第30話 毒
「ぐぅ”うう”う“う”う“」
「あ“おおお”お“ぉ”ぉ“ん”ん“」
現れたのは魔獣。しかしその姿をよく見ると一目で危険物だと分かる毒に侵され、変異していた。
全身が紫に染まり毒を牙から滴らせるヴェノムナーガ、毒に適応し毛に触れただで毒を移す毒狼、大角の先端が尖り体内に毒を注入する毒鹿、刺激物が擬獣化したようなヴェノムアニマル。浸食がすすんだ魔境でしか見られない特殊な魔物であり、並みの冒険者では毒に対処しきれず逃げるしかないランク以上に危険な魔物だ。
「【光鎧】【光刃】じゃあさっさと片付けちゃうね」
しかし相対するはA級冒険者にして聖剣使いのアウローラ。光属性魔術で光の鎧を纏い、刀身は光の膜で覆い、一足で魔物の群れに飛び込んだ。
大地を砕けるほどの脚力を前進するエネルギーに変換し突入。そのまま先頭の魔物を切り伏せる。続けて次に先頭になった魔物を切り伏せ、さらにその次に先頭になった魔物を切り伏せる。死体を転がし後続を堰き止めるように立ち回り魔物の数を減らしていく。
「【光断の剣】【三連山】【四速円】てりゃあ」
力の入っていない軽い気合の声と共に、目にも止まらぬ連撃を繰り出し魔物を数匹まとめて切り捨て続ける。
本来、毒を纏う魔物が相手ならば触れないように立ち回る。呪いと違い、毒である以上触れなければ汚染されない。遠距離で戦うのが一般的だ。
しかし超人的な魔力と剣の腕を持つアウローラは剣に光の膜を纏うことで汚染を回避している。光の残像を残しながら剣を振るい、ほんの数分で全ての魔物は死体に変えられた。
「こんなものかな。雑魚ばっかりで良かった良かった。トラスト、そっちはどう?調べ終った?何か変なものはある?」
「五百近い魔物を数分は早すぎでしょ。まだだからもう少し待って……よし、ここに居ても分からないということが分かった」
「どういうこと?」
「あの霧に探知が通らないんだよ。ざっと調べたところ他に異変は無いから、原因があるとしたらあの霧の内部だね」
「そっか……まあ分かっていたことだね。あんなに目立つ異変だし」
二人は竜魚の湖の方を向く。その眼には湖を覆い隠すほどに巨大な霧が映り、内部にはうっすらと先ほどの魔物同様に毒に汚染され変異した魔獣が見える。
あの霧に入るしかないだろう。
「じゃあ今すぐに突撃する?」
「いや、今日はもうお休みにしよう。無茶な速さでこの階層まで来たから、自覚は無くても私もあなたも疲れているよ」
「……やっぱり無茶な速さだったんだ。覚えておくよ。じゃあキャンプの準備は任せてもいい?俺はあの毒の魔獣から素材を回収しておく。普段は毒の魔獣なんて出現しないから、提出用で」
「分かった。そっちはお願い」
アウローラは崖を登りキャンプ場所を確保する一方、トラストは魔物を死体に向かう。
「さて……どのくらい回収しよう」
魔物の死骸は丸ごと持ち帰るのが一番だが、重量や運搬の問題でそれは不可能だ。そのため通常の魔獣であれば牙に皮、肝に脂肪に筋肉の筋、そして何より魔石と確保するべき部位は決まっている。
しかし毒に汚染されているなら話は別だ。毒を抽出してそのまま使用したり、錬金術で毒の解毒薬や対毒のマジックアイテムを作成したりと使用方法が増えるため価値も上がる。毒という状態異常を相手に出来る冒険者は中堅でも多くは無いため供給が少なく常に需要がある。金のためにも冒険者ギルドからの評価のためにも出来るだけ多く持ち帰ったほうがいいだろう。
しかし当然、トラストの虚空庫にも限度があるため全部を持ち帰るのは不可能である。
「ていうか、数分で五百っておかしいだろう。聖剣の力を使っていなかったし、どれだけ強いんだ?」
独り言をつぶやきながら素材の回収にかかる。最優先は魔石だろう。魔石は純粋な魔力エネルギーとしても使えるし、毒の魔物の魔石からは毒の因子を抽出することも出来る。大きくても握りこぶし程度なのでコストパフォーマンスが最も高い。
次点で脂肪だろうか。通常の魔獣は牙や皮が優先だが、今回は最も毒を抽出できる脂肪が良い。魔術師ギルドや錬金術ギルドからの納品依頼があったはずだ。
「あとはギルドに提出するために一匹丸ごと回収しておくか。うわ切れ味すごっ。牙と頭蓋骨と背骨がすっぱり切れてるよ……A級って全員こんななのか?」
虚空庫の八割を埋めたあたりで回収作業は切り上げにした。今後の事を考えると少し多いが、その時は捨てればいいと考えたからだ。
「お待たせ。あ、夕飯まである」
「うん。食料は沢山あるから……迷惑だった?」
「いやありがたいよ。ありがとう」
崖を登り合流すると、アウローラは火属性の紙片を使い焚火をおこしていた。焚火の上には七輪の様な金網。温かいパンにスープとダンジョン内部での夕飯としては十分豪華だろう。後方にあるテントを起点に結界が敷いてあり魔物が近づいてくれば直ぐに分かる。完璧だ。
トラストは地面に腰を降ろし食事を受け取る。パンは柔らかくスープには肉など具材がたっぷりと入っており、体に活力が戻ってくる。
気が付けばダンジョンの天井には偽りの太陽が隠れ夜空が広がっていた。星の位置まで地上と同じかは分からないが、周囲に広がる山岳地帯のような荒野と遠くから響く魔獣の遠吠えが人里離れた山奥にいる様な気分にさせてくる。
「トラスト、貴方はどうしてダンジョンに潜るの?」
この世に一人ぼっちであるかの様な心地よい冷気に触れていると、焚火の向かいから声が届く。当然アウローラだ。
「ダンジョンに潜る理由?……んーお金が欲しいからと、戦うのが楽しいから、かな」
「……そう、冒険者らしい素敵な理由だね」
そう返してきたアウローラの顔には、厭味は含まれていないが、どこか尊敬や嫉妬の感情が見える。
「そういうアウローラは?」
「私?私もお金のためだよ。もっと言えば、お母さんのためだよ」
「お母さん?確か一緒に住んでいるんだっけ?体が弱いから世話をしているっていう」
「そう。故郷のオールトン公爵領が帝国に侵略された時に、一緒に逃げてきたお母さん。昔から体が弱くて、働けない。だから私がたくさんお金を稼いで、楽をさせてあげないと」
そう語るアウローラの表情は硬く、思い詰めているように見える。
母親が働けない。聞いていいのか分からず質問は出来ないが、病気だろうか。両親が元気に生きているトラストにとって共感は出来ないが、それはとても大変で、母親への強い思いがなければできないことなのだろう。
「それは大変だな。俺からはお金を貸すくらいなら……いや、アウローラの方が稼いでいるだろうから、意味ないか。そうだ、これでも薬学を齧っているから、診察しようか?少しは良くできるかもしれない」
「ありがとう。でも大丈夫だよ。神殿のたくさんの治療師に診てもらったけど、誰にも治せなかったから」
「そう?いいならいいけど……そういや侵略っていつあったの?初めて聞いたけど」
「初めて?十年前のことだよ?ってそうか、トラストはまだ子供だから、覚えてないのかな」
「子供って……まあ、まだ俺は子供だし確かに覚えてないけどさ」
トラストは立派に稼いでいるが、まだもうすぐ十二歳の子供である。
「って、十年?十年も世話しているのか。本当にお母さんが大好きなんだな」
「うん。騎士爵家の娘とは思えないくらい優しくてあったかい人だよ。私が剣を振り始めた時も背中を押してくれたの……そうだ!この仕事が終わったら私の家に来ない?トラストのことはお母さんも気に入ってくれると思うの。どこか故郷で一緒に遊んでいた弟みたいな子供たちに似ているからかな」
「それは光栄だな。じゃあ遊びに行くよ」
「うん!お母さんも喜ぶよ」
そう語るアウローラの表情は、本当に幸せそうだ。美しい思い出に頬を緩ませ、未来でも大好きなお母さんと一緒にいる姿を幻視しているようにも見える。
トラストには、なにかが引っかかり不気味さを覚えたが。
翌朝、二人は霧の前にいた。
アウローラの手には光の蝶。仮初めの肉体に魔力で練り上げた命を吹き込み、術者と五感を共有させ思い通りに動かせる使い魔の魔術だ。
「まさかアウローラが使い魔を作れるなんて、剣術だけじゃなかったんだな」
「これでも一応は貴族の娘だったからね。光属性に適性があったから、非戦闘用の魔術は最初覚えたんだよ。そういうトラストは使えないの?」
「練習はしているんだけどね。探索なら空間属性魔術の方が有用だから、優先してないんだよ」
「教えてあげるから覚えてみる?五感を共有すると空を飛ぶ感覚も味わえるよ」
「それは助かる。俺の魔術は戦闘用が多いからな……よし、結界を貼れた。じゃあ行ってらっしゃい」
「うん。昨日とは逆だね。私の体を守ってね」
アウローラの体から力が抜ける。同時に光の蝶が動き出し霧に向かう。使い魔の魔術なら危険な場所でも安全に探索できるのだ。
意識が肉体から離れ、光の蝶の体で霧の中を進む。
内部はいたって普通。アウローラも何度も竜魚の湖に来たことはあるが、その時と変わらない。魔獣が毒に侵されてはいるが、それだけであり、それが最大の違いだ。
ならば毒を撒き散らしている元凶を探せばいい。
(……あれは、天魔?悪魔型の……?何か変だ)
しばらく進むと竜魚の湖が見える。紫色に染まった湖の中央には島がある……いや、死体となった竜魚が浮かんでいる。その上には二メートル程度の天魔がいる。悪魔型、デーモンだ。
しかし今までアウローラが倒してきたデーモンとは何かが違う。気配というべきか、オーラというべきか。実力を認められA級冒険者になったアウローラだが、まだ十八歳であるためA級冒険者にしては経験が乏しく、うまく言語化出来ないでいる。
「う、あ、あ”?人間、か?」
観察しながら悩んでいると、デーモンはこちらを見てきた。いや、それ以上に重大なことがある。
(そうか、理性だ。このデーモンには理性がある!)
アウローラが気付くと同時に、デーモンが怪光線を放ち光の蝶を破壊する。
「っ!っはぁ、はぁ、はぁ」
「アウローラ?どうした?なにがあった!?」
使い魔を破壊されたことで意識が肉体に戻る。呼びかけてくるトラストの声が遠くに感じたが、若くともA級冒険者であるアウローラはすぐに意識を明確にして口を開く。
「トラスト、最悪だ。天魔がいた、それも前世持ちの」
端的に伝えられた言葉に、トラストも驚愕に目を見開く。
天魔は通常の生き物ではない。食事は不要で、睡眠もとらず、生殖もしない。魔物の中でも特に特異な種族であり、強いて言えばスライムのような不定形の生き物がより受肉したようなものともいわれるほどだ。
そんな特異な生き物である天魔は、魂も特殊だ。通常の魔物と同様輪廻転生をするが、天魔の場合は極稀に前世の記憶を保持したまま生まれることがある。
肉体は生まれたばかりなため魔物としてのランクは低いが、前世で培った知識と魔術の腕は健在で、しかも人間の生態や社会を理解している場合もあるため前世持ちというだけで災害指定されるほどの脅威だ。
魔族が生まれたという予想は正しいが、想像しうる限り最悪のパターンだ。
「おおおおお!!!!!!!!!!!」
しかし、最悪とは予想を超えるから最悪なのである。
「【空間壁】!……って壊された!?」
「こっち!」
大声と共に霧を飛び出してきたデーモンが殴りかかってくる。
ユニークスキルの【危機感知:死】に強烈な反応が起こった。トラストは咄嗟に空間の連続性を断ち切る壁を張るが、なんと拳で破壊された。アウローラが引っ張ってくれなければ死んでいただろう。
「空間属性魔術も、魔力で起こす現象なことには変わらない。膨大な魔力で通常の空間との起点を攻撃されたり、他の魔術をかき消すほどの魔力で破壊されるから、慢心しちゃだめだよ」
「助かった。肝に銘じておく」
「人間……人間、人間!ニンゲン!」
距離を取った二人に向けてデーモンは振り返り、怒りに満ちた瞳を向ける。
いや、満ちているのではなく、満ちて溢れているというのが正しいかもしれない。両目の縁が避け眼球が半分飛び出し、切れ目から顔面に走るように亀裂が伸びる。
「ニンゲンニンゲンニンゲンニンゲン!殺す!殺してやるぞ!カムイ!アーク!マウンフィールド!ピュオー!勇者ども!よくも俺を殺したな!」
デーモンも慟哭に二人はぎょっと目を見開く。
その名前の人間に殺された天魔だとしたら、それは十万年前に生きていたということだ。
「お前、ただの天魔じゃないな」
トラストの言葉に反応に、さらに怒り出す。
「だれが天魔か!我が名はグレクティムデテト!『呪毒の悪神』グレクティムデテトである!」




