第23話 義肢
「おじさん、この奴隷いくら?」
トラストは小屋の奥に見えた男性に声をかける。
トラストは今まで見たことのないものに目を奪われていた。
少女はおそらく人種だろうか。四肢から先は無く、光を映さない生気のない目。左目はなく、ボロボロの衣服をめくってみると鎖骨から右の乳房に傷と縫合した後がある。腹にも青黒くなっていたのであろう変色があり、トラストの人生の中で見たことのないほど劣悪な状態だった。
しかし、そんな人体の損傷よりも目を引いたのが両腕両足だ。それも義肢。
この世界にも義肢は存在するが、それはあくまで生活の補助として使う物だ。中にはそれまでのような戦闘にも耐えうる高性能な義肢も存在するらしいが、この少女の義肢は違う。残っている半分に刻まれている魔法陣だけでも、魔力を流せば身体能力を増幅する機能に、霊体にも攻撃できるようにするための魔術付与、それに魔力を結界に変換する機能などなど、初めから戦うための機能が備わっている。この義肢は戦うための武器だ。
戦うための機械が体についている。この少女は四肢だけだが、十分にサイボーグと言えるだろう。
「ああ、お前は子供か?……まあ金を持っているならいいか。そのガキなら銀貨5枚だ」
金額は異常なほど低かった。
「銀貨5枚?金貨じゃなくて?」
「ああ、本来こんな奴隷でも金貨1枚は値段を付けるが、その餓鬼の四肢は見ての通りだろ?それに飯も食わねえからたぶん長くねえんだ。坊主が買ってくれるなら首輪と契約書も込みの値段にしてやる」
「買います」
「早いな、まいどあり。書類を取ってくるから待ってろ」
書類があるらしい。中年の男性は奥へ戻っていく。
「書類があるんですか?しっかりしてますね」
「こいつは戦争奴隷だからな。国がしっかりした書類を作りやがったんだ。面倒だけどな」
「戦争……たしか帝国ですか?」
「ああ、いま戦争してるのは帝国だけだからな。なんでも帝国が人間にマジックアイテムを埋め込んだ新兵器を投入してきたらしいぞ。このガキは拿捕した一人らしいが、見ての通りだからな。いらねえってこっちに回ってきたんだ」
「へー、じゃあ国は上質な素体を確保しているわけですか。まあ俺は膝と肘あたりまでの部分だけで解析してみせますが」
「そうかそうか、頑張ってく……って、ん?なんだ、研究が目的なのか?魔術師ギルドの弟子かなんかか?」
「ただの天才冒険者ですよ、見たことのないマジックアイテムを解析できますからね、胸が躍ります」
「そうか、俺はてっきり……いやいいか。金があるやつの考えることはよくわからん。銀貨5枚でも大金だぞ」
「自分で稼いだお金ですよ」
「そうかそうか……ほら、書けたぞ。あとはお前が取引の同意に書面しろ」
「はーい。あ、この子キルニスって名前なんですね」
何事もなく取引は終わり、この少女はトラストの奴隷になった。
トラストはてっきり人間を購入するのだから仰々しい儀式でも必要なのかと思っていたが特にそういったことは無く、現代日本で言えばペットの購入よりも時間はかからなかった。
「じゃあ手を引いて……いや、布かぶせて運んだ方がいいか」
手を引いて帰ろうとして、四肢がないから歩けないと気が付いた。
先が思いやられることである。
「ただいまー」
「おかえりー……どうしたのそれ」
「奴隷。買ってきた」
「ええー‥‥‥」
帰宅してアレナに奴隷の事をいうと、案の定引いたような顔をされてしまった。
当然だろう。犬や猫でも急に拾ってこられると驚きだが、今回は人間だ。ペットだろうと世話が大変だが、人間の世話はその比ではない。その奴隷が自分で動けるなら使用人でもガラの悪い使用人を雇うようなものだが、キルニスには四肢がないため世話が必要だ。
そしてそれを理解していながら四肢のない奴隷を購入してくるトラストは変人だろう。
「その娘の世話、私はしないからね?奴隷の購入者は衣食住を提供する責任があるけど、トラストだけでなんとかするのよ?」
そして、アレナの目にはやや侮蔑の色が混ざっていた。
アレナが入信している神殿は法と光の神ユミペスなので当然と言えば当然だが。
法と光の神ユミペス。現在この世界で最も信仰されている神だ。
遥か昔は13柱の大神たちがこの世界を統べていたが、異世界より現れた邪悪な神々とそれを率いる魔王との戦いで大半が力を失ってしまった。
そして世界は荒れ果て人類も激減した。その際に最も力を持った状態で生き残った法と光の神ユミペスは生き残った人類を導いたと伝えられており、現在でもユミペスを頂点とする神々を奉じる通称ユミペス教がこの世界で最も勢力が強く一般的な宗教となっている。
その教義は単純明快、「法を守れ」だ。
光の神であると同時に法の神であるユミペスは、法を守ることが人類の繁栄と成長に繋がると説く神。法を守れば安寧な世になり、法を守れば人間は成長し、法を守れば神に近づく。それがユミペス教徒の一般的な思想だ。
しかしその反動なのか、弱者に対して厳しいことでも知られている。
法を守ればより良い暮らしでいられるのだから、悪い暮らしに堕ちるのは法を破ったから。貴族は法を作る存在、平民は法を守る存在、ここまでは良いが貧民や奴隷は法を破ったからそこに堕ちた存在とされており、侮蔑の対象だ。
石を投げられるような目には合わないが、関わることを忌避され、存在そのものを嫌悪されるのだ。
当然、ユミペス教の協会で働いているアレナも同様の考え方だ。
「分かってる分かってる。俺がちゃんと面倒を見るよ」
トラストは奴隷に対してはいろいろな境遇でそうなった人たちとしか認識していないが、特に反論する気もないので受け流した。
自室に戻り、キルニスを台に横にして四肢を観察する。
その寸前で気が付いた。よく見れば埃や泥に塗れており、だいぶ不潔なことに。
「先に水浴び……いやお風呂に入れるか。お風呂は気持ちがいいし、あったまったら気を取り戻してくれないかな。いや先に気付け薬を飲ませるべきかな」
キルニスは意識がなかった。いや、もしかすると心が壊れているのかもしれない。少女の見た目は非常に幼く、トラストよりも確実に年下だ。10歳は確実になっていない。6歳か7歳といったところだろうか。
境遇は知らないが、おそらくは親に売られてのだろう。帝国は新兵器として人間にマジックアイテムの義肢の武器を埋め込んだようだが、それは五体満足の人間の手足を切り落とすということだ。兵士や騎士の手足を切り落とすとも考えづらいので、おそらく奴隷の手足を切り落として義肢をつけたのだろう。
この少女もおそらくはそう。この年で犯罪奴隷になるのは考えづらいので、親から口減らしに売られ、その先で新兵器の実験体になったあたりが妥当だろう。
こんな少女まで実験台にするとは、よほど窓際の兵器開発部なのだろうか。
「俺の目当てはこの義肢を解析して俺の戦力向上に活かすことだけど、まあこの子が自分で食事を取ってくれると助かるな。この義肢の生産現場とは見ていれば話も聞きたいし」
トラストは庭に出て地面を弄り浴槽を作る。この世界に入浴の文化は無く水浴びが一般的だが、トラストは前世の記憶を思い出して以来時々お風呂に入っている。嗜好品の一種として全身を温めるのが気持ちよくて気に入っているからだ。
キルニスの心が壊れているかもしれないが、完全に植物状態というわけでもないので、トラストは回復させられると考えている。
トラストは人の心、精神というものを詳しくは知らない。以前は薬学を教わったことはあるが、それは現実の薬草や調合で火傷や毒、傷を治すもの。精神は専門外だ。
しかし人間の肉体と精神は密接に関わっているものだということは理解している。
美味しいものを食べれば気分は良くなり、不味いものなら気分が悪くなる。暖かい風呂に入れば心がぽかぽかと温かくなり、それを邪魔されると心が冷える。仕事でうまくいくと嬉しくなって心が躍り、うまくいかないと心が落ち込む。
人間の心とは現実の出来事に影響を受ける。トラストは世界に絶望し心を閉ざすほどの何かを経験したことは無いが、まあそうなっても心に正の影響を及ぼすことをしていれば心も治るだろう。そう気楽に考えていた。
この気楽さは人の心を救うのか、それとも傷つけるのか。良い方へ動くことを願うばかりだ。
「よしお風呂できた。こういうので気を取り戻して欲しいな。気付け薬もあるけど、精神的な心臓マッサージみたいなものだから負担が大きいらしいし」
不慣れな手つきでおっかなびっくりと服を脱がせお風呂に放り込む。キルニスはまだ6,7歳の少女で股間に棒がない以外男みたいな体つきなのもあって特に感じるものもない。
四肢がないので達磨のようなキルニスをお風呂に入れていると、なんだが煮物でも作っているような気分になってくる。
そういえばこのまま放置していると熱で死ぬのか助けを呼ぶために意識を取り戻すのかどっちだろう。
そんな危ない想像もほどほどに湯船から上がり自室に戻る。
「んー見たこと無い魔法陣だな。錬金術で呪文を刻んであるのは一般的だけど、呪文が不自然に短いし細切れになっている。これ一定以上の力量の魔術師しか使えなんじゃない?しかもこの義肢もただの鉄。ミスリルとは言わないけど、もうちょっとましな素材は無かったのか?とりあえず見たまんまそっくりに俺も錬金術で刻んでみるか」
トラストは半分残っている義肢を観察し、自分のものに出来ないか試行錯誤を重ねる。
この世界の薬学は魔力を含んだ薬草でポーションを作る仕事があるため必然的に錬金術を習得する。そしていまトラストは薬草の調合などの際に使う錬金術をマジックアイテムの制作に活かそうとしている。
一つの技術を極めるのではなく、多くの技術を用いてあらゆる事態に対応できるようする。
この義肢は最高の教材だ。




