第2話 初めての魔物
「おはよう!行ってきます!」
「ん~……トラスト?今日も早いわね……むにゃむにゃ」
太陽が昇るより早い早朝の街に、元気にあふれた少年の声が響く。
この世界では明かりが希少なため人間は夜は早く寝て朝も早く起きる。
しかし太陽が昇るよりも早く起きるのは農家や一部の職業の者くらいだ。外壁に囲まれた街の住民たちはまだ寝ている時間だ。
夜の冷気が残る街道を小さな影が駆け抜け、街の入り口近くにある建物に入る。
その建物は他よりも十倍は大きく、裏手には運動公園の様なものまである。
「おはようございます!討伐依頼、ありますか!?」
ドアをばしんと叩くように開けると、カウンターにいる女性スタッフに詰め寄り話しかける。
すると栗毛の女性が営業スマイルを浮かべながら対応してくれた。
「おはようございます、トラストくん。早速ですが、あなたが殴ったせいで壊てたドアを付け直していただけますか?」
「……は、はい。ごめんなさい」
よく見ると額に筋が浮かんでいる。
これはとても不機嫌な時の顔だ。
「直しました!それでミーナさん!討伐依頼ありますか!?」
「はい、ありますよ。ですがトラストくんはまだG級冒険者なので受けることはできません」
「ミーナさんの嘘つき!冒険者教本には、数回G級の依頼を受ければF級に上がれるって書いてあったよ!俺は昨日まで掃除や荷物運びで10回依頼を受けたんだから、もうF級に上がれるんでしょう!?それで依頼は一つ上まで受けられるんだから、俺はもうE級の討伐依頼も受けれるんでしょう!?」
「ええ、そうですね。で!も!あなたはまだ10歳の子供でしょう!受理できません!魔物の討伐なんて、危なすぎます!」
トラストが入ったのは冒険者ギルドという、冒険者たちの相互扶助組織だ。
冒険者とは魔境やダンジョンで狩猟採集をし、その採集物を社会に役立てることで生活する職業だが、その中でも人間を襲う魔物の討伐も主な仕事だ。
遥かな昔、神の時代に異世界から侵略に来た邪悪な神々が、人類を滅ぼすために創造した眷属たち、それが魔物だ。
その昔は邪悪な神々直属の眷属のみだったが、彼らの発する穢れた魔力にこの世界の存在が汚染された。この世界の動植物や無機物までもが魔物に変性し、人間に害をなす本能を植え付けられてしまった。
そんな人類の敵である魔物の討伐も冒険者の仕事だ。
「危ないことなんてないよ!俺はもうジョブにも就いたんだから、どんな魔物での倒してやるさ!」
「あーもー!トラスト君なんて一口で食べられちゃう危険な魔物もいるのよ!せめて教官たちから合格をもらってからにしなさい!……アイバーさん、こっちを見て笑っていないで、あなたも止めてください!」
冒険者ギルドで受付をしているミーナは、壁際の談話スペースに集まっていた中年冒険者にも声をかける。昔から知っている頑固者な少年を説得するために味方を増やそうとしているのだ。
「あーはいはい。いいじゃねえか討伐依頼、受けさせてやれば」
「ええその通りで……って何言っているんですか!」
「その小僧は転職したばかりなんだろう?無理だ無理、魔物を相手に死にかけないと気が付かねぇんだよ」
俺もそうだったしな!と笑っている中年冒険者に頭を抱える。視線を下に向けるとトラストが期待するような眼差しを向けてくる。
「……はぁ、分かりました。じゃあアイバ―さんが面倒を見てあげてください。それなら受理しましょう」
「は、はぁ!?俺が?なんでそんなことをしなきゃならねぇんだ」
「今日も魔境の手前で魔草の採取をするんでしょう。子供一人連れて行っても問題ないはずです。ゴブリンとでも戦わせて……いえ、それだと危ないし、魔物を直接みれば、この子もまだ早いと気が付いてくれるでしょう」
「それは過保護すぎると思うが……まあ荷物運びとしてならいいか、おい坊主早速ついてこい、魔境の手前まで連れて行ってやるよ」
「本当!魔物と戦っていいの!?」
「おういいぞ、その代わり死にかけても助けてやらねえけどな」
早速トラストは笑っている中年冒険者アイバーに続いて街の外に出ていった。
「はーん。じゃあ坊主は将来は騎士になりたいのか」
「うん!お姉ちゃんを守れるくらい強くなって、たくさん稼いでお父さんとお母さんをらくさせてあげるんだ!それにカッコイイ!」
「騎士ねぇ……今のこの国で騎士になるのは危ないと思うけどな」
「うん?何か言った?」
「いーやなんでも。ま、なんでもいいが、騎士も貴族だからな。なるには王様から騎士の位を授けてもらわないといけないから、かなり難しいぞ」
「そ、そうなの?」
「そんなことも知らなかったのかよ……まあ俺らみたいな平民の場合、兵士になって戦場で目立っていれば声をかけられるかもな。どのみち強くなけりゃいけねえし、冒険者になって魔物と戦っておくのはいいと思うぞ。騎士は戦場で人間と戦うだけじゃなく、魔物とも戦うからな。ほら、ああいうのとな」
「へ?人間と戦う……?って、うわっ!」
場所は街から延びる街道から一キロ程度外れた草原。木々が生い茂る森が魔境との境界のように生い茂っている。
そしてそんな魔境ではない普通の森から、肉塊を捏ねて人間の子供の形に似せたような生き物がこちらをみている。涎を垂らし腕を上げ、好戦的な表情だ。
「お、おじさん。あれがゴブリン?」
「おうそうだ。ゴブリンのランクは1、鍬でもありゃ一般人でも倒せるくらい弱いぞ。お前も冒険者なら、戦闘系スキルが一つもない今でも一匹くらいは倒せなきゃ見込みは無いな。無理そうか?」
「で、出来るよ!俺だって!」
「そうかそうか。ランク1の魔物なら殺されようと努力しない限り死ぬことは無い。つまり俺は助けないから、精々自分で頑張れよ。と、その前に手本だな」
中年冒険者のアイバーはそういうと、その辺の土を掬って投げつける。すると知性が非常に低いゴブリンは一直線に向かってくる。
アイバーは背負っていた重厚な剣を抜くと、小さく息を吐くと同時に切りかかり、胴体を切断する。
一刀両断。臓器がこぼれ地面に血がれる。
「ま、こんなもんだな。次に出てきたら坊主にやってもらうからな。武器は持ってきたか?」
「う、うん。ちゃんと冒険者ギルドから貰ってきたよ」
「ふむ……剣を持ってくるやつが大半なんだが、お前のは槌か?」
トラストが背負子から取り出したのは槌、俗にハンマーと呼ばれる武器だった。
剣や槍といった軽い胴体に切れ味が鋭い刃を付けることで殺傷力を増すのが一般的な武器だが、槌は使用者の腕力によって威力が大きく変化する。扱いに習熟していないものがその性能を発揮することは難しい。
加えて、少し当てれば切り殺すことができる剣と違い、槌は明確に相手を殺す気で、相手に振り下ろす必要がある。そういった意識のよっても大きく効果が変わるため、初心者にはおすすめされない武器だ。
「なんだが……まあ、持ってきた以上はしょうがないか。坊主、ちゃんとその槌は扱えるのか?槌の打撃部分だけで坊主と同じくらいデカいぞ」
「もちろん。ほら」
そういうと、トラストはぶんぶんと音がするほどの速さで槌を振り回し始める。
冒険者ギルドがF級以下の冒険者に無料で提供する武具は一山いくらの粗悪品で軽いものだが、それでもしっかり鉄が使われている武器だ。そんな武器を振り回す子供に驚く。
「もしかして坊主、【筋力強化】系のスキルでも持っているのか?」
「うん持っているよ。この間【見習い戦士】に転職したときに【筋力強化:lv1】を習得できたんだ」
「あーなるほどな。転職してすぐにスキルを習得できるなんて、よほど努力したら才能があったんだろうな。ま、それなら槌でもいいか。
だが」
一つ言葉を区切ると、アイバーはトラストの頭に拳骨を入れる。
「いってぇ!何するんだ!」
「俺から聞いたが、今後は迂闊に自分のスキルを人に教えるなよ。覚えておけ」
「えー?父さんもそんなこと言ってたけど、おじさんはもう知らない人じゃないよ?俺を依頼に連れてきてくれる親切なおじさんだよ」
「知っている人でも教えるなと言っているんだ。訳はそのうち分かる。伝えるにしても、ぼかして伝えろ。レベルまでいうのはもってのほかだ。冒険者だけでなく、騎士でも兵士でも傭兵でも常識だぞ?」
「えー……はーい。ん!おじさん、またゴブリンだよ」
まだ納得がいかないトラストだが、視界の端に動くものを見つけて意識を向ける先が変わる。
「おお、よく気が付いたな。しかし8匹とは多いな、魔境の外にいるはぐれの魔物のはずだが……ゴブリンばかりなのも運が悪いな。まだ魔草も採取してねえのに。よしトラスト、俺が5匹狩る。お前は3匹やれ」
「わ、わかった」
「そう緊張するな、ゴブリン程度なら死ぬことだけはねえ。爪や牙でやられても精々擦り傷程度だよ」
そういうとアイバーは先ほどと同じように地面の土を投げつけてゴブリンの注意を引くと、右回りに近づいていく。器用な者で正確に5匹に土を命中させ正確に注目を集めている。
「よし、俺も教わった通りに……」
トラストは転職してから毎日冒険者ギルドの教官たちから教えを受けている。冒険者ギルドが新人向けに行っている講習、引退した冒険者たちから武器の使い方から薬草などに関する知識、魔物ごとの討伐部位や解体方法のレクチャー、そして戦闘訓練を受けている。
訓練自体は十歳になる前からやっていたが、冒険者ギルドに登録できる十歳になってからしか受けることができなかったのだ。しかし十分に心構えは出来ており、武器を構えてゴブリンに向かって行く。
「うおおおおおおおお!!!!」
自分を鼓舞するように叫び声をあげ、一直線に殴りかかる。上段からの一撃。知性が低く鈍重なゴブリンは悲鳴すら上げずに地面に赤い花を咲かせる。
続けて2体目、地面にたたきつけた槌を地面と平行になるように持ち直しフルスイング。円弧を描いて振り回された槌はゴブリンの胴体に当たり、胸を凹ませて飛んでいく。
「おお、あいつなかなか筋がいいか。初の戦闘にしちゃ上出来だな……って、ん?」
自分の担当のゴブリンを処理しながら、トラストを見守っていたアイバーは訝しむように眉を顰める。何やら様子がおかしいと。
【筋力強化】スキルで強化されていても、子供の腕には槌は重い。加えて初の戦闘に緊張したのか、腕が上がらず3発目が出ない。
しかし頭は冷静。呼吸を整えるために槌を盾にするように3匹目のゴブリンとの間に挟むように立ちまわる。
ゴブリンのような頭が悪く力も弱い魔物では、持ちあげることも出来ない槌を持ちあげようとして四苦八苦するだけだろう。
「やべえっ!坊主逃げろ!」
しかしそんな考えをしているトラストに一喝が入る。
何か間違えたか、そんな振り返りをするが、そんな場合ではない。逃げろと言われた瞬間逃げるべきだったのだ。
「そいつはゴブリンじゃねぇ!ゴブリンバーバリアンだ!」
「げぎゃぁぁああ!!!」
アイバーの声をかき消すように、ゴブリン……ゴブリンバーバリアンが腕を振りかぶり、拳で槌ごとトラストを殴り飛ばす!
「坊主!――くそ!こっちもか」
アイバーが相手にしていた最後の1匹も同じくゴブリンバーバリアンだ。それに気づいたアイバーに焦燥が襲う。
ゴブリンバーバリアン。ランク3の魔物であり、新人殺しと呼ばれる魔物に分類される。
背丈は通常のゴブリンと同じで、よく見ると筋肉が多い。外見にはその程度の違いしかないためベテランの冒険者でも通常のゴブリンと間違えてしまうので、当然新人もランク1のゴブリンと勘違いして襲い掛かり、結果殺される事例が多い魔物だ。
ランク1の魔物は一般人でも鍬を振り回していれば追い払える、生活の邪魔をする程度の魔物だが、ランク3は出現が命に直結する害獣。危険度で例えればヒグマに相当する。
ゴブリンの一種であるため特殊能力は無いが、その力はD級冒険者が一人いて退治できるという程度……アイバーなら普通に戦えば倒せるという程度だ。
つまり、トラストでは勝てない敵である。
「坊主!しばらく耐えろ!」
アイバーは普段の装備ならランク3の魔物でも確実に倒せるが、今日は魔草の採集ついでに子供のおもりをしに来たのだ。当然普段の装備を身に着けてきていないため倒せても時間がかかるだろう。
――意外と冷静だな、俺。
トラストは自力で生き残らなければならない。瞬時にそう結論をだした。
人間に害をなす本能を持った危険な生き物を前に、トラストは自分でも驚くほど冷静だった。目の前には死を体現する恐怖がいるのに、殴り飛ばされる前より冷静だ。
――ああ、なるほど。こいつは俺を殺せるが……そのぶん、まだ死んでいないのが分かるからか。
頬が吊り上がる。歓喜があふれ出る。体中に力が満ち溢れ、槌を一瞬で担ぎ直す。
あの妙な夢を見てから、トラストは不思議と大人びた考え……知識が浮かび上がるようになった。それはまるで、あの夢で見た百年生きた人間が自分に乗り移ったかの様だった。不思議と嫌な感じはしなかった。知らない誰かに乗っ取られるというよりも、ずっと忘れていたものを思い出したかのような、不思議な感覚だった。
――何か見えるな……いや感じるというのか?幻覚かな?なんにせよ、あっちは危ないな、こっちに避けよう。
大人びた考えがいくら浮かんでも、トラストに変化はなかった。子供というのはそういうものなのか、難しいことを考える前に、考えている途中でも、本能的に体が動き、言葉が飛び出る。
そんなトラストでも一つ忘れられないものがある。
それは死だ。
あの夢の最後、体が崩れていき、意識が虚無に沈む。あの恐怖。百年の経験豊富な記憶も、十年の純真無垢な心も、等しく耐えられない。泣き叫ぶしかなかった恐怖。
本来ならば忘れること、その実感を覚えているものなどいないはずの死。
魂にまで染みついた死が、なんとなく分かる。
この位置にいると、死に襲われる。そんな不思議な感覚に従い。体を動かすと、トラストを目でも負えない速さの拳を避けていく。
「ぎぃっ!!??―――――がぁぁぁぁ!!!!」
あまりに遅い雑魚を相手にひらひらを躱され続けて頭に血が上ったのか、ゴブリンバーバリアンは全身に力を込めて愚直に全身を振り回し体当たりをしてくる。
それを見たトラストは【死】が大きくなったように感じ、木々を間に置き距離をとると同時に、後ろに倒れこむ。
「ぎぃ♪ぎゃはああぁぁぁ!!!」
槌も手放して倒れこんだトラストを見て、追い詰めたと考えたゴブリンバーバリアンはトラストに馬乗りになり、拳を振り下ろす。
ヒグマに相当する腕力で、地面を全力で殴りつける。知性が低いことで返って反動も考ない全力の一撃は地面を凹ませ、貧弱な子供の頭部などザクロのように弾けるだろう。
「獲った」
しかし、トラストは耳を負傷しながらも首を逸らして紙一重で回避していた。【死】を感じることで、逆にどこまでなら受けても死なないかを感じ取り、回避できるぎりぎりを見極めたのだ。
小さな体を生かしてゴブリンバーバリアンの下から脱出し、あえて取りやすい位置に手放した槌を手に飛び上がる。できるという確信はなかったが、不思議とためらいはなかった。若さ溢れる情熱の突き動かされるように空中で回転。落下のエネルギーをそのままぶつけゴブリンバーバリアンの後頭部を粉砕する。
【爆凶破壊槌】。トラストの知る最大威力の槌術の武技……もどきだ。魔力を載せていないため本物よりも威力は遥かに劣るが、それでもランク3の魔物を相手に決まれば必殺となる。
人間を模した魔物は、弱点も自ずと似てしまう。後頭部という人間のなかで最も弱い部分を鉄の武器で砕いたことで、頭部の肉と骨が砕け脳がむき出しになる。
「ちっ、まだ生きてんのかよ」
返り血を浴びたトラストが、苛立つように吐き捨てる。戦闘で高揚していることもあるが、殺しきれなかったことを悔しがっているのだ。空中からの落下と鉄の強度、それを合わせても、持ち手であるトラストの筋力ではうまく槌を制御できず、威力がさらに下がってしまったのだ。
きっちりと最後にもう一度、むき出しになった脳を地面にぶちまけるようにゴブリンバーバリアンの側頭部を槌で殴りとどめを刺す。
すると、トラストは少しの間緊張を保っていたが、もう【死】がどのからも感じ取れないことに気が付いてようやく気を解いた。
「ふぅーーー……なんとかなったぁ~~……あれ、おじさんは?」
「坊主!まだ生きてるか!?」
「あ、おじさん!見てみて倒したよ!」
「はぁ~~~!!!」
新米未満の駆け出し冒険者が確かにゴブリンバーバリアンを倒しているのを見て、中年冒険者は驚きの声を上げた。
《 【危機感知:死】、【槌術】スキルを習得しました 》




