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六話、平安中期編

 どうも。


 今回も歴史談話をしたいと思います。

 いつの時代にしましょうか。平安時代にしてみようかな。

 とりあえず、中期の初め頃でお話をしてみます。


 中期で有名といったら。蜻蛉日記の作者である藤原道綱母や菅原道真公かな。

 後は安倍晴明公も。まずは道綱母――蜉蝣夫人について。

 蜉蝣夫人はかの道長公の父である兼家公の数ある妻のうちの一人でした。

 実は蜉蝣夫人は本朝三美人の一人としても有名でして。


 それくらい、才色兼備な彼女でしたが。ちょっとマイナス思考の持ち主だったようです。

 蜉蝣日記の内容は悲観的な箇所が多いのですが。蜉蝣夫人は旅行に行っていても「私って……」と鬱々とした思考になりやすいみたいですし。

 そんな彼女にも一人息子がいました。

 呼び名にもあるように藤原道綱氏がそうです。


 道綱氏はかの道長公の異母兄弟に当たります。

 大納言の位までは出世をしたようですね。

 また、蜻蛉日記にはこんな場面がありまして。

 道綱氏が元服をして間がない頃に夫人は夫で彼の父でもある兼家公から頼まれてある一人の少女を引き取る事にしました。

 日記の中では撫子と名付けられますが。

 十歳くらいの幼い少女でした。


 撫子を養女にした夫人は最初こそ戸惑いがちでしたが。年月が経つ内に撫子の結婚相手を探してあげるくらいには情が湧いていたのです。

 そんな夫人のお邸にある時、一人の上品な男性が訪れました。左馬頭と呼ばれている道綱氏の上司でもある人です。

 夫人は左馬頭を撫子の相手にと思うようになりました。


 それからは左馬頭をたびたび自邸に呼んで話をするようになります。左馬頭は明るく社交的な人物で顔立ちもなかなかの美男でした。

 文武両道でもあるらしく夫人は「彼なら撫子も気に入るだろう」と思うようになります。

 ところがある夜にアクシデントは起こりました。

 夫人はこの日も左馬頭と御簾越しに対面します。


 最初は当たり障りなく接していた左馬頭でしたが。

 次第に彼は夫人に告白めいた事を言うようになります。変に思った夫人は「気分が悪くなったので」と告げて奥に入ろうとしました。すると左馬頭は立ち上がり夫人と隔てている御簾を片手で掴み、中に入ろうとしたのです。

 驚いた夫人でしたが。そのまま、素早く奥に逃げたので事なきを得ました。


 数日後に夫人は息子の道綱氏からある噂を聞きます。

 左馬頭がある人妻と密通して駆け落ちをしたと。夫人はそれを聞いて驚きます。そしてあの日の夜の出来事を思い出したのでした。

 もしや、左馬頭は義娘の撫子目当てではなく自分を目当てにして来ていたのではないか。

 そう思い至った夫人は何とも気まずい心地になりました。道綱氏も複雑そうであったとか。


 ……蜻蛉日記にはこんな事が書いてありますが。何ともまんじりとしない夫人の心境はわからなくもないですね。

 それではこれくらいにします。         

 お読みいただきありがとうございました。

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