第36話 ランクアップ試験
この話から学園編開始です。よろしくお願いいたします。
また、土塊の戦士の更新を楽しみにして下さっている方々には心苦しいのですが、あとがきでお知らせがあります。
悲鳴が洞窟に響き渡り、惨劇が人を肉塊に変える。抱えるほどの大きさの岩が散弾銃のように飛来し、人体を破壊する。
「くっ、くそっ、くそっ!くそったれがっ!俺はこんなところで……」
「さっさと死ね」
最後の一人は頭部を蹴り壊されて絶命する。当然砕かれた肉塊は中身を地面にこぼし、悪臭が鼻に届いた。
足を勢いよく振り返り血を飛ばし、あたりを見渡し全員倒し終わったことを確認すると、洞窟の奥にいる者たちに声をかけた。
「おーい!そっちはどうだ!」
「トラストさん、こっちもおわりました!」
盗賊退治。トラストはD級冒険者への昇格試験として盗賊団の討伐に来ていた。
場所は王都トラビアの南、リゼラとの間だ。トラストがトラビアに来るときにもいた盗賊たちが勢力を伸ばし始めたため討伐要請が届いたのだ。
D級冒険者になると商人の護衛や賞金首の討伐といった人間を殺す仕事が受けられるようになる。しかし魔物との戦闘が日常のこの世界でも、人間を殺すことには抵抗を覚えるものも多い。それゆえにD級冒険者への昇格試験では盗賊や賞金首といった人間を殺すことができ、また人間を殺しても倫理観を失わないことが試されるのだ。
「さて、アンデットになられても困るし、この死体はここで焼いておくか。素材を剥ぎ取らなくていいのは楽でいいな」
「トラストさん。その前にこいつらのポケットを探ってもいいですか?宝石の一つでもあるかもしれません。」
「……やるのかよ。まあ、好きにしていいよ。俺はその間に他のメンバーの様子を見てくるから」
トラストが一緒に試験依頼を受けているメンバーの言葉に、少し引いたような顔になった。
メンバーの名前はアルジム。トラストの決闘友達の一人だ。たしか二十歳とトラストよりも年上だが、いつもトラストに殴り倒されているためいつの間にか敬語を使いだした冒険者だ。
(人を殺した衝撃の様なものは受けてなさそうだな。ま、戦闘の興奮で平気なだけだろうから、今夜苦しいだろうな)
人を殺すことを受け入れられず冒険者を止めるものもいる。しかしそれを受け止められれば、冒険者を続けるだろう。成功した冒険者は大金を稼げるので、金が大好きなアルジムも止めたくはないだろうし。
トラストとて今は平気だが、初めて人を殺した時は少し落ち込んだものだ。
「もう外に出ても平気そうだな」
洞窟の別の場所。牢屋の中でまた別のメンバーが小さく呟いた。
「エイラックさん。喋っても傷は大丈夫なんですか?」
「大丈夫だって言っただろ。見ての通り腹の脂肪が厚いからな。はっはっは!」
小声で器用に叫ぶのはエイラック。大柄でふくよかな青年だ。彼は身代金目当てに捕まっていた商人たちを助け出していた。
もとは小規模な鉱山と思われ調査のために掘られたこの洞窟は部屋がいくつもある。その一つが牢屋に改造されていた。エイラックは商人たちを助け出したに、商人たちの安全を考え壁に擬態して隠れていたのだ。
そんな彼の腹からは剣で切られた傷から血が流れていた。布を巻くだけという応急処置をしているだけだ。本当なら切り札のポーションで回復したいが、商人たちの怪我の具合がエイラック以上だったため使ってしまったのだ。
「すいません。奪われた商品にはポーションもあるので、取り返せれば……」
「ああ、坊主には助けてもらった上にポーションまで譲ってもらったからな。この恩は必ず返すからな」
「気にしないでくれ。捕まっている奴らを生きて救出できれば査定に繋がるってだけだよ」
「それでも、だ。自分の怪我よりも優先してくれた恩は返さなきゃならなえんだ」
強く声をかけてきたのは捕まっていたもう一人の商人だ。親子らしく男二人で行商をしていたらしい。頑固親父のような人物であり、積極的に盗賊に突っかかり自分が殴られることで息子を守っていたらしい。
そのせいで、足を切られ手当てもなしに放置されていたが。
エイラックは困ったように笑い。ふと視線を牢屋の前にある盗賊の死体に目を向ける。エイラックが殺したものだ。当然人殺しは初めてだったが、事情を察した商人たちがこっそり気を使ってくれていたこともあり、この二人の護衛という仕事に集中し人を殺した罪悪感を棚上げすることができていた。
そんな時に近づいてくる光源に気が付いて反射的に短剣を構える。
その様子と見た商人たちもエイラックの邪魔にならないように壁際に下がる。
「なんだ、トラストか。その様子だと終わったのか?」
「おう。エイラックも護衛お疲れ……って、怪我してるな。見せてみろ」
しかし、その光源の主が自分の知っているものだと気が付いて安堵の息を吐きながら警戒を解く。
エイラックはトラストと交友は無かったが、その噂は聞いていた。曰く、竜のように暴虐の化身でありながら、高度な魔術を操る天才。エイラックは安心して腹を出した。
「水よかの者に慈愛を与え給え【治水】」
トラストは最近学び始めた普通の魔術を詠唱して発動する。青く光る水が傷口へ染み込み、エイラックの感じていた痛みが治まった。
安堵の息と吐き、エイラックは自分の腹の傷のあった場所を撫でる。そこには傷跡が完璧になくなっており、綺麗な肌に戻っていた。
いや、元は汚かったので、元以上に綺麗な肌になっていた。
「おおっ!そっちの坊主は回復魔術が使えるのか。こんなに綺麗な魔術はうちの地元の神官様でも使えなかったぞ」
事情を察して出てきた商人が驚きの声を上げ、トラストも少しうれしくなる。
「それでトラスト、俺は戻っていいのか?」
「ああ、盗賊の死体を燃やしたらもう後は帰るだけだからな。そっちの商人さん達の荷物も倉庫から回収した中にあるだろ。もうすぐ戻ってきますよ」
最後の商人たちへ向けたトラストの言葉に、商人たちは驚く。本来ならば盗賊が持っていた物は盗賊を討伐した者に所有権が移るので、返却してもらうには相応の金を払うのが一般的だからだ。
しかしトラストは問題ないという様子だ。
「今回は試験依頼、報酬の金額は決まっていますので、そういうのは大丈夫なんですよ。ほら、行きましょう」
「そうだぜ。商人さんたち。今回のパーティーメンバーにはうるさいこと言うやつもいないしな」
トラストたちが洞窟を進むと、商人たちもついてくる。念のため盗賊の生き残りを警戒して、トラストが最後尾だ。
(……報酬が決まっているのはその通りだが、それとは別に商人たちと交渉するのは出来るんだよな。他のメンバーにも一声かけてからのほうが良かったな)
気配を消していた試験官のダリューが、内心でトラストの判断を査定しながら後を追っていく。
(まあその辺は冒険者ギルドとしては嫌なところだし、今回のメンバーの中にそんな交渉を持ち掛けるやつはいないし、さほど問題にはならないな)
こっそりついて行くダリューを含めた五名が広間に戻ると、そこにはすでに死体が山積みになっていた。
「トラストさん見てください!やっぱり宝石がありましたよ!」
「ぜぃ……ぜぃ……おいアルジム。お前の分まで俺たちが死体を運んだんだぞ……」
「ぜぇ……ぜぇ……礼の言葉はいいから、取り分は寄越せよな……」
「なんでもいいから早く燃やそうぜ。血の臭いで鼻が馬鹿になりそうだ」
残りの三人のメンバーも合流して手伝ったようだ。ざっと死体は三十。結構な重労働だったろう。
「アルジム。宝石が本当にあるとは思ってなかったから言わなかったが……今回の報酬は一律で銀貨一枚。宝石をこっそり自分のものにするのは減点だと思うぞ」
「ええっ!そっ、そんなぁ!」
「まてトラスト、そんなことを気にする必要なないだろう。拾得物は倉庫にあった分だけで誤魔化せる。商人たちに返してやる以外の、持ち主が死んでいる物はいいんじゃないか?お前は真面目過ぎる」
「そうだそうだ!」
「いつもなら俺も目を瞑るけど、今回は試験だからな。試験官に見つかるとまずいぞ。せめて行儀よく報告はしろ」
「そっ、それはそうですが、あいつは洞窟の前に置いてきたでしょう……」
「さあ、どうだろな」
トラストの思わせぶりな態度に、四人があたりを見渡す。試験官は見つけられなかったようだが、渋々と宝石は荷物の群れに戻していった。
そこに荷物を取り戻せた商人たちが声をかける。
「まぁまぁ、その辺で。こちらは命を助けれただけでなく荷物まで取り戻せたのですから、お礼もしないのも気が引けます。トラビアに戻ったら相応の謝礼か……マジックアイテムやポーション、あとは私たちの知り合いの武器商人などにも口利きするというのでどうでしょう」
トラストたちの話を聞いていた商人たちのうち息子の方がそう提案すると、アルジムたちが喜びの声を上げる。
謝礼金もそうだが、マジックアイテムや商人との繋がりは間違いなく宝石をネコババするより価値があるからだ。
「それから……トラストさん。恐らくですが、報酬が銀貨一枚というのは盗賊退治だけで、盗賊がため込んでいた宝に関しては別だと思いますよ」
「へっ?そうなんですか?」
「はい。私どもは冒険者とも商売したことがありますが、そういった話は聞きませんので」
「はへー。そういえば報酬欄は気にしてなくて読み込まなかったな」
「……トラストさん、貴方はもう少しお金に執着したほうがいいと思いますよ。私も読んでませんでしたが」
数名のメンバーの視線がトラストに突き刺さる。誰も魔眼など持っていないはずだが、トラストには少し圧力がかかったように感じた。
「はっはっは。すまんすまん。じゃ、こいつらは俺が燃やしとくな」
トラストは腰に下げていた魔導書を開き、呪文を唱える。
「魔導書一階梯、開け。炎よ、我が敵を燃やせ【着火】。続いてもう一回。魔導書二階梯、開け。炎よ、我が意に従い勢いを増せ【燃焼】」
トラストの発動した魔術で死体が燃え上がる。燃え尽きるのを確認すると、トラストたちはトラビアに帰還するのだった。
試験依頼が終わり街に戻ると、トラストも自宅に帰る。ドアを開けようとすると、その前に勢いよく内側から開かれた。
「おかえりなさいませ。ご主人様」
「ただいまーキルニス。姉ちゃんはもう行ったの?」
「はい、アレナ様は神殿の寄宿舎に荷物を運び終わるとすぐに出ていかれました。最後にご挨拶しなくてよろしかったのですか?」
「いいよ。最後と言っても後生の別れじゃないかね」
荷物を受けとろう……としたが、トラストは空間属性魔術の使い手。荷物は虚空庫に締まっているため受け取れるものが無い、メイドさんっぽいことで出来ずにキルニスは落ち込んでしまう。
「そうだ、屋台で美味しそうな果物があったから買ってきたんだった。これを夕食に加えてもらえるか?」
「お任せください!」
しかしトラストももうキルニスの扱いには慣れたもの。小型の果物を渡すとキルニスは嬉しそうに家に戻っていく。
翌日、トラストが目を覚ましたのは昼頃だった。遠出した盗賊を討伐するというのはともかく、他人とパーティーを組むという行為は思っていた以上に精神を疲労させていた。
「おはようございます。トラストさん。お早いお目覚めですね」
「嫌みですか?メルヴィンさん」
その後冒険者ギルドに行くと、いつもトラストの受付を担当してくれるメルヴィンから攻撃された。
「ダリューさんはお昼には来るようにと伝えたはずですが、今何時か分かってますか?」
「詳細な時間は言わずにお昼としか言わなかったからいいでしょう。第一時計なんてメルヴィンさんも持ってないでしょうに」
「あらあら、冒険者ギルドお抱えでもあるトラスト様なら時計ぐらいお持ちでしょうに」
いつものようにメルヴィンと口撃してから会議室に行くと、他のメンバーはもう集まっていた。そして全員に合格が伝えられた。
「いやー合格してよかったよかった」
「トラスト、お前は不安だったのか?絶対にお前だけは大丈夫だと思っていたが」
「パーティーリーダーなんて初めてだったからな。どんな減点があるのかも分からない以上不安だったんだよ」
トラストは天才と言われるほどには優秀だが、それは得意な分野の多さと深さに起因する。
苦手な分野で戦うのはトラストとて不安なのだ。
「あー。お前ら、最後にひとつ聞け」
ダリューの言葉に全員が注目する。
「お前たちはこれからD級冒険者となる。たいていの冒険者はD級が終着点といってもいい。一般人からも認知される一人前の冒険者だ。初心者や駆け出しはもう終わりだ。その辺を忘れず肩書に見合った行動を期待する。お前たちはD級冒険者だが、D級冒険者の最底辺の仲間入りしただということを忘れるなよ
また、今回の試験は危ないところもあったことは覚えておけ。トラスト、D級冒険者にもなればパーティーを組むことも増えてくる。お前の指示は及第点だったが、完璧ではないことは忘れるな。次にアルジムだが……」
ダリューの長い話が終わると、ちょうど更新されたギルドカードが届けられた。メンバーたちはようやくD級冒険者になったことを実感に笑みが浮かぶ。
「よし、それじゃあ一週間のランクアップ試験を終了とする。これからもお前たちの活躍に期待する。以上!解散!」
ダリューの言葉に従い、それぞれが席を立つ。
トラストもようやくこっちでしたい事も終わったと満足そうにギルドカードを見ながら冒険者ギルドを出ていった。
「じゃあ入学試験を受けてくるね」
「いってらっしゃいませ。荷物の整理をしておきますね」
「ああ、キルニスも寮に連れていくから、キルニスの荷物もだよ」
「はい!あ、そうだ。せっかくですし、新しい料理道具に買い替えてもよろしいですか?」
「いいよ。その辺は任せる」
冒険者ギルドのランクアップ試験が終わった翌日、トラストはアストワ学園の入学試験を受けに出かけていった。
しばらく土塊の戦士の更新を停止して、新しい小説「ダンジョンコアの闘争」を投稿します。
なぜかというと、いまダンジョンものがマイブームで書きたくなったからです。
ダンジョンもののネタが浮かびこっちのネタが浮かばなくなりつつあるので、マイブームが終わるまでは「ダンジョンコアの闘争」を投稿します。
ただあくまで更新の一時停止であり、そのうち再開します。あと一週間の一度なにか更新するというスタンスは守るつもりです。




