第19話 熊の魔獣
トラストがフラグラたちから遠征の話を持ち掛けられた一週間後、遠征の日がやってきた。
待ち合わせ場所は迷宮の入り口、事前に聞いていた場所だ。
「いたいた。こっちだよ」
「遅れてすみません。今日はよろしくお願いします」
「はっはっは、よろしくしてもらうのはこっちだよ」
からりとした笑顔を向けてきた青年はバルラ。「風を追う万刃」のリーダーだ。
その姿は動きやすさを重視したレザーアーマーに薄手のコート、急所に金属板を当てたものだ。しかしそんな一般的な冒険者の姿だが身に着けている装備は高級品だ。服の上からでも分かるほど鍛え抜かれた肉体は彼が一流の冒険者だと伝えてくる。
「俺はフラグラさん達のパーティーに加わるんですよね」
「ああそうだ。お前を含めて5人協力者を見つけられたからな。フラグラたちのパーティーの斥候として加わってくれ」
トラストは頷き、周辺で固まっている冒険者パーティーからフラグラたちと合流する。
「お~トラスト君、本当に来てくれたのね」
「道中は私たちのパーティーで、50層では遊撃に回ってくれると聞いてるの。頼りにしてるの」
「俺らは普通の冒険者の範疇だからな。そのかわり道中の魔獣は任せな!」
「俺も天魔と戦うのは初めてなので、期待されすぎるのは困りますよ」
「それじゃあみんな!これから俺たちは55層を目指す!誰一人かけずに帰ってこれるよう、全力を尽くそう!」
トラストたちが雑談しているとバルラの声が響き、遠征が始まった。
「大地と悪魔の宮殿」。その名称の通り、この迷宮は前半と後半で出現する魔物も、環境も全く別のものになる。
この「大地と悪魔の宮殿」は千年前にこのヒブムライン王国を建国した王が挑戦し続けダンジョンであり、その歴史は非常に古い。言い伝えによれば五万年前の邪悪な神々が大量に復活した時期までさかのぼる。
復活し猛威を振るった邪悪な神の一柱をある一族が封印したものの、溢れ出す瘴気まで封じることは出来ず、周辺一帯は穢れた魔力に汚染され魔境になってしまった。
魔境は広がり続け大陸でも有数の危険地帯になった。そんな拡大し続ける魔境を防ぐべく戦士たちが立ち上がり、結果20年後には魔境に生息していた魔物は全て駆除され大地も浄化された。
しかし魔境の中心であり、邪神が封印されていたはずの場所にはダンジョンが発生していた。
戦士たちが挑んだダンジョンは魔物の種族として最上位に位置する天魔が生息しており、最下層までたどり着くことは出来なかった。
時がたつにつれてダンジョンを攻略するための前線基地としてダンジョンの周囲に街が出来ていたが、たびたび起こる魔物の暴走のたびに滅亡していた。ダンジョンに出現する魔物は最低でもランク6。最下級のドラゴンに匹敵する魔物たちであり、一部の戦士たちは生き残れても、一般人たちや街が耐えられなかったのだ。
悩んだ末に戦士の仲間である魔術師が秘術を使い、ダンジョンを作り変えた。
当時の1層だった層を51層にまで押し上げ、空いた新しい1層から50層までに獣を放し、街の住民たちが食料庫としても使えるようにした。
その後戦士は何度も迷宮に挑んでも最下層にはたどり着けないまま引退。街の住民からも慕われていたため街の王となり、その生涯を街の拡大とダンジョンを攻略するための後進の育成に尽くしたという。
「悪魔の宮殿」と呼ばれていたダンジョンは「大地と悪魔の宮殿」に名前を変え、今ではヒブムライン王国に食料を無限に供給し続ける資源となった。
魔物は通常の生き物よりも短期間で成長し、食料や衣類、武具の素材、マジックアイテムの材料や燃料になるうえ、ダンジョン内部は植物の成長も早く果実や山菜が一年中手にはいる。
魔物を狩ることができる者たちにとって、魔物が常に大量発生するダンジョンはこの世界で最も上質な尽きることのない恵みなのだ。
「……とはいっても、普通に危険地帯ですよね」
「ダンジョンだからね~。ここの魔獣たちもランク5、1体でも地上に出たら千人単位で死人が出るだろうし」
「……すっごい疲れたの。もう指が動かないし矢も引きたくないの。マンモスと戦うのはもうこりごりなの」
「……5日で40層から50層まで来るとかおかしいだろ……何度か死を覚悟したぞ」
「まあまあ、道中のご飯は俺が美味しいのを提供したじゃないですか」
「うまい肉はたしかに活力の元だが、それにしたって限度があるんだよ」
遠征開始から30日目、トラストたちは50層の門の前に居た。
ダンジョンの内部で活動するには少人数である方が動きやすいため、5人パーティーになり10層ごとのボスの前で合流する形で進んでいるが、その中でもトラストたちは最も早く進んでいる。
空間属性魔術を使えるトラストの運搬能力は他の冒険者の追随を許さない。キャンピングカーで旅をしているようなものであり、一般的な冒険者が地べたに布一枚敷いただけで座り焚火で温まっている中、暖かい作りたての食事と快適な睡眠をとることで万全の状態で戦える。時間属性魔術による【停滞】の魔術を使えば地上から持ってきた食料も鮮度を維持できるのも有能だ。
なんならトラストは土属性魔術と水属性魔術も使えるので即席の風呂だって作れる。
さすがに誰も入らなかったが。
そんな万全のバックアップがある以上トラストも自分のペースで走り、空間属性魔術の索敵も併用しほぼ止まることなく順調に進んだのだ。
「あ、追いついたみたいですね」
「……これでも急いだんだけど、さすがだね」
そしてトラストたちが到着してから2日後、バルラたちが50層の位置口に到着した。
「すぐ挑みます?」
「いや、さすがにみんなを休ませたい。1日ここで休息だ。預けていたものを出してもらえるかい?」
「はーい」
トラストは虚空に穴をあけ、預かっていた食料や嗜好品を取り出した。
物資の運搬はトラストが雇われた理由の一つだ。世の中には見た目以上に物資を入れられるマジックポーチなるものがあるが、「風を追う万刃」は購入できるほどの力はない。加えて一つマジックポーチを持っていても、他のメンバーと逸れたらその人たちは取り出せなくなるため一つ持っていればよいわけでもない。
そのため安全地帯である各層をつなぐ階段で休息をとる際に使うものを、最も先行できるトラストが預かっていたのだ。
「お酒にチーズに白いパンに……これは赤ワインかな?これ誰のですかー?」
「こっちだこっち!」
「はーい。……これはたばこですかね?」
「それはこっちだ」
「はーい」
ダンジョン攻略ではありえないほど快適な休息を皆が取っている中、トラストは階段の端でプロミネンスマンモスを取り出し、解体して武具に作り直す。
牙は槍に、筋肉の筋は弓の弦に、刃はナイフに。【投擲術】も習得しているトラストは武器を使い捨てにすることもあるため、武器の補充は必須だ。
特にプロミネンスマンモスはランク6の希少種だ。体表から血液まで燃える凶悪な魔物で、死してなおその体は燃え続ける。当然その素材から作った武器は特別な加工をしなくとも魔力を通すだけで火属性魔術と違わぬ特殊能力を発揮する。
「いたいた。君は休まなくていいのかい?」
「バルラさんですか。俺は道中休んでいましたから大丈夫ですよ」
顔を上げてその姿を見ると、少しやつれているように見える。
頬はこけ、目は疲労を敵視するように鋭い。ダンジョンの遠征とはそんなに大変なものだから……と考えたが、違うのだろう。他のメンバーも疲れてはいるがバルラほどではない。メンバーの生き死にを背負っている責任感というものだろうか。
「通りがかりの冒険者が邪な考えを持っていないとは限らないからね。僕らは見張りを残してみんなもう眠るよ。君も休んで大丈夫だよ」
「俺はこれが趣味なところもありますからね。体を動かすのも好きですが、武器でも料理でもマジックアイテムでも、なにかを作るのって楽しいんですよ」
「……そうか。やはり君も変わっているな」
「俺も、ですか?」
「ああ、A級やB級の冒険者は幼いころから奇行があったという。君もきっとそのたぐいだろう」
その言葉にもう一度バルラの顔を見る。よく見るとその眼は透き通っており、どこか達観しているように見える。
「なんだか遺言みたいですけど、俺は助けませんよ?」
「それでいいさ。冒険者は自由業。何が起きても自己責任なのが世の常だ。……それに、俺は「風を追う万刃」のリーダーだ。先代からリーダーの座を譲り受けた以上、死ぬ気は無いし、失敗する気もない。でも、雇った以上は君の活躍も期待してるよ」
「ええ、任せてください」
おやすみなさい。そういってバルラは離れていった。
トラストはしばらくぼんやりと考えた後、眠りについた。
「さあみんな!俺たちはこれから50層のボスに挑む!ここを超えれば建国王が挑んだ天魔のいる領域だ。それは今まで以上の危険地帯であると同時に、今まで以上の名誉名声、金銀財宝を手にするということだ!誰一人かけることなく攻略し、地上に戻るぞ!」
「おう!ポーションもばっちりだ!」
「まだ付与魔術がかかってない人はいる!?今も内に言いなさいね!」
「武具の手入れもやったか!?いざという時に刃が欠けたら笑えないぞ!」
バルラの掛け声に呼応してメンバーたちからも掛け声が上がる。
メンバーたちも気合十分。トラストも腰に長剣と短剣、背には盾、両腕に腕輪と準備万端だ。
フラグラたちに視線を向けると、彼らも準備万端……では無いようだ。
「すっごい緊張してますけど、大丈夫ですか?」
全員、顔が真っ青だ。
辛うじてリーダーのフラグラは気丈に振舞っているが、顔色の悪さを誤魔化せていない。
「え、ええ、大丈夫だけど、嫌なこと思い出しちゃってね~」
「失礼……呼吸も荒いし、動きも硬い。精神が張り詰めているように見えます。緊張してます?」
彼らは熟練の冒険者のはずだが、この中で一番未熟なトラストよりも平静を保てていない。
「まあ、本番になれば大丈夫、いつも通り動くから心配しないで~」
「それならいいですけど、俺の役目は魔物を倒すことと索敵、皆さんの護衛ではないので気を抜かないで下さいね」
全員が万全であることをチェックし、頷き合って階段を降りる。階段を降り切れ扉を開ければボス部屋である50階層だ。
トラストの視線の先には高さ3メートルの両開きの金属扉、今までのボス部屋よりも扉が大きく、また扉の表面には紋様が刻まれている。
「この紋様は……熊、かな?」
「熊ですね」
バルラが言う通り、扉の紋様は熊だ。大きな体、全身は体毛に覆われており、殴られれば人間は一撃で肉塊になるだろう。
しいて違いを言えば頭部には角が生えており禍々しいオーラを纏っているが、熊であることは間違いないだろう。
「今までのボス部屋と同様、この部屋のボスを示唆しているんだろう。事前の情報を相違ないみたいだね。みんな、油断しないように」
バルラはそう言いながら扉に両手をかけて力を籠める。後ろに控えるメンバーたちも各々が剣や弓を構え、魔術を放てるように杖を構える。
扉を開いた先には円形に広がったボス部屋独自の光景が視界に映る。向かいの壁には宝玉が埋め込まれており、漆黒に輝くと50層のボスが姿を現す。
「風を追う万刃」の面々は部屋に飛びこんで武器を構える。前衛の者たちは武器に魔力を込めいつでも武技を放てるように集中し、後衛の者たちも魔力を高めていく。
「出るぞ、放て!」
魔物が顕現した瞬間、冒険者たちはいっせいに攻撃する。飛ぶ斬撃、炎の玉、岩の槍、風の刃、数十の武技と魔術が降り注ぎ魔物を八つ裂きにする。当然トラストも攻撃に加わり空間ごと切り裂く斬撃を繰り出す。空間属性魔術は魔力消費が激しいが、威力は随一だ。胴体を切り裂けば致命傷だろう。
「やったか!?」
バルラが高揚した声と共に魔剣で風を起こし土煙を吹き飛ばす。
その一瞬前、トラストの【危機感知:死】に燃える様な猛烈な危険を知らせる反応があり、即座にまだ倒せていないことに気が付いた。
「全員下がれ!【土流壁】!」
トラストは瞬時に地面を泥に変え、魔物と冒険者たちの間に壁を形成する。
直後、二度轟音が響く。魔物が冒険者たちに飛び掛かるために足に力を入れ、泥に足を取られた音。そして二度目は、泥に足を取られて勢いが落ちたうえで、泥の壁を突き破った音だ。
「嘘だろ……」
壁が崩され、魔物は体を震わせて泥を落とし、その全容が露になる。
その姿は壁にあったように熊だ。しかし頭部には角が生え、両手両足の爪は魔剣のように鋭く、両目は赤く、何よりその背丈は15メートルにもなる。腕の太さはまるで大型の車のようで、殴られれば即死……どころかミンチになるだろう。死体が残るかも怪しい。
何より、その体には無数の攻撃を受けたはずがほとんど無傷であり、トラストの空間属性魔術【斬空】を受けた場所がわずかに切れているだけだ。
「ランク8、ベルセルクベアー……」
獣の魔物の中でも最上位の危険度を誇る熊の魔獣。その中でも熊の獣王の末裔が狂気に飲まれた姿ともいわれるベルセルクベアーは、現在記録されている中でも最上位に危険な魔獣だ。
その体毛はあらゆる攻撃を防ぐ防刃性を持ち、分厚い脂肪はあらゆる衝撃を防ぎ、魔術耐性も随一。特殊な魔術や能力を持たないが、その圧倒的な身体能力は数値にすると一万を超え、上級冒険者の前衛職であってもまともに受ければ一撃で瀕死となるだろう。
トラストの空間属性魔術も空間に作用できるといっても魔術であることには変わらないため、魔術耐性がある生物や鉱物には効果が減衰する……が、脂肪を半分も切れていないのは驚愕だ。
ランク8ともなれば、B級冒険者パーティーが一組かA級冒険者が一名必要。もしも地上に出現すれば数千人規模の犠牲が出る上、小さな都市国家であれば国家滅亡の危機になるほどの魔物だ。現にかつて地上にある魔境で発見された際に討伐隊が組まれ挑んだものの失敗し、怒りにかられたベルセルクベアーは周辺の人間を殺しつくしA級冒険者が駆け付けた時には大勢が避難してなお五千を超える犠牲者が出ていたという。
この場にいるのは25名のうち15名がD級、8名がC級、リーダーのB級が一人だ。トラストもE級という肩書が詐欺に思えるほど戦闘能力が高いが、それでも局所的にB級に匹敵するという程度だろう。成長期も来ていないため能力値も低く、数値で比較すると百倍はある。
絶望的だ。
「みんな、武器を取れ!」
しかし、そこのバルラの声が響き渡った。
「想定以上の強力な魔物だが、恐れることは無い!もとよりこちらは熊の魔獣が出現すると聞き、討伐出来るように準備してきたのだ!世にも珍しい変位種、ランクが一つ高いものを引き当てるのは想定外だが、それでも勝てない相手では決してない!魔物を相手に戦う俺たち冒険者にとって、予想外などいつもの事じゃないか!さあみんな、武器を取れ!こいつを倒せば俺たち「風を追う万刃」の名は王都中に轟くぞ!」
クランリーダーの激励に、メンバーたちの目にも闘志が戻って行く。強力な捕食者にくわれる弱者から、武器を持ち絶望に挑む戦士の顔に移って行く。
「そうだ!こんなところで死んでたまるか!」
「絶対生きて帰るわよ!こいつの素材を打ったお金で何を買ってやろうかしら!」
「魔導書も全部使い切るぞ!ここで使わないと買った意味がなくなっちまう!」
冒険者たちは恐怖を誤魔化すように大声を上げ、出し惜しみは無しとばかりに体の負担も考えず反動が大きい武技や強力な使い捨てのマジックアイテム、威力の大きさとと引き換えに詠唱が極端に長い魔術を使い始める。
「俺が行くぜ!【魔剣解放】!」
「風の上位精霊を、我が魔力を糧にその姿をこの場に表し、刃となりて――」
「魔導書三階梯、開け。怠惰とは人の業の一つ、倦怠と堕落を呼び寄せる悪性なり。【鈍重】」
「魔導書三階梯、開きなさい。慈愛とは人の徳の一つ、癒しと愛を与える善性なり。【愛癒】」
「天におられる我らが神よ。主の僕が願い奉りまする。その輝きを持って邪悪なるものを祓いたまえ。【浄化】」
剣が輝き圧力が上昇する。風の魔力が高まり、暴風を引き起こす。魔導書が開き、本来は使えない魔術を行使する。聖なる力で穢れた魔力を祓う奇跡を起こす。
「トラスト君も頼めるかい?たぶんトラスト君の空間属性魔術が最も有効だと思うけど」
「無理ですね。あれ以上の攻撃魔術は俺だと何度もは使えません。決め手として当てにされると厳しいです」
「そっか……なら、当初の話通り魔術でサポートに回ってくれ。ベルセルクベアーは特殊な力はない純粋な力押しの魔物だ。足場を崩してくれるだけで十分ありがたい」
「了解です!」
こうして決死の戦いが始まった。
「よし、俺も全力だ。出し惜しみなんてしてると俺も死ぬな」
トラストは走り出すと同時に魔導書を開く、山賊から取り上げたもので、解析はこの1年で済まし使い方も覚えた。
「魔導書三階梯、開け。傲慢とは人の罪の一つ、排他と共に高みへ至る悪性なり。【嵐力活性】」
詠唱と共にトラストの身体能力が激増する。
まるで体の中で嵐が吹いているかのような圧倒的な上昇度合い。気を抜けば口から意味のない大声を出し力任せに暴れまわりたくなる衝動をねじ伏せ、ベルセルクベアーに迫る。
「デカい魔物は可動域を減らすのが鉄則!【震掌】!続いて【破空】!」
地面を砕き瞬時にベルセルクベアーに近づいたトラストは背に飛び乗り、掌底を叩きつけ衝撃波を流す。そして流した衝撃を起点に空間属性魔術【破空】で空間にひびを入れる。
「ぐぅぅぅぅぅ……がぁ“ぁ”ぁ“ぁ”ぁ“っ”っ“!!!!!」
空間にひびを入れられた以上、当然そこにある物質にもひびが入る。頑丈な体毛と脂肪をすり抜け筋肉と背骨が破壊されたまらずベルセルクベアーは悲鳴を上げる。
「内側にデカいのを入れました!でもこれだけじゃ死なないので皆さんもがんばってください」
背骨という生物の基盤ともいえる部位を破壊した以上、常識的に考えてベルセルクベアーはそのうち死ぬだろう。
しかし魔物は尋常な生物ではない。低級の魔物であっても人間よりも遥かに高い治癒能力を有しており、怪我で死ぬことは無い。ましてやここは魔物が最も活性化するダンジョンであり、ダンジョンから加護を受けるダンジョンボスだ。
背骨を破壊した程度では動きを鈍く出来ても、死ぬことは無いだろう。
「当然だ!外部の協力者にばかり活躍させてたまるか!」
「ベテラン冒険者の力を見せてやる!こんなデカいだけのデカ物に負けるか!」
トラストが背中から飛び降りると、すかさず冒険者たちも攻撃に出る。
炎を纏った魔剣が体毛を切り裂き、強力な風の槌が顔面を強打し、ベルセルクベアーが吹き飛ばされる。
「……あ、もしかして負の付与魔術に浄化の魔術が効いているのか。あそこまでとは予想以上だな」
ランク8の魔物にしてはいいように殴られている。そう考えたトラストは原因を考え、先ほど冒険者たちが考えていた負の付与魔術に思い至る。
【鈍重】、怠惰の力で対象の倦怠感を増幅させ身体能力を出し切れなくなる魔術。かけられた対象の精神に比例して効果で出るため、言うならば割合の弱体化だ。
そして【浄化】は神官たちが使う穢れた魔力を浄化する魔術だ。アンデットにはずば抜けて効果が高いが、通常の魔物にも弱体化させる効果があるらしい。
おそらくこの二つの魔獣が非常に効いているのだろう。
「ここまま畳み掛け――」
しかし、冒険者たちが追撃のために近づくと、ベルセルクベアーは一足で天井付近まで飛び上がり、泥から抜け出す。着地の衝撃で冒険者たちも吹き飛ばされた。
「違った。創造されたばかりで見た目より本調子じゃなかっただけだな。俺は補助に徹したほうがよさそうだ」
ベルセルクベアーが空を仰ぎ威嚇するように咆哮する。地面が揺れ、空間が振える。
魔物はただでさえ人間に害意を持っているが、ダンジョンではそんな本能が強くなる。その眼は狂気と同じほど憎悪に染まり、一触即発の爆弾のようだ。
「ごるるああぁぁ!!!」
「俺が受ける!」
ベルセルクベアーその巨体を生かし、冒険者たちに拳を振り上げる。喰らえば木っ端みじん。吹き飛ぶ土煙に混ざる肉塊の一部になるだろう。
しかし大盾を持った冒険者が間に入る。ガントだ。フラグラたちのパーティーメンバーである彼は誰よりも早く前に出て、その拳に身をさらす。
激突。ベルセルクベアーの拳とガントの大盾がぶつかり轟音が響く。
「ぐ、うぅぅぅ……っっ!!」
ガントはその場で受け止めきるも、金属製の大盾は拉げ、ガントの両腕も衝撃に耐えきれず骨が肘から飛び出していた。しかし激痛と出血に顔を歪めていると、光と共に傷が塞がり始める。
【愛癒】。慈愛の心で味方を癒し、体力と傷を回復し続ける魔術だ。効果は術者が味方を認識しているもの、効果は術者の心の慈愛の深さとも言われ、全身に圧力がかかり破裂した内臓まで修復されていた。
再びベルセルクベアーが動き出す。僅かな動きから背を低くし突進の構えをとるつもりなのだと理解する。武術の心得など無い魔獣でも、人型ならばとる予備動作はある程度に通っている。
「【泥沼】【硬化】」
しかし突如ベルセルクベアーはトラストの魔術で沈み始める。地面が泥のよう潤化しその巨体が沈み始めたのだ。当然ベルセルクベアーは這い上がろうとするが、その時にはもう泥は硬い土に戻っており、抜け出せなくなっていた。
「みんな!トラストがベルセルクベアーの動きを抑えてくれる!信じて攻撃を続けるんだ!」
冒険者たちは次の動きに迷っていたが、リーダーからの声に覚悟を決める。その中でも真っ先に動いたのはやはりバルラで、風を纏った魔剣を振るい正面から爪と打ち合い始めた。
サポーターを除いた二十人の冒険者たちからの一斉攻撃。ランク8の魔物を相手にするには冒険者の等級が低いと言っても、それはその冒険者が有効な攻撃手段を持っていないことを意味しない。
複数の付与魔術で弱体化した体毛に刃が、拳が、槍が、魔術が突き刺さり分厚い脂肪を抜け命を削る。
「【遅延】【停滞】……ちっ、やっぱり魔術耐性が高い。俺じゃあ外界から作用する魔術の方が有効か」
トラストは負の付与魔術は自分ではかけられないと判断し魔術を時間属性魔術の使用を打ち切り、土属性魔術と水属性魔術に専念する。
まだ自分だけでは直接あれを殴り殺せない。その事実を悔しく思いながら。
「【泥沼】【泥沼】【硬化】【硬化】【硬化】……あ、これは地面の硬さを部分的に変えたほうがいいな」
トラストはベルセルクベアーを地面に沈めることで動きを封じていたが、自力で脱出されるために一時的な拘束を連続で行っていた。
しかし、地面の硬さを調整し壊れやすい部分をあえて作れば、長時間の拘束が出来ることに気が付いた。
「おっ!?なんだ急に地面に潜りっぱなしになったぞ」
「今のうちだ」
「がぁ”ぁ“ぁっっっ!!!!」
地面に沈めた後、ベルセルクベアーの周囲以外を柔らかくしたのだ。衝撃は響きやすいほうへ流れるため、ベルセルクベアーは両足を固定された状態から脱出できなくなった。
今やベルセルクベアーは完全に袋の鼠だ。魔物になっても元の動物の逸脱しないため、両足が固定されたベルセルクベアーは両腕は背後に回らず、背中が無防備になった。
「決めるぞ!【限界突破】!【潜在能力開放】!【風断大切断】!」
「【魔力解放】!【大炎連槍】」
「【枷壊】!【崩拳】!」
「【魔杖限界突破】!【腐食水弾】!」
「【魔弓限界突破】!【流星打ち】!」
無防備な背中に冒険者たちは攻撃を一斉に放った。もう息も絶え絶えのベルセルクベアーに次々と着弾。
ベルセルクベアーはその連撃に悲鳴を上げるが、段々と悲鳴は断末魔に変わって行く。
そして嵐の様な攻撃が終わると、ゆっくりと膝を付き、地面に頭を付け、絶命した。
「うおおおおおぉぉぉっ!!!!!」
一瞬の静寂の後、勝どきが上がる。ベルセルクベアーは倒されたのだった。
・名前:熊の魔獣
・ランク:8
・種族:ベルセルクベアー
・レベル:0
・年齢:0歳
・称号:【ダンジョンボス】
・能力値
生命力:250000
魔力 :10
力 :28000
敏捷 :8000
体力 :19000
知力 :10
・パッシブスキル
怪力:8Lv
物理耐性:8Lv
自己強化:狂化:大
・アクティブスキル
なし




