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土塊の戦士  作者: ライブイ
2章 王都
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第12話 路地裏の戦闘

「だれか!誰かいませんか!」

「うう……お嬢様、ごめんなさい……」


 路地を進むと、トラストが見たこともないほど豪華な服を着た少女と地に伏した付き人らしき女騎士と侍女、そして顔立ちからして悪人に見える刃物を持った黒服が二人居た。


「無駄だ、消音のマジックアイテムを起動させた。誰も来やしないや」


 トラストは、躊躇なく腰に佩いた長剣を抜き切りかかった。


「うお!?誰だ!?」

「まだ護衛が居たのか?」


 左下から切り上げるように一閃。剣を返し、続けて自分の体をねじ込むように突き込む。

 黒服たちを気絶した少女たちから引き離すように割り込み、続けて地面すれすれを這うように一足で踏み込み切り上げる。

 のけぞるように回避した黒服を追撃するように、剣を空中に手放して手足を畳むように姿勢を瞬時に変え、格闘術の武技【肘中撃】を放つ。人体の弱点の一つである水月に命中した肘打ちは確かに絶大なダメージを与えた。


「がっ!?」


 まずは一人。そう考えたトラストの側頭部に衝撃が走る。もう一人の黒服に蹴り飛ばされたと気が付いたときには壁に叩きつけられていた。

 一人目の黒服は腹部を抑え顔も顰めているが、重症にも見えない。

 見誤った。ダメージは通っている様子を見るに、おそらく生命力がトラストの想定よりも遥かに多いのだろう。


 このステータスがある世界では生命力が地球の常識では測れないほどに大きい。心臓を破壊されても1時間は生き残り、水中でも数時間息を止めていられる超人もいる。

 目の前の黒服もトラストの一撃でトラストならば死ぬほどのダメージを食らっても、平然としていられるほど生命力があるのだろう。俊敏以外は生命力の体力も低い暗殺者と予想したが、前衛職だったのかもしれない。

 いや、単に何度もジョブチェンジを重ねて暗殺者でありながら前衛職並みに生命力があるのかもしれないが。


「うおーいてぇ」

「子供?いやありえん、大人のエルフか?……いや人だな。どのみち強そうだ」


 黒服たちは乱入してきた子供が迷子ではなく明確に自分たちの敵だと悟り抜剣。短剣を構える。

 黒服の一人はトラストに切りかかり、目にも止まらぬほど早く剣戟を繰り出す。

 

 武器にはそれぞれ特徴がある。

 槌なら重く威力が高い代わりに遅く、槍なら間合いを広く取りやすく、弓なら最も遠くから攻撃がしやすく、剣なら最もバランスがよい。

 短剣ならば、最も軽く威力が低い代わりに最も早い。


 そしてそのうえで、目の前の黒服たちは短剣術の達人だった。


(はっや!)


 トラストはあまりの速さに対応できず、虚空から新たに取り出した剣だけではなく咄嗟に籠手も突き出す。

 急所以外にも装備した鎧が凶刃をはじき返す。トラストは自覚していなかったが、その剣と籠手を使った捌きは今までで最も早く巧みなものだった。

 しかし、目の前の黒服たちの力量はそれを凌駕する。

 視線の動きと肉体に起こる筋肉の動きから分かる攻撃の予兆、そして【危機感知:死】を駆使して捌いているが、まだ未熟なトラストの先読みでは読めない動きも多く、それどころか分かっていても避けられない姿勢にまで持っていかれる。


「「【クリティカルブロー】」」


 目の前の黒服の連撃を捌くことに集中していたトラストは、背後に回り込んでいたもう一人の黒服に気が付かなかった。

 気が付いたときには遅く、二人同時に武技が放たれた。

 一人目の凶刃は剣と間に挟んだ右手で防ぐも、もう一人の一撃がトラストの背に直撃し、魔物の皮で作られた鎧を切り裂き、肉を裂いた。


―――痛い、いや熱い?


 久しく味わっていなかった激痛に膝を付いてしまう。

 それだけではなく、焼ける様な痛みが走る。裂傷による痛みとは別の何か。焼ける様な……いや、肉が溶けているようだ。


「アプサラスの腐食毒だ。喰らったことはあるか?」

「かすり傷でも30分もすれば死ぬぞ」


 毒。強靭な生命体である魔物には通用しないため、人間にしか使われない、人間が人間を殺すための武器。

 人間という生き物が持つ、喰らうと死ぬしかない、恐怖と嫌悪の象徴。


「ん?こいつ笑ってんな」

「狂ったか?」


 トラストは大抵の事には対処できる武術と大抵な怪我なら治せる回復魔術、加えて薬草学も納めているため毒にも対処できる。

 しかしそれは机上の空論でもある。毒消しを作れることと、自分が毒に侵されながらでも適切に調薬できることは同じではない。



 一秒ごとに肉が溶け落ちる絶望を前にしてトラストの頭によぎるのは、好奇心で路地裏になど来なければよかったという後悔……ではない。


 人を殺す技術、自分を殺す技術、それらが自分に向かっている。

 それすなわち、こいつらを殺せば、死を遠ざけられるという快感があると同じだ。

 絶望する理由はなく、むしろ高揚していた。


「「なに!?」」


 トラストは毒に侵されているにも拘わらず、虚空から大剣を取り出し果敢に踏み込む。

 毒に侵されては死ぬのは事実だが、時間属性魔術【遅延】を発動し毒の進行を遅らせる。死ぬまでの時間は1時間といったところか。

 15分でこいつらを殺し、15分で解毒する。楽勝だ。


「死、ね!」


 大剣を豪快に振り回し胴を狙う。当たれば魔物の皮で作ったとはいえ人体を薄い鎧ごと両断してしまうと理解背筋が寒くなるが、黒服たちは冷静に飛び上がり回避する。この路地裏は狭いが、建築物が高くそびえ立っているので縦には広いのだ。


「馬鹿が、おとなしく死んどけ!」

「お前がな!」


 大剣を振り回した後では慣性に振り回され対応できない。黒服はそう読んでの攻撃だが、トラストは【筋力強化】をレベル3で習得している。その力は子供のぷにぷにした細腕からは予想できないほど大きく、魔術一つ発動する余裕があるほどだ。


「【豪水剣】」


 大剣に水属性の付与魔術で大量の水を纏わせ、水の大剣に作り変える。水を操作しているので当然水の質量に振り回されることもなく、剣の速さで岩すら砕く質量を叩きつける。


「がっ……、はっ」

「エヴィ!?てめぇ!!」


 水の大剣は水なので短剣で切ることも出来ず、そのまま直撃。受け身も取れず落下した黒服は虫の息だ。

 仲間をやられたことに激怒したもう一人の黒服は一直線にトラストに突っ込む。回避も考えていない代わりにその速さはずば抜けており、辛うじて大剣の刃で受けたトラストは地面に押し倒される。


「よくも俺の弟を……ただでは殺してやらね……なにっ!?」


 しかし地面に組み伏せたはずの少年は、次の瞬間には黒服の背後に回り込んでいた。完璧に体の動きを封じたはずなのに。そう驚愕する黒服も反射的に短剣を振るうが、また次の瞬間にはトラストは違う場所にいた。


 空間属性魔術・時間属性魔術複合魔術【時間転移】。


 空間属性魔術はその性質上、目標となる空間を正しく認識しなければならない。

 特に転移の場合、転移したい場所は勿論今の自分が存在する空間を確実に認識していなければならない。今の場所と目標の場所の2点を正しく認識できることが前提だ。当然空間属性魔術のレベルが1のトラストでは、じっくりと時間をかけ魔力を全て消費しないと転移は出来ない。


 しかしトラストはその空間の把握という工程を、時間属性魔術を使用することで解決した。空間を転移する術ではなく、移動に掛かる時間と空間を省略する術を開発したのだ。

 自分がこう動けば5秒後にはこの座標にいると時間属性魔術で演算することで指針とし、空間属性魔術は空間を飛ぶという単純作業のみにまで簡略化したのだ。


 ゲームと電話を一つの機械の機能にするのは難しいが、ゲーム機と電話機という別々のものを二つ用意することで同じことができるように、駆け出しの魔術師と同程度の力量で高度な魔術と同じ結果を実現しているのだ。


 最も、自分の動きを基に座標を演算している都合上、自分しか転移できず、本来の転移のように大規模な物資の輸送などは出来ないが、こと単独の戦闘であれば問題にはならない欠点だ。


「畜生!どうやってやがる!なんなんだお前は!」


 死の危機に直面にテンションが絶好調になったトラストは転移を連続で使用し黒服を翻弄する。さながら頭を使わずとも指が勝手に動くように、空間属性魔術という属性事態が上級に分類させる魔術を1秒間で10回という超高頻度で連発する。


 そのありえない光景に混乱し、錯乱するように短剣を振り回す。


「【氷結】」


 トラストは空気中に満ちる水分に干渉し、空間を冷却する。

 目標は倒れた黒服、もっと言えば全身が水浸しになっている黒服だ。


「エヴィ!?……冷てぇ!」


 氷漬けにされる黒服にもう一人の黒服が近寄っていくが、それを狙っていたトラストの思うつぼだ。


「ひっ、ぐふっ……あ、あああ“あ”あ“あ”あ“」


 トラストの発動した土属性魔術【重泥砲】が腹部に命中し悶絶する。魔術で重さと硬度がました泥の砲撃を受けても内臓が傷ついた程度で済むのは、この黒服が確かに強者の証なのだろう。


 そんな黒服にトラストは近づき、土属性魔術【重岩刀】により岩の重みが加わった大剣を大上段に構え、振り下ろす。


 黒服たちはトラストよりも格上の武芸者で、おそらく実戦経験も多い。対人経験がほとんどないトラストでは勝てないだろう。

 しかし、その実力も発揮できない場所がある。

 斬撃を飛ばす剣士も、遠距離ならば弓を使ったほうが強い。1キロはなれば鳥の目を打ち抜く弓術士も、近距離では戦う方法がない。向き不向きの話だ。


 そして同じようにレベル5で短剣術を習得している一流の使い手である黒服たちも、後ろに仲間がいて避けられない状況では、15センチの短剣で、2メートルの大剣を防ぐことは出来ない。


「死ね」


 豪!と大剣が空気を切り裂き、おそらくは業物だったのであろう立派な短剣を黒服たちごと粉砕。

 黒服の視界では自分の腰程度の小さな少年が、年相応で無邪気なような、醜悪な大人でも見せないような欲望にまみれたような、笑みを浮かべていたが、次の瞬間にはなにも分からなくなった。





「はぁ~~~~……ふぅ、そっちのお姉さんたち、大丈夫ですか?」


 トラストは酷く高揚した心を落ち着かせ、倒れていた人たちに目を向ける。そういえばよくあの黒服たちは自分を無視してこの女性たちを狙わなかったものだ。

 なんだろう。この女性たちを殺せば自分が追撃に来るとでも考えたのだろうか。

 というか誰だろうこの人たちは。


「あ‥‥‥た、助けていただきありがとうございます」


 侍女らしき人が頭を下げる。気のせいか怯えているようにも見える。


 視線を向ければ15歳くらいに見える少女と、同じく15歳くらいの女騎士。気絶しているが生きてはいる様だ。


「あのっ!大変不躾ではありますが、どうか治療院から人を呼んできて頂けないでしょうか!こちらの家紋も見せていただければ来てくれるはずです!どうか……」

「いやいいですよ。せっかくなので俺が見ます。それでも心配ならその後でご自分で連れて行ってください」


 お忍びのお嬢様と護衛、それがどこかの誰かに狙われたのだろうかと適当にあたりをつけると、二人の様子を見る。

 驚くほどに外傷が無い。黒服たちがこの人たちを襲った理由は知らないが、出来るだけ傷を付けずに死体を持って来いとでも言われていたのだろうか。


「あの黒服たちがアプサラスの毒と素直に言ってくれた助かりましたね。それなら解毒薬がすぐ作れるので」


 トラストは虚空を開き材料を取り出し、アプサラスの毒の解毒薬をちょちょいと調合する。


 暗殺者とは人間社会でのみ必要とされる職業であり、その暗殺者が使う毒は人間社会で流通しているものが多い。暗殺者は毒を使うが、当然不慮の事故で自分が毒に侵されることを想定して解毒薬も準備するため、必然的に毒も解毒薬も人間社会で安定して入手できるものが選ばれる。


 そのため、薬草学を学んだトラストもいくつかの代表的な毒とその解毒薬を調合できる。幸いアプサラスの毒も比較的入手のしやすい毒であるため、もらった調薬の教本に乗っていたはずだ。

 一応、水を操作して自分の傷口から毒を採取して確かめたが、たしかにアプサラスの毒だ。


(……病毒耐性スキルでもあれば根性で耐えきれるのになぁ……まあそのおかげで俺も勉強して人助けできるし、これはこれでいいのか)


 氷で器を作り、5分で調薬も完了した。毒の特定作業を省略できなければこんなに早くは出来なかっただろう。


「はいどうぞ、これを飲ませれば回復しますよ。ああ、ついでに回復魔術もかけておきますね」

「ちょ、調薬に回復魔術まで……?あなたはいったい……」


 水で軽く傷口を洗い回復魔術をかけると、肉体が再生するように傷が塞がっていく。

 回復魔術は習得以上に使い方が難しい。回復魔術の効果は単純に肉体の欠損の修復や精神の回復だが、もしも矢を受け、矢を抜かずに回復魔術を使うと、矢が刺さったまま回復してしまう。

 矢などの物質であればまだましで、泥や土、さびなどが人体に入ったまま回復魔法を使うと病気の元が人体に残ってしまううため被害はより大きくなる。そのため回復魔術を使うものは消毒や殺菌などの医療知識も必要となる。

 トラストも回復魔術を学んだ時にそれを教わったときに、魔術も万能ではないなと思い知ったものだ。


「すぅ……すぅ……」

「う“、う”う“……あれ、わたしは……」

「あ、ああ……!二人とも、よくぞご無事で!ありがとうございます、あなたのおかげです!どうか家に来ていただけませんか?お嬢様を助けていただいたとなれば、当主様もお礼の言葉を下さると思います!」

「え“」


 二人を助けトラストも満足げな表情をしていたが、侍女の言葉に顔が曇る。


 トラストは基本的に善人であり、人を助けることに抵抗はない。ありがとうの一言がもらえれば大満足だし、自分が助けた人が笑顔でいればそれだけで勝手に幸せになれる人種だ。


 しかし、お嬢様、当主、お礼。その瞬間をノリと勢いで生きるトラストにとってあまり歓迎したくない言葉に顔が曇る。

 助けてもらったらお礼をしたい。トラストにも理解はできるが、平民であるトラストにとって、その当主様とやらの気持ちを無碍にしてでも逃げたい気分だ。


「いえいえ当然のことを下までですよ。それでは!」


 即断即決、トラストは逃げ出した。


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