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土塊の戦士  作者: ライブイ
2章 王都
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第20話 デーモン

「疲れた」


 激戦を終え、ベルセルクベアーを倒したトラストたちは素材の回収に入っていた。

 ベルセルクベアー、ランク8の魔物は強敵だ。小さな都市国家なら国家滅亡の危機であり、個人で撃破できれば英雄とみなされる。

 当然トラストも個人では打倒できない。空間属性魔術なら致命傷を与えることも出来るが、能力値も生命力もまだまだ低いため強力な助っ人といったところだ。

 もしトラストが一人で挑んでいたら間違いなく死んでいただろう。


 そしてそんな強大な魔物の素材は、当然大金になる。牙に爪、体毛に臓器、筋肉などの素材や魔石を全て売れば、その報酬はおよそ金貨一万枚。大国の首都で高級な屋敷を家財ごと購入できるほどだ。

 現代日本の貨幣に換算すれば、ランク7の魔物なら数千万、ランク8の魔物なら数億になるだろうか。


「俺の取り分は3割だっけか……正直これだけで入学金から学費まで全部賄えるな」


 トラストの目標の一つに、アストワ学園に通うための学費を稼ぐというものがある。当初は魔道具や武具を購入、手入れをしても安定して生活できるだけの生活基盤を整えるというものだったが、今回の報酬だけでも目標だった金貨2000枚を優に超える。

 上位の冒険者は稼ぎが一般人よりもけた外れに多くなるというのは本当のようだ。

 全員血の一滴でも見逃さないとばかりに目を光らせ地面に這いつくばっているが、その気持ちも分かるというものだ。


「トラスト、今いいかい?」


 トラストも一緒になって素材を回収していると、バルラが話しかけてきた。


「宝石樹を取りに行く。俺のクランのみんなは動けそうにない。だから俺と君と、風の四竜の四人を含めて六人で行くつもりだ。頼まれてくれるかい?」

「宝石樹というと、55層にある今回の目的地ですか。良いですけど、報酬は頼みますよ?」


 今回の依頼はクランのスポンサーが降りるかもしれない重大なもの。そんな大事なことに自分のような部外者を?と思ったが、視線を向けると全員素材を回収しながら白目向いて気絶している。

 無理もないことだ。想定していたよりも高いランクの魔物とも戦闘は負担が大きい。肉体的な怪我はポーションと回復魔術で修復してあるが、それでも精神的な疲労は隠せない。

 むしろ疲れたの一言で済ませているトラストの方が例外だ。


「ああ、正直惜しいけど、みんなが限界だからな、早く帰したいんだ」

「うん?……ああ、本当だ。白目どころか顔が土気色になってる。俺が全員を転移で運べれば一気に解決するんですけどね」

「流石にそこまでに頼まないよ。もしできたとしても、そこまでしてもらったら報酬が払えなくなる。そういえば魔力は大丈夫なのかい?限界だって言っていたけど」

「ポーションを飲んだから大丈夫ですよ」

「いや、ポーションを飲めば魔力は回復できるけど、倦怠感とか、頭痛とか」

「?まあありますけど、必要なことですから」


 当然のようにポーションを飲んで魔力を回復しているトラストに、バルラはおかしなものを見る様な目を向けてくる。


 魔力は全てを消費すると死ぬ。これは生命力と同じだ。

 生命力を使い切ると当然死ぬが、使い切る一歩手前でも動けなくなるほど苦しくなるだろう。全力疾走しすぎると心臓や筋肉に負担がかかり生命活動を維持できなくなるが、死ぬ一歩手前でも動けなくなるようなものだ。

 それと同じ現象が魔力でも起こる。生命力と同じように半分も消費すれば頭痛や吐き気、幻痛に襲われ、魔力を全て使い切ってしまうと死ぬ。


 ポーションを使えば魔力を回復できるが、それは魔力を消費しすぎることによる幻痛や吐き気に何度も襲われるため、ポーションが死ぬほど不味いこともあって大抵の冒険者は魔力を使わない。

 それこそ、ポーションを使って魔力を回復するくらいならば、その場で限界を超えて剣を振るうくらいだ。


「風の四竜のみんなも、もう行けるかい?」

「おっけ~」

「十分休んだから大丈夫なの」

「さっきは活躍できなかったからな、任せとけ」

「また防いでやるよ」


 風の四竜のみんなもやる気は十分のようだ。特に先ほどの戦闘ではガント以外は活躍出来なかったことを気にしている様だ。


「そういえばフラグラさん、さっきはみんな緊張してたけど、なにかあったんですか?」

「あ~~~…………実は、ちょっと嫌なことを思い出しちゃって」

「いやなこと?んー……聞いてもいいですか?心にしこりがあると、いざという時心が重くなって動けなくなるので」

「うん。以前無茶な魔物に挑んで、仲間を一人死んじゃった時のことだよ」

「……なるほど」


 思いのほか重い話だった。


「ほら、私たちのパーティーって斥候職がいないでしょ。以前は居たんだけど、C級ダンジョン「巨獣の巣」を攻略したときに、ね」

「それなら体がこわばるのも分かりますけど、今度は大丈夫ですか?」

「まあ大丈夫よ。もう失敗はしないわ」

「ならいいですけど」


 トラストたちは一息ついた後、51層への扉を開いた。





 「大地と地獄の宮殿」51層。ここからは上層と呼ばれ、獣系の魔物は出なくなり、分かりに天魔と呼ばれる魔物が出現する。


 天魔。昔は天使族と悪魔族と呼ばれていたが、現在は再生能力、魔術耐性、高位の魔術を使うなど、見た目や系統が異なるが本質的には同種だとして天魔という呼称でよばれる魔物だ。

 その力は非常に強力で、最低でもランク6。ランクが上がれば国家さえ滅ぼす災害であり、ドラゴンと同等の存在として認識されている。


 そして「大地と地獄の宮殿」はその名称の通り、天魔の中でも悪魔型の天魔が出現する。

 出現する魔物は50層まででもデーモンエイプやデビルオクトパスなどの悪魔っぽい魔獣も出現したが、51層からは穢れた魔力が凝縮し実体化した悪魔型の天魔ばかりだ。

 最弱のレッサーデーモンはランク6とはいえ、50層までのようにボスや得意個体として出現するのではなく、ダンジョン内に当然のように大量に生息しているのだから上層の危険度は伺えるだろう。


 加えて環境も過酷だ。宮殿というだけあって今までの野外とは異なりどこかの建物内部を思わせる内装であるが、中庭にはマグマの池や毒の花粉を飛ばす樹、氷で出来た建物に雷を落とすシャンデリア。通路には嵐が吹き荒れ岩が弾丸の速度で飛び交うことすらある。

 50層までは地上にもあるような環境だったが、51層からはまさに地獄だ。


 加えて、天魔は知能が高いことも厄介な点だ。

 最弱のレッサーデーモンなら高い身体能力とそれなりの魔術に注意すれば十分倒せる。しかしそれ以上の天魔も出現する。さらに高い身体能力のグレーターデーモン、炎属性のラヴァデーモン、氷属性のフロストデーモンなどだ。


 武術や魔術を使いこなす知性に、厄介な特殊能力まで持っている。

 無詠唱で即座に発動される最低でもスキルレベル6の高位の魔術に、特殊な毒、短時間の透明化、精神を蝕む咆哮。

 生物として優れており、ランク6のゴブリンやオークを倒せてもランク6の天魔は倒せないことさえあるほどだ。


 さらに悪いことに、魔物からとれる素材は貴重で金銭的な価値は高いが、ほとんど食用にできるものが無い。

 天魔とは穢れた魔力が凝縮し実体化したものであるため、本質的にはスライムに近い魔力生物だ。当然肉は食べられない上、放っておくと溶けて消滅することすらある。

 そのためダンジョンの攻略を目的とするならば外から食料を持ち込まなければならず、難易度を引き上げている。


 つまるところ、現在のトラストたちが挑むには難易度が高すぎる危険地帯だ。





「全員……生きてるか……?」


 55層、宝石樹の泉。

 55層の横道に逸れ、極寒の館を抜けた先にある泉であり、中央の島には宝石がなる樹がある神秘的な泉だ。

 ダンジョン内に極稀に発生する安全地帯の一つでもあり、上層で人体に無害な水が確保できる場所として知られており、ルビー、エメラルド、アメジスト、ダイヤなどの宝石が輝いている。


 そんな神秘的な泉に、6つのボロ雑巾が転がっている。


「なん、とか……」

「私以外も……生きてはいるみたい……」


 その6つとは、バルラ率いるトラストたちの6人だ。

 全員が酷い毒による火傷を負い、手足は凍傷一歩手前。皮膚は紫に内出血しており、全身が泥を被ったように泥だらけだ。

 ガントとトラストは両腕から骨が飛び出しており、他の面々に声をかけてもらい続けないとあの世に行ってしまいそうだ。


 「風を追う万刃」の面々は50層に待機させているが、辛うじて動ける数名に面倒を見させるわけにもいかない。万が一あくどいことを考える冒険者が通れば、みんなを守り切れないからだ。

 善良な冒険者が多いが、世の中には善良でない者、魔が差すものもいるのだ。


 そのため急いで55層に向かったが、トラストたちの予想を超えるほど過酷だった。


(まさか、まともに攻撃が通らないとは……考えもしなかった)


 上層の情報は非常に少ない。

 50層までなら凡百な冒険者が到達できるが、51層からは一気に到達できる人数が激減し、それに応じて51層に到達できる冒険者を抱えるクラン同士で情報戦……いわゆる派閥争いや政治的闘争が起こり、51層以降の情報が制限されるのだ。


 この場合の制限とは教えないというだけでなく、間違った情報まで流されるから厄介だ。

 天魔は噂程強力な魔物ではない。毒が有効、光属性魔術に弱い、斧は通用しないなど、何を信じればいいのか分からないのが現状だ。


 トラストも情報不足を理解していたので何が起きてもいいように対策を重ねたが、それでも足りなかった。

 攻撃は通用しないのは他の5人も同じだったが、それでも天魔を甘く見ていた。


 剣や斧、槍といった斬撃。槌や拳といった打撃。全てが通用しなかった。悪魔型の天魔は天使型の天魔と比べ肉体性能に優れているとは聞いていたが、皮膚の強靭さが予想以上だった。武術による攻撃は分厚い外皮に阻まれ、魔術はさらに通用しない。


 結果ひたすら逃げ回りながら進むという惨めな探索になり、それでも傷つきながら進み、その果てがこのボロ雑巾だ。


「これが……宝石樹……よかった……これまでデマだったら、さすがにここで自害したかもしれない……」

「……冗談を言えるとは、実はまだ余裕ありますか?」

「ははっ、空元気だよ」


 バルラは宝石樹に近づき、宝石をもぎ取る。

 果物がなる樹のように宝石が実っており、握りこぶし大の宝石すらある。トラストは宝石に値段に詳しくないが、どれだけ安く見積もっても金貨数十枚、握りこぶし5つ分のルビーらしきものや、大人の頭部ほどの大きさのプラチナは金貨数百枚になるかもしれない。

 金がある貴族たちが見えを張るためにオークションで莫大な金を投じて購入するらしく、下手をするとランク8の魔物よりも高値が付くかもしれない。


 地獄の宮殿の名にふさわしい絶望で死にかけた苦労に見合う報酬になるだろう。


「さあ、戻ろう……」

「……俺にはまだ、上層は早かったみたいです……」

「そうね~……私ももう、こんなところには来たくないかな~……――」

「……こんなとこ、二度と来ないの……。50層までより、ここまでのほうが苦しかったの……」

「向こう1年くらい遊んで暮らしたいぜ……」

「ははっ、それもいいな……そのくらいは報酬もあるだろ……」


 バルラもトラストも風の四竜の面々も、死に体だ。

 全員のポーションも底をついたため、トラストが虚空庫から素材を取り出し即席のポーションを作る程困窮している。

 50層のダンジョンボスが得意個体でなかったら、もう少し楽が出来たかもしれない。そんな戯言を吐いてしまうほど崖っぷちだ。


 泉の対岸に渡り、身体をほぐして整える。ここからは一気に帰還だ。


「さあ!みんな!一気に50層まで帰還し……なに!?」


 バルラがリーダーらしく声を張り上げ、活を入れようとしたが、突如炎の塊が飛んできた。

 咄嗟に剣を振るい防ぐも、物陰から次々と魔術があふれ出てくる。

 十、二十、三十‥‥‥五十はないだろうか。しかし、どの魔術も溶岩や氷河のような高位の魔術であり、一つでもまともにくらえば致命傷だ。


「【大地割壁】!」


 トラストは即座に大規模な土属性魔術を発動する。

 大地が持ち上がり壁を形成する。加えてこの宮殿の硬度の高い鉱物を使用しているためその強度は天魔にさえ通用する。


「ばかな……泉は安全地帯のはずじゃ……」

「……たぶん、デーモンたちもそれが分かっていたんじゃないでしょうか。泉には近づけないけど、どこまでなら近づけるかって……知性の高さを甘く見てましたね」


 冷や汗をかきながら冷静に分析するが、状況は好転しない。

 十のデーモンがトラストたちに近づいてくる。その中に最弱のレッサーデーモンは存在せず、最低でもランク7のデーモンたちだ。


「……戦闘は避けて、逃げながら階段を目指す。一度通った道だ、みんな覚えているね?」


 どのみち取れる行動は一つ、逃げるしかない。それを理解している面々も理解が速い。


 フラグラが魔道具で解音波を発しデーモンを怯ませ、アルタが強烈な光を発する矢を放つ。一瞬トラストたちを見失ったデーモンたちを無視して、階段を目指して走り出した。


(……行ける、かもしれない)


 トラストの脳内に安堵が広がる。ここまで来るのに苦難の連続だったのだから、帰りも同じほどの苦難がある。そう考えていたが、それは冷静さを失っていた頭が出した間違った考えのようだ。

 地図がなかったためトラストが空間を探知しながら進んだが、帰りは一度通った道だ。最短ルートを使い全力で走り抜けることでかかる時間は半分以下だろう。


 加えて風の四竜の面々の活躍が予想以上だ。

 軽装備のカシムが真っ先に切り込み、大楯を構えたガントが殴りつけてデーモンをどかす。倒せはしないが、短剣と魔術を使うフラグラと弓使いのアルタの援護もあって確実に、足を止めずに進めている。

 トラストとバルラもあらゆる手段を使ってデーモンをどかしていく。攻撃が通らずとも、逃げるだけなら死にかけながら覚えたことだ。


 そしてたどり着く51層へつながる階段。あと1層駆け抜ければ、もう安全だ。まだダンジョンの中とは言え、上層と比べたら中層も下層も天国だ。

 51層に突入。デーモンを蹴散らし駆け抜け、帰還する。


 はずだった。


「……ごぺ」


 デーモン投げた大岩が、アルタの首に直撃した。

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