第10話 初めてのダンジョン
冒険者ギルドの真正面。念入り魔方陣が刻まれたドーム状の結界に囲まれた、岩の様な門がダンジョンの入り口だ。
門と言っても扉は無く、地下に向かって伸びる通路が遠くからも見えている。高さは10メートル、横幅も30メートルはある巨大な入り口。A級ダンジョンだと言うのに大きいという以上の威圧感は無く、それが返って不気味だ。
冒険者ギルドから提供される数打ち物の武具を身に着けた新人冒険者が多数。魔獣を背負っていることから帰りだろうか。彼らとすれ違いながら100メートルほど歩く。
通路を抜けると、あまりのまぶしさに手をかざす。洞窟を抜けたはずだが、見上げれば太陽と雲が浮かび、爽やかな風が吹き抜け、背後を振り向けば岩肌が剥き出しになった通路が見える。
「広すぎるでしょ……」
そして何より地平線が見えるほどの広大な大地。これが現在90層まで確認されているダンジョンの最初の1層。さらに深く潜る程広くなるというのだから気が遠くなる。
ダンジョンはそれ自体が独立した狭い空間であり、各階層には果てがある。無限に続いているのではなく、地面や壁を掘り進んでも額縁に飾られた絵に果てがあるように、空間の果てに突き当り進めなくなる……はずなのだが、このダンジョンは通常のダンジョンと比べてはるかに広い。1層で王都の半分、50層では王都と同じだけの広さがあるそうだ。移動するだけで時間がかかりすぎる。トラストも初めてのダンジョンのテンションが上がり真っ直ぐ突き進む。
「ガァアアアアッ!」
「ワオーーーン!!!」
「シャアアア!!!」
「ブルルルルルッ!」
この広大なダンジョンにはその広さに相応しいほど多いの魔物が生息していることでも有名だ。
目がどす黒い血の色に染まり肉を好むランク1のマッドマウス、額にらせん状の角を生やしたホーンラビット、猟獣としての本能が蘇りそれを人間に向けるランク2の魔犬、爪に血を滴らせ肉を抉ることに悦びを覚えたランク2の魔描、魔術にしか見えない特殊能力を使うランク2のマジックフォックス、そして体重500キロ体長2メートルの巨体を誇るランク3のマッドブル。
特に25層までは最高でランク3までの魔物しか出現しないと聞くため、トラストを囲んでいる魔物たちは初心者なら死ぬしかない強敵だ。トラストはF級冒険者でしかないため普通に考えれば逃げられるかも怪しい。
「よし。こいつらは今日の晩飯にしてやろう!」
しかしただのF級冒険者ではないトラストの目に悲壮感はなく、食欲にまみれた目をしていた。
A級ダンジョンである「大地と地獄の宮殿」に初心者も挑戦が推奨されている理由がこれだ。
A級ダンジョンとは通常高ランクの魔物が最初から出現するが、このダンジョンでは何故かランク1の魔物から出現する。加えてその低ランクの魔物たちは魔獣とも呼ばれる動物が魔物となった存在であるため、食用に出来るのだ。
魔獣は無駄になる部位が少ない。ありたいていに言えば金になる部位が多い魔物だ。
肉は食用に、皮に牙に骨は鎧に加工、舌や臓器はマジックアイテムの素材。一般人でも倒せるランク1の魔物でも、マッドラビットなどの過食部位の多い魔物なら一日分の儲けが出るほどだ。
ダンジョンの魔物たちはダンジョンから出てこないため、この街で達成できる依頼は採集依頼がほとんどだ。そのためトラストも金銭的な儲けと経験値を目当てに魔物に襲い掛かった。
「【エンチャントアース】加えて【枷壊】!」
トラストは土属性魔術の付与魔術で拳に土の加護を与え硬度を上昇させる。さらに格闘術の武技で肉体のリミッターを解除、加えて闘技を纏い能力値を一気に引き上げた。
そして魔物の群れに突撃。
「【震脚】、続けて【崩拳】」
大地を踏みつけ振動で相手の動きを封じる。続けて反動に自分の体を襲う振動を利用し次の武技に繋げる。
【崩拳】。突き刺すような中段突きがマッドブルの側面に突き刺さる。分厚い鎧の様な脂肪を突き抜け衝撃が肉体へダメージを与える。
「せ、え、のぉっ!【動岩】!」
態勢の崩れ意識が飛んだマッドブルに、とどめに平手で衝撃波を流し心臓を破裂される。岩をも動かす武技が巨体を浮かせ、無効にいる魔物を押しつぶす。
「グルルルルァァァッッッ!」
一番強いランク3の魔物が倒されたにも拘わらず、魔物たちは怯むことなく襲い掛かる。
ダンジョンは魔物の人間を害する本能を引き出すため、魔物は非常に好戦的になるのだ。
「【石壁】【石体】」
対してトラストは先ほどとは一転して受けの姿勢に入った。
一番強く厄介なマッドブルを倒した以上トラストが負けることはまずなくなった。ダンジョンでは魔物が逃げることもないため決着を急ぐ必要もないのだ。
虚空から盾を取り出し、盾術と鎧術で強化。魔物たちの突撃、噛みつき、引っかきを防ぎ、受け流す。
「アオオオオオォォォォン!!」
「ぐっ!」
加えてトラスト自身も一気に武技を多用したことで頭が疲弊している。
魔術も武技も魔力を消費するが、前衛職は魔力が低いため多用出来ず、いざという時の決め手か必殺技のように使うのが主だ。トラストは魔術も使うため魔力切れになることはあまりないが、短時間に連続して武技を使うと頭の処理が追い付かなくなる。
急激に頭が発熱し思考が働くなる。戦闘中にそれが起これば抵抗も出来ずに殺されるだろう。脳が沸騰すれば精神力で解決できるものでは無い、人間である以上避けられないことだ。
トラストの知力は20。武技を多用するのは悪手かもしれない。
「せいっ!」
とはいえ発熱も長くは続かない。回復したトラストは空間属性魔術を使う。
虚空から無数の武器を取り出し、空中に置く。
剣、槍、槌、短剣、斧。5種の武器の運動エネルギーが空中で釣り合う様に動かし、変幻自在な武器の嵐を叩きつける。
剣を一閃、槍で突き、槌で殴り、短剣出差し、斧で切断。滞空している武器を振るい、一撃加えると手を放し再び空中に置く、武器と魔物を足場にし一撃一殺。一方的な殲滅が広がった。
「よしおーわりっと……しまった、全部は持ち帰れないぞ」
返り血を浴びたトラストは、ふと我に返って気が付いた。
魔獣は丸ごと換金できるが、傷を付けると値下がりするため解体を専門家に任せるものが多い。トラストも魔物の解体は不得意であるため、持ち帰って解体してもらうつもりだったが、周囲には50を超える魔物の死体。
大抵の冒険者は背負子に背負って出来る限り持ち帰るが、この場合は一番価値のある魔物の死体を丸ごと持ち帰るか、不得意でもそれぞれの魔物から一番価値のある素材を解体し持ち帰るかだろう。
なお優秀なパーティーだと、どうすれば一番利益が大きくなるか計算する者が一人は居る。
「まあ半分ならいけるかな。【虚空庫】」
トラストは虚空に箱を開き、魔物をランクの高いほうから投げ入れていく。
空間属性魔術【虚空庫】。上級冒険者の持っている見た目以上に容量のあるマジックバックの魔術版だ。
非常に高度な魔術であるが、トラストは10歳という年齢ですでに使用できる。
魔術は火、水、土、風、光、闇、生命、時間、空間の9つに分かれる。
これらは習得難易度から火水土風は下級、光闇生命は中級、時間空間は上級に分かれるが、これは本人がその属性という概念を理解しているかが関係している。
ある高名な魔術師曰く、魔術はイメージが大切であり、料理に近いという説を唱えた。
イメージ、つまりは完成形の想像だ。
例えば日本人に適当な食材と料理器具を与えて、中国料理を作れ、インド料理を作れと言われればある程度は形になるだろう。しかしイギリス料理、ロシア料理、アマゾン料理を作れと言われると、完成形を創造することもできないだろう。
魔術も同じであり、火水土風は日常的に触れるため何となく理解できる。光闇生命も下級魔術よりは難しいが、理解できるものもいる。
しかし時間と空間を理解しているものはこの世界にはほとんどいない。もちろん季節の移り変わりや街と街の距離で語ることはできるが、魔術を使い空間や時間を操れと言われると、途端に分からなくなる。神話の語られる事象ならともなく、スキルレベル1で出来ることが分からないのだ。
しかしトラストは前世の記憶から時間と空間を理解している。
x軸y軸を使った時間の把握、そこにz軸を加えた空間の把握。もしくは動画の1分時点と2分時点の動画の変化で時間の移り変わり、パソコンのフォルダの中にフォルダを作り収納し続ける整理術。
中でもトラストはパソコンのフォルダの中にフォルダと作るのと同じように、カバンという空間の中に空間を作る術を編み出していた。
「ちょっとダンジョンの魔物の沸き具合を甘く見ていたな……もう持ち帰れないや。今日はこんなところでいいか」
トラストは今日の獲物に満足しながら冒険者ギルドに帰還した。