第25話 ポーションは不味い
扉を蹴り破り突撃したアリサ。玄関を開けた先はリビングとなっており、騒ぎを聞きつけたトラストがちょうど自室から出てきた。
「アリサだ。久しぶり」
「ええ久しぶり……落ち込んでるって聞いたけど、意外と元気そうね」
「急にどうしたの」
急に突撃したアリサに動じず平然と言葉を返してきたトラスト。しかし急すぎて疑問顔だ。
「……ここ3か月姿を見ないから、遠征で知り合いが死んで落ち込んでいるって考えたけど、そうでもない感じ?」
「あーそれなら大丈夫だよ。確かに1日くらいは落ち込んだけど、それ以降は特にだから」
「意外と早いわね。じゃあなんでギルドにもダンジョンにも来なかったのよ」
「最近は錬金術にはまってたんだよ。こっち着て」
トラストは自室に入っていく。アリサも一瞬躊躇った後、ついて行く。
「いやもこもこしすぎじゃない?なんでこんなにぬいぐるみがあるのよ」
「ベッドに入れて眠るとふわふわして寝心地がいいんだよ。一ついる?」
「要らないわ」
嫌そうな顔で断られてしまった。どうしてだろう。
「これを作ってたんだよ」
「なにこれ?お香ってやつ?」
「そう、嗅ぐポーションだよ。あとこっちの煙草は吸うポーション」
ポーション。魔力を含んだ薬草を調薬することで作成できる液体であり、魔術的な薬効で人体に影響を及ぼすマジックアイテムである。効能の効果は素材となった薬草や調薬師の腕によるが、傷や疲労を回復するだけでなく毒や病気も治し、種類によっては加速や強化の魔術を発動できる。
ポーションの効能は地球の技術を部分的に超えており、傷口にかけるだけで動画を逆再生するように肉体を復元する。冒険者や兵士の必需品だ。
しかし欠点がないわけではなく……効能が高いほど不味いのだ。
良薬は口に苦しというが、飲み物の代わりにはならないほどには不味い。その昔伝説級のポーションを飲んだ冒険者はあまりの不味さに気を失い、死んだ方がましだったと言い残したという。
トラストは遠征の報奨金で上級ポーションを購入してみたが、賞味期限が一年切れたハッカ飴みたいな味だった。
低級のポーションもまずいことには変わりなく、命の危機でなければ誰も飲みたがらない。回復魔術が使える冒険者が重宝されるのはポーションを使わなくてよいからというが、それは金銭を節約できるというだけではなくポーションを飲みたくないからでもあるのだ。激マズのポーションを飲めて一人前の冒険者という風習があることもポーションの不味さは一種の関門になりえるということだろう。
「できればポーションは飲みたくないからさ、試しに作ってみたんだよ。一種類ずつあげる」
「ありがとう?」
そんななかトラストが目を付けたのは、ポーションを摂取する方法だ。
ポーションは傷口にかけることでも効果を発揮するが、変換率の観点から飲んで効果を得るのが一般的だ。しかし正確にはその液体を摂取すれば効果を得るので、ポーションを気化し、アロマのように空気中に漂わせ吸うことで効能を得られるのではないかと考えた。
芳香器にポーションを入れ、気化したポーションを空気中に流布し呼吸に応じて体内に取り込む。不味すぎるからというだけでなく、負傷で内臓が弱り嚥下できなくなった際にも人工呼吸器のように装着すればこれで大丈夫だろう。
そして芳香剤のように使えるポーションを発展させ作ったのが煙草のように吸えるポーションだ。
病毒や呪いはこの世界でも総じて凶悪だ。一握りの聖人や伝説級のポーションなら一瞬で治すようだが、一般的な冒険者や兵士では治すのに時間がかかる。特に呪いは聖別されたポーションである聖水や聖属性の魔力の回復魔術を継続して受けなければならない。
それはとても面倒な苦行だ。専門の治癒院に通い詰めるなどしたくないので、トラストは自分で治せるように開発するようにした。その完成系が部屋中にポーションを流布する芳香器であり、この世界にはアロマセラピーのようなものが存在しないためこの世界にあるものに改造したのが吸うポーションである聖別した煙草だ。
完全にトラストの趣味と遊び心で作ったため、量産は出来ないが。
「へ―‥‥‥これってなんか役に立つの?普通にポーションを飲んで神殿に行けばいいんじゃない?」
「いろいろあるけど、一番は俺が楽しいからだな」
「そ、そう。ならまあいいんじゃないかしらね」
一人前の冒険者に囲まれて育ったアリサは、ポーションは不味くても飲まなければならないものと認識しすでに慣れているためあまり共感は出来なかったようだ。無駄とすら感じた。
しかしトラストが満面の笑みを浮かべて嬉しそうにポーションが入ったガラス瓶を見せつけてくるので、口には出さなかった。
「ところであの覗いてる子は?」
「キルニス、俺が買った奴隷だよ。入っておいで」
しばらくトラストからポーションのような有機物を材料にするマジックアイテムと剣や鎧、城壁や街灯といった無機物を材料にするマジックアイテムを作る際の錬金術の使い分けについてのうんちくを聞かされていたアリサは、飽きたようでドアから二人を覗いている女の子に注目を向けた。
キルニスは気が付かれたことに驚いたように飛び上がるが、少しおたおたとしたが、落ち着いて部屋に入ってくる。手にはアリサからの手土産である果物を一口サイズに切ったものがある。もとより部屋に入ってくるつもりだったのだろう。
無言でお皿を差し出してくるのでトラストは受け取り机に置く。すると用は済んだとばかりに部屋を出ていく……のではなくトラストの後ろに隠れてアリサをそっと見つめる。
知らない人を怖がっているのだろうか。
「ふーん……とっても懐かしいのね」
「何もしていないんだけどな」
「そんなことありません!」
急に大声で否定してくるキルニス。これにはアリサも驚く。
「ご主人様は、私に新しい手足をくれたんです!」
キルニスは上着の袖とスカートをめくって手足を見せる。その手足は金属で出来ていた。
「あら、これって義肢よね」
「はい!ご主人様が私のために作ってくれた義肢です。以前あった生身の体よりも滑らかに動くんですよ」
キルニスは自慢げに義肢を見せつける。アリサも義肢は珍しいのか無遠慮に見つめている。質感や神経の繋がり具合、滑らかさや強度を調べるように触れている。
そして気が付いた。
「え?これあんたが作ったの?」
「そうだよ。手足がないと不便だからな」
「へー……それはすごいことじゃない。なによ何もしてないなんて照れちゃって」
「いや、本当にそれだけだし、キルニスが起きたのも本人がいつの間にか起きていただけだからな。実質何もしてないぞ」
キルニスの義肢に使われていた帝国の術式を解析した後、キルニスは用済みとなった。もとより目当てはキルニス本人ではなく手足なので当たり前だが、用済みとなった奴隷は破棄されるのが一般的だ。それをトラストがしなかったのはトラストがこの世界の標準からと聖人君子のような心を持っていたから……ではなく、もったいないと感じたからだ。
キルニスだから、女の子だから、子供だから……というわけではない。自分のお金で購入したからだ。用済みではあるが、殺してしまうのも捨ててしまうのも売ってしまうのももったいない、ならば用済みなものを使えるものに変えるのだ。
とはいえ、何をしたわけでもない。トラストに心を治すような技術はない。
これが病気や怪我ならともかく、心は他人の目にも、そして自分にも見えない。心を治すとはどうすればいいのか。何をすれば治るのか、何をもって治ったと言えるのか。さっぱり分からない。
そのためトラストは一切のメンタルケアを放棄し、風邪で寝ている子供に接するようにした。寝汗を拭き、食事を用意し、同じ部屋で過ごす。特別気にかけることもなく、特別蔑ろにすることもない。人間として扱い、どこまでも自然体に接した。
そんな生活を1か月送っていると、虚空を見つめていたキルニスの視線がこちらを向いていることに気が付いた。
何もできない奴隷など薬物の被検体か従魔の食料や繫殖相手として使い潰されるのが普通だが、いつまでも死なないことに戸惑ったキルニスは困惑したように目を覚まし、促されるままに温かいスープを手に取り、気が付けば目の前に居たトラストに声をかけていた。
「何もしていないなんて、そんなことはありません。ご主人様は私が何もできない間傍にいてくれて、私に使用人としても仕事を下さったんです。言葉も、役目も、手足も、ご主人様が私に授けてくださったんです。ご主人様は、私に生きる意味を与えてくれたのです」
「へー……この喋り方もあんたが教えたの?」
「いや、いつの間にか覚えてきたんだ。ご主人様に相応しい使用人らしくなりたいと言って、いつの間にか近所に元貴族の使用人がいることを突き止めて教えてもらったらしい……俺はキルニスのために傍にいたんじゃなくて、錬金術の研究の都合で外出してなかっただけなんだけどな」
トラストは嬉しそうに自分を見つめるキルニスに困ったような表情を向ける。
四肢が破壊されていたキルニスに義肢を与えたのは、単にその方が都合がいいからだ。
奴隷であるキルニスを今後どうするにせよ、手足はあったほうがいい。これが肉体を再生させるならトラストにはお手上げであったが、義肢を復元することは可能だった。
トラストは空間属性魔術が使える。空間属性魔術とは空間を拡張したり、連続していない空間を跳躍したりするだけが出来ることではない。空間を制御し、一ナノメートル刻みで蚤を動かし彫刻することにも使える。トラストは金属を加工しキルニスの手足を再現し、無属性魔術の念動の術式を刻み手足を失う前以上の精度で動かせるように義肢を作り与えた。
それは憐れみではなく家事を手伝わせるなら手足があったほうがいいからという合理的な考えによるものらしいが、合理的というなら新しく奴隷を買うか使用人を雇う方が安いということは頭にないようだ。
「落ち込んでるんじゃないかと思って家まで来たんだけど……まあ元気そうでよかったわ。けれど、弱くなっていたりしないでしょうね。本気の私より弱いのに、武器を捨てて貧弱な魔術師に成り下がるのは許さないわよ」
「心配はいらないよ。学んだ錬金術も俺が強くなるために流用できた。何ならここで殴り合っても俺が勝つ」
「へぇ?」
トラストとアリサは視線を交差させ、戦意を高めていく。敵意は無く、けれど込める力は全力。両者ともに拳を握り、腰を捻る。繰り出さる拳がぶつかれば空気を揺らすだろう。
そこまで力を込めて、キルニスが無言であたふたと止めようとしている姿が目に入る。
そういえばここは市街地、ここで殴り合えば怒られるでは済まないだろう。
「すまん訂正だ。ギルドの訓練場でやろう」
「そうね、それがいいわ……と言いたいところだけど、ごめんなさい。明日から遠征なのよ」
「遠征?「獣王の後継」が?」
「いいえ、私が、よ。お父さんがそろそろメンバーを率いる経験を積んでおけって」
まだ9歳らしいが、勉強は早いうちに初めてほうがいいという考えだろうか。
「分かった。じゃあ帰ってきたらだな」
「ええ。その時に弱くなっていたら腕を一本切り落としてあげるわ」
「その言葉、そっくり返してやるよ。俺の新しい力を見せてやる」
物騒な会話を笑いながら返しあい、アリサは帰っていった。
「ようやくうるさいのが帰ったな」
「ご迷惑でしたか?ご主人様は楽しそうでしたが」
「楽しそう?……そっか、そういえば他人と会話するのは三か月ぶりだし、俺は楽しかったのかな。たまには外出するか。キルニス、俺は今日まではずっと家にいたけど、ふらっと外泊する日も増えると思う。その時は家事の当番はお姉ちゃんとなんとかしてくれ」
「ご主人様、それは分かりましたが外出と外泊は別物では?」
トラストはアリサが持ってきた梨のような果物をつまみながら、部屋に戻っていった。
展開が遅くて困る。書きたいことがあるのにその前にこのシーンを書いたほうがいいなとプロットを練り直すと伸びていく。悔しい。




