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土塊の戦士  作者: ライブイ
2章 王都
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第21話 力不足

「……えっ?」


 その光景を、トラストは理解できなかった。

 激戦の最中であることも忘れて、脳が理解を拒んだのだ。


 常に空間属性魔術の結界を貼っているトラストは、他のメンバーよりも詳細にその状態を理解してしまった。


 デーモンが魔術で形成した大岩が、アルタの首に直撃する。無骨な暴力が華奢な体に耐えられない衝撃を加える。人体が起こしてはならない音を立てて飛んでいく。細い首が軋み、胴体と頭部を繋ぐ重要な骨に不可逆の変化が起こる。

 元より魔物の攻撃をまともに受けると人間はそれだけで致命傷になるが、後衛職であるアルタは比較的体が脆く、耐えられるかもしれない可能性など微塵も存在しない。


 そんな強烈な死にざまを感知してしまい、トラストは硬直してしまう。常に一人で行動している弊害か、トラストにとって死とは自分に生じればそれで終わりになるもの。味方が死ぬという状況に遭遇するのは初めてだ。どう行動すればいいのか迷い、混乱が生じ、判断を付けられずその場から動けなくなる。


 そしてそれは致命的な隙となる。


「トラスト!ぼさっとするな!」


 棒立ちするトラストを狙うデーモンの攻撃を、バルラが防ぐ。剣士であるバルラはデーモンの一撃を真っ向から防ぐ力はなく、動かないトラスト背後にを守る対価に重度の負傷を負う。骨に罅が入ったのか、臓器に内出血が起こったのか、表情に怒りを表してなければ痛みで倒れてしまいそうだ。


「トラスト!お前は回復魔術が使えるたな!今すぐアルタを見てやってくれ!」

「……はっ!はい!」


 ガントが大楯でデーモンの攻撃を防ぎながらトラストに呼びかけ、トラストもようやく我に返る。


 アルタに近寄り、症状を見る。

 しかし、実りのある情報はない。それどころか、絶望的なころしか分からないかった。


「ごばっ……ごふっ」

(……これは、無理だな)


 トラストは回復魔術を習得した際に、簡単な医学的な知識も学んでいる。

 しかし、そうでなくとも分かるほど瀕死の重体だった。


(直撃したのは首だけに見えたけど、正確には顎にも掠ったのか。完全に砕けているし、衝撃で頭蓋骨全体にひびが入っている。首も半分潰れてる。ぎりぎり骨髄は無事。即死していないのが奇跡だな……でも、さすがはデーモンの魔術なのかな。呪いで腐敗まで始まってる)


 天魔に属するデーモンは非常に高度な魔術を使う。ただの大岩にしか見えなかったものにも、有害な呪詛が込められていた。

 ただでさえ頭と胴体が離れかかっているのに、加えて破断面が腐り取れかかっている。

 どう見ても助からない。


 トラストが何度詳しく調べても、「死ぬ」ということを再確認することしか出来ない。


(いや、それでも、助けられないわけじゃない)


 トラストの使える回復魔術にアルタを助けられるものはないが、それでも一つだけ手はある。

 時間属性魔術だ。


(時間属性魔術の【遅延】で……いや【停滞】でアルタの時間を止める。そうすれば彼女は死ぬ一歩手前で止められる。ここから地上まで運んで、地上の協会や高位の冒険を頼れば……万が一にも助けられるかもしれない)


 この世界に死者を蘇らせる魔術は存在しないが、死ぬ一歩手前からでも回復させられるほどの魔術師や、天魔の呪いも祓える聖職者は存在する。特にこの国はA級ダンジョンがある関係上その人数も多い。

 自分では助けられないのなら、助けられる人物に繋げる。そうするべきだと考え魔力を練り上げたところで、声がかかる。


「トラスト君!助けられるのなら、今すぐ歩けるくらいに治してあげて!それが無理なら……せめてアルタの冒険カードを回収して、すぐに戻ってきて!」


 フラグラからの声に、トラストは冷や水を浴びせられたように我に返る。


 そうだ。いまは戦闘中だ。時間を止めて生かしても、足手まといを背負いながら地上まで運べるはずがない。


 ガントが攻撃を大楯で逸らし、カシムとバルラが剣で切りつけ、フラグラが短剣と魔術で仕留める。ここにアルタの弓とトラストの多種多様な攻撃で時間を稼ぐことで、辛うじて生き残ってきた。

 否。それでもアルタは脱落したのだ。ここでトラストも抜ければ、確実に全滅だ。


 周囲を見渡せばランク6のレッサーデーモンが数匹。遠くを見ればさらに十匹。こちらは死力を尽くせば何とか一匹は倒せるという程度。あちらは腕の一凪ぎで直撃すれば即死。

 考えるまでもない。トラストは一刻も早くみんなの下に戻り、レッサーデーモンと戦う。それでも生き残れる確証はないが、ここで瀕死の仲間を助けるのに全魔力を使うという選択肢だけはない。


 ならば目の前にある、自分が取れる選択肢は、一つしかない。

 そして自分が瀕死のメンバーにできることも、一つなのだろう。


「ごはっ……ひゅー……ひゅー……」

「……貴方を助けるのに、俺は力不足です。ごめんなさい」


 短剣を構え、腐敗しもうほとんど取れている首に添える。瀕死の重体。ここが地球ならとっくに死んでいるだろう。ステータスにより能力値の補正を受けているこの世界の人間でも、こんな状態でも死んでいないのは奇跡か悲劇と言える。


 呪いが回っているのか目は灰色に濁り、なにも見えていないのだろう。

 けれどそんな目を見ていると、なぜか彼女が一番死にたくなと言っていたなと、意味のないことを思い出した。





「トラスト君!?どっち!?」

「待たせてごめんなさい!冒険者カードを回収しました!」

「そう……分かったわ!早く脱出しましょう!」


 5人は一丸となって上層への階段を目指す。立ち止まれば死ぬのだから、彼らも限界を超えて走る。


「うおおおおお!!!!」

「グ、グルゥ!?」


 特に活躍したのはトラストだ。もとより【筋力強化】などのスキルを有しているトラストはスピードよりもパワーに秀でている。

 強力な再生に高い魔術耐性、強靭な肉体のレッサーデーモンにはかすり傷しか付けられないが、重さ数百キロの生き物を運搬するくらいなら可能だ。投げ飛ばしてひたすら時間を稼ぐ。


 トラストは切り札である【闘気】も併用することで、生命力を能力値に変換し、総勢一トンにもなる十匹のレッサーデーモンのまとめ投げすら可能になる。

 武技は一切使用しない。これでだめならここで死んでもいいとばかりに、全てを力に変えて投げ飛ばす。

 いつもならばこんな戦い方はしないが、なにかを振り切るように、なにも考えたくないように咆哮を響かせながら肉体の性能の限界を引き出し続ける。


「すごいぞトラスト!これならいける!」


 トラストが一番前に出てからこれまでとは段違いの速さで進み、バルラは喜びの声を上げる。

 もとよりこの即席のパーティーは突破力に乏しかった。盾で受け止める前衛、攻撃範囲が狭い剣士、相手の隙を突いて援護する遊撃と、身長が五メートル近い巨大な魔物を相手に短期決戦をするには攻め手に欠けていたのだ。


「階段だ!」


 乱戦に隊列が組めなくなりばらけた五人だが、ほどなくして50層へつながる階段にたどり着く。これを上がればこの地獄は終わりだ。

 しかし、そううまくはいかない


「そんな!?」

「うそだろ!?ダンジョンの魔物は階段に近づけないんじゃないのか!?」


 階段まであと百メートル。この世界の人間は身体能力が高いため、全員十秒とかからない。

 そんなあと少しという所で、中間地点にレッサーデーモンの大群が間に入ってきた。


 ダンジョンの魔物はダンジョンから出ることは出来ない。最下層にあるダンジョンコアを守るために製造されるため本来は争い合う魔物とも協力し、階段を認識できないように精神操作をうけている。

 そのためダンジョンの魔物は階段に近づけないのが常識だ。


 むろんこのダンジョンでもこの常識は通用するが、天魔は魔物の枠に収まらないほど知能が高い。階段を認識できなくとも、人間たちの求めるものがどの方向にあるかは判断できるようだ。


 レッサーデーモンたちは魔術を放つ。一つ一つが強力で、触れるだけで呪われるのだろう。生きて返さないという意思の表れのようだ。


「ぐがっ“……しまっ”……ぁ“ぁ”ぁ“あ”あ“あ”!!」

「ガント!?今助けっ……ぐあっ“!」


 回避しきれず、受けきれず、一発の魔術がガントの右足に当たる。溶岩を球体に固めたような魔術は、超高温でガントの足と地面を溶接する。

 助けに向かったカシムも気を逸らした隙を突かれ脇腹にレッサーデーモンの爪が突き刺さる。


 しかし奇妙でもある。レッサーデーモンの一撃が直撃したのに即死していない。嬉しいことだがなぜ。そう考えてレッサーデーモンを見て、その表情に凍り付く。


 笑っている。殺そうとした攻撃ではない。今のは嬲るための攻撃だ。


(これが、魔物か……!!!)


 トラストの脳裏に恐怖と畏怖が生じる。


 魔物。遥か昔の神の時代。異世界から現れた邪悪な神々が、人類を滅ぼすために創造した生き物。人間を害する本能を持ち、創造主である魔王と呼ばれた邪悪な神が封印された今でも、人類を滅ぼすために猛威を振るう人類の敵。


 近年では獲物や素材としてしか見ない者もいるほどに軽く見られている魔物。トラスト自身そうであったが、この世界の誰もが聞いたことのある魔物の恐ろしさを、本当の意味でトラストも痛感していた。


「舐めるなぁ!!!」


 恐怖に視界が暗くなり始めたが、カシムの怒号が暗闇を吹き飛ばす。


「カシム!?お前なにをっ……っ“!」


 トラストの視界に信じられない光景が映る。

 脇腹を爪に抉られ長くないと悟ったカシムは、レッサーデーモンに背を向け、後ろにいたガントの右足を切り落とした。

 切断された太ももからおびただしい血が流れだす。しかし拘束は解かれた。


「ガント、すまねぇ!お前だけでも、生きろ!」


 最後の力を振り絞りガントを最前線にいるバルラに投げ飛ばす。カシムの意思をくみ取ったのかフラグラもカシムではなくガントを助けるために援護に回る。


 そのおとぎ話の様な、他者のために自分の命を使う光景に、トラストも諦めきれないと炎が灯っていく。

 しかし気持ちでは力は沸かない。トラストが頭を回し、ふと思いつく。


(そういえば【闘気】って生命力を能力値に変換するって聞いたけど、これ魔力には変換できないのか?)


 即断即決。どのみちこのままではレッサーデーモンたちの衝突に嬲り殺されるだけだ。


「【限界突破】……【闘気】を、魔力に!」


 能力値に変換しようと、魔力に変更しようと、その源は生命力であることには変わりない。

 生命力が底をつく一歩手前、限界を超えるように一滴まで魔力に変え、限界以上の魔力を使い、今まで使えたことがない強力な魔術を発動する。


「この丈夫な床も、鉱物なら土属性魔術の範疇だ!【大落導】!」


 土属性の魔力を地面に流し込み、宮殿の床の様な地面に大穴を開ける。


「ぐぎゃあああああ!!!!」


 ただ穴が開いたのではない。穴の上にあるもの全ての重さを増し、重力のベクトルを穴の底に向ける魔術だ。

 レッサーデーモンたちは地面の底に導かれるように穴に吸い込まれ、落下していく。底が見えない穴に落ち続け、二度と這い上がれないだろう。


「走って!そう長くは持たない!」


 しかしここはダンジョン。絵に額縁と言いう限界があるように、ダンジョンという異界にも果てがあり、地面の底にも限るがある。しかもレッサーデーモンたちは羽があるためすぐ這い上がってくるだろう。

 もって十秒。しかし十分な時間だ。


 トラストたちは死闘の末2人を失い、50階層に帰還した。




《 ユニークスキル【闘気】が【生命変換】に変化しました 》


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