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土塊の戦士  作者: ライブイ
2章 王都
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第22話 憂鬱

 ダンジョンの遠征は終わり、トラストは帰宅した。


 得たものはとても大きい。単純な金銭だけでも金貨8000枚は超えた。ダンジョンの中ボスであったベルセルクベアーは勿論のこと、道中で倒した魔物はそのまま空間属性魔術で保管していたので解体料金を差し引いても理想的な値段で売れた。魔物だけでなく上層で手に入れた宝石も高値だ。

 正確にはまだ売却できたわけではないが、交渉や取引の経験が豊富なバルラが相場から算出していた。上層の素材や宝石はそう世に出回らないため、この値段を下回ることはないだろう。

 これらの数字に加えて風を追う万刃がスポンサーから受けた依頼の報酬からも取り分を得たので、金貨8000枚だ。一般的な四人暮らしの家庭の1月に掛かる出費が金貨1枚であることを考えると、軽く600年は暮らせるだけのお金だ。トラストがエルフだったとしても、一生遊んで暮らせる大金だろう。


 加えて、金銭だけでなく冒険者としての経験的な意味でも得たものはとても大きい。

 トラストは最近行き詰まりを感じていた。まだまだ武術も魔術も、マジックアイテムの熟練度も鍛えられるとこはあるが、どこをどの方向に、どの程度伸ばすのを目標にすればいいのか分からなくなっていたのだ。

 格上相手にはまず勝てず、格下相手には余裕で無双できる。そんな中途半端な位置にいたトラストは停滞し、少しだけ驕りと傲慢があった。


 悪く言えば格上に弱く、格下には強い。しかしこれは、格上相手にも勝てる目があり、格下相手なら負けないように安定した強さがあるとも言える。ならば自分はもう十分な強者であり、これ以上強くなる必要はないのではないか、と。

 安定した収入を得て、目標だったアリサにも一撃入れられたので勝てるかも、というところまで行けたのも理由の一つだろう。

 

 しかし今回の遠征で予想外にもそんな精神的な弱さは払拭できた。

 大地と地獄の宮殿の上層。無数のデーモンが生息しているそこは、地獄という言葉がふさわしい場所だった。トラストが「これで倒せるとは言わないが、格上にも目くらまし程度には通じる」と後ろ向きな考えであるが確かな自信を持っていた無数の武術と魔術は時間稼ぎにもならず、圧倒的な格上に囲まれ逃げ回ることしか出来なかった。


 大抵の冒険者ならばそんな恐怖と絶望に挫折し心を折られ、今後は中層までを狩場にするだろうが、トラストは大抵には含まれまかった。諦めようという考えが沸かなかったのだ。

 絶望しかなく、また挑んでも死ぬだけ。そんな危険地帯であるためすぐには挑まないが、いつか必ず攻略したい。そんな反骨心のようなものが沸き上がったのだ。


 金銭的に充実した以上、今までは手が出なかったマジックアイテムや上質な武具も購入できる。近接戦闘は武術の腕が本領であり、武具はスキルが発動できればそれでいいと考えていたトラストだが、「風を追う万刃」の面々が持っていた魔剣や魔杖を見て考えを少し改めている。

 トラストにとって戦いで最も重視していることは、安定した威力の攻撃を延々と繰り出せることだ。武器とは己の体であり、剣や杖、魔術は手足の延長。剣や矢と違いどれだけ酷使しても再生する生物の体こそ最高の武器だ。

 今もその考え自体は変わっていないが、格上や難敵と戦うことを想定して上質な武器を購入するのはありだ。そう考え始めていた。

 選べる選択肢が劇的に増え、かつ精神的な脆さも払拭されたトラストならば、今後も飛躍を続け、いずれは国中に名を轟かせるかもしれない。死線を超えたことで、それだけトラストの展望は明るいだろう。


「…………………………はぁ」


 しかし、そんなトラストの心は暗く、自室に閉じこもっていた。


 トラストの住んでいる家は平屋だ。居間と台所、風呂に自室2つ。13歳と11歳の子供二人で暮らしていると考えると非常に豪勢だ。

 そしてトラストの自室は、意外なことにふわふわした寝具であふれていた。

 空間属性魔術を使えるトラストは全ての荷物を常に持ち運んでいるため、自室とは寝床と同じものだ。部屋には睡眠を快適にするための道具が溜まっていき、ふわふわもこもこと形容するようなクッションや抱き枕が溢れることになった。


「憂鬱―」


 トラストが自分の心情を正直に吐露する。

 足をバタつかせながら弱音を吐くその姿はかわいらしさすら感じさせるが、その内心は複雑だ。


 トラストにとって、今回の遠征はおおむね想定通りだ。50層のダンジョンボスが変位種だったことは驚いたし、50層以降の上層の恐ろしさは予想を超えていた。

 しかしそれでも、想定通りだ。ダンジョンボスに変位種が出現する可能性は常にある。入手できた上層の情報は曖昧なものがおおかったため、逃げ回ることしか出来ない可能性はあった。人死にが出る可能性もあったし、その死ぬ人が知り合いの可能性も、もちろん想定していた。


「あ“—」


 ただ想定した上で、受け止めきれなかった。


「もうすこし、なんとかならなかったかなー」


 トラストにとって、今回死んだカシムとアルタは、ただの知り合いだ。

 特別親しい友人であったわけでもない。故郷から王都に来る際に馬車で一緒になったが、それ以後特別な付き合いがあったわけではない。王都で出会った大勢の冒険者たちと同じ程度の付き合いであり、関係ないことでなら死んでも数日で忘れただろう。


 人死についても、思うところはない。トラストは命というものを平等にとらえている。

 魔物であれ害獣であれ、殺すべきなら殺す。殺しは嫌だとか血肉の臭いが嫌いだとかは、関係ない。殺すべきだから殺す。その結果トラスト自身が悲しむことになっても、関係ない。

 するべきならする。するべきでないならしない。嫌いな人も、好きな人も、赤の他人も、殺すべきなら殺す。その行動の結果自分が悲しむことになっても、悲しみたくないからという理由で殺しを止めることは無い。


 実際トラストは人殺しに抵抗はあったが、最初の馬車で盗賊を殺したし、ここ1年でダンジョンの内部でトラストを殺しに来た新人狩りも返り討ちにしている。

 そんな考えであるため、自分の身の回りの人が死ぬことをあり得ることだと受け止めていた。そういうこともある、と。


「……むり、つらい」


 しかし実際の所、トラストは悲しみに暮れていた。目の前で知り合いが死んだことや、自分がもう少し強ければ、せめて片方は助けられたのではないかという考えで頭がいっぱいになり、ベッドの上でゴロゴロと悶えていた。


 今回死んだアルタとカシムは、本当にただの知り合いだ。彼ら程度の付き合いの人は大勢いて、彼らが死ぬたびにあーだこーだと言っていては切りがない。さっさと切り替えるべき。

 そんな正論を考えながらも、ベッドから起き上がれないでいた。


「まあ……これも本当のことじゃないんだけどなぁ……」


 しばらくバタバタと足を上下させていたが、不意に止まった。


 トラスト自身最初は気が付かなかったが、延々と心の中で同じことを呟いていると、次第に自分の考えが言い訳だと自覚し始めた。

 

 知り合いが死んでショックを受けているとトラストは自分の中で呟いていたが、それならば二人の注目して話すだろう。

 それがないということは、カシムとアルタが死んだことにショックを受けているのではない。想定外の事態で、パーティーメンバーが減ったことにショックを受けているのだ。


 言い換えれば、想定外の事態で、想定外の損失が出たことが嫌だったというべきか。


「……俺っていやなやつだな」


 それに気が付いたとき、トラストは少し自分が嫌いになった。

 人が死んだという、一般的な論理に基づくとその死を悼むべきなのに自分は気にも留められないこと。

 そして人が死んでいるのに自分はその死を気にも留めない人間だと結論が出て、なるほどそういう事だったのかと素直に納得している自分がいることに。


「……とりあえず、部屋から出よう。気が滅入る」


 トラストはふわふわのクッションから這い出て、自室から居間に向かう。そういえば、今日は俺が夕飯を作る順番だったなと思い出しながら。


「うん?」

「お、ようやく起きてきたのね。トラスト。疲れてたみたいだから、代わりに夕飯作ってるわよ」


 向かっていると、居間からいい匂いが漂っていることに気が付く。

 アレナが厨房に立っている。シチューの臭いだろうか。なんだか懐かし、食欲をそそる匂いだ。


「……ありがと。一緒に作る」

「はーい。じゃあそっちお願いね」





 翌日、トラストは外出した。

 ダンジョンに潜れるほど気が持ち直したわけではないが、家にいるのも気が滅入るだけだと考えたからだ。

 外出するべきなら外出する。目的地は外に出てから決める。


 まだ気が沈んでいるが、それはそれとしてかつてないほどの大金が入ったトラストの気は大きい。今まで行ったことのない裏路地を進み、闇市場へ向かう。

 闇市場は後ろ暗い商品を扱う市場だ。トラストは初めて来るので当然詳しくないが、盗品や違法薬物、呪具まで扱うらしい。

 路地を抜けると大通りに出る。地図上では貧民街と呼ばれる地区だが、その中でも熱気がある。


 通りの両側には、怪しい道具を並べている露天商がいる。一見普通の道具だが、よく見るとひびが入っていてぼろい。ダンジョンで取れた用途不明な何か。他にも手を出してみたくなる怪しいものが並んでいる。


 そうして店を冷やかしながら進んでいると、周囲の人の気配が変わってくる。富裕層向けのエリアだ。

 貧民街は人間の街にありながら法の束縛と庇護から抜けた世界だ。賭博や違法なオークションなどの法律的にグレーであり、かつ大金が動くものが集まってしまう。


 トラストの目的地も当然こちらだ。大金が入ったのだから、なにか掘り出し物を探したい。

 ここで表通りの真っ当な店で真っ当な買い物を第一の選択肢にしないあたり、トラストは不良なのかもしれない。


 しかし大金を使うという目的はあれど具体的に何を買いたいというものはないので、ぶらつきに回る。

 そしてしばらく歩くと、目が死んでいる人型の生き物が見えた。


(ああ、奴隷ってやつか)


 奴隷とは人権を質に入れた状態の人間であり、自由意思を所有者に譲渡された元人間であり、人の形をした道具だ。

 戦場で捕獲されたもの、親兄弟に売られたもの、借金の方に身売りしたもの、犯罪を犯し刑罰として奴隷になったもの。様々な奴隷がいるが、近年は数が減っていると聞いている。


 他国は違うようだが、現在このヒブムライン王国は非常に平和で安定している。身売りや口減らしの数も少なく、奴隷の大半は他国との戦争で捕獲したものがほとんど。

 しかし、近年は戦場で奴隷を捕獲するということ自体が減っている。


 戦争で奴隷を捕獲するというのは、奴隷を奴隷商に売却し金銭に変えるためだ。

 貨幣や金銀財宝、珍しい道具を鹵獲し金銭に変えることと同じであり、奴隷にするのは金銭を得る手段に過ぎない。

 昔はどの国も他国との戦争があれば貴族や大勢の平民を捕獲し奴隷にしていたそうだが、近年は奴隷にするよりも相手の国と人質を金銭で解放する交渉をしたほうが儲かるという結論になり、奴隷にすることがなくなったのだ。

 そのためトラスト……というか一般人は奴隷を見ることが少ない。一般人は一生見ない場合も多い。


(……あんまり見ていたくないな)


 そして、こんな店の前の通りで檻に入れられ展示してある奴隷は非常に状態が悪い。酷いと言ってもいい。


 目が見えない者。脚が動かない者。四肢がないもの。見える限りだがどれも身体を欠損している。おそらく危険な鉱山などの使い捨てが前提の場所でも使えず、かといって犯罪奴隷ではないため「処分」も出来ないものだろう。


 こういった最下層の奴隷の購入者は、主にテイマーだ。

 テイムした魔物を街中で連れ歩くには厳重に躾けておかなければならないため、これを口に入れたらすぐに吐き出せと味を覚えさせるため。またはゴブリンやオークなどの単性の亜人型の魔物の繁殖相手として使うためだ。

 あとは趣味の悪い人が、人肌の便利な道具という購入することもあるとか。


 なんにせよあまり気分のいいところではない。トラストが奴隷を購入するとしても合法的な奴隷商を訪ねるだろう。昔ある騎士が奴隷に堕ちた剣闘士を闇市場で購入し従者にし共に戦場を駆け抜けたという話もあるが、まあまずない話だ。


「……え?」


 立ち去る寸前、おかしなことに気が付き顔を奴隷たちに戻す。

 奴隷の中に見たことのあるものがいた。ちがう、あった。


 否。見たことはない。しかし前世で、聞いたことのある見た目をしているものがいた。


「……サイボーグ?」


 両肘両膝から先がないと思った奴隷の少女の四肢は、なんと金属で出来ていた。


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