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土塊の戦士  作者: ライブイ
2章 王都
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第18話 焼肉

 偽りの太陽が隠れた平原、血に濡れた刃と燃える煙の中でトラストはいつものようにダンジョンで暴れまわり、その足元には無数の魔獣の死体が山のように積み重なっていた。


「やっぱり俺、魔物相手なら強いんだよなぁ……」


 トラストはここ最近、敗戦が続いていることを気にしていた。


 敗戦といっても大した問題ではない。単に友人と決闘をして負けて、新しい友人の侍女と試合をして勝ち目が見えなっただけだ。

 生き死にに関係はなく、得るものしかなかった。しかし魔物を相手に負けたことがなく連戦連勝のトラストにとっては「俺、もしかして今まで弱い奴と戦っていただけなのでは?」と考えてしまう程度には衝撃だった。


「とはいえ以前より深く潜っても楽に勝てるし、あの二人が以上に強かったのかな」


 現在トラストがいるのは「大地と地獄の宮殿」の40層、ついこの間まで潜っていた階層よりも10層も深い。

 当然魔物は一段階強くなった、マッドボアやビックバード、デーモンエイプ、オーガにオークソルジャーといったランク4の魔物は当然のように跳梁跋扈し、稀にミノタウロスやケルベロス、バトルクラブといったランク5の魔物まで出没する危険地帯だ。

 ランク3が熊や大型の狼程度、ランク4が恐竜程度、ランク5がワイバーンなどの伝説に足を踏み入れる存在、と例えればランク1つと言ってもその危険度の上がり具合が分かるだろうか。


 しかしその全ての魔物はトラストに敗北し死体になっている。

 事前にしっかり冒険者ギルドの書庫で調べたというのもあるが、それでもぶっつけ本番だというのに、トラストは圧倒的だ。

 斧、槌、槍、弓、剣、短剣、素手、盾、鎧、弓といった武術に加えて土水時間空間の4種の魔術、マジックアイテムによる補助に回復魔術による自己保全を使えるトラストは個人で完成しており、一人前の冒険者が望まれる対応力を上回っていた。

 たかが身体能力が突進でトラックを跳ね飛ばせる程度の狂暴な獣程度、トラストからすれば物の数ではない。


「まあこいつらは知性も獣と同程度だし、上層まで潜って天魔と戦ってみないと判断できないかなぁ……?」


 そもそもの話、トラストの戦い方は勇猛なものでは無く安定と安全に重きを置いている。


 相手に気が付かれないうちに遠くから弓と魔術で数を減らし、近づいてくるなら武器で仕留め、仕留めきれないなら再び距離を取って遠距離から攻撃。

 分断と撹乱、正面から魔物を華々しく打ち取るのではなく、魔物が死ぬように盤面を動かし、最大の利益を得る。

 そんなひどくつまらない手段だが、確実かつ最も安全に狩猟するのがトラストのスタイルだ。


 そんな安全かつ確実に魔物を仕留めているトラストは冒険者としても完成している。

 金属製の武器を使うことで獲物に大きな生物的な変化は起こらず傷も少なく、血抜きもうまいため高く売れる。常に安全を第一に考え行動しているため怪我自体が少なく、死ぬリスクも非常に小さいだろう。

空間属性魔術の収納で獲物を全て持ち帰れるため他の冒険者よりも圧倒的に稼ぎも多い。だいたい他の一人前の冒険者の年収を一か月で稼ぐ。

 加えてまだ子供であると自覚しているため礼儀正しく驕り高ぶらず、他の冒険者にも後輩が先輩を補助するように手を貸すため好意的に見られている。


 ソロで行動するのが染みついてしまいパーティーを組んでも長続きしないが、完成された理想的な冒険者であり、ここからさらに何かを望むのは贅沢というものだろう。


「でもなぁ……やっぱりもっともっと強くなりたいんだよなぁ……」


 しかしトラストは全く満足していなかった。

 アリサ、あの綺麗の剣士に勝つまでは全く満足できない。


 自分が天才だとは思っていないので天才に負けるのはいいのだが、「なんだ、こんなもんか」と言いたげなあの目が気にくわない。

 相手が得意としている剣で真正面から打倒さないと満足出来ないのだ。


「……ん?誰か来るな。冒険者かな?」


 トラストが常に張っている空間属性の結界に反応があった。

 距離は300メートル。人数は4人。急いではいないようだが、あと1分もあれば到着するだろう。

 結界を4人に集中させ解析度合いを上げる。4人の背丈、顔立ち、体つき、武器の種類。収集できる情報を増やし何者かを識別する。あまり遭遇しないが、冒険者でありながら同業者の同じ冒険者を殺して獲物を強奪する悪人もいるのだから、警戒は必須だ。


「あ、フラグラたちか」


 知っている人だった。





「やっほ~。トラスト君久しぶり~」

「久しぶりなの。聞いていたより深く潜っていて驚いたの」

「うおっ!?それ全部魔獣か。50匹くらいか?」

「もうすっかり俺らより強くなってんな」

「そうでもないですよ。俺は倒せるやつを倒してるだけです。皆さんはいつもこの辺で活動しているんですか?」


 風と魔獣の遠吠えしか聞こえてこなかった平原が一気に騒がしくなる。

 おっとりしたフラグラ、変な喋り方のアルタ、でかい大男のガント、軽装備の剣士カシム。

 1年前に同じ場所で王都に来た冒険者パーティー「風の四竜」だ。


 王都に来てから半年ほどはよく会話していたが、ここ最近は交流がなかった。

 何か用だろうか。


「いや~そうなんだけどね、今日はトラスト君にお誘いがあって来たのよ」


 口を開いたフラグラは歯切れが悪い口調だ。

 いつもおっとりとした彼女は良くも悪くも気負ったものが無いように話す。そんな彼女が目をそらしているのは初めて見る。


「実は私たちはクラン「風を追う万刃」に所属したの。それで今度の遠征をするから、助っ人に来てほしいの」


 目をそらしているフラグラに続いてアルタが口を開く。


「クランに入ったんですか?おめでとうございます。で、遠征の助っ人ですか?」


 クラン。パーティーを組む冒険者が既存の最大6人という枠組みを超えて集まり、依頼の受託や割り当てまで冒険者が独自に行っている集団だ。アリサの所属する「獣王の後継」が最大手だが、クランであるという時点で大勢の集まりなので、一個人より大きな戦力と発言力を持つ。

 その影響力は、冒険者として成功するにはクランに所属するのが必須と言われるほどだ。


 トラストは王都トラビアの冒険者の内情に興味が無いため、「風を追う万刃」というクランをを知らないが。


「遠征って確か…………ああ、なんか大人数で潜るんですよね」

「そうなの。今回はメンバーの半分、20名で55層まで潜るの」

「55層までだと当然50層のボスとも戦うからな。正直戦力的には微妙でな。撤退もあり得るんだが……」

「撤退も嫌だし、助っ人に来てくれそうなやつを集めようって話になってお前の名前が挙がったんだ。ほらお前、この間アリサと引き分けただろ?」

「あー……あれで目を付けられたんですか」


 周囲の評判に頓着していないトラストは知らなかったが、実はアリサと引き分けたことは大きな話題となっていた。


 現在最も深い階層に到達していつクランのリーダーの娘にして、彼女自身も10歳にしてランク6の魔物を屠る傑物だ。そんな彼女と引き分けたとなると、当然その相手であるトラストも同じくないすごいんじゃないかと噂が広まったのだ。


「でも俺、実際は引き分けてないですよ?アリサは全力ではなかったので、最後まで戦えば俺が確実に負けていました」

「ま~それはいいのよ。トラスト君一人に戦ってもらおうってわけじゃないから。そんな噂が立っているから目に留まって、避ければ一緒に行かない?って話なの」

「なるほど……楽しいそうな話ですね」

「でしょう?」

「ええ。で、なんでそんな無茶をするんですか?撤退も視野に入れているって、つまり一歩間違えれば全滅もあり得ますよね?」


 トラストの言葉にフラグラは「ううっ……」とうろたえ目を逸らす。

 わざとらしいので、たぶんわざとだろう。


「あ“~~~まあその、スポンサーが主催した遠征でな。断れないんだ」

「最近「獣王の後継」が最大到達階層を更新しただろ?あれに貴族たちも影響を受けちまってな……」

「スポンサー?そんなのが……ああ、ありましたね。そういえば」


 スポンサー。スポンサー契約を結んだ相手であり、冒険者にとっては強く出られない相手だ。

 ダンジョンに潜り強力な魔物を討伐したり宝箱を見つけると莫大な利益を得られるが、その反面ダンジョン深くに潜るには莫大なお金がかかる。

 強力な魔物を相手にするには高性能な装備に強力なマジックアイテム、ポーションなどが必須であり、ここで妥協してしまう冒険者は生き残ることができない。しかしそれだけの資金をもって準備しても失敗することがあるため、クランに所属する冒険者が上に行くにはお金の問題が常に付きまとう。


 そしてその解答の一つがスポンサーだ。貴族や有力な商人と契約し、彼らに資金を提供してもらう代わりに彼らの作るマジックアイテムや武具を優先的に使い、手に入れたアイテムも優先的に彼らに売却するのだ。

 スポンサーが相手ではクランの冒険者も頭が上がらず、無茶で無謀な頼みも聞かなければならないこともあるのだ。


 そんなスポンサーからおそらくは「ダンジョンの最高到達階層が更新されたことで今サロンでも話題なのだ!私も話題を提供したいからお前たちも上層まで行ってこい!(意訳)」といったことでも言われたのだろう。


「俺は完全にソロでやっているので、あんまり俺に関係なさそうな話ですね」

「正直そうだと思うの。でも私たちも死にたくないから、助けてほしいの」

「クランリーダーからは最低でも今回の報酬の3割はトラスト君に渡すって言っているわ。悪い話ではないはずよ」

「3割?……額は知らないですけど、個人に渡す報酬としては破格すぎるのでは?」

「うん……。いやごめん。実はクランリーダーがトラスト君とアリサちゃんが戦っているところにいて、もともと誘うつもりで調べていたらしいの」

「なるほど……ちょっと迷いますね」


 悪い話ではない。トラスト自身上層を目指そうかと考えていたところだ。大規模な遠征にくっついて下見に行くのは悪くない。

 いや、悪くないどころかこっちから参加させてもらいたいくらいだ。


 悩む。参加したいが、危険性や安全性を考えろとノイズのように待ったをかける。


「ところで気になっていたんだが……何くってんだ?」

「その肉妙に薄くないか?」

「これですか?これは焼肉というもの……料理?食べ方?です」


 うんうんと悩むトラストだが、さっきから食事の手は止まっていなかった。


 ダンジョン産の果物や香草を使用したタレを付けて焼いた肉は、一口かじるだけで肉汁と油とタレが絶妙に混ざり合い幾らでも食べられそうだ。

 この世界の魔獣は、地球の動物と比べて遥かに美味しいのだ。それもランクが高いほど美味しい。

 それが高密度の魔力によるものなのか、高ランクの魔物程のびのびと本能に従って生きているためストレスなく育ち美味しくなるのかは不明だが、ランク3のヒュージボアですらトラストは前世含めてのトップクラスにうまいと感じた。今食べているランク4のマッドボアなんてさらに美味しい。味はうろ覚えだが地球の高級豚肉よりもうまいと確信できるほどだ。

 すでに30人前くらい食べている。


「肉が薄い分火も通りやすくてすぐ食べられますし、肉汁とタレと油も配合しやすいんですよ。分厚いステーキも美味しいですけど、こういうのもおすすめですよ。よろしければどうぞ」

「あらそう?」

「ありがとうなの」

「じゃ遠慮なく。ちょうど小腹が空いていたんだ」

「お前ら少しは遠慮してやれよ、俺も食うが」


 食べていいですよと言った瞬間、一瞬で全部食べられてしまった。


「まだありますからいいですよ。野菜もお肉もとれたてが一番です」


 冒険者というのは一般人よりも遥かに強力な身体能力を持つが、当然生き物なのでそれを行うには莫大なエネルギーを消費し、また補給する必要がある。

 具体的には常人の数倍、数十倍は食べるのだ。それこそ冒険者は食べる量と強さが比例するなんて言われるほどには。


 トラスト自身同じ年頃の子供と比べても小さく線も細いが、すでに必要とするエネルギーは大人の10倍以上だ。当然よく食べる。


「あら本当に美味しいわね。肉って大きければいいってもんじゃないのね」

「このたれってのもうまいな。塩以外にも味を変えられるものなんてあったんだな」

「果実って丸かじり以外に食べ方あったんだな」

「それはガントとカシムが食に無頓着すぎると思うの」


 意外と好評でトラストも嬉しい。

 そういえばこの世界で肉と言えば串焼きやステーキの様な大きな肉の塊に高い香辛料をかけるくらいのもので、調味料自体が少ない。


(……ん、あれ?そういえば本当に調味料が少ないくないか?塩胡椒みたいな香辛料はあるけど、肉や野菜にかけるたれやドレッシングも見ないな。……高級品とか?いや魔物がそのままでも美味しいから発達しなかったのか?)


 ふとトラストは地球と比べて、この世界の食べ物に工夫が少ないことに気が付いた。

 なんだろう。この世界の食料は魔物を倒せば美味しい肉や美味しい野菜が手に入り、もっと美味しいものが食べたければもっと強い魔物を倒すのだろうか。

 オークの肉は豚肉の味がして美味しいし、ランクの高いオークの肉はさらに美味しい。なんでもトレントという木の魔物の樹液は非常に甘くて美味しいと聞く。


 いや、パンにスープといった絶対に魔物が関係していない食べ物はあるし、王都にも農場も牧場もあるが……。

 いや、トラストの作ったたれも、そういえば料理の本ではなく薬師の教本にあった魔草からポーションを作る方法の一つを応用したものだ。


(……まあいいか、食料事情とか俺が考えることじゃないし、好きに食べたいものを食べよう)


 脇にそれた思考を、かぶりを振って巻き戻す。

 食事事情とかトラストが考えることではない。

 いままで単独行動しすぎて一般的な食事事情すら知らなかったのは問題だとしてもだ。


 視線を前に戻すと「風の四竜」の4人が美味しそうに肉を食べている。赤の他人の物でも笑顔を見ているとこっちも嬉しくなってくる。


「よし、遠征、参加します」


 上がってテンションに任せて、トラストは遠征の参加を決めた。


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