第26話 勉強会
ヒブムライン王国の首都、王都トラビアには特別な学園がある。
アストワ学園、通称英雄予備校とも呼ばれ、国家主導で作られた優秀な人間を創るための学園だ。この学園を卒業できれば騎士団に入るにしても冒険者になるにしても、どこかの貴族に仕えるにしても非常に大きな箔が付く。実際にこの学園の卒業生は騎士として治安維持に貢献や戦場で活躍などしているらしい。
しかし将来は国を支えるに足る人材を育成するために建てられたアストワ学園は非常に高度かつ難関な学園だとも評判が高く、三年生の学園であるにも関わらず、三年で卒業できるものは非常にまれだ。
学園と名乗っているが実際は単位制の大学……いや、練兵施設に近いものであり、大抵の学生は一学年進級するのに三年、卒業するまでに十年近い時間がかかる。アストワ学園が十二歳から入学できるのは子供のうちから育てるためではない。幼いうちに入学させないと、卒業するころには老い始めてしまうからだ。
そして「優秀な人間」とは単に戦闘能力に秀でている人間だけを指すのではない。この魔物という人類の脅威がいる世界では戦闘能力が高いもの評価されやすいが、他にも文豪や芸術家、数学者や建築家も「優秀な人間」に含まれる。ただ力が強いだけの乱暴者は入学できない。
アストワ学園の入学試験では多くの教養が必要となる。無垢な子供を子供のうちから育てるのではなく、十分に優秀な子供をさらに高みへ育て上げる学園である以上、入学試験の時点が標準以上に到達していることが求められる。
入学試験には戦闘能力以外にも歴史や算術、読み書き、そして戦術論や宗教、魔物に関する知識なども必要となる、非常に難関な試験だ。
「敵陣には兵士が百人、味方には兵士が五十人。さてどう戦う?ヒントはこの森だ」
「俺が一人で突撃して全滅させる」
「うん零点だね。真面目にやろうか」
「…………はい、ごめんなさい」
そしてトラストは、その戦闘能力と算術と読み書き以外、特に戦術論が非常に苦手だった。
アリサが突撃してきた翌日、トラストは友人として付き合いのあるアロマ・カルティエの家に遊びに来ていた。現在はアロマの家の図書室で勉強会だ。
初対面こそろくに会話も出来ない二人だったが、二人とも他人の目よりも自分の事を優先するガサツな性格をしているためか、二度目の集まりからは急速に友人としても絆が高まった。
具体的には「魔術には属性を顕現させる魔術がある。火属性魔術なら火の塊を、水属性魔術なら水の塊を、光属性魔術なら光を顕現させ、生命属性なら物質や他者に吹き込むことができる。ならば時間属性は何か、時間を顕現させるとはどのようなものか」という魔術師たちの間で語り継がれる難題についてお互いの意見で殴り合って以降、お互いに気を遣わずに気楽に会話が出来る友人となったのだ。
「難しいよう……実戦なら俺は絶対他人と連携なんて出来ない……」
「そんな情けないことを言うなって。君は頭がいいんだから、兵法書を理解して教科書通りの解答をすればいいんだよ」
「むり……むしろ五人以上で行動すると動きが遅くなるし、脳が理解を拒否しちゃう……諦めて他で点を取ったほうがいいかも……」
「君の友人であり天才であるこの私が教えているのに、かい?」
「……がんばる」
そして水不足で力付きた旅人のように机に突っ伏している。
トラストはアストワ学園への関門は学費の事だけを考えており、入学試験の事は考えていなかった。そのためアストワ学園の二年生であるアロマに入学試験の事を聞きに行くことした。
その結果、トラストは頭が悪いことが判明した。
トラストの他者よりも優れている点は、自分の得意分野で他人と戦えることだ。武術にせよ魔術にせよ十を超える種類の武器を使い常に優位に立つ。いわばマイルールを押し付けているようなものだ。
それゆえに試験という他人が作った基準、単語、思想を学ぶことが非常に苦手だった。
歴史や宗教のような「そういう事があった」「そういうことを考えている他人」を理解することは出来るが、戦術、すなわち戦い方という自分が日常的にしていることに浸食するようなものは拒否感が出てしまう。
「戦いとはようするに殴って蹴って、最後に立っていればいい」という程に戦いを簡略化して考えているため、「相手の攻撃は避ける」「自分の攻撃は当てる」以外のことは考えるだけ不要とすら考えているくらいだ。
根本的に一人で大抵のことは出来るため、逆に一人で出来ないことはしない。
部下の動かし方なんて考えること自体が向いていない。
この世界に冒険者という武力があれば食べていける職業がなければどこかで野垂れ死んでいたかもしれない。
「んー……他人を使うことが出来ないと言っても、例えば君も使い魔を作ることはあるだろう?偵察用の小鳥とかを作って、周囲の環境に溶け込ませて能力以上を引き出す。それと同じで、土で作った使い魔で魔物5匹を倒すにはどうすればいいか……という風に置き換えてみてはどうだい?」
しかしそんなトラストに、アロマは何とか勉強を教えてくれている。
彼女は天才と自称しているが、それは思い上がりではない。貴族令嬢としても義務にも等しいお茶会や社交を無視して魔術の勉強にはまり込んだため魔術の腕や知識、それに付随して勉強は同年代と比べて非常に優秀であり、通常なら三年かかるアストワ学園の進級を二年でしている。
その教え方も非常に優れており、トラストも「絶望的」から「他の科目でフォローできる程度の赤点」まで引き上げられるかもしれないほどだ。
彼女が居なければ、トラストは入学試験で試験管を全員倒して合格点を稼ぐという無茶なことに挑んだかもしれない。
「ありがとう」
「いいってことよ。友達じゃないか」
そしてトラストは性格的にちょろいが、アロマはそれ以上にちょろかった。
アロマは貴族であるが落ちぶれているためお茶会などに出席する責務がなく、空いた時間は趣味に走り続けその結果孤立してしまったが、友人が不要と考えているわけではない。むしろ友人というものに憧れがあったほどだ。
学園では孤立した者で集まり友人はいるとはいえ、自分から声をかけて友人に出来た人はトラストが初めてだった。勉強を教えてくれと頼まれた日には嬉しくて「よくぞ頼ってくれた!私に任せたまえ!」と教材まで手書きで揃え始めたほどだ。
そしてトラストも好意には好意で返すべきと考えているため、冒険者として稼いだお金を授業料として過剰なほどに払い、カルティエ家の財政がやや上向きになっている。
奇妙ではあるが、おおよそ良好な関係を築けていた二人の勉強会はつつがなく進んでいった。
「しかし、何度見てもトラストの魔術は奇妙だね」
「そうかな?呪文を唱えないほうが戦いやすいんだよ」
「普通は詠唱するって指南書には書いてあるし、大抵の魔術師は呪文を唱えるんだよ」
勉強会の休憩中、アロマがトラストの魔術の発動方法を指摘した。
魔術とは魔力を扱い物理法則とは異なる現象を起こす術であり、その発動方法は多岐にわたる。
口で呪文を唱えて発動する、物質に文字を書いてマジックアイテムにし魔力を流して発動する、身振り手振りで魔力を操作し発動、特殊な魔力で空間を満たして聖域にする、神代の勇者は指で印というものを結んで発動していたという話もある。
しかしこの世界にはスキルがあるとはいえ同じ人間が使う以上は一定の類似性があり、その習得や発動方法にも効果的なものがあり、それらを本にまとめて世に広められている。
「ほらこれこれ。「人種は他種族と比べて魔力の扱いが不向きであり、魔術を発動するには体外で呪文を経由させることが遠回りであるが適切な発動方法である」……って書いてあるんだよ。私のお父さんもそうだって言っていたよ」
呪文の詠唱とは武術家でいう構えや型に近い。弓を打つ際に一秒で放つことは難易度が高いため、ゆっくりと集中し的を狙い、手足を少しずつ整え、じっくり狙って放ち、的に命中させる。
呪文も同じだ。魔力を練り上げ、魔力を声に乗せ、言葉にすることで形を作りやすくする。一瞬で魔術を発動することも出来ないわけではないが、十分に有効な魔術を発動するには時間がかかるのだ。
なお、焚火に火種を入れる程度の魔術なら一秒で出来る。
「なるほど。勉強になる」
そして、トラストはそういった知識を全く知らなかった。
魔力を体内で練り上げ、手足の動きで魔術の詠唱に相当する作業を終わらせ、呪文は一言で終わり。極めて実践的であるが単発で効果範囲も狭いものが多いのが特徴だ。
呪文を唱える発動方法であれば、理論上は数百人が何時間も呪文を唱えて発動できる地形を変える様な魔術も存在するが、トラストの魔術は個人の戦闘で真価を発揮するものであり大規模なものは教わっていない。
大規模なものは独学である。
「本当に知らなかったんだね。うーん……トラストに魔術を教えた人って、この国の人じゃないのかも。エラは何か知ってる?」
「………………たしか、教国のさらに西、大砂漠にある国では剣闘士がおり、彼らは剣を振るいながら魔術を並列して発動できる術を身に着けたと冒険者時代に聞いた……ような覚えがあります」
壁際で控えていた元冒険者であり侍女のエラに水を向けると、熟考の末に答えが返ってきた。それが本当ならこの国では呪文を唱えるものが主流……というか他の発動方法はあるということ以外は知られていないと言っていいのだろう。
(そういえば、あのおじさん達何者だったのだろう。)
トラストは故郷のスラム街で自分に薬草学や武術、魔術を教えてくれた人たちのことを思い出す。
今だからこそ言えるが、二人とも一流以上の技量であり、特に武術と魔術を教えてくれた方のおじさんは今戦っても勝てるイメージがわかない。
いや、そんなに強い人がスラム街に居るとは考えづらい。思い出だから思いで補正がかかっているのかもしれない。
そう考えて今は考える必要のない思考を振り払い、トラストの視線はアロマに戻っていった。




