第28話 指名依頼
「いい依頼はないかなー」
その場の勢いで賭け事に興じて財布の中身を大幅に摩ったトラストは、翌日に冒険者ギルドの依頼版を見に来ていた。
学費とその予備を合わせた金貨二千枚は絶対に手を出さない貯金としてあるが、そういった必要な分以外の金の管理は非常に杜撰だ。今日明日の食事代は問題ないが、今月の家賃は厳しい。それほどにまでに財布の中身が寂しいことになっていたため、慌ててお金を稼ぎに来たのだ。
(俺はいいんだけど、お姉ちゃんが無理だろうな。……軒先や森の中で寝るとか、取れたての魔物を食卓に出されても困るだろう)
トラストだけなら問題ない。トラストは自分のことは自分でするべきという考え……思想の持ち主であるため、生きていくために金銭は必要としてない。マジックアイテムが欲しければ錬金術で自作するし、武器が欲しければ土属性魔術で用意する。将来的には衣服や家も自作したい。食事も寝床も武器も装備も、質が高いに越したことは無いが、自作できる物で十分。
森に放り出されたらそのまま定住するかもしれない。
しかし姉であるアレナは違う。というより、人間社会で生きていくためにはお金がいる。
家に住むにも何をするにも金が必要だし、もっと金があればもっと快適な暮らしができる。トラストだけなら無いものは無いで構わないが、お姉ちゃんに孝行できると思えばお金を稼ぐやる気も出るというものだ。
そのための金である。
冒険者であるトラストの稼ぎは冒険者ギルドを経由する。魔物の素材を獲ってくるか、食用に出来る肉を仕留めるか、行くのは下層か中層か。それとも街の外で魔物を仕留めるか。
そうして悩んだ結果、とりあえず納品依頼が今は何が出されているかを確認しに来た。
「トラストさん。丁度よかった、依頼をお探しでしたら少々よろしいですか?」
「うん?」
名前を呼ばれ振り返ると、どこかで見たことのある人物がいた。
二十歳くらいの女性で髪は金色、背は低く整った顔に花が咲いたような明るい笑顔が浮かんでいる。美人というより可愛いという言葉が似合う、一度見たら忘れないであろう人物。そして何より着ている制服に見覚えがある。
「思い出した。たしかメルヴィンさんだ」
「ええ。毎回トラストさんの担当をしているんですが、ようやく思い出してくれるようになったんですね」
トラストの言葉に営業用の笑顔が崩れ、少しの喜びと半分以上の呆れの表情に変わる。
メルヴィン。冒険者ギルド王都トラビア支部の受付嬢をしている女性だ。なんでもその美貌と豊かな胸が注目を集め人気なんだとか。
冒険者は冒険者ギルドに登録しているだけの存在であり、統一された装備を身に着けているわけでも、一定水準になるまでの同じ訓練を受けるわけでもない。冒険者は自己責任であるため依頼の際に死んでも冒険者ギルドは責任を負わない、非常に距離のある関係だ。
しかし冒険者ギルドの収入は冒険者に入る依頼料金の一割なので、実力のある冒険者は多いほうが良い。そのため冒険者ギルドは等級の高い冒険者や将来有望な冒険者に便宜を図り、その一環として専属の受付を付けることがある。
トラストは魔石や素材の納品が主な活動で依頼は受けないので、毎回担当してくれていたことも知らなかったが。
「あー……毎回だったのか。それで何か用事でも?美味しい依頼があるなら話を聞くけど」
「美味しい指名依頼がありますので、ぜひ引き受けてください」
「え“?指名依頼?どこから?」
指名依頼とは貴族や有力な商人などが冒険者個人を指名する形態の依頼だ。冒険者ギルドで受領できる一般的な依頼を受け功績を積み重ね、ダンジョンを攻略するなどの名声が高い冒険者が指名されるのが一般的だ。
そういった指名依頼は難易度と報酬が高いことも特徴だ。
指名される者は、実力は当然として一種の信用も求められる。わざわざ指名するということは大々的に依頼内容を広めることすら避けなければならないような依頼であり、冒険者に回ってくるそんな依頼は危険な魔物や魔境が発見された場合などだ。
冒険者として大成したいならば指名依頼を受けるのも手だが、指名依頼を受けるということは依頼者との秘密を共有するということであり、その依頼者や依頼者が属する組織と繋がりが出来てしまう。
つまりはしがらみだ。指名された時点で受けるにせよ断るにせよ、依頼をしてくる有力者や有力な組織との関係が変化する。良くなるか、悪くなるか。いや、選択肢が冒険者側にあるのだから、良くするか悪くするか、だろうか。
できれば断りたいが、今後の事を考えると受けたほうが良い。もしくは付き合い続ける有力者を決めたほうがいい。そんな考えるだけで億劫になる嫌な依頼が指名依頼だ。
いや、トラストの場合は例外だ。個人で生きているトラストにとって関係が悪くなっても不都合が起きる組織は無いため、安心して断れる。
「私たち冒険者ギルドから、です」
「あー……そういえば冒険者ギルドも、冒険者に指名依頼を出せるのか……」
しかし残念ながら、冒険者ギルドだけは例外のトラストにとっても例外だった。魔物の素材や魔石、魔境に生えている野草や果実、鉱物を採取して売却しているトラストだが、その売却先は冒険者ギルドだ。
いちいち商店に行くのも面倒。ならば冒険者ギルドとは良好な関係を築いたほうが良い。そう思いつつ、断れない状況だと自覚した瞬間拒否感が生じた。なんとなくいいように流れを持っていかれたようで気にくわない。
「とりあえず、話を詳しく聞かせて」
気にくわないが、トラストももう大人だと自称している。冷静に、冷静に、依頼内容と報酬を詳しく聞いて気にくわなければ断ろう。
冒険者ギルドの2階にある個室に通される。調度品も何もない簡素な部屋だが、トラストの目には部屋中に刻まれた防音の術式が見えている。よほど重要な話なのだろう。
「大地と地獄の宮殿四十五層に正体不明の領域が発見されました。トラストさんにはこの領域の調査の補佐をして欲しいのです」
想像の三倍くらい重要な話だった。
「たしか五十層までは地図が完成しているはずだけど、正体不明の領域というと、封印されていた壁が崩れたとかそういうこと?」
「いいえ。既存の場所に異常が発生している、という意味です。四十五層には竜魚が住む湖があるというのはご存じですか?」
「もちろん。竜魚も竜の一種だから、あの湖の周りには竜力水や竜鱗石が採取できる。俺もよく行ってるよ」
「その竜魚の湖に霧が発生しています。この霧に入ると方向を見失い、かつ霧の内部では魔獣たちが通常以上に強化されており、その度合いはおよそランク2ほど。普段中層に潜っている冒険者たちでは歯が立たないため、直ちに解決する必要があります」
竜魚。大地と地獄の宮殿は中層までは動物が魔物となった魔獣のみが出現するが、この世界で動物とは鳥や魚も含まれる。そして伝説では魚と竜の混血であると言われている竜魚も四十五層にのみ出現し、竜の魔力が周囲の環境を変化させ、竜の周囲でのみ採取できる素材が発生するのだ。
四十五層にある竜魚の湖はそういった非常に特殊な場所であり、上層に行けないが上層の手前までは行ける様な冒険者たちにとっては非常に美味しい狩場だ。危険性を顧みても美味しい場所だが、話を聞く限り現在は危険性が見返りを上回ってしまっているようだ。
「なるほどそれなら指名依頼で秘匿するのも納得だな。で、俺が補佐っていうのは?」
「トラストさんがソロでやっているのは承知しておりますが、今回は非常に危険な依頼です。そのため冒険者ギルドは早急に解決するために精鋭を送り込むことにしました。今回は最悪の場合四十五層の魔物を一掃することも視野に入れて、戦闘能力が特に高いA級冒険者の【聖剣使い】のアウローラさんが行くことになっています。トラストさんは薬師としての実力と空間属性魔術が使えることを理由に選考しました。彼女の補佐として霧の原因の調査と、関係がありそうなものがあれば回収。その過程でアウローラさんが毒や呪いに侵された場合の治癒を依頼します」
あまりの大物の名前にトラストがひっくりかえる。
【聖剣使い】のアウローラ。まだ十八歳という若さでありながらソロで上層に到達しただけでなく、騎士団に協力し七十層の主であった強大な天魔を倒し、その際の素材で作られたマジックアイテムは国宝に指定されたという。冒険者でなくとも知っている英雄だ。
「治癒と調査と回収……まあ、何の魔物が原因にせよ魔物を全部排除すれば事態は解決できるだろうし、俺が荷物持ちなのは当然か。普通の荷物持ちは四十五層まで行けないし。しかし【聖剣使い】を送り込むほどなの?あの人はなら強さがランク2つ分上がったところで中層の魔物に負けないと思うけど」
「通常であれば彼女は過剰でしょう。しかし今回は……あくまで推測ですが上層から天魔が上がってきた可能性があると支部長は判断しました」
「上がってきた!?階段を上がれるってことは、ダンジョンの支配をうけない魔族が生まれたってことか……んー納得した。じゃあ俺が受けよう」
魔族。魔人族や鬼族、ラミアやハーピーといった人類の一種族ではなく、創造主である邪悪な神々から解き放たれ、十万年という時間の中で人間に匹敵する知性を獲得した魔物だ。
本能の段階で人間に敵意を持っているだけなら通常の魔物もそうだが、人間に匹敵する知性を持ったことでそこに通常の魔物ではありえない高度な戦略や謀略が加わってしまう。いわゆる変位種の一種なので魔族が大量に表れることはまずないが、魔族が魔物を率いただけで災害指定されるほどの危険度だ。
発見次第即座に討伐隊が組まれる危険な存在。トラストとしても、その一因となることに不満はない。
「因みに報酬はどうなっているの?魔族が関わっている「かもしれない」というだけでも報酬はA級依頼並みになってもおかしくないと思うけど」
「それは勿論考慮しております。報酬として金貨五百枚でどうでしょうか」
非常に高い。一般家庭なら四人家族でも五百年は暮らせる。トラストの金欠状態も解決どころかよほど馬鹿なことをしない限り金がなくなることは無い。上級冒険者が使うような高性能な武具やマジックアイテムも一つくらいは購入できるだろう。
しかしトラストは普通に馬鹿なことをする人なので、交渉することにした。
「今回の依頼では関係していそうなものを回収というけど、多い回収すればその分も報酬に加算されると思っていいんだよね?」
「そっ……そうです、ね。もちろん加算されますし、所有権はトラストさんのものになります。ただしその場合どの程度加算するかは詳細な調査で時間がかかるので、今回は事前に報酬を金貨六百枚にするということでどうでしょう」
「いやいや。俺も虚空庫も限界があって……」
「依頼の報酬は危険度に応じて……」
話し合いという名の交渉は日が暮れるまで続き、終わったころには「あー楽しくおしゃべりできて楽しかった!報酬も倍になって大満足!」という表情のトラストと、疲れたから早く帰りたいという表情のメルヴィンの姿が見られたという。
トラストは帰りに、月明りに照らされながらステータスを確認する。
・名前:トラスト
・種族:人種
・年齢:11歳
・称号:【小竜】
・ジョブ:格闘家
・レベル:5
・ジョブ履歴:【見習い戦士】【戦士】
・能力値
生命力:550(342UP)
魔力 :120(23UP)
力 :198(123UP)
敏捷 :125(55UP)
体力 :453(333UP)
知力 :164(32UP)
・パッシブスキル
筋力強化:4Lv(1UP)
物理耐性:4Lv(2UP)
水属性耐性:2Lv(1UP)
土属性耐性:1LV
気配探知:2LV(1UP)
全能力値上昇:小
自己強化:高揚:小
生命力回復速度上昇:4Lv(2UP)
魔力回復速度上昇:2Lv(1UP)
・アクティブスキル
剣術:4Lv
槍術:4Lv(1UP)
弓術:3Lv
槌術:3Lv
短剣術:3Lv
格闘術:5Lv(2UP)
投擲術:4Lv(1UP)
鎧術:3Lv
盾術:3Lv
斧術:3Lv
気配遮断:4Lv(1UP)
限界突破:4LV(3UP)
無属性魔術:1Lv
土属性魔術:2Lv
水属性魔術:1Lv
魔力制御:5Lv(4UP)
空間属性魔術:5Lv(2UP)
時間属性魔術:1Lv
錬金術:4Lv(3UP)
料理:4Lv
闘技:4Lv(1UP)
・ユニークスキル
生命力変換:3Lv(闘気から変質)
危機感知:死:4Lv(2UP)
(やっぱり上がってないよなー)
ジョブチェンジをしてからアリサと戦ったり遠征に行ったりと、同程度のジョブを経験してものと比べてかなり濃い戦闘経験を積んでいるトラストだが、そのジョブレベルは上がっていなかった。
トラストは現在、成長の壁というものにぶつかっていた。
神々の加護の一種であるステータスシステムにより、この世界の住民たちは地球の人間とは比較にならないほど成長できる。
何らかのジョブに就き、そのジョブに見合った行動をすると経験値を得られる。【剣士】なら剣で戦ってもいいが、なんなら素振りでも微量ながら経験値がもらえる。その経験値で魂が成長し、能力値やスキルが魂に刻まれるのだ。
しかしある時、経験値が全く取得できなくなる。これを成長の壁にぶつかったという。
この現象は学者たちの間でも意見が分かれている。全ての生き物は成長できる限界があり、限界を迎えるしばらく限界を広げるために一時的に成長できなくなる説。急激な成長は悪影響があるため、伸びた能力値に肉体が適応するまで神々が成長を止めてくれている説。などなど様々だが、はっきりしたことは分かっていない。
分かっているのは、成長の壁の厚みは個人で異なること。経験値を取得し続けると壁を超えられること。一気に経験値を稼ぐと壁を強引に突破できること。これだけだ。
(お金を稼ぐのも大切だけど、やっぱり停滞は嫌だな。魔族を倒せたら成長の壁も一気に突破できるかな)
才能の厚みは才能や資質で変化するため、凡人はゆっくりと壁を超えるものだが、トラストの頭の中にはゆっくりなどという考えはなかった。
壁にぶつかっても、壁にぶつかる前までの技術が使えなくなるわけではないのだ。強敵が相手でも勝てる自信がある。
ただもちろん、これが危険な考えであることも自覚はしていた。普通の人が強敵に勝利して一気に壁を超えようとしないのは、そもそも勝てないことと、勝てても勝率が低いからだ。
一握りの英雄は類まれな才能や咄嗟の機転で格上に勝利するが、大半の者はそれが出来ない。当然のように敗北し、死ぬ。もし勝てても勝ち続けることは難しく、いつかは死ぬ。強敵に進んで挑むのは異常なことである。
それを理解したうえで、自分に死を感じさせるほどの強敵と戦う。それを想像しただけで気分が高揚してくる自分はおかしいのだろう。
おかしいということだけは自覚していた。
(あ、もしかして、ギルドは俺にアウローラさんとパーティーを組んでほしいのか?)
夜道を歩いていると、ふと若い上級冒険者というものについて考える。
冒険者も職業である以上、昇級には実力だけでなく実績も必要だ。そして実力は才能と環境があればいくらでも短期間で伸びるが、実績を積むには時間が必要不可欠だ。必然的に年長にならなければ昇級出来ない。
しかし、短期間で魔物と戦う変人は別だ。
普通ならしっかりとした準備と休息をとって安定して魔物と戦うが、休息をとらず準備も不十分で魔物に挑むという命知らずなことをして……勝利してしまうものがいる。
普通の人なら死ぬが類まれな才能や才能の平凡さを埋めるほどの閃きで視線をくぐり抜け、若くして上級冒険者にまで上り詰めるものがいる。
それは英雄と呼ばれるものであり、アリサやアウローラがこれに該当する。
しかし、どんなに苦しい戦いでも勝てることと、勝ち続けられることは違う。
パーティーであればお互いを支え合うことで補填できるが、ソロの冒険者は一度の失敗で死んでしまう危険性が非常に高い。今日まで常勝であっても、明日も勝てる保証など無いのだ。
(冒険者ギルドとしても若くしてA級になったアウローラさんに死なれると困るだろうし、戦闘能力に特化しているアウローラさんに不足している移動能力や輸送能力、状態異常への対応に長けた俺と組ませて死亡する可能性を下げたいのかな……?俺がいれば、いざという時は大抵の敵からは逃げられるし)
アウローラはその強さと同じくらいソロであることも有名だ。パーティーを組むのは依頼の時だけで、プライベートでは組まない。今まで弟子入りやパーティーを組みたいひとが押し掛けたが、全員追い返されたらしい。
そんな人にトラストがパーティーを組めるとは思えないが……便利な荷物持ちとしてトラストが重宝されることでも狙っているのだろうか?
トラスト自身も今まで何人もの冒険者から「空間属性魔術が使えるんだってな、荷物持ちとして組んでやってもいいぜ?」という誘いは何度も受けたことがある。全員殴り倒したが。
しかしトラストとしても自分より格上の冒険者の小間使いの様なことをするのも嫌なわけではない。勉強させてもらえることがあるうちはしっかり便利な存在として認識していてほしい。
パーティーを組めるものなら組みたいものだ。
……なお、「普通ならやらないことをして、今はいいけどいつか死にそうなやつ」というのはトラストもばっちり該当しているのだが、自分の事なので気がつかなかった。




