唱えてみてはいかがかな」