第6話 武術
「さて、まずは戦いの座学からだ。剣術と剣技の違いは分かるか?」
トラストがついて行った先は崩れかかった家々の隙間にある、三十メートル四方の空き地だった。
道中に迷路のような入り組んだ道をたどったが、次回があっても自力ではたどり着けないだろう。
見た目はくたびれた中年に見えるおじさんが、地面と建物の壁に立てかけられた武器を使いながらいきなり饒舌に説明しだしたことに驚く。
というか、この人が誰なのかもトラストは知らないのだが。
知らない人について行ってはいけないという常識はこの少年には無かった。
「は、はい!剣術……はスキルに表示されるやつで、どれだけ高等な武技を使えるかがわかります!剣技……は……?たぶん、剣を使った戦うの上手さの……指標?です!」
「そうか。お前は何も分からないことが分かった」
辛辣である。
その通りであるが。
「まあいい。お前に戦い方を教えてやるのが俺が受けた仕事だ」
男性は無表情にそういうと、壁に立てかけてあった剣を二本取り、一本をトラストに投げ渡した。
「剣術がどれだけ高等な武技を使えるかの指標というのは間違いではない。しかしその上で付け加えると、ステータスに表示される剣術スキルのレベルとは、言ってしまえばどれだけ早く剣を振れるかだ」
「剣を振る速さですか?」
「そうだ、試してみると……早く構えろ」
男性に促されてトラストは剣を構える。
剣術スキルこそ持っていないが、この世界では一般的に武術とは剣術を指すと言っても過言ではないほど習得割合が多いため、トラストも剣の構え方ならば知っていた。
「お前と同じ能力値だとして、これが剣術スキルレベル1、そしてこれがレベル3だ」
男性は淡々とそういうと、トラストの構えた剣めがけて二度剣戟を放つ。
初撃はトラストでも見えるほどゆっくりと、二撃目はトラストが吹き飛ばされるほど強く、だ。
「うぎゃ!」
「剣を手放さないのはいいし、倒れてもいいが、相手から目を離すな」
男性はそういうと剣を再び構えてトラストに迫る。
その踏み込みは鋭いが、目で追えないほどではない。能力値が同じならばと言っていたので、確かにこれは「指導」なのだろう。
そして男性が左側面に構えた剣が、トラストの構えた剣を切り裂き、トラストの鼻先を薄皮一枚切り裂く。
「………っ!!」
「これでレベル5。まあこんなもんだ。剣術スキルに限らないが、武術系スキルはレベルが高いほど早く鋭く、そして重くなる」
スキルを獲得したからと言って、不思議な力で不思議に強くなるわけではない。意識せずに適当にやっても、何故かうまく料理が作れる、建物が作れる、魔術を発動できる、というわけではない。
スキルを習得する……正確には習得しステータスに表示されるようになると、その通りに体を動かせることを意味する。
例えば【剣術】スキルの場合、剣を振る時、どう剣を握りどうすれば早く剣を振ればいいかがわかり、その通りに体が動く。
相手が肉の時、樹の時、鉄の時、どうやって剣を入れれば切り裂けるのかが分かるのだ。
男性は驚き硬直しているトラストに見向きもせず、壁際に歩いて行く。
他の武器を取りに行ったのだろうか。
「次は剣技。こちらはいかに剣を使ってうまく戦うか、だ」
「うまく、ですか?」
「ああ、例えば……お前は槌術スキルレベル1で習得しているらしいな。俺も同じスキルレベル相当で戦ってやる」
男性は剣を壁に立てかけ、今度は槌を放り投げる。
トラストが槌を持ったのを見ると、男性は横殴りに槌を振るう、手加減はしているはずだが、直撃すれば骨が何本か折れるだろう。
トラストは焦らず槌で受ける。ほぼ独学の槌術であるため他人との稽古経験はほぼないが、今までの経験からどういう時に受け止められたかを模倣しているのだ。
ひどく疲労するが。
「スキルのレベルが高いほど早く重い、ならば自分と同じスキルで、かつスキルレベルも高い場合、お前ならどう戦う?」
「かっ、完全に自分より格上の場合ならっ、まず逃げます!」
「それも正しい、だが勝つためにどうすればいいかを聞いている」
「逃げて罠を仕掛けたり……言葉で挑発したりしますっ!」
「格上を相手に逃げながら罠を仕掛けられるとは思えないが、まあ挑発はまだ正しいな」
「ぎゃっ!」
同じ能力値、同じスキルレベル、そのはずなのにトラストは受け取り損ねたお手玉のように転がっていく。
体力や体格差はあるが、それにしたって全く歯が立たない。
なぜだ。
「単純に、お前の攻撃が分かりやすいからだな」
あと構えも分かりやすいし、攻撃のつなぎもない。そう繋げて言う男性の言葉を受けて、トラストは振り返る。言われてみれば、構えと言いうのは意識していなかった、あと攻撃のつなぎというのも。
「剣技というのは、魔力を込めて繰り出す武技の一種と同じ名前だがそちらではなく、言ってしまえば剣をどう振ればいいのかという指南書の様なものだ」
男性は剣を両手で正眼に構え両足を肩幅に開き、左足を少し下げ半身になる。構えだけではよく分からないが、隙が減った……気がする。
というかまた剣に持ち替えている。剣が一番得意なのか、説明しやすいのだろうか。
「これは水天の型という構えだ。俺の知る限り最もバランスの良い構えで、相手の動きに応じて攻防を切り替えていく」
男性は架空の相手に向かって剣を瞬時に五手動く。
足元の土煙と残像を見るに、剣を突くように跳ね上げ、左下に降ろし、Vの字を書くように切り上げ……後なんだ。
速すぎてよく分かりません。
続いて男性は剣を大上段に構える。先ほどの水天の構えと似ているが、ただ剣を振り上げただけでなく腕も沿っている。気がする。たぶん。
ばねのようにためを作っているのだろうか。
「これは大火の型。最も威力に特化しており、攻防のバランスは悪く隙も大きいが、威力は最も大きい」
男性は勢いよく剣を振り下ろす。
風圧でトラストの体が浮かびかけ、正面にいたら真っ二つされていたような悪寒を覚えた。
単純で分かりやすいが、その分トラストに向いている。本能任せだが槌で戦っている時はこれが一番近いだろう。
「次は特殊だが、変刃という剣の間合いを変える戦い方もある。これは型ではないがな」
男性は片刃の剣を右手で構える。
同じように目の前の架空の相手を切り合り始める、今度は目が慣れてきたのか目で追える。
模範的な接触法のように男性が切り、避け、また切ると繰り返していたが、所々で刃が無いほうに左手を添える。するとトラストの目にも、刀身の長さが変わったように感じられ、途端に間合いが測れなくなってしまった。
「とまあ、こんな感じだな」
男性は構えを解き武器を置き、説明を締めくくる。実技は終了なのだろうが。
いやまった、座学と言っていなかったか。
「立っていようと座っていなかろうと、口を開いているなら座学だ。辞書的には違う意味で乗っているだろうがな」
「かなり強引ですね」
それはもう造語だろう。
「そんなわけで、剣技については分かったか?」
「はい、ようするに、剣術スキルを覚えているだけでは十分ではなく、ただの身体技能の延長であり、それを運用する方法が剣技ですね」
「そんなところだ。スキルを習得すれば体の動かし方が分かると言っても、無から知識が生えてくるわけじゃない。人間を相手に剣術スキルレベル5まで習得したやつでも、魔物なんかの四足歩行の生き物を相手にうまく戦えない、なんて事例もあるからな。
冒険者は基本的には早く武器を動かして威力の大きい武技を叩き込めばそれでいいが、それでは成長が遅い。主に騎士や兵士、衛兵、団によっては傭兵が継承している武術の流派や型、構えを覚えていくのが強くなるためには必要だ。とりわけ人間を相手にするには、人間の動きを効率的にし、かつ人間では構造的に出来ない動きを知ることができる武術は重要だ。覚えておいて損はない」
武術を知ることとは、人間にできることと出来ないことを知ることができ、それは人間の対応力と実力を鍛えるのだ。と続けた。
トラストにとってその考え方は戦いの心構えというより、人生の哲学に思えた。
難しい。
口をへの字に曲げ唸っているトラストに構わず、男性は言葉を続ける。
「加えてそういった武技の他に、多種多様な武器を使えるようになるのも大切だ」
「多種多様な武器、ですか?」
「ああ、世の中には相性というものがある。高度な炎属性魔術を使えても、相手が高熱に耐性を持っているならかえって熱を奪う魔術や、拙くとも違う属性の魔術を使ったほうがいい。同じように、剣士が鳥を打ち落としたいと思うなら斬撃を飛ばせるようになるよりも、剣を捨てて弓を手に取った方がいいんだ。なんなら石を投げつけてもいいが」
「!?」
前世のおぼろげな記憶……意味記憶のみを有し、百年生きたことによる落ち着きや冷静さなどの全てを喪失し、肉体に引っ張られ子供の勢いで生きているトラスト。
一つを極めれば万事に通じるなどこの世には無く、相性関係とに臨機応変の重要さを説かれた。槌を振るい質量と腕力の暴力で解決していた彼にとって、晴天の霹靂にも等しい衝撃だ。
トラストは、工夫、を覚えた。
「幸い、お前はまだ子供だ。今日の食事を心配せずとも親がお前の面倒を見てくれる。今のうちに基礎を叩き込んでおくといい」
「ええ、ありがとうございません。今日から午前は薬草学を、午後からは戦い方を学んで……って、あれ?」
「どうした?」
しかしふと、何かを忘れているような気がした。
親、父親、約束。
「あ、そうだ。そう言えば回復魔術を教えてくれるのでは?」
「ああ、それか。それならお前はすぐに覚えられるだろうからな。……まあ一月後に始めればいいだろう」
「?」
「魔術を覚えるにはまず無属性魔術から覚えるのが一般的だが、その前に魔力を使うために、魔力を認識し動かさなければいけない。これが関門だが、お前は大丈夫だ」
「そうなんですか?俺、魔力操作スキルとか持ってませんよ?」
「心配いらい。武技を使うのと同じ感覚だからな。お前も槌術の【強振】や【強打】を使えるだろう。その際の魔力の動きの応用で習得できる」
「あっ!あれって同じことだったんですね」
「そうだ。それに……いや、少し早いが、いまから教えておくか」
男性は立ち上がり右腕を突き出す。
右腕に【赤い】オーラの様なものが漂いだす、そのまま右腕を下げ腰を落とし、一気に突き出す。
轟音が走る。横にいたトラストは衝撃波で吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。
なんとか意識を保ち男性の正面にあった壁を見ると、壁が崩れその奥から黒い金属の板が剝き出しになり、その金属の板も蜘蛛の巣上の罅が入っていた。
「これは【闘気】という」
「【闘気】……?聞いたこと無いですね」
「だろうな。ステータスに表記される【生命力】を消費して劇的に力を増す技だ」
トラストは今日一番の驚きを覚える。
生命力を消費する。それは子供であるトラストでも知っている、禁呪と呼ばれる業だ。
「そんな技、聞いたことがないですが……」
「だろうな。効果としては魔力を身に纏う【闘技】と大して変わらない、魔力でも出来ることだ。しかし【闘技】と【闘気】は重複できるからな、その効果は絶大だ。魔力を身に纏う【闘技】と生命力を消費して力を引き出す【闘気】。まあ生命力を消費するのは危険が伴うが、命の危機が訪れた時、切り札は持っていた方がいい。
覚えてみるか?」
最初に会った時と変わらない、無機質な眼。その眼がまっすぐとこちらを見て、平坦な声で語りかけてくる。
トラストにはそれが、まるでこの世の真理を語っているかのように思えた。
「はい!俺に教えてください!」
トラストは名前すら知らない二人に、生まれて初めて人を尊敬する心を覚え、あっという間に三か月が過ぎた。
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《 【筋力強化】スキルのレベルが上昇しました 》
・名前:トラスト
・種族:人種
・年齢:10歳
・称号:無し
・ジョブ:見習い戦士
・レベル:100
・ジョブ履歴:無し
・能力値
生命力:15(5UP)
魔力 :20(10UP)
力 :7(2UP)
敏捷 :8(1UP)
体力 :10(2UP)
知力 :15(10UP)
・パッシブスキル
筋力強化:2Lv(UP)
物理耐性:1Lv(NEW)
生命力回復速度上昇:1Lv(NEW)
魔力回復速度上昇:1Lv(NEW)
・アクティブスキル
剣術:1Lv(NEW)
槍術:1Lv(NEW)
弓術:1Lv(NEW)
短剣術:1Lv(NEW)
格闘術:1Lv(NEW)
投擲術:1Lv(NEW)
鎧術:1Lv(NEW)
槌術:1LV(NEW)
盾術:1Lv(NEW)
斧術:1Lv(NEW)
気配遮断:1Lv(NEW)
無属性魔術:1Lv(NEW)
土属性魔術:1Lv(NEW)
水属性魔術:1Lv(NEW)
魔力制御:1Lv(NEW)
空間属性魔術:1Lv(NEW)
時間属性魔術:1Lv(NEW)
錬金術:1Lv(NEW)
料理:1Lv(NEW)
闘技:1Lv(NEW)
・ユニークスキル
闘気:1Lv(NEW)
危機感知:死:1Lv(NEW)