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土塊の戦士  作者: ライブイ
1章 田舎の町
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第3話 生の実感

 次の日、トラストは一人で街を出た。行き先は昨日手前まで行った魔境である森だ。

 トラストの暮らしている街から西に五キロ。中心に行けば行くほど魔物の強さは強力になっていき、最深部に住む魔物の主はランク5と言われている、中規模の魔境だ。


 昨日に先輩の冒険者について行き魔物を討伐できたことで受付嬢を説得し、晴れてトラストはF級冒険者に昇格した。

 本来はG級の依頼を数回受ければ昇格出来るのだが、受付嬢がトラストの知り合いだったために有難迷惑な贔屓をされ、子供には危ないからと昇格をさせてもらえなかったが、すでに魔物を討伐できる腕前を見せられ納得させた。

 十歳の子供に魔物の討伐はさせられないというのは、本人が望んでもさせないほうが一般的な考えなのだが。


 最もG級は実質的な仮登録期間であり、F級冒険者もまだまだ新米。基本的に受けられる依頼は魔境ではない野外で薬草や鉱石などの錬金術の素材集めか、茸や山菜などの採集、野兎などの野生動物の狩猟といったものであり、実質的に猟師と変わらない。

 依頼の過程でゴブリンなどの魔物と戦うこともあるがF級の討伐依頼は存在せず、魔境に入ることも推奨されない。一つ上の等級の依頼も受けられるが、なりたてだと受付で長々と遠回しにやめておくように言われるため、実質的に討伐依頼を受けることは無い。


 そのため、誰にも相談せずにトラストは一人で魔境に来たのである。


「依頼を受けていなくても魔石や素材は買い取ってもらえるし、戦果があればお姉ちゃんたちも怒らないよね」


 子供らしく心配するところがずれているし、下調べもせずに魔境に入っても無事には入れると思っているあたりかなり危ない考えだが、子供なのでそこまで考えが及んでいない。

 前世の記憶はもっとよく考えたほうがいい!と訴えている気がするが、子供特有なきっと何とかなるさ!という本能に押し負けている。


 トラストは森に足を踏み入れ、定期的に槌で樹をへし折っていく。帰る際の目印だ。

 しかしすぐに面倒になって辞めてしまった。子供特有の飽きっぽさが出ているが、極めて危険だ。


 森に入って五分もしないうちに魔物が現れた。全身を真っ白な毛に覆われ、目は赤く齧歯が鋭い魔獣……魔物に変質した兎、マッドラビットだ。

 たかが兎であるが、魔物となったことで人間に敵意を抱いており、生まれつき持つ鋭い齧歯はさらに殺傷力を増している。ランク1の魔物とはいえ、ゴブリンに比べれば十分危険な魔物であり、場合によっては人間を食い殺す。


(ようし、最初の獲物だ)


 マッドラビットたちはトラストの正面に立ちいつでも飛び掛かれるように足に力を籠める。魔物と化しても元となって生き物の習性を引き継ぐため、狼の様な連携は無いようだ。


「ヂュウウッ!!」


 先頭にいたマッドラビットがトラストに飛び掛かる。狙いは足元、自分たちよりも背の高い生き物である人間を倒すために足元から狙ったのだろう。

 しかしマッドラビットの歯がトラストに届くよりも早く、トラストは槌を叩きつけ頭部を破壊する。魔物と化したことで強度が上がったとはいえ、鉄でできた武器の強度には耐え切れず槌と地面に挟まれ頭蓋骨と脳がぺしゃんこになる。

 そんな予想以上の威力に、トラスト自身も驚く。


(おお!これはすごい!)


 昨日に魔物を倒したことで、トラストはレベルが上がり、それに応じてステータスも上がっていた。

この世界ではジョブに応じた行動でレベルが上がる。農家なら畑を耕し、漁師なら魚を捕る。教師なら勉学を教え、錬金術師なら錬金術を使い、魔術師なら魔術を使い、戦士なら武器を振るう。戦士系統のジョブに就いていれば武器を素振りしているだけでも微量に経験値が入るが、魔物を倒した時に最も経験値が入る。

 そして遥かに格上の魔物を倒したことで、トラストのレベルは急激に上がり、現在は【見習い戦士】の50lv。能力値も力は10になっている。これは男性の成人時(十五歳)に匹敵する。所詮は一般人の成人男性に匹敵だが、子供そのものの筋力だった昨日と比べると倍以上に上昇している。当然槌を振るう威力もだ。


 残りのマッドラビットも素早く撲殺すると、経験値が入ってくる快感に酔いしれる。身体能力が上昇する感覚が全能感に繋がり無意識に陶酔した表情に顔が緩んでいく。


 最後の一匹も屠り、魔石と素材を剥ぎ取ろうとして……ふと気が付く。


「しまった。素材ってどれだか分からないぞ」


 昨日の帰りに先輩冒険者が素材を剥ぎ取る用のナイフを買ってくれたので、ナイフはある。しかし素材がどの部位なのか分からないのだ。

 魔石はランク3にもならなければ百に一つの確率でしか取れないので取れなくても構わないが、素材、特に動物系の魔物の肉は常に買い取ってくれるため惜しい。魔物の肉は屋台から高級料亭まで幅広く使われており、一般的な冒険者の主な収入源だ。なんならその場で食べる冒険者もいるらしい

 しかし、具体的にどこの部位を買い取ってくれるのか分からない。もも肉や胸肉などの言葉は知っているが、ナイフでどこを切ればいいのかトラストは知らないのだ。


「くそう……調べてくればよかった」


 少年は自分の未熟さを思い知りながら、マッドラビットを二匹袋にそのまま詰める。血抜きも知らないためだいぶ血生臭いことになっているが、まだまだものを知らないトラストはこんなものかと一人納得し先に進む。


 袋とは魔術的なものでは無く、普通の布袋だ。そのため血の匂いは遮られることなく周囲に広がっていき……当然血の匂いに惹かれ魔物がどんどん引き寄せられてくる。


 剣を持ったゴブリンであるゴブリンソルジャー、犬頭の魔物コボルト、魚に手足が生えたサハギン、魔物と化した蛇マーダースネーク、魔物と化した狼マッドウルフ。ランク2の凶悪な魔物たちだ。合計で五十を超えるこの魔物たちなら、並みの冒険者でも危ないだろう。

 トラストは自分が魔物を引き寄せてしまったことに気が付かず、大量の獲物だ!とばかりに襲い掛かる。


「ガルルルルッ!!!」


 真っ先に動いたトラストを威嚇するようにマッドウルフが叫ぶと、それに併せて魔物たちも動き出す。

 この場に引き寄せられた魔物たちは協力関係になく、好き勝手に襲い掛かってくるが、幸いなことに人間を襲うという本能もこの混戦状況では生存本能が優先されるのか魔物同士でも争いあう。しかしもともと連携をする動物である狼たちは魔物となっても連携する。一番弱く殺しやすいと思ったのか、それとも一番強く余力のあるうちに殺すべきと思ったのか、マッドウルフたちはトラストに襲い掛かる。


「ガアッ!」


 マッドウルフたちはトラストが振り下ろした槌を後ろに下がることで躱すと、三方向から噛みつくように攻撃してくる。

 左右と後ろ。狩猟本能と人間を害する本能を併せ持った結果魔物の狼は非常に危険な存在であり、一般的なE級冒険者でも群れで教われると生き残れない。

 しかし【危機感知:死】で攻撃を感知していたトラストは慌てることなく迎撃する。


「なめるなよ!」


 その場で回転するように槌を回し、マッドウルフたちを側面から薙ぎ払う。トラストの使う槌は鉄が混ざっているとはいえ重さが十キロしかない数打ちものだが、それを小枝のように振り回すとその威力は頭蓋骨を砕き衝撃で中身を震えさせる。

 マッドウルフたちの連携の強みは死角からの攻撃だが、その全てを感知し全て回避しながら魔物たちを殴り殺す。【危機感知:死】で感知できる事象は死に関することであり、死なない程度の攻撃は感知できないが、魔物は人間を害する本能を持っているため死なない程度の攻撃を繰り出すことはない。トラストはマッドウルフたちの強みを完全に潰すことができる。


「ふぅっ、疲れたっ!」


 最後の一匹の頭を潰すと、トラストは大きく息を吐き出し深呼吸する。

 魔物五十匹との戦闘は、トラストの体力を非常に消耗させた。魔物を五十匹倒すには単純計算で槌を五十回振るう必要がある。それも魔物を殺すために全力で、かつ回避も意識しなければいけないため途中で槌を止めて移動しながらである。戦闘経験の浅いトラストはすでに疲労困憊である。

 戦闘中は魔物を撲殺する際の高揚感で疲れを感じなかったが、戦闘がひと段落すると一気に疲労が襲ってきたのである。

 トラストはその場に座り込み休息をとる。返り血で全身血だらけだが、いまは街に戻る体力すらない。


「まーいいか。だいぶ経験値も稼げたし、これだけ魔物がいれば魔石も一個くらいあるかも。素材は……蛇や狼の食用の部位って、あるんだっけ?もしかしてマッドラビットのほうが儲けは大きいのかも?」


 トラストはのんきにそんなことを考えているが、この場は血の海であり、当然すぐに移動するべきであった。


「ブギィ!」

 森の奥からぬすっと大柄な生き物が現れる。

 オーク。身長が2メートルを超える、怪力なランク3の魔物である。


(げ、まずい)


 その姿を見た瞬間、トラストの【危機感知:死】が全開で反応する。一挙手一投足、全てが死につながると告げているのだ。

 トラストが昨日倒したゴブリンバーバリアンもランク3の魔物だが、ランクが同じでも魔物によってその戦闘力は大きく異なる。ドラゴンのような極端な例は例がとしても、コボルトなら俊敏、オークなら力、ゴブリンならその平均といった風に成長が変わり、ランクが上がるほどそれは顕著になる。

 オークは力が強い種族であり、トラストも槌という力で戦う戦士に分類されるが、その腕力は明確にオークのほうが上だ。俊敏は昨日のゴブリンバーバリアンのほうが上かもしれないが、トラストのほうが遅いため意味のない朗報だ。


(まずい、すっごい不味い。死ぬ気配しかしない)


 ランク3とはD級冒険者の倒す最低基準だ。D級冒険者は一人前、ベテランだ。その水準は武術スキルだと3から4レベル。能力値はそれぞれ100以上。トラストでは全く届かない。

 地球で言えば三十代四十代の大人と同程度の働きが十代のアルバイトの求められているような無茶な状況と言うのが的確な例えだろうか。


(くそう……なんでこんな高ランクの魔物がこんな位置口にいるんだよ!)


 なぜというならトラストが血の臭いをまき散らし続けたせいなので自業自得だが、知らないのでそんなことを考えている。


(いや、こんな時こそ冷静に、だ。教官たちは確かそんなことを言っていた気がする)


 今までで一番強い死の臭いに全身が震え表情に怯えが現れるが、それに嗜虐心を刺激されたのかオークはにやにやと笑いながら足を止める。

 魔物は人間を害する本能を持っている。それはただ殺すだけでなく、人間をなぶることも含まれる。魔物はわざと人間を生け捕りにすることはまずないが、生き残ったら持ち帰りなぶり殺しにすることもある。オークは元々異種族の雌を使い繁殖するため、そういったいたぶることが多く、トラストの浮かべた恐怖の表情に気を良くし殺す気が薄れる。


「ぶぎ?」


 しかし、あと三歩でトラストに手が届くところで異変に気が付く。どうやって痛めつけるか考えているうちにトラストから恐怖の表情が薄れていたのだ。【危機感知:死】で死が薄まったことに気が付いたからだ。

 トラストはただの子供ではなく、前世の記憶を持っている。目の前の死に強く生存本能が刺激されたことで幼い考えが鳴りを潜め、冷静に、冷酷に生き抜く手段を模索した。その結果トラストは死を極端に恐れるが、ただ震え怯えるだけから、この状況を打倒する方向に考えが変わったのだ。


 槌を肩に構え、一気に距離を詰める。狙いは足。戦えば勝つのは不可能と考え、足を潰し逃げることにしたのだ。


「ぜぇ“ぇ”ぇ“いっ!!!」


 左足を軸に遠心力を載せ、槌に魔力を込め全力の一撃を叩き込む。

 槌術【強打】。トラストの使用できる唯一の武技だ。

 魔力を纏った槌が油断しきったオークの脛に直撃にその脚をへし折る。


「ぶぎぃぃいいい!!!!」


 激痛に暴れまわるオークの腕が、即座に反転し逃げようとするトラストの胴体をとらえる。


「がはっ!」


 体重が三十キロにも満たない小柄な少年であるトラストは、身長二メートル、体重三百キロにもなるオークの腕が雑に振り回されただけの一撃に空高く打ち上げられ、受け身も取れないトラストはその衝撃に全身の骨にひびが入る。激痛が走り声にならない悲鳴を上げる。

 辛うじて槌は手放さなかったが、死の気配が非常に強い。【危機感知:死】ももはや周囲の全て感知している。転んで地面にぶつかる、頭上から起きてきた木の実が頭に直撃する、それだけで下手をすれば死ぬと告げているのだ。


「ぶひぃぃっ!ぶぎぃぃぃ!!!」

「ふふふふふ……はは、ははははは……はははは、あっはっはっはっは!」

「ぶ、ぶぎ?」


 オークは目の前の人間を殺してやろうと怒号を上げるが、血塗れなのに突如笑い出し飛び起きてきたので思わず怒りを忘れ疑問の声を上げる。

 魔物であるオークは人間とは違う価値観で生きているが、その心情を人間の言葉にするなら「気が狂ったのか?」だろう。


 ある意味では狂った。しかしトラストにとっては当然の帰結だ。

 トラストは死を恐れる。前世の記憶で味わったあの感覚は二度と味わいたくない。そう考えているが、周囲の世界全てを死の気配が満たした時、トラストは一つの真理に至った。


 死が自分を連れ去ろうとするならば、それすなわち自分は生きているということだ、と。


 それはトラストにとって生の実感そのものだ。死に覚える少年が見つけた、最も正しいものだ。


 前世の記憶を追憶して以来、最も強い生の実感に全身が歓喜に包まれる。それは格上の魔物が目の前に居るという状況でも、指一本動かすだけでも激痛が走る体でも、全く気にならないほどだ。


 槌を手に取り、オークに向かって行く。そこには逃げようという考えはすでになく、生の実感を得ようという欲求しかなかった。


「ぶ、ぶぎぃぃぃぃぃぃ!!!」


 異様な人間に蹴落とされたような一歩下がったオークだが、人間を敵視する本能が勝ったのか手に持った棍棒でトラストに何度も殴りかかる。

 その攻撃は非常に早く、D級冒険者でもなり立てでは回避が難しく、受けることは不可能だろう。


 しかしトラストはその全てを回避する。その風圧だけでも死ぬほどに弱った今、【危機感知:死】はオークの予備動作を超えて、攻撃しようと思考した段階ですでに死の気配を感じ取れるほどだ。


 トラストは背の低さを生かしオークの股下と潜り抜け、再び【強打】を放ち左足をへし折る。


 両足を失い地に倒れるオークの眼前に素早く回り込む。力を籠めすぎても自滅するほどに弱った肉体を殺さぬよう、【危機感知:死】の警告に従い極限まで力を抜き最小の動作で流れるように移動する。

 そして槌を手放し右手を抜き手の形を作り、オークの眼球に突っ込む。


 巨体を誇るオークは当然頭部も巨大であり、眼球もまたしかりだ。小柄なトラストの腕は小さく、骨に引っかかることもなく眼球を貫く脳にその手が届く。


「ぷぎゃぁ、ぁぁぁああ“あ“!!!」


 悲鳴を上げるオークが全身震わせることに気が付き離れる。今のトラストでは殺意のないオークの身震いに巻き込まれるだけでも死ぬのだ。

 その震えが起こる前に勢いよく抜き、その勢いを活かして回転。槌を手に取り決めにかかる。


 脳を揺らされたことで強烈な吐き気に襲われるオークは地面を転がることも出来ず地に伏せ震えている。トラストは容赦なくその頭部に狙いを付ける。


 再度【強打】。しかし先ほどまでと同じではなく、槌がオークの頭部に直撃する瞬間の一瞬に残りの魔力を追加ですべて込める。

 轟音が響きわたりオークの頭部が潰れその衝撃に重い胴体が吹き飛ぶ。


 即死。すでにその魔物のいかなる動作を取れず、自分に死を与えられないことを確認したトラストはようやく力を抜いた。


「勝った」


 その言葉に万感の思いが乗る。相手を殺した瞬間、生の実感がひときわ強くなった。

 戦う力を抜き、全身を思い出したように激痛が襲うが、生の実感に集中することでトラストは意識を保ち続け、街まで帰還した。


「君!どうしたんだその怪我は!」

「おいお前、今すぐ神殿に行って治癒魔術が使えるやつを呼んできてやれ」

「なんてひどい、血塗れなんて……って君、もしかして昼間の少年かい?まさか本当に魔境に行ったのかい!?」

「おい落ち着け、こいつ気絶してるぞ」


 街に着いてトラストは、門を守っている衛兵の声を聴きながら気を失った。


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