表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
土塊の戦士  作者: ライブイ
2章 王都
15/38

第15話 お茶会

 トラストの姉、アレナ。彼女に対して評価するならば、よくできた町娘というのが適切だろう。

 商家生まれの両親に育てられた彼女は、幼い頃から読み書きと計算を学び、同年代の子供たちよりも大人びた考えを持つように育った。お金の重要性、身分による利益と併売、自分の家庭環境がいかに恵まれているか。

 自分の能力でなく自分の周囲の環境であっても、周囲よりも優れているならば思いあがってしまうのが子供という者だが、彼女は物心ついたときには仕事で多忙な両親と手のかかる弟に囲まれていたことで私が弟の世話をするのだという使命感が生まれ、そのためか現状に驕ることも将来を楽観視することもない、よくできた少女に育った。


 そんな彼女が初めてのジョブチェンジを迎えた時、望んだものは安定した職業に着けることだった。

 周囲の友達が冒険者になりたい、騎士様になりたい、お姫様になりたいと話している中、彼女は将来安全で安定して高収入で替えが効かない職業に就きたいと考えていた。

 そして、その職業に当てはまったのが聖職者だ。


 聖職者。この場合は、光と法の神ログマに仕える神官の事を指す。

 光と法の神ログマ、元は9つの属性神の一柱だったが、他の神々が死に絶えログマだけになった時、己の在り方を光の神から光と法の神へ変え、人々を支え導く、現在唯一実在が確認されている神だ。

 他の8つの神も信仰はされているが、神の加護という形で実在が確認されている唯一な神である以上、その影響力は随一であり、この世界で最も信仰されている神であり宗教だ。


 そのためログマの協会は、最も安定した協会に勤める人の中で、最も給料がいい職業でもある。


 それを知ったアレナは教会について詳しく調べた。協会で働くといってもその仕事は多岐にわたるが、最も惹かれたのは毎週の集会で聖典に記されたありがたいお言葉を話す聖職者だ。聖典と呼ばれる過去のログマ教の聖人が起こした奇跡や彼らが聞いた神託を記した書物であり、基本的には読み上げるのではなく暗記して話すため単純な読み書き以上の能力が求められる。

 そして単純な読み書きに加えて、自分を神の信者と示すために神の奇跡の一端、すなわち回復魔術を使えるとなお優遇されると知り、アレナは魔術を覚えることにした。


 その結果、彼女は9歳で聖典を覚え、10歳で光属性魔術と生命属性魔術の回復魔術を覚えて見せた。

 将来の聖女様、とまではいかないが、平民生まれの少女にしては十分に優秀だ。これは英才教育を受けている貴族の子女たちに準ずるものであり、リゼラの神官長からはこのままならあなたは司祭様にだってなれるかもしれないわね、そういわれるほどだ。


 そして彼女は高望みをせず田舎の協会に居るべきか両親に無理を言ってでも王都に行くべきかを悩んでいた。神殿での地位は信仰心で決まると建前ではなっているが、実際のところは実績で決まり、実績には能力が必要であり、能力を高めるには高度な教育と豊富な実践が不可欠だ。

 王都で高位の聖職者たちから回復魔術を学び、貴族を相手に怪我や病気を治す仕事に従事しなければ出世は出来ない。つまり給料が上がらない。


 しかし優秀ではあっても12歳の少女でしかないアレナは独り立ちの決心がつかずにいたが……頼りない弟が冒険者として活躍し、王都に行くと聞き、彼女も王都に行く決断をした。





(で、なんで俺までこんなところにいるんだ)


 アリサとの10回目の決闘の翌日、トラストは貴族街にある豪華なお屋敷のお茶会に参加していた。


 参加しているとはいっても正確には付き人、隣に座るアレナの付き添いだ。


 貴族の子息子女は10歳になったころから将来に向けて勉強を始める。勉強とは社会を豊かにするための学問や魔術、魔物や敵国の兵士といった外敵と戦うための武術や兵法など様々だが、貴族家の3人目以降、次期当主とその補佐や予備以外は使用人になる道がある。

 貴族の身の回りをする使用人たちはその貴族の家の一部と言ってもよい存在であり、身元がはっきりしていることが前提条件だ。下級貴族ならば平民でも使用人にするが、上級貴族の使用人は全員が貴族の家出身だ。

 そして、成人後は上級貴族家に仕えるための拍付けとして幼少期は神殿に仕えることがある。


「あら、ルイン様、見たことのない美しい手袋ですわね。もしや銀兎の毛を使っていらっしゃるのでは?」

「ええ。お父様におねだりしましたの。アレナはお目がいいですわね」

(でもまさかお姉ちゃんが伯爵家の令嬢と仲良くなるなんて思わなかったな……神殿の方は全く調べてなかった)


 腕の良い庭師に整備された美しい庭園の中、小さな丸い机を囲んで四人の少女とトラストが向かい合っていた。

 昨日の朝なにか頼みたいことがあるとは言っていたが、「明日貴族のお茶会に参加することになったから、あんたも参加して。私だけじゃ無理、話が持たないわ。私に話が振られそうになったらあんたを指して私の弟なの、可愛いでしょう!で切り抜けるわ。最悪あんたも迷宮内の話とかして頂戴、珍しいから時間を稼げるはずよ」などと言われたのが昨日の夜の事。


 さすがに無茶を言うなと思ったがお姉ちゃんの頼みを断れるはずもなく、家事当番を3日変わることで交渉した。

 ……客観的に言って全く釣り合っていないのだが、ただでは引き受けないという意思表示なので本人たちは納得している。


 そして翌日、伯爵家の令嬢一人に子爵家の令嬢一人、男爵家の令嬢1人、そして平民のアレナとトラストという狂気の様なお茶会が始まった。


 聞いた話では伯爵から上級貴族であり、絶対に粗相が出来ない相手だ。伯爵の爵位を持っているのは伯爵家の当主でありその娘に権限はないとしても、自分たちに悪印象を持たれることは非常に危険だ。逆に好印象を持たれると何らかの利益もあるが、トラストとしては参加したくないギャンブルだ。


 ……実際のところはお茶会に招いた以上参加者に満足して帰っていただくのも貴族の役目なので、よほど失礼なことでもしない限りは問題ないのだが……トラストはそのあたりの事情に疎く、全身の動きを空間属性魔術でミリ単位に制御し微動だにしていたなかった。

 気負いすぎである。


「その紋章は……半年前に開業した「白百合の館」でしょうか?やはり今はあそこがよろしいのですね」

「本当に。職人をお抱えに出来ればいいのですけれど」

「まあ。ルイン様がそこまでおっしゃるだなんて」

(お姉ちゃん、完全に貴族令嬢と混ざっていても違和感がないな。というか何を話しているのか全く分からない)


 社交能力。単独行動を好みすぎるあまり集団行動が困難になったトラストが最も苦手とする能力だ。

 王都に来てから1年、トラストがダンジョンに潜り稼ぎを上げている間、アレナも神殿でしっかりと自分の居場所を確立し、やっていけているようだ。そう思うとなんだか誇らしくなってくる。


 なんで神殿に聖職者となるための修行に行って貴族のお茶会に参加しているんだよと思わないでもないが、まあお姉ちゃんがやっていけているのだからなんでもいい。


「そういえば、あなた……トラスト君は冒険者だったかしら」


 トラストが退屈のあまり寝落ちしかけたころ、ルインが声をかけてきた。


「は、はい!冒険者です!いまはダンジョンの主に30層に潜っています!」

「あらあら、お元気だこと。30層……というと、どういう所なのかしら」

「どういう……?ええと、30層は主にランク3の魔物が出現します。ええと……ええと……だいたい高さ3メートルくらいの魔物で、森で、果実も取れる階層です」


 トラストの返答にまあ!すごいわ!と歓声が上がる。

 貴族の会話は家の力の誇示に重きが置かれるが、同じ貴族でも少女たちの間では最も身分の高いものがお気に入りの衣服やアクセサリーを自分もどのくらい持っているか、どの程度理解しているかに重きが置かれる。しかし加えて、己の属している家の取り柄、当主やその兄弟が他国とこんな条約を提携した、こんな高貴な人と話したと言い合うこともある。

 そんな自慢話の一つが、軍事力だ。


 うちに仕える騎士はあの騎士団に所属していた、うちのはあの有名な冒険者、うちの長男は最近あの戦場で活躍した。そんな自慢話をし合うため、トラストの戦果のすごさを理解していた。

 王都にあるA級ダンジョン「大地と地獄の宮殿」。上層はA級ダンジョンとは思えないくらい弱い魔物が出現するとしても有名だが、ランク3ともなれば一般的な兵士でも厳しい。騎士見習いが何とか行ける様な危険な場所であり、年齢に換算するとベテランの30歳、優秀な20歳くらいだろうか。そこに10歳で到達しているトラストは間違いなく天才、将来の英雄と言っても過言ではなく、貴族の社交界に参加すればキャーキャーと黄色い悲鳴で迎えられてもおかしくないだろう。


「そういえばダンジョンといえば、ちょうどこの屋敷に我が家でお抱えのB級冒険者が持ち帰った宝石がありますの」

「まあ!」

「是非とも拝見させて頂きたいですわ!」


 しかし、ここにいるのはまだまだ幼い令嬢。

 工場の夜景は好きでも工場そのものには興味がない女性のように、彼女たちの話題はあっさりと流れた。


「ルイン様、わたくしもう少しトラスト君と話がしたくて、もう少し残ってもいいかしら?」

「あら?……そうね、殿方は宝石にはあまり興味がないものだし、貴方にお願いできるかしら」


 トラストがガチガチに固まっている間に話は進み、令嬢たちは屋敷の中に移動するようだが、トラストの目の前には令嬢が一人残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ