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土塊の戦士  作者: ライブイ
2章 王都
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第34話 最強の英雄

「「ただいま!」」


「アレナ、トラスト。久しぶりだね」

「ああ、二人とも!元気そうでよかったわ!」


 王都からリゼラに帰郷した二人は真っ先に実家を訪れた。手紙のやり取りはしていたが顔を合わせるのは二年ぶりだ。父親のボレトは泰然としているが、母親のブランカは相変わらず心配性のようだ。


 アレナとトラストは久しぶりの実家で穏やかの時を過ごした。何せ実家だ。精神的な理由もあるが、家事をしなくていいというのはとても大きい。

 ぐうたら寝ていてもだらだらしていても食事が出てきて後片付けまでしてくれるし掃除洗濯その他もろもろ全部やってくれる。王都では家事を自分たちでやっていたことで、そんな重労働を当然のようにしてくれる親の愛情をあらためて実感した。


「たしかこの辺りだよな」


 帰郷した翌日、トラストは貧民街に向かっていた。両親の次は先生たちに会うためだ。

 先生たち。武術に魔術、それに薬草学などの知識を教えてくれたおじさんたち。獣のように本能に任せて戦っていたトラストに技術を教えてくれた恩人たちだ。王都でやっていけたのも二人のお陰と言っても過言ではないだろう。


 相変わらずぼろい木造の家々を抜けて、記憶にある店にたどり着く。『野草屋』。なつかしさすら覚える看板だ。


「おはようございます。挨拶に来ました」

「おう」


 以前とは異なり堂々と扉を開けると、以前と同じように老人が声をかけてきた。

 相変わらず皺だらけの、何も変わっていない老人だ。


「……?」


 しかし、トラストはどこか違和感を覚えた。

 いや、何も変わっていないのは本当だ。しかし、目に見えないところ……圧力や迫力、とでもいうべき何かが違う気がした。


「ほお、聞いていた通り、すこしは成長したようだな」

「……俺には分かりませんが、隠している実力とかあります?」

「言っていないことなんざいくらでもあるさ。だが、戦闘能力って意味なら皆無だよ」


 笑いはしないが、どこか上機嫌だ。……思えば、トラストは老人と勉学以外の事を話したのはこれが初めてかもしれない。


「王都は楽しかったか?」

「ええ。見たことのないものや、見たことのないものがたくさんあって、楽しかったですよ」

「そうか。何度も死にかけたって聞いたが、お前はそれ以上に楽しめるんだな」


「聞いていた、ですか?」

「仮にも俺たちが指南したんだ。そんな奴が死んでいないか、ついでに調べるくらいはするさ」


 誤魔化された気がするが、そういうものなのだろうか。トラストには弟子や教え子がいたことは無いので分からなかったが、仕事ではなく、心配してくれたのだということは分かった。


「ありがとうございます。心配してくれて」

「心配なんざしてねえよ。気になったってだけだ……ああ、もう来たのか」


 老人の視線を追って出入り口に目を向けると、もう一人の先生が入ってきた。


「すみません。指示もないのに来てしまい」

「お前は俺の部下じゃないだろ。気にするな」


 トラストに武術と魔術を教えてくれたもう一人の先生、デーディーだ。


「そんなにトラストが心配だったのか?珍しいこともあるんだな」

「そうではありません。偶然です」


 デーディーとアシュアムは軽い口調で話を続ける。

 その傍で、トラストは驚愕のあまり目を見開いてしまう。


 トラストの戦いの先生であるデーディーは、普通の中年だったと記憶している。トラストを圧倒する強さを持つが、それはトラストが弱かった時の話だ。今の強くなったトラストならば、勝てるとも思っていた。

 しかし、それは間違いの様だ。


(A級……いや、それ以上だ。たぶんローレイアより強い。ダンジョンボスや天魔より、ずっと)


 トラストが成長したのは腕っ節だけではない、A級ダンジョンに挑む冒険者達を見て人の強さもある程度は見抜けるようになった。上級冒険者や騎士団も見て来たし、高位の魔物も見てきた。

 そんなトラストであってもデーディーの強さは分からなかった。弱いのではない。まるで背後に龍を幻視してしまうような、絶対的な強者だ。


「たしかに聞いていた以上に育っている様ですね」

「お前が認めるほどか?」

「ええ、こいつ以上の弟子は、もう取れないでしょう。最後に確かめてもいいでしょうか」

「いいぞ、俺も準備しておこう」


「え、ええと?なにを……」

「ついてこい。改めて稽古をつけてやる」





 魔境クラメガ。リゼラのすぐそばにある森を二人は進んでいた。


「そうだ、トラスト。俺は何歳だと思う?」

「はい?年齢ですか?ええと……四十五歳で」

「すごいな、下二桁は正解だ」


「は?」

「俺は百四十五歳だ。アシュアムさんも同い年だぞ」


「‥‥‥‥‥‥はい?」


 理解が追い付かない。どう見ても、百年以上生きているようには見えないからだ。


 たしかに上級冒険者や英雄と呼ばれる戦士などのステータスが高く生命力に優れた者はこの世界では百年以上生きるものもいないわけではない。しかしかつて群雄割拠を終わらせ大陸に平和をもたらした英雄の百二十歳というのが最高だったはずだ。

 いや種族が違うという可能性ある。


「俺たちは人族だよ。単に俺たちは若返りの秘薬を飲んでいることと、その英雄以上に強いってことだ。そら着いたぞ」


 トラストがどう言葉を返すべきか迷っていると、いつの間にかクラメガの深い場所にいた。木々が恐ろしく多く、まだ午前中なのに夜のように暗い。


「トラスト、俺が教えた魔力操作は覚えているか?」

「ええ。見ていてください」


 トラストは両腕に魔力を回転させながら纏わせる。普通の魔術師ならばやらない魔力操作だが、トラストたちにとっては基本的なものだ。


「たしか、魔力を使う際には予め十分な量を用意しておくことで、本来の実力以上の効果を発揮できる。そして魔力を回転させると、練り上げるときも留めておくときもうまくいく、と」

「そうだ。正式には纏と轆轤という。魔力の総量が少なくとも、格上を相手にするならば、持てる力全てをぶつけなければ生き残れないからな。今回はその逆で少ない魔力を高密度にして、高位の魔術を使う方法も教えてやる。……ああ、その前に」

「なんですか?」

「お前、高位の魔術は使えるか?」

「使えないです」


 一般的に、魔術というと属性魔術の属性をそのまま使う魔術の事を指す。そして高位の魔術とは、概念的な魔術を指す。


「……まあ、そうか。大抵の魔術師はその属性の魔術をぶつけるだけだからな、戦闘ではそれで充分だしな。そこから一気に教えるか」


 デーディーは少し考えるように顔を俯かせた後、手を地面に当てた。


「土属性魔術は土を操る魔術だ。なら、土属性魔術の【土】ってのは何だと思う?」

「土とはなにか、ですか?……地面‥‥‥いや、岩や金属も土属性魔術の範囲だし……?」

「結論を言ってしまうと、固体全てだ」


 地面、金属、岩などなど、変形しにくい物質の変形しにくさやその形状を操る。それが土属性魔術だ。岩の球体をぶつけたり、地面を隆起させて硬い壁にするなどが一般的な魔術だろう。


「しかし、高位の魔術はそれだけではない。土属性魔術であっても土を人型にしてゴーレムにしたり、土を媒体に周囲の状況を探ったりと様々だ。その一つがこれだ」


 デーディーがそういった次の瞬間、トラストとデーディーの周囲が一変した。


「―――空間転移!?」

「いいや、そうとしか思えないだろうが、これは異なる場所の土を入れ替える土属性魔術だ。土を媒体にするため空間属性魔術よりかは自由には出来ないが、その分指定した土の上にいる人間も問答無用で転移させられる」


 トラストは咄嗟に周囲を探知するが、デーディーの言葉が事実だという裏付けばかりが取れる。

 というは、ここはトラストが来たことのないほどの深度だ。


「魔術は万能ではないが、魔力というエネルギーに属性という色を付け、精密な魔力操作をすれば万能モドキのことは出来る。例えば・・・・・・」

「なっ!!」


 デーディーが指を向けると、次の瞬間トラストの右腕が爆散した。

 なぜ。咄嗟に再構築しながら距離を取るが、何をされたのか全く分からなかった。


「通常、魔術を生物の内部には展開できない。体内の魔力は他者の魔力を拒むからな。回復魔術は外側から染み込ませるようにしか使えないのと同じだ。

 だが、それも術者の腕次第だ。俺なら他人の体内の水分を操ることも出来る。」

「水分……おれの血液を操って内部から破裂させた、ということですか?」

「ああそうだ、何ならお前の全身でもいけるぞ。……正解だ、そうやって全身の魔力を乱せば、俺ももう同じ手は使えない」


 トラストは時間と空間を操り未来と今の全てから防御を固める。少し焦ってしまう。腕の再構築と平行しなければ間に合わない。


「外れだ。それだけでは不十分だな。俺の知っている奴は、時間属性魔術なら未来や過去にも攻撃できるうえに、空間属性魔術ならあらゆる距離を無くしてみせた。お前には出来ないのか?」

「そんな高位な術はまだ使いませんよ」

「なぜだ?」

「なぜ、とは?」


 言葉と同時に、自分の状態を調べる。なぜ外れなのか、なぜ不十分なのか。

 分からないが、デーディーが嘘やハッタリを言ってはいないということは分かる。


「俺の古い友人の言葉だが、空間属性に時間属性、光属性や闇属性なんかの魔術は使いこなすのが難しいらしい。なぜだと思う?」

「なぜって……現実に存在しない現象だから、です。火は摩擦で起きますし、土を固めて槍の形に出来ます。ですが、魔物を光で切り裂いたり、空間を消滅させたり、時間を逆流させたり。そんなの自然現象ではおきません。それを魔力で無理やり起こすので、難易度が高いんです」

「違う。それらは同じものだ」


 一瞬、トラストは硬直してしまう。トラストの知識……現世で学んでいることだけではなく、トラスト考えの基盤である前世の知識とも異なるからだ。


「魔力を消費して炎の玉を空中に浮かべるのも、魔力を消費して空間を拡張するのも、魔力を消費して未来を見るのも同じことだ。お前に限らないが、世の中には自分の思い込みで出来ないことを増やしている奴は多い」


 考えを纏めるために止まりそうになる体を動かし再構築を終える。問題はない。同じ術は喰らわない。


「さて、そのうえで言うが、俺は剣士だ。俺が高位の魔術も使えると知った上で、お前は戦うことになる」


 デーディーが剣を構える。一見腕の力を抜いているようだが、たしか風鈴の型というものだ。


「これがお前にしてやれる最後の講義で、最後の試験だ。俺が百年かけて身に着けたもの。お前に教えられること。全てくれてやる。

 ああ、もちろん受けないという選択もあるぞ。お前は騎士になりたいそうだが、その水準はとうに超えている。俺に切り刻まれながら修行する必要性はない。どうする?」

「もちろん受けますよ」


 トラストは間髪入れずに言葉を返す。


 全身に土を纏わせる。鎧であり武器。地球人が見れば変身スーツか人間大のロボットと表現するだろう代物。トラストのとっておきだ。

 使いこなせないため強力な魔物を相手に使ったことは無いが、デーディーなら自分を殺しはしないという信頼もあって初の本格的な運用だ。


 これが必要のないことなのはその通りだ。必要のない痛みで、必要のない苦しみだ。

 しかし、


「十分に強いというのは、これ以上の強さを目指さない理由にはしません。強いと出来ることが増えるので、使い方や使う場所は、そのうち追いついてくるでしょう」

「そうか、未来ある若者らしい、いい答えだ」


 誰も見ていない、誰も知らない場所で、最強の英雄の最後の稽古が始まった。

年内は最後です。よいお年を。

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