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「やめてくれ、俺が悪かった!だから!!ナイフを」
薄暗い部屋の角に腰が抜けたようにヘタリ込んで叫んでいる男を見下ろす。
「もうそんな声を出さないでよ。気分が悪くなっちゃう。」
汚い声なんか聞きたくないから、静かにしてよ。と呟きながら、僕はロウソクの光が反射して淡く光る銀製のテーブルナイフをもう一度、振り降ろした。
「やっぱり、レジャーナイフを持ってくるべきだったな。なかなか力が要るや。」
抉れた傷口から出た血が白いカッターシャツに赤く染めていくのをアリの列を見るようにただ眺める。
顔を上げると、金の壺に写った満足したような笑顔の自分と目が合った。
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「カイト、起きて。魔導師様がもうすぐきちゃうわよ。」
母の声で目が覚める。
なんだか頭が痛いし、気分が最悪だ。魔導師様に会う日だというのに。
のそのそと、比較的綺麗目な服を選び、着替える。外をみると、だいぶ日が上がっていて、昼が近い事が分かった。
もう1時間もしないうちに魔導師様が来るだろう。
母さんに時間が無いから昼ごんいらない。と伝えて歯を磨く。
「何言ってんの、ご飯をしっかり食べないと試験も受からないわよ!おにぎりも作っておくから、行きながら食べなさい。」
顔洗い場まで響いてくる大きな母の声に、反抗は無駄だと悟り、「ありがとう。」と投げやりの返事をした。
めんどくさいな。と心の声を出なかった事を自分で褒めたくなった。
準備を整え、母から笹の葉で包んだおにぎりを受け取り、家を出て、広場に向かって歩いた。
広場には、僕の他にも5人集まっていた。
「ヒロト遅い。もう少し早く来なさいよ。」
「ごめんごめん。ちょっと体調が悪くてゆっくりしてたら、こんな時間になった。」
間に合ったんやからええやん。と内心思いながら、笑顔で取り繕う。僕の得意技の一つだ。
「体調管理ぐらいちゃんとしなさいよ。こんな大事な時に体調崩すとかありえない。」
いつも何かしら言われるから、慣れている僕は、「気をつけるよ。」と適当に返事をしながら、聞き流す。
「おい、来られたぞ。両手を上に挙げろ」
魔導師様が来ているのが見えた一人が、声を上げた。
魔導師様やそれに準ずる身分の方をお迎えする時は、手を挙げて何も持っていない事を証明しないといけないらしい。
お付きの騎士が僕たちの身体検査を終えるまで、手を上げっぱなしになるから、地味に辛い。
「危険物を持っていないことを確認しました。セレナ様をお連れしろ。」
どうやら、魔導師様は女性らしい。
真っ白いローブを深々と被った小柄な魔導師様が騎士にエスコートされながらこちらに歩いてくる。
顔はおろか、体型すらローブに隠されて分からない。
もし、仮に成り代わられたら、誰も気づかないのではないだろうか。
「あなた達、5人が治癒魔導師になりたいと志願された方ですね。」
ジリジリとノイズが入ったような声で、男なのか女なのかすら判断ができなかった。
名前的には女なんだろうが。気味が悪く感じた。
他の5人の顔を見ても、気味悪がっているようには見えなかったので、あとでみんなに聞いてみようと表情を繕う。
「では皆さん、治癒魔法を見せてください。」
という魔導師様の命令で、各自治癒魔法の詠唱を唱え始める。