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白い回廊

 白い天井があった。


 ここが病院ではないことが分かったのは、体を起こしてから。

床も、壁も、一面が白い空間が続いていたからだ。


 白一色のため床と壁の境界も曖昧なその空間は長い回廊のように感じた。

光源も無いのに均一に煌々と明るく照らされたその回廊は、どこまでも伸びているかのように果てが見えない。


 もう一つ、ここが病院ではないということで分かったことがある。

ここでこうして目を覚ます前、最後の記憶を手繰り寄せると夜の新宿駅だった。

いつものように仕事帰り疲れた足でホームへの階段を上がると制服姿の女の子が丁度やってきた快速電車に向かってふらりと倒れていくのが見えた。

何故だか、らしくもない正義感に目覚めた俺は鞄を放り出し駆け出すと勢いのままに思い切り女の子の腕を掴み、引き戻した。

そこで記憶は終わっている。


――つまり、俺は死んだのだ。


 振り返ればつまらない人生だった。

小学校に上がる日、何度も何度も忘れ物がないかランドセルを確認し母親に笑われた。

中学校の入学式、一目惚れした女の子となんとか仲良くなれたが、その子が好意を抱いてくれてる確証が持てなく、そのまま卒業して離れ離れになった。

高校時代、いつ盗まれても大丈夫なように駐輪場には2台自転車を止めていた。

大学入試、滑り止めの滑り止めの滑り止めまで受験するための願書代を郵便配達のバイトで稼いだ。

社会人になって初任給を受け取った日、その足で5社の保険の説明を受けに行き、翌日は有休を取って積立NISAのセミナーを受けてきた。


 こうやって保険に保険を重ね生きてきた俺が齢23やそこらで、こうもあっさり死んだのだ。運命というのはなんとも皮肉なものだと思った。


 いざ死んでみると、人生を終えてしまった悲しみよりも俺の死亡保険ちゃんと家族が受け取れたかなとか、友人たちは悲しんでるかなとか、仕事の引継ぎできてないけど大丈夫かなとか、そんなことばかりが浮かんだ。


 次に考えたのはこれからのことだ。

ここは何処なのか、これから何処へ行くのか。

悩んだところで分かりようもないし、何より時間は文字通り無限にありそうに思えるので回廊の先を目指してみることにする。





 ――――長い。

時計が無いから時間は分からないが体感で1時間近くは歩いたはずだ。

なのに、誰もいないどころか景色が全く変わらない。

もしかすると、ここは死の終着点か一種の地獄のようなもので終わりなどないのかもしれない。

不思議と悲観する気持ちにもならず足を止めようとした時、少し先の壁面が陽炎のようにぼうっと揺らめいているのが見えた。

初めて見つけた変化に自然と足早になり陽炎の元へと辿り着く。


 揺らめく壁面の中には世界が広がっていた。

昨日まで見てきた世界と同じようで全く違う景色に息をのむ。

見たこともない大陸、見たこともない山々、遠景なので詳細は分からないが砦、城下、灯台――人々の活動の息吹が確かに感じられた。


 手を伸ばし指先で波打つ壁面に触れようとすると壁の中へと吸い込まれた。

柔らかな陽の温もりを肌を伝わり、緩やかなそよ風が指先を撫でる。

そして俺は直感的に理解した。

ここは死後とその先を繋ぐ場所、生まれ変わる為の場所。

この壁を通れば眼下に広がる世界で新しい人生をやり直すことができるのだ。


 正直なところ、それほど前世に悔いはない。

それでももしやり直せるのであれば、保険など掛けずに生きて思いっきり冒険がしてみたかった。

やり直そう、願ってもない機会だ。

どんな世界かは分からないが、これで駄目なら本当に悔いなく死ねるだろう。

俺は改めて壁に向かって立ち直ると、ゆっくりと歩みを進めた。


「ちょおーっとおぉぉ!待ってくださあぁぁい!!」


 死後初めて聞いた声は刺さるくらいの音量で回廊中を反響し跳ね回る。

思わず飛び退き、声の元を振り向くと白いローブの少女がこちらへ全速力で向かって来ていた。

呆気に取られる俺の元へ少女が着くとぜぇぜぇと肩で息をした後、2度深く息を吸ってこう言った。


「新入転生者の方ですよね? 異世界保険は入りましたか!?」


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