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土塊の戦士  作者: ライブイ
2章 王都
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第33話 嫌なこと

「ご主人様、私に戦い方を教えてください!」


 数日後、キルニスが頼みごとをしてきた。


 普段であれば三人で朝食をとった後は、アレナは修道院に働きに行き、トラストはその日の気分でダンジョンか自室に向かい、キルニスは家事や買い出しなどそれぞれ独自に行動する。

 しかしこの日は前日のうちに家事などの必須分は終わらせたのか、トラストの自室に押しかけて来た。


「ええと……それは護身術が学びたいってこと?それなら分かるよ。最近も近所で死体が上がったしね」

「いいえ、魔物を倒せるぐらい、強くなりたいんです!」


 トラストは困惑を隠さず首を傾げる。トラストとしては家事をしてくれるだけで十分であり、なぜ魔物を倒せるほど強くなりたいのか分からなかったのだ。


(ああ、奴隷から早く解放されたいのかな)


 しかし少し考えて理解する。早く奴隷から解放されたくて、そのためのお金が欲しいのだと。


 キルニスは戦争で奴隷となったため借金奴隷に類する。そのため売値の十倍のお金を払えば解放され平民に戻れるのだ。キルニスを買った時の値段は銀貨五枚。トラストは冒険者として成功しているためすぐに払えたが、一般的には大金である。キルニスの給金では何年もかかってしまうだろう。


 トラストの雇用関係の考え方には信賞必罰が基本にある。つまりは能力や実績に見合った給料を払う、というものだ。

 そしてキルニスは使用人……家政婦のような仕事をしてもらっているが、その能力はかなり低い。まだ六歳の子供であり、おそらく奴隷になる前の家族と暮らしていた時も普通の子供……つまり家の手伝いはあまりせず、遊んでばかりであり、手伝っていたとしてもプロ並みの腕などあるはずもない。

 そのためトラストは通常の使用人の半分の給料しか出していなかった。


 この世界では奴隷とは人間ではなく物として区分される。そのためギルドにも登録できない上に差別されることもある。奴隷から早く解放されたいと思うのは当然だろう。

 そして奴隷から解放された後のことも考えて、強くなりたいと考えるのも不思議ではない。


(うーん、しばらく一緒に居られると思っていたんだけどな。俺はキルニスと仲良くやれていたと思ったけど……まあ、奴隷とその主人だから、感じ方も違っちゃうか)


 同じ家で暮らし、同じ釜で炊いた飯を食べているのだから自然と仲も深まる。トラストもキルニスに対して妹……という程ではないが、それなりに好意的に感じていた。

 しかし二人の関係は奴隷とその主人だ。トラストには良好な関係を築けていると思っても、気が付けなかっただけで何か緊張させていたことや、気を使わせていたり、嫌われるようなことをしてしまったのかもしれない。


 そう考えてトラストは自己嫌悪するが、奴隷から解放された後、年齢が一桁の子供が一人で生きていく厳しさ気が付く。

 奴隷から解放された後に一人で生きていくならば、魔物や盗賊の脅威にも一人で対抗しなければならない。そのために強くなりたいと考えたのだろう。

 ならば鍛えてあげるのもやぶさかではない。


「よし。俺は教えるのは経験が少ないんだけど、まあ先生から教わったことをキルニスにも教えるよ」

「ありがとうございます!」





「じゃあ早速だけど基礎からだ。こうやって壁を歩けるようになるのが最初の目標だね」

「えええ!?ご主人様が天井を歩いてる!?」


 トラストは早速魔術を教えようと、空中に浮かび、そのまま逆さまになって天井を歩き始めた。


 この世界には魔術や武技という魔力を消費して事象を起こす技が存在するが、全ての基本には魔力操作と無属性魔術がある。無属性魔術という無属性の……正確には属性を持たない魔術を使いながら魔力操作を覚えるのだ。

 その中でも無属性魔術の念動、飛行は代表的で簡単なものだ。


 やっていることは同じである。

 魔力で小物を持ち上げる魔術が念動、そのまま魔術と魔力操作の技量が上がり自分を持ち上げられるようになると飛行になる。


「そして念動と飛行をさらに発展させて、こんな風に天井を歩いているように見えるくらい精密に念動を使えるようになったらだいたい魔術も武技も発動できるくらいの魔力操作の腕が付いている証、らしいんだ。だからキルニスもこれが出来るようになったら実践的なものを教えてあげる」

「分かりました!念動っていうのは私の義肢を動かしているのと同じ魔術ですよね?」

「そうそう。だからその義肢がサポートしてくれていたのを自力で使えるようになるのが第一歩だね」


 トラストはキルニスがうおおと叫びながら魔力を動かそうと気張っているのを微笑ましく見つめる。

 トラストは騎士ごっこをしながら剣術スキルを覚えて、武技や魔力操作もその勢いで習得したためあまり苦労したつもりはない。そのため魔力を意図的に動かそうと頑張っている姿はもしもの昔の自分を見ているような気持になるのだ。


(でもそうか、なんとなくキルニスも当分一緒にいると思ったけど、そうでもないのか。別れは突然って、こういう事なのかな。……………ローレイア、どうしようかな)


 以前ローレイアの心の闇を見た時は、今度でいいと考えたが、その「今度」が訪れるのか、分からなくなってしまった。

 本当に今度でいいのか。今度など本当に来るのか、キルニスが突然離れるように、何か自分は見落として、今度なんて訪れないんじゃないか、そんな思いが溢れてくる。

 そう思うと、ローレイヤの事を無視しようと結論付けたのは間違いかもしれない。


「よし、ちょっと出かけてくる。しばらくは魔力操作の練習しててね」

「へ?あ、はい。分かりました。いってらっしゃいませ」


 思い立ったが吉日という。トラストは家を出た。





「わあ、来てくれたんだね。上がって上がって」

「お邪魔します」


 トラストは気が変わらないうちにローレイアの家に来た。予定を抑えていたわけではないため一瞬留守の可能性を考えたが、居てくれて幸運である。


「トラストが来てくれてよかったよ。この間はあんまりお話できなかったからね。今度はゆっくりしていってね」


 ローレイアの家に来るのは二度目だが、同じように母親の死体が椅子に立て掛けてあった。狂気の産物であり、異常の象徴だ。一緒にダンジョンに潜った時のローレイアは頼りになる先人だったが、今は何をするか分からない狂人にした見えない。


 しかし一度依頼でパーティーを組んだ程度の中だが、ほんの僅かでも友情を感じたのだ。そんな相手がいつ爆発してもおかしくない爆弾を抱えていれば、取り除きたいと思うのは当然だろう。


「ローレイア、貴方のお母さんは死んでるよ。それは、ただの死体だ」


 紅茶を三つ並べてくるローレイア。死体の前に紅茶を置いたときにトラストはそう告げる。

 目を見るのは怖いが、告げた以上は相手から目を背けてはいけない。そうするべきでないなら、そうしてはいけない。


「―――っ!」


 ローレイアの目を見た瞬間、恐怖で背筋が凍る。ガラス玉の様な透き通った虚無の目がこちらを見ている。微笑んでいる表情は本心を隠す仮面にしか見えず、感じ取れる圧が狂気の大きさを物語る。


「もうっ!何言ってるのトラスト。お母さんならここにいるじゃない」


 子供の時に母親を失うというのはどういう感情を抱くのだろうか。狂ってしまう程の悲しみだろうか。トラストには分からないことだ。

 しかし、人の気持ちなど分かる必要もないだろう。

 

 何をすべきかを決めて、そのために行動する。

 この場合は、ローレイアの持つ母親は生きているという間違った認識を消すのがすべきことで、そのための行動は何でもいいのだ。


「トラスト?どうしたの?黙ったままで……!?」


 トラストの右足がうなりを上げテーブルをローレイアの方に蹴り飛ばす。目くらましだが、やらないよりはマシだろう。

 そしてそのままの勢いで死体に触れる。ローレイアはトラストを信用していた。良かれと思ってだろうと相手の気持ちを利用するのは心苦しいが、仕方ない。


 トラストの指先が死体に触れ、そのままの勢いよく後方に倒れこむ。


「―――っ!!……トラスト!」


 ローレイアはトラストに向けて光の剣を作り振るう。ユニークスキルの影響で鉄の強度となっているトラストの自慢の皮膚も骨も切り裂き……首を半分まで食い込んで止まる。

 いや、止まったのではなく、ローレイアが止めたのだろう。


「―――!」

「ごふっ!……ひゅー……ひゅー……」

「あっ……だ、大丈夫!?」


 念のため防御魔術は張っていたが、咄嗟の一撃で全て破壊されるのは想像していなかった。間一髪でローレイアが止まってくれなければそのまま首が飛んだだろう。

 そうなってもトラストは納得して死んだが、間一髪で生き残った以上修復に取り掛かる。


「ひゅー……ひゅー……ん、んんんっ!喉を切られるとうまく喋れなくなるんだな。勉強になった」


 首全体を金属にして溶接し治す。

 鋭利すぎるその切断面は鋭すぎて治しやすい。


「……ご、ごめんなさい」

「いやローレイアが謝ることは無いよ。俺が勝手にやったことだから」

「……いいえ、ごめんなさい。そんな顔をさせてしまって」


 ローレイアの言葉にトラストは驚いてしまう。この狂った人から「母親は生きているという」誤認を取り除けば「トラストが母親を殺したからだ」と辻褄を合わせるのではないかと危惧してたが、実際にはローレイアはトラストの心配をし始めた。


「そんな顔をしてる人を切れるほどじゃないよ、私は」

「顔……?」


 トラストは自分の顔に手を当てて確かめるが、よく分からなかった。

 

 人は自分以上に動揺している人を見ると返って冷静になるのと同じだ。ローレイアはトラストの自分以上に泣きそうで悲しそうで、自罰的に思い詰めた顔を見て帰って冷静になってしまったのだ。


「……よく分からないけど、正気になってくれたのならよかった。死んだ人のことは分からないけど、まだあなたは生きていて、やりたいことがあるなら、前向きに生きてほしいんだ」


 トラストの口から、噓偽りのない言葉が出る。

 死者に縛られてはいけない。そんなトラストの考えであり、ローレイアのものでは無い考えだ。

 こんなことを言われて迷惑に思うのか、ありがたく思うのか、分からない。しかし言わなければ、そのうちに言えなくなるかもしれない。


「ありがとう、でも、今日は、もう帰って」


 トラストの言葉を受けて、ローレイアは穏やかな表情を浮かべ、死体に向かって行く。

 埋葬するのだろうか。それとも今までと同じように椅子に座らせるのだろう。


 分からないが、良いほうに向かってほしい。そう願うトラストの顔には達成感など無く、やりたくなくてもやらなければならないことを終えた虚脱感だけが残った。





「キルニス、家のことは任せたよ。もう少し住むからね」

「お任せ下さい!」

「忘れ物をしちゃだめよー?」


 ローレイアの家で首を落とされかけた翌日、トラストはアレナと実家に向かった。

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