第29話 景色は線のように過ぎ去る
(うわっ、すっごい綺麗な人だ)
冒険者ギルド会議室の一室でその女性を見た時、真っ先に思い浮かんだのはそんな陳腐な言葉だ。
黄金を流し込んだような金の髪と瞳が光を反射して遠目からも輝いて見え、人間だと分かるまで黄金の彫像でも置かれているんじゃないかと思ってしまったほどだ。
見た目は貴族の令嬢と言っても通用するほど整った穏やかな顔立ちだが、それ以上に意思の強さを感じさせる強気の表情。周囲を蹴落すほどの圧というでもいうべきオーラを放っている。
それだけなら生まれ持った顔の素材がいいだけということもあるが、彼女の装備品と服の隙間から見える鍛えられた肉体が否定する。
多少なりとも武術を嗜んでいれば気が付くほど異常に隙が無い。戦闘に全く関わっていない人でも戦闘用の衣装と急所を守るように身に着けた鎧の質の高さ、籠手にはめ込まれた宝玉を見れば冒険者、それも上級冒険者だと察しが付く。加えて女性的な柔らかさを感じさせながらその皮膚の下に詰まった筋肉が浮き出ているのだから、顔がいいだけという考えは誰も持たないだろう。
そして何より腰に佩いている青白く輝く剣、聖剣ソラウネアを見れば、誰であれその名前が分かる。
そんな美しさと強さを全て含めて、トラストは「綺麗だ」と感じた。
「初めまして、【聖剣使い】のアウローラ。俺はあなたの補佐をするように依頼を受けたが、あっているか?」
「ええ、初めまして、【小竜】のトラスト。喧嘩好きの暴れ者だと噂の貴方が補佐とは驚いたけれど、貴方が私についてこれるなら相違はないよ」
柔らかい口調ながら、さっそく強気なことを言ってきたのは【聖剣使い】のアウローラ。威圧感のあるオーラに反して優し気な口調。その視線はこちらを向いているが、不思議と見てはいないように見える。
どこか不気味で、すこし怖い。
しかし、ついてこれるならとはどういうことか。
「申し訳ありません、トラストさん。アウローラさんに話を持って行ったところ、三日で終わらせるから移動にすら着いて来られないやつはいらないと言われてしまいまして……なんとかなりますか?」
情けないことを言ってきたのは職員として同席しているメルヴィン。どうやらトラストの了承を取り付けた後にアウローラに同行者の話をしたようだ。
トラストの方が冒険者としての等級が低いので、そういった配慮がアウローラの方に向くのは当然だが。
「走っていくなら追いつけないから、俺はこれの中に入っていくよ。これを付けてもらえる?」
「これはブレスレット?じゃあ手首に……わっ」
アウローラが受け取ったブレスレットを手首に付けると、ブレスレットの真ん中の宝石にトラストが吸い込まれた。
【これで四十五層まで引っ付いて行く。これでいいか?】
「【念話】もしっかりと使えるなんて、ただの暴れん坊ではなく優れた魔術師であるというのも本当なんだね」
トラストは自作した空間を拡張したマジックアイテムの中に入ってついて行くつもりだ。宝石の内部の空洞を拡張し、棺桶ほどの広さになっている。
「それでもお二人とも承諾していただいたということで、最後に改めて依頼内容を確認しますね?」
「いいよ」
「よっと!……いいぞ」
トラストはブレスレットから飛び出した再び席に座る。
「今回の依頼は大地と地獄の宮殿の四十五層にある竜魚の湖で発生している異常の調査。現在は深い霧が発生しており内部の魔物は大幅に強化されていることが確認されていますが、詳細は不明なので調査してきていただきます。過去の事例から考察するに魔族になった天魔が上層、最悪の場合は深層から上がってきたと考えられるため最低でもランク8の魔物と戦闘が発生する可能性が高い危険な依頼になると思われます。霧の発生か魔物が強化されている原因の特定及び排除、もしくは関係すると思われるものの回収を持って依頼は完了です。
特にトラストさんは多くの素材や関連物を回収すると見込んで報酬を上げているので、しっかりめぼしいものは回収してくださいね。
お二人とも、なにか質問はありますか?」
「じゃあ私から質問、階層を全部更地にしてもいいんだよね?」
「……はい、原因の排除でも依頼の完了とみなすので、異常現象がなくなるのであればそれも選択肢に含めていただいて構いません。ですが可能な限り最後の選択肢にして欲しいと我々冒険者ギルドは考えています」
「わかった。多少は調べてみる」
「……トラストさん、お任せしますよ?大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。四十五層っていうと王都と同じくらいの広さだから、階層全部調べるのに三日じゃ足りないけれど、竜魚の湖の周辺は全部調べるから異常なものがあれば見落とさないよ。たぶん」
「……分かりました。最後の言葉は聞かなかったことにします。トラストさんは採取依頼の業績がずば抜けて高いため、そのあたりはトラストさんを信用させていただきます。
それでもお二人とも、お互いを信頼し合い、力を合わせて依頼を達成していただきますようお願いいたします」
メルヴィンの締めくくりの言葉に頷き、二人はダンジョンに向かった。
会議室を出た二人は冒険者ギルドの正面にあるダンジョンに向かう。ドーム状の結界に塞がれたダンジョンの入り口は巨大で、いつものように新人中堅上級を問わず冒険者たちの姿がある。
「そういえば、貴方の空間属性魔術で一気に目的地まで行けないの?それができれば時間の短縮になるのだけど」
「無理だよ。正確には理論上可能だけど俺には無理。ダンジョンの空間は別世界のように独立しているから、各階層を隔てる床や天井は通過できない。だから縦に四十五層分飛ぶんじゃなくて、各階層を右端から左端まで移動を四十五回分の距離を飛ばないといけない。魔術の腕でも魔力量でも俺じゃ力不足なんだよ」
トラストたちはただ歩いているだけだが、冒険者たちの視線を否応なく集めてしまう。
【聖剣使い】として世界中に名を轟かせるアウローラと、最近では【神童】や【怪物】とも呼ばれているトラストが一緒にいるのだから、普通ではないことが起きていると誰であれ察しが付く。
しかし説明する義務がない二人は気にせず進む。冒険者たちも気になりはしてもそのネームバリューと自信に満ちた足取りに蹴落とされ声をかけることができない。
「そういえばアウローラは三日で終わらせるって言っていたけど、なにか理由でもあるの?」
「うん。私はお母さんと一緒に住んでいるんだけど、お母さんは体が弱いから私が世話をしているの。だからあんまり長く家を開けたくない」
「なるほど……じゃあさっさと依頼を終わらせないとな」
話を聞いて、じゃあお父さんは?と聞こうとしたが、寸前のところで思いとどまった。
帝国との戦争で取られてしまい、もうなくなった貴族の領地の騎士爵家の生まれと聞くし、聞かないほうがいいことだろう。
ダンジョンの第一層に入り、トラストはブレスレットの内部に収納される。
「じゃあ一気に行くからしっかりつかまっててね。……つかまっててね?ブレスレットの中って、何かに捕まっているものなのかな?」
「いや俺がマジックアイテムを起動しない限り出入りは出来ないから、振り落とされるようなことは無い。気にしなくていいよ」
「わかった。じゃあ急ぐね」
「おねがい――――ぎゃっ」
トラストが返答した瞬間、一気に景色が線になった。
(すごい剣術の腕だな。俺よりも上だし、アリサよりも上だ。というかアリサでも相手にならない)
宝石の中からアウローラの剣術を見ているが、そのレベルの高さに背筋が震える。
風の様な速さで走り抜けるアウローラだが、その道中で魔物を回避せずに切り倒して直進している。
速さを一切落とさず腰の剣を抜き一閃。もし目撃したものが居ればかまいたちが吹いたと思ってしまうような早業だが、剣に血が付いていないことを見るに身体能力に任せた一撃ではなく精巧な剣術であった。
何度か見ているとその剣術の習熟度、すなわちスキルレベルにも察しがつくのだが……高く過ぎて正確なレベルが分からない。剣術スキルレベル4の自分よりは上だし、剣術スキルレベル6のアリサよりも上だろう。
それに、そもそもの比較対象が低すぎることも理解できた。
A級冒険者というのは最低でもメインとなるスキルレベルが10に達しており、中には上位スキルに覚醒しているものもいるらしい。そしてアウローラは間違いなく上位スキルに覚醒しているはずだが……トラストの見立てでは、剣術スキルのレベルに換算すると最低でも12にはなるということしか判断できなかった。
それほどの格上の技を見ることはまずないので、自分に自信があるトラストでも少々自信を失うが、それと同時に学習意欲が刺激された。
(それに、これは大半の冒険者のように雑じゃなくて、ちゃんとした剣術だ。騎士爵家出身っていうのは本当なんだな)
この世界では剣術とは剣を振る速さや剣での攻撃の受け方を指し、複雑な組手や打ち合いなどを学ぶことはまずない。
なぜかと言うと、学んでも役に立たないからだ。
例えば冒険者の場合、人間同士で戦うこともあるが魔物相手、すなわち猪やドラゴン、巨人や空飛ぶ鯨、硬い虫や俊敏な獣を相手にすることの方が多いため、人間相手の剣技を学んでも役に立たない。そのため大抵の冒険者は最初にどこかの道場や先人に頼み剣術を学ぶが、スキルを獲得すると実戦の中で熟練させていくことになる。
しかし人間相手に剣を振るう者、すなわち衛兵や兵士、騎士は理論に則って剣術を学ぶ。
ステータスシステムがあるこの世界では同じ種族、同じ身長、同じ体重、同じ体であっても身体能力が数十倍の差があることもある。しかし体の構造が同じ人間であることには変わりないため、どう打ち込むと相手はどう動くか、どう攻撃されるとどう対処するかを学んでおけば勝てる可能性もある。
例えば日本料理を極め【料理】スキルをレベル10で習得したものが居ても、フランス料理も同じ水準で作ることはできない。ある程度は応用できても、完成する料理の品質は下がるためフランス料理を極めたスキルレベル8のものに負けることもある。
【剣術】スキルでも同じことだ。冒険者が頑丈なロックドラゴンをも両断する強力な剣術を使えるとしても、素早く動くサンダーバードを捉えることは難しい。対して騎士や兵士は大技の剣術は苦手だが、剣を精密に動かし相手の動きを誘導するような剣術を使う。
冒険者が豪快な技を使い魔物と戦うなら、騎士や兵士は細やかな技で詰将棋のように相手を追い詰めるような戦い方をするといったところか。
(俺は戦いの流れを誘導するとか苦手なんだよな。脚や胴体を狙って動きを誘導するとかせずに、真っ先に急所を狙っちゃうし)
冒険者に囲まれているトラストにとって、アウローラの剣術は物珍しく映る。先生には教わったためトラストの剣術も騎士や兵士の物に近いが、魔物相手にしか使っていないため雑になっているのは否めない。
それに対してアウローラの剣術は騎士が振るう理想のようだ。切断するのに適切な力を適切なタイミングで込め、振るう。トラストと違って騎士の剣術が染み込むまで練習したのだろう。
(しっかしこの人、本当に一直線だな。魔物も樹も岩まで切って直進してる。A級冒険者ってこういうものなのかな……あ、もう三十層だ)
波一つ無い水の表面に波紋が広がるような静謐とした剣技があらゆるものを両断して突き進む。
トラストとしては一歩横に避ければいいのにと思ってしまうが、上級冒険者は変人揃いと聞く。A級冒険者と組むのは初めてであり標準が分からないので、特に口出しはしなかった。
トラストの心境がどうであれ、アウローラの足は止まらない。
出発から二時間で四十五層にたどり着いた。
「ここは直進すると竜魚の湖だけど……本当に霧が出てる」
「そうだな。以前来た時とは大違いだ」
大地と悪魔の宮殿の四十五層は切り立った崖の様なフロアだ。
大規模な地殻変動の跡地を思わせるように無数の崖がそびえたっており、非常に高低差が激しい。狼や鹿、蜥蜴が元となった魔物が多数生息しており、次の階層への道から大幅にそれた場所に竜魚の湖がある。
「じゃあ調べちゃうか」
トラストは地面に手を当て、地面を通じて空間属性魔術を広げていく。
ダンジョンには不壊と自己保存の機能がある。ダンジョンの床や天井、壁は破壊できないのは当然として、ダンジョンの内部にある地形も一定の形が決まっており、破壊されても同じ形に復元される性質がある。
そのため以前訪れた時との違いを調べることが最も確実な異変の調べ方だろう。
「ただ動かない方が精度よく調べられるから動きたくない。だからあっちは任せた」
「いいよ。もとより戦うのが私の仕事だから」
トラストが視線を向けた先、竜魚の湖がある方角からは、土煙を上げるほどの魔物の大群が押し寄せてきていた。
最近展開が遅いんじゃないかと思い早めるべきか考え中




