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土塊の戦士  作者: ライブイ
2章 王都
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第14話 獣化

 戦いは熾烈を極めた。

 トラストの武術はおよそ万能だ。【剣術】【槍術】【弓術】【槌術】【短剣術】【格闘術】【投擲術】【斧術】【盾術】【鎧術】を修めた彼は遠近中距離すべてに対応でき、それどころか詰将棋のように相手の長所をいなし弱点を突くことで格上ですら撃破する。


 また、魔術も使うためトラストの魔力量も知力も一般的な前衛職よりもはるかに多く、魔力消費が激しい強力な魔術や武技も連発できる。地面を盛り上げ敵を押し潰し、水の弾丸は距離を無くし、空間を削る魔術はあらゆる防御を無視できる。その力は数字以上だろう。


 一般的な武芸者の10倍以上の手札を適切なタイミングで切れるトラストは、およそ負けるほうが考えづらい。


 しかし、アリサはそれでも勝てないほど強い。


 この世界では数字が大きいほど強い。アリサの剣術スキルレベル6とは超人の領域だ。

 具体的には、トラストの武器を切断し、土の質量も音より早い水の弾丸も切り裂けるくらいだ。


「そもそも武技を使わない私よりも遅くて力も弱いんだから、勝てるわけないじゃない」

「……それでも今日こそ勝つ」

「はいはい、がんばってねー」


 剣の斬撃、槍の刺突、斧の斬り上げ、槌の圧壊、短剣の連撃、素手の柔軟さ、どの攻撃でもアリサは見てから避けることが可能で、逆にその剣戟は盾で受ければ腕ごと圧し折り、躱そうにもその速さは短剣よりも早い、いや、上回るほどだ。

 トラストの攻勢を一歩も動かず受けきったアリサは一歩踏み出し、身の丈(アリサの伸長1メートル)よりも大きい凶器、分厚い大剣を振り下ろした。アリサの全身から滾る闘気が、アリサを一つの大きな塊に錯覚させる。彼女が幼い年齢と可愛らしい顔立ちをしているという考えなど頭から吹き飛ぶほどの迫力、実際の獣を凌駕する力がトラストを飲み込む。


「ヒェッ!」

「トラストのやつ死んだか?」


 トラストが鎧術【石体】、盾術【石壁】、格闘術【鉄塊】を重ねて発動し受けに回るまでは見えたが、全ての防御を力は叩きのめす。周囲の目に映るのは立ち込める土煙だけであり、トラストを知るものも死んだと思った。やはり、アリサの方が遥かに強いのだとは誰もが知る話だ。


 しかし、トラストとて勝つと宣言した。もとより真っ向から勝てるとは考えていない。隔絶した実力差がある相手に勝利を掴むなら、秘策や切り札、持ち札は増やした挑む。


「【加速】【鈍足】」


 アリサは剣を振り風圧で土煙を払うと、そこにトラストは居なかった。いつも通りこれで勝ったと思い込んでいたアリサは油断し、背後に回り込んでいたトラストに反応が一瞬遅れる。


 そして一瞬あれば十分だ。トラストとて剣術だけならすでにレベル4、十分にベテランと言われる水準に達している。アリサが光の速さで戻した大剣を、居合のように切り抜かれた音の速さの斬撃がすり抜け脇腹に一条の赤い線が走る。


「なっ……!やったわね!」


 初めて一撃入れた。その事実に思わずガッツポーズしたくなるが、我慢だ。【加速】の魔術で早くなったトラストは、【鈍足】の魔術で遅くなったアリサの連撃を捌く。アリサの剣戟はトラストよりも遥かに高等技術。動きや殺気でフェイントを放ち、相手が釣られれば剛剣を叩き込む。剛剣かと思えば柔剣を混ぜてくるのだから天晴だ。


 しかし、見下していた相手に一撃入れられたアリサは冷静さを失っている。知識として戦士の戦い方は知っているが、いかに天才でも9歳の子供は一度心が乱れると冷静さを失い取り戻すことは難しい。

 そしてトラストもまだ11歳だが、前世の感覚からここで調子に乗ってはまずいと理解している。慢心せずに【停滞】、【鈍重】、【鈍化】、【遅延】の魔術を重ね掛けし自分の優位性を強化する。

 魔物で例えるとランク1つ分は弱体化する付与魔術を多数に浴びせられ、アリサが冷静さを取り戻した時にはすでに遅く、隔絶していない程度ならばトラストには埋められる程度の差だ。


「ぐぬぬ……卑怯者!剣で勝てないからって魔術なんか使うの!?」

「今までは余裕がなくて使ってなかっただけだ!冒険者が何腑抜けたこと言ってやがる!」

「剣で勝ってやるって言ったいたじゃない!」

「いつかな!今日はまだ無理だから魔術も使うさ」


 アリサの挑発を鼻で笑いながらトラストは勝負に出る。鍔迫り合いを続けていたが、多くの弱体を受けてなおアリサの腕力が自分よりも上だと気が付いたからだ。内心で舌を巻きながら、手にしていた長剣を投擲。軽くいなされながらも稼いだ1秒で虚空から剣を2本取り出す。


「はぁ?なんのつもり?」


 2本の剣は大剣と細剣だった。同じ剣術でも、剣によって扱える技量の上限は異なる。身の丈を超える大剣でも、針のように細い細剣でも同じ【剣術】だが、お互いの武器を入れ替えるとその技量は大きく落ちる。スキル補正があるため一般人よりはましだが、ステータスに表示されるスキルレベルほどはその力を引き出せない。


「俺は何でも使えるんだよ」


 しかしトラストは違う。切れる手札の多さが生死を分けると学んだトラストは、全ての種類の武器で最大の力が振るえるように鍛錬している。


 弾丸のようにアリサの懐に入り、爆発するように蹴りを放つ。剣に気を取られていたアリサは慌てて仰け反る様に躱すが、本能的にこのままではまずいと直観する。


「せりゃぁ!」


 体を起こしたアリサの右上から気合の掛け声と共に大剣が振り下ろされる。間一髪大剣で受け止めるが、全力で振り下ろされた重さに手が痺れる。トラストの大剣が土属性魔術で重量と強度が強化されていると気が付く前に、トラストが反対の前に構えた細剣が腹を狙って突き出させる。痺れる腕を何とか動かしこれも防ぐも、少しずつトラストの攻撃はアリサに傷を残し始めた。


 トラストは優位な流れをつかめたと確信に、攻め手を強める。【自己強化:高揚】の効果も発動しトラストの能力値も上昇。ますます盤石な戦いになりつつある。大剣、槌、斧で防御を開き、短剣、短槍、素手で少しずつ体力を削る。たまに来る反撃は盾と鎧でいなし、余裕ができれば魔術のデバフを再度かけ、優位な状況を維持する。


 しかし、アリサも上級冒険者の娘であり戦士として英才教育を受けた身。ただでやられるはずもなかった。


「【限界突破】……【魔剣限界突破】……【明鏡止水】……」

「げ、やば」


 驚いたことにトラスト連撃を防ぐこともしなくなり、アリサは大技の準備に入った。身体能力と魔剣の限界を超えた力を引き出そうとし、剣術で心を研ぎ澄まし力をため込む。トラストはそうはさせまいと武器を振るうが……なんと倒れない。死なないように致命傷は避けているが、数十キロはある鋼鉄の大剣で頭部を殴っているというのに、目を見開いて微動だにしない。その姿にトラストは思わず感嘆する。


「【狼王剣】」


 アリサの放つ獣の気迫が剣に伝わり、大剣が赤く光り輝く。慌てて距離を取って逃げるトラストを追う。途中でトラストが地面を動かし壁を作るが、アリサは切り札を維持するために集中を切らすことができず一直線に突っ込んでいく。当然アリサならば体当たりだけで破壊できる程度の壁なので問題はない。


「かかったな猛獣め!」


 しかしその判断が命取りだ。


「ひょあ!?」


 土属性魔術の優位な点は周囲に存在する土を操り大規模な魔術を比較的少ない魔力消費で発動できることだ。そしてそれは当然、壁は地面で作ったものであり、壁の前に体積分の落とし穴を即座に作れるのだ。


「きゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………!!!!」


 壁を前に倒してアリサを押し込み、周囲の土を動かして土葬のように生き埋めにしていく。


「お、おいおい、このままだとトラストが本当に勝つぞ。正直無理だと思ってたけどついにか」

「途中から動きが鈍くなったのは付与魔術か?トラストのやつあんなのも使えたのか」

「おっしゃあ大穴だ!トラストに賭けて良かったぜ!」


 勝った。トラストも周囲の観客もそう確信しつつあるが、トラストは同時に嫌な予感も覚える。トラストと一部の冒険者は、まだ何かあるのではないか。そんな予感がぬぐえなかった。

 そしてアリサと同じく「獣王の後継」に所属する冒険者たちは、これで終わりではないと知っていた。


「しまった。これ生き埋めにしたらどうやって決着にすればいいんだ。審判なんていないのから冒険者同士で勝った、参ったといって決着になるのに……、……っ!」


 そんなことを考えていると、急激に地中から【危機感知:死】に反応がある。考えるまでもなくアリサが埋まっている(埋めた)あたりからだ。


 ダンジョンのランク5の中ボスからも感じなかった超濃密な死の気配。強大ななにかが、トラストに殺意を向けている。


「……やってくれたわね。私も全力で相手をしてあげるわ」


 地面が爆発し、飛び散った土は天井にぶつかり訓練場全体を震わせる。大地を鷲掴みして登ってきた何かは、背丈はさっきまでのアリサと同じだが、その外見は変わっていた。


 人狼。

 さっきまでの様な人間に獣の耳と尻尾を付けた姿ではない、全身を体毛に覆われ獣の頭部をもつ、獣人の原初の姿。生命の神と獣の神である獣王の間に生まれたという、2足歩行の獣、獣人の始祖と同じ姿。

 原種や先祖返りと呼ばれる獣人だけが使える【獣化】だ。


 効果は当然見た目が変わっただけではない、膨大な能力値の上昇、【自己再生】スキルの獲得、各種耐性スキルの獲得など、生物としての全てが次元一つ上昇する。文字通り、人と神ほどの差だ。


「やっば……追い詰めすぎた」


 トラストも見るのは初めてだが、その能力は知っていたため使わせないようにしていた。通常状態でもまず勝てないのに、能力値が軽く10倍に上昇されては勝ちの目は完全になくなった。ここは諦めて降参するべきだ。


(いや……それはださいな。意地でこいつと戦っている以上、勝てないからと逃げ出すわけにはいかないか)


 しかし、トラストも再び剣を構える。トラストがアリサと戦っている理由は、意地と誇り以外にない。周囲にはやし立てられ戦って、負けて、こいつに負けてなるものかと再び挑んで。

 勝てそうにないから降伏するというなら、初めから戦ってなどいない。


 時間属性魔術で自分の感覚時間を引き延ばし、空間属性魔術でお互いの肉体が1ミリでも動けば即座に把握できるように空間を掌握、生命力を力に変えるユニークスキル【闘気】、各種鎧の特殊効果、解析中の魔導書の奥義。全てを持って倒す。


「そこまでっ!」


 しかし、突然訓練場に誰かが割り込んでくる。


「ぐっ……」


 その誰か目にも止まらぬ早業で、アリサを一撃で気絶させた。

 思わぬ事態にトラストも固まるが、その顔を見て理解する。アリサによく似た顔立ちの男性であり、アリサを一撃で気絶させる実力者。

 アリサの父親、「獣王の後継」の団長だ。


「お前がトラストだな、話をアリサから聞いている。勝負の邪魔をして悪いが、こいつはまだ【獣化】は使うなって約束しててな。悪いが今日のとこは連れ帰らせてくれ」

「……ええ、分かりました。じゃあ今日は俺の負け、せめて引き分けってことにさせてください」

「引き分けでいいのか?こいつが【獣化】を使った以上お前の勝ちみたいなもんだぞ?」

「いいえ。全部を含めて勝てないと、勝ちではありません」


 トラストがはっきりと目を見て答えると、アリサの父親は破顔して笑い、上機嫌に笑い出した。


「そうかそうか。なら、今日の勝負は引き分けってことでアリサに伝えておいてやる。お前も気に入った、今度うちのクランに遊びにくるといい」


 周囲の観客たちから「やべぇ逃げろ!」「【獣化】を使うとこを黙ってみてたと知られたらどやされる!」「聞こえてるぞお前ら」といった声が聞こえてきたが、トラストは疲れ切ったように膝を付く。


「まけたーー‥‥‥」


 トラストにとって、今日の勝負は負けである。今までよりは善戦したが、やはり本気になって全力の相手に勝てなければ、勝ちとは言えない。


「しばらく休むか。そういえばお姉ちゃんが頼みたいことがあるとか言ってたし」


 トラストはまだ届かなかったと気落ちしながら帰宅した。

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