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死と再会


「おい、安楽死が合法化されたぞ」


日曜日の朝起きて、大学の先輩からそういうLINEが届く。

そういえば、今日が安楽死法施行の日だったか。


大学の先輩、中村さんは腰まで届く長い黒髪が特徴的で、どこか退廃的な美貌をもっていた美しい女性だ。

彼女の持論ではある年齢以上に達したら、自分の意思で安楽死ができるようにするべきだとよく口にしていた。

なぜなら、人間はどうせ死ぬのだから、社会に出た時に自分の境遇がこれ以上生きていても不幸だと分かったとき、余計な不幸を味わう前に、その人生を終わらせるべきだから。

なぜか、彼女は僕のことを気に入ってくれた。「自慢の後輩」だと彼女がよく僕のことを褒めてくれた。

きっと死の衝動に駆られたことがある仲だからだろうか。

彼女とよく二人で飲みに行き、互いの死生観や人生観などについて語った。

はたから見れば、ヤバい奴らだろうが、彼女の話には意気投合していた。


だから分かった。中村さんは今日死ぬのだと。


中村さんに呼び出された場所にいくと、彼女は黒いドレスを着た姿でいた。

長い黒髪と相まって廃墟のような美貌が強まっていた。

「もう、分かっていると思うが、君に私の死ぬ姿を見てもらいたいと思ってね。」

彼女は薄く笑い、そう告げて、歩き始めた。

僕は、彼女の後ろをとぼとぼ付いていく。

僕はどうしたらいいのだろうか。死ぬことを止めればいいのだろうか。

自殺を止める。それは社会一般的な「正しさ」だ。だけど、これは本当に当人にとって正しいのだろうか。

不幸を継続させるために、当人に生きろというのはある意味で残酷な正義なのではないだろうか。

彼女は僕に死ぬ姿を見せて、これが答えだといいたいのだろうか。


「ここだ。ここは私の研究所でね。見せるのは初めてかな。」

知らなかった。

先輩と大学で知り合ってから何年も経つが、研究所を持っているのは初耳だった。

白い四角い建物が雑居ビルが立ち並ぶ中の一角にある。

ある種の病院のように見えた。

彼女に連れられて、研究所の中に入っていく。

思ったよりも長く白い廊下があった。そこをカツカツとリノリウムの足音が反響する。

奥まで進むと小さな部屋があった。

その部屋にはただ広く、人がちょうど一人入れそうなカプセルのみが置いてあった。

カプセルは高さが2mくらいあり、白く無機質な楕円形をしており、中央に穴が開いてそこをガラスで覆っていた。

「これが私の開発した安楽死マシーン。どう素敵だとは思わない?」

「これが先輩の棺桶ってことですか?」

僕はカプセルを見ながらポツリと返した。

気づくと彼女はカプセルの中に入っていた。

カプセルのガラス越しに彼女を見つめる。

「じゃあね。自慢の後輩君。」

彼女は手を振った。その瞬間、「シュパ」っという音がして、彼女は赤い霧になった。

カプセルをガラス越しに中を見ると、もう人がいたなんて思えないほど跡形もなかった。

人の生きていた意味ってなんだろう。こうしてみるとあっけない。

自分が生きた証なんて跡形もなく消えるのだろう。

先輩はきっとそれを教えるために、この光景を見せたんだ。


帰り道、一人で主が不在となった研究所をあとにする。

外に出たときLINEの通知が鳴った。中村さんからだ。

「あちらの世界で待っている。」

そのたった一言のメッセージを見て、決心した。もう僕も死のう。

ちょうどいいタイミングに大型のトラックが道路を走ってきた。

僕も迷わず目を閉じて道路に飛び込んだ。


道に出た瞬間、強い衝撃と甘い香りがした。

目を開けると僕は道路に倒れていた。感覚がやけにリアルだ。どうやら死後の世界ではないらしい。

血の匂いもするが、頭を少し打っただけで、どこもけがをしてないようだ。

ふと足元を見るとトラックの前で女の子が血まみれで倒れていた。

彼女がトラックに飛び出した僕をかばってくれて、そのままトラックにひかれてしまったようだ。

僕は起き上がるとおそるおそる、血みどろの女の子の元へ行く。

女の子の顔をそっと見る。


その子の顔は小学校の時に初恋をしたミサキだった。


ミサキとは小学校を卒業してから、もう何年も会っていない。

なつかしさよりも焦燥感で、急いで脈を診てみると生命の鼓動が返ってこない。

口に耳を当てても息が返ってこない。

自分のせいで初恋の女の子を失ってしまった。

あの時、死のうとしなければ。

こんな再会なんて。

どうしてこんなことになったのだろう。


そこからもうどうやって帰ったのか。あの後どうなったのか分からない。

僕は一人自分の部屋の隅で茫然としていた。

昼も夜も関係なし、ずっと部屋の隅にいた。

いつしか時間も忘れ、辺りは静寂になっていた。


ふと気がつくと部屋の時計が止まっていた。もう時間なんて関係やしないけど、どうしてか外が気になった。

音が全くしないのだ。

そして、靴を履き外に出ると、歩く人、走る車、空飛ぶ鳥。そのすべてが不自然な形で静止していた。

僕はたまらず走り出した。街は異様な光景をしていた。

まるで全ての時間が止まったというばかりに。

気づけばトラックでミサキがひかれた場所に来た。


「え?」


そこには一人の女の子が。

止まった世界の中で、死んだはずのミサキと僕だけが生きて動いていた…

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