第11話 解体屋
ダンジョンから出てギルドへ向かう。迷宮内で手に入れた素材の売却と、冒険者向けの住居を斡旋してもらうためだ。
冒険者ギルドは冒険者に最低限の支援をしており、それは捨て値で売られている武器の無償提供だけでなく、ダンジョンの情報提供、魔物の資料の閲覧、そして住居の斡旋まで行っている。初級の冒険者は宿を、中級以上の冒険者は比較的大きな家を紹介してもらえる。
トラストは王都の学園に通うための条件に生活基盤を確立しろと言われている。宿や借家でもいいが、長く住むなら家を借りたい。
何よりアレナも住むのだ。お姉ちゃんを住まわせるなら自室を提供したい。弟の見栄だ。
冒険者ギルドに……正確にはその周囲に立ち並んでいる魔物の解体や素材の買取り、及び素材の査定などを行ってくれる施設、通称解体屋に着く。ちょうど混雑する時間帯を過ぎているため人影は疎らだ。
トラストの感覚では卸売市場のようだと例えるのがしっかりと来る。大きな体育館の様な建物の内部に少人数の集団が集まっており、台の上に乗せられた魔物を解体し血の臭いと肉が切られる音、そしてそれらをかき消すほどの熱気に包まれているのが外からでも分かる。
大型の魔物も運びこめるだけの大きな搬入口を通り受付に向かう。
向かうのは壁際にある小さな受付だ。ここにいる解体士は全員が冒険者ギルドから認定されているため誰でもいいが、若い青年と初老の男性。何となく話しやすそうに見えたのだ。
「素材の買取りをお願いします」
「はいどうぞー‥‥‥って、随分と小さい冒険者だね。それに素材も見当たらないけど?」
「今開けますね。ここの板に乗せていいですか?」
「開けるって?よく分からないけど、私たちは仕事中だから悪戯ならよそで――は、班長?」
「坊主。載せていいぞ」
白髪交じりの班長と呼ばれた男が促すと、トラストは無言で空間を開けて素材を取り出す。それも解体されたものでは無くそのままの巨体だ。
「こ、これは!ランク1から2の魔獣だが、数十匹も!それにこれはランク3のマッドブル!子供に倒せる魔物じゃ無いぞ!?」
「確かに倒したこともすごいが、それ以上にこれだけの魔物を収納して置ける空間属性魔術か?そっちの方がすごいな……ふむ、まあいい。これだけ大量の魔物だと10分は待て」
「10分?そんなに早いんですか?」
「はっ、当然だろう。量こそ多いがどれも冒険者たちが毎日持ち帰ってくる魔物だ。一匹当たりの換金金額もおよそ決まっているものばかりだよ」
「おーなるほど。さすがプロですね。その後解体の様子とか見てもいいですか?」
「むっ……ふむ、まあいいか。商売のタネを取られるようだが、冒険者が引退してこっちの職業に転職してくれれば儲けもんだしな」
「いやいやいや待ってください班長!こんな子供がこんなに魔物を持ってくるなんて、おかしいですよ!」
トラストが和やかに班長と会話をしていると、青年が割り込んでくる。
しかし、班長が慣れたようにあしらう。
「悪いな坊主。こいつはまだ1年目でな……確かにこんな外見の子供が倒せるとは普通は思わないだろうが、王都にはそこそこいるぞ」
「そ、そこそこっ!?は、班長は今までに何人も高名な冒険者を見たことがあるんでしたっけ?」
「そうだな。王都に居れば高ランクの冒険者を目にすることなんてこれからいくらでもあるさ。それにそういった冒険者は幼いころからずば抜けていてな。このくらいの子供でも大人顔負けな戦果を出すのも珍しく……珍しいが、ある話だ。
ああほら、ちょうど坊主みたいなのがもう一人来たようだぞ」
班長がそういって入り口を指さすと、つられて青年とトラストも振り返る。
解体屋の入り口越しに外を見ると、大騒ぎになっていた。
太陽の光を遮るほどの巨体の魔物が引きずられていた。魔物を護送するように囲んでいる屈強な冒険者たち。そしてそんな彼らを率いている大柄な男性と、その隣で連れ添っている小さな子供。
冒険者クラン「獣王の後継」。
世界でも数少ないA級冒険者が率いるクランであり、「大地と地獄の宮殿」を探索しているトップ層の冒険者だ。
「すげぇ……あれが今回大地と地獄の宮殿の下層に挑んだっているクランか!」
「たしか70層のボスを仕留めて持ち帰ってやるって言っていたよな、まさかあれがそのボスか!?」
「どっちでもいいだろう!それより早く近くに見に行こうぜ!」
騒いでいた解体屋の青年の声を聴いてトラストたちに近づいて来ていた周囲の冒険者たちも、興奮したように入り口へ近づいていく。
獣王の後継のリーダーは冒険者たちが集まってくるのを待つと、大声で叫びだした。
「こいつは大地と地獄の宮殿70層のボスだ!俺たちは70層を突破したぞ!」
大地を震わす大声に、観客も同じほどに大きな歓声を上げる。
長らくダンジョンの攻略は止まっており、ヒブムライン王国最強と名高い騎士団の70層が最高だった。そんな記録を冒険者たちが塗り替えたことに、集まった冒険者たちは熱狂していた。
そしてそんな冒険者たちを見て、トラストはそれ以上に気になることがあった。
(なんだあの変態集団は……)
トラストが気になったのは戦果より服装だ。
冒険者クラン「獣王の後継」。彼らの服装は、有り大抵に言って露出度が非常に高かった。
男性たちは上半身裸に短パンのみ。女性たちは胸当てと腰のみ。
全員が膨れ上がった筋肉や引き締まった肢体を大胆に露出しており、それどころかボディビルダーのようにアピールするポーズを取っている者もいる。
まだ10歳の男の子であるトラストは男性の筋肉に興奮することも女性の肢体に欲情することもなく。ただただやべー奴らだと後ずさっていた。
「おおー‥‥‥あれが超肉体派の前衛職で構成された冒険者クランですか。素晴らしい肉体ですね」
「まったくだな。あの太い腕で殴られたらオーガだろうと首が吹き飛ぶだろうな」
しかしトラスト以外はあまり疑問に思っていなかった。
この世界に存在する人種は地球の人間と同じなため、美的感覚も近しい。宝石やおしゃれなアクセサリー、メイクが美しいとされる。しかし魔物が存在し魔物と戦うものが賞賛されるこの世界では、同時に肉体美も尊ばれる。人間社会ではあまりないが、獣人などの異種族は宝石などで着飾るよりも己の肉体を強調することが一般的だ。
加えて生命の神や武の神を信仰する信徒たちの間では肉体を鍛え誇ることは信仰の一環であるため、倫理観が地球よりもだいぶ緩いこの世界の公序良俗にさえ反しそうなギリギリの服装をする者も多いのだ。
なお人間社会では冒険者に多い。
「で、あれが次のリーダーと噂されるやつだな。たしかまだ9歳らしいぞ」
「9歳!?俺より若いんですね」
「……若いというより幼いといいたいですね」
班長が指さす先にいるのは、獣王の後継のリーダーの隣を歩いている少女だ。
非常に勝気な表情をした狼の獣人であり。あの小さな見た目でランク5の魔物すら倒す強者らしい。
「ま!さすがにあのレベルになることはないだろうけどな!坊主も将来はあのクランの下の方にはなれるようには頑張れよ!」
「むっ!言いましたね!俺もあのくらいならすぐになって見せますとも!」
「はっはっは。その時は俺に売りに来てくれよ!買取りを担当すれば俺たちにも取り分が入るからな!」
査定が終わり、住居の見積もりも出してもらったトラストは帰路についていた。
(金貨1000枚だっけ?これならすぐ集まりそうだな)
トラストが今回の探索で得た報酬は金貨5枚。学園の3年間の学費が1000枚で、在学中に掛かる雑費も同じ程度らしい。保険を取って2倍の金貨2000枚稼いでおくと安心だろうか。
2年後までに金貨2000枚稼ぐとすると……初日で金貨5枚稼げたので単純計算だが400日で稼げることになる。厳密にはここから家賃や武器の手入れに買い替え、大けがしたことを想定しての貯金などなどで出費もあるが、今後は深い階層へ潜るのだから当然単価も上がり、宝箱を1月に1箱しか見つけられなくとも収入は上がると考えるのが妥当だろう。
まだトラストは1層にしか潜っていないが、なんでも中層である50層に潜る冒険者は1回の探索で金貨100枚は軽く稼ぐらしい。
(……もしかして、お金を稼ぐのって簡単なのかな)
トラストの考えは、甘くはあるが間違いでもなかった。
トラストは現在10歳。10歳という若すぎる時点で将来に向けて目標を立て、真っ当に努力すれば、大抵の目標は達成できる。
これは人間社会の特徴であり、天才でなく凡人でも、無能であっても、真っ当に努力を続ければ達成できることだ。
トラストの場合は、前世の記憶の影響で生活や収入に対する危機感を感覚的に有しており、また前世の記憶が影響する欲望はまだ10歳の少年には魅力的に映らなかったことも影響しているが。
(んー‥‥‥騎士、本気で目指してみようかなー‥‥‥その方が安定するよなーー‥‥‥)
トラストは騎士になることを現実的に考えていた。
今までの「騎士になりたい!」という言葉は、地球の子供たちが言う「サッカー選手になりたい!」「お医者さんになりたい!」という夢見がちな言葉に等しいものだったが、今考えているのは就職先としての騎士だ。
この世界では命の価値が軽く、身分は絶対だ。そのため最下級であるが貴族として扱われる騎士になれば、命を懸けて戦うことに抵抗がなければ最良の職業と言える。
トラストは家族にもいい暮らしをさせてあげたいとも考えているため、そういう意味でも最良だ。
(このままお金稼いで、ダンジョンに潜りながら武術や魔術の腕を磨いて、錬金術スキルでポーションやマジックアイテムとか作って、12歳になったら学園に行って連携や戦術の勉強をして、15歳になったら騎士の従者やって25歳くらいに正式な騎士になるとかがいーかなー。夢があるわけでもないし、それがいーよなー‥‥‥、………………)
ふと、足が止まる。
現在は昼下がり、民衆はお昼休憩を終え午後の仕事を始める時間帯。
トラストは宿屋に帰る途中。人の多い大通りだ。冒険者の数も減り、一般人が買い物や世間話に花を咲かせている。そんな道の端に立ち止まり、横に空いた路地を見て思う。
(この道に入ると、俺死ぬな)
トラストの持つユニークスキル【危機感知:死】。文字通り自分を死に至らしめる危機を感知するスキルであり、死に特化している分既存のスキルである【直観】や【未来視】よりも優れており、運命を読む予知にも等しい精度を誇るスキルだ。
そんなスキルが告げているのだ。今この道に入れば死ぬ、と。
こんな場所でなぜ。そんな理性的な考えが浮かぶ一方で、トラストに無意識の変化が訪れる。
トラストは死を恐れている。前世の記憶が蘇った時の感覚。前世が終わった瞬間。自分の魂が溶け落ち無に変える感覚。それをもう一度味わうことが何よりの恐怖だ。
だがその一方で、死の寸前であれば、話は別だ。
地球で言えばジェットコースターやフリーフォール、バンジージャンプを好む人がいるように、死のすれすれに近づく感覚は大好きなのだ。
死をより正確に感じれば、なおさら、自分はまだ死の「あちら側」に行っていないと分かるのだから。
二ィッと、口元が緩む。ニヤリという悦びではない、欲望を抑えきれない、抑えなくてもいいと言うように、口元が緩むのだ。
トラストは体の向きを変え、より死に近づくように、路地へと入っていった。