1.ルゥは飛ぶ
ルゥは、大きくて丈夫な翼を持っている鳥です。
八羽の兄弟の末っ子でしたが、大きくなると、三羽のお兄さんよりも、四羽のお姉さんよりもずっと上手に飛べるようになっていました。
今では、大きな森のなかで、ルゥよりも力強く羽ばたき、ルゥよりもたくさん飛べる鳥はどこにもいないくらいでした。
暖かく豊かな森で、ルゥは何不自由なく暮らしていました。
ほこらしげに羽をあやつり、飛びまわる毎日が楽しかったのです。けれども、それだけでは満足できなくなっていました。
ルゥはひとり立ちして、木の穴にすんでいます。外へ出ると、すばやく飛んでいきますが、最近では誰も振り向いてくれません。
以前は「すごいね」「ルゥは一番だね」とほめたたえてくれた兄や姉たちもあまり声をかけてこなくなりました。
隣の木にすむ友人のトパは言いました。
「きみがうまく飛べるのは、みんながわかっているよ。自慢する必要はないんじゃないかな」
「自慢なんかしてないよ」
ルゥは、むっとして言い返しました。
木の穴にもどって、ひとりになっても、気持ちが落ちつきません。
自分が今、どんなに上手に飛べるのか、仲間たちはわかっていないと思いました。だから、みんなよく見ないし、自慢としかとってもらえないんだ、と。
みんなにもっともっと、自分が飛べることを知ってもらいたいな。
そのためには、いつもと同じことをしていてはだめなんだ。
一方で、ルゥは自分の限界を知りたいとも思っていました。
どのくらい飛べるのかな。ぼくは、どこまで行けるんだろう。
ルゥはひとりで考え込みました。
ある日、ルゥはとうとう決心しました。
この森を抜けて、どこまでも飛んでみよう、と。
森の西方にすむふくろうの話を思い出したことがきっかけでした。
ふくろうたちは、この森の鳥だけでなく渡り鳥とも話して、広く知識を集めています。このごろは、世界の果てについて熱心に議論している、とのことでした。
『すべてのものが真っ白になって、凍りついているところが世界の果て』
『大きな大きな山が天までおおっていて、壁になっているところが世界の果て』
『生き物のすむ陸地がなくなって、海が滝となって落ちるところが世界の果て』
そういった全部で八つほどの説があり、どれが本当なのか誰も知りません。
『世界の果てなんてない』
そんな意見もあります。
ふくろうさえ知らないことを、飛んでいって確かめてこられたら、とルゥは思ったのです。
きっとみんながほめてくれるだろうし、自分も満足できるだろう、と。
「北へ向かうと、寒さで体が冷え切って、進めなくなってしまう」と、ふくろうたちに教わったことがあります。それなので、その方角だけは避けて、まっすぐに飛んでいこうと決めました。
「ぼくは、遠くまで飛んでみるよ」
翌朝、ルゥは周りのみんなにそう話して、飛び立ったのです。まさかすみかとしている森をずうっと越えていくなんて誰も思っていないようでした。
ルゥはまっすぐまっすぐ飛んでいきます。体の中に方向感覚は備わっているので、迷うこともありません。どんどん進みます。
森を抜けました。その先には緑の平野が広がっていて、人間のすまいがたくさん並んでいました。
見たことのない風景が次々と広がり、ルゥは夢中になりました。
たくさんの森を通り抜け、人間たちの町を通り、海の上を飛び続け、山をいくつも越えていきます。
美しい花畑を上空からながめることもできましたし、今まで見たことのない鳥やウサギやリスなどの動物たちに会えるのも、すばらしいことでした。
何よりルゥの羽は、どこまでも快適な飛行を続けることができました。
空も風も光もすべてルゥの翼の味方。
心地よい風は、いつでもルゥの体を乗せて、背中を押してくれます。
晴れた日の明るい光も、夕焼けに赤く染まる波立つ海も、たぷたぷと水をたたえる湖の上の月光も。ふわふわとした雲の浮かぶ青い空も、霧のかかる白い空も、雨のあとにかかる虹も、みんな美しく見えました。
食べ物をとるとき以外、ルゥはほとんど羽を休めようとはしません。
嵐や大雨の日に、仕方なく木のうろで一日を過ごしたこともありますが、少しくらいの天気の変化はへっちゃらでした。
ときには、あまりにも暑くて、のどがからからに乾いて、干からびそうになりながら泉へたどり着いたこともあります。
町でようやく食べ物にありつけたところで、人間たちに追い立てられ、逃げなければならなくなったこともありました。
見知らぬ木でねぐらを探しているときに、ハチの巣にふれてしまい、刺されそうになったこともあります。
どこまでも果てしなく広がる海で夜を迎え、大きな船を見つけ、こっそり隠れてやっと休めたこともありました。
それでも、毎日元気よく、ルゥは翼をはためかせるのです。
そのうちに物珍しさはうすれ、似たような風景にも出会うようになりました。それでも、ルゥは飽きることがありません。
夜が明けるとともに翼を広げ、日が暮れてさえ、楽しくておもしろくて、月明りのなかでもしばらくは宙を舞っているくらいでした。
そうして、その日の寝床を見つけると、夜が明けるまでぐっすりと眠り、再び出発するのです。
そんな日々をくり返し、どこまでもどこまでも飛んでいきます。
あるとき、ふと心に疑問が浮かびました。
「世界の果てには、いつたどり着くんだろう」
それから思いなおします。
「そんなことを考えるより飛ぶんだ。もしかしたら、世界の果てはないかもしれないんだし。とにかく誰よりも飛ばなくては」
ルゥは気持ちを高めて、さらにスピードを上げて飛行を続けます。
しかし、低く垂れこめる雨雲のようなもやもやとした考えが、胸のうちに忍び込んでくるようになりました。
時々気持ちが変に沈むのです。気分を上げようとしてもなかなか上がりません。上げようとすればするほど下がってくる気さえします。
「飛ばなくちゃ。飛ばなくちゃ」
ぶつぶつと口にしたりします。「飛びたい」「飛ぼう」ではなく、「飛ばなくちゃ」となっている自分に、ルゥはもう気づいていました。
ルゥは懸命に大空へ舞い上がりました。
しばらく翼を動かしていれば、風を感じ、上空からの景色をながめ、気持ちも晴れます。
それでもいつしか、心から体の芯までが、湿った綿のように冷たくちぢこまっていくのでした。