三角形の面積は解けなくても良い! というお話
『共通テストでカンニング』のニュースを見たときに一番最初に思ったのが
誤解のあるように言うが、
「別にいいんじゃねぇの? 今の時代だし」だ
(。-`ω-)ノ
情報(学習)など覚える必要が無い
大抵のことは調べれば簡単にわかる時代だし、大抵の問題は誰かが応えてくれる
情報世界はより狭くなってきてる
「暗記系」の学習能力、いやそれこそ「問題を解く」能力すら、もはや旧時代の尺度になっている
そういう意味では「共通テスト=大学受験」に意味は無くなったと思わない?
むしろ脱却すべきだと思うんだけど
確かに不正行為は良くない
だがそんなの、今回のことだって氷山の一角
バレてないだけでもっといるだろう
医療系大学の「不正入試(裏口入学)」がたまに世に露呈する
今や「学力」は金やコネ、その他の反則技でどうにかなっているってことだよね?
そもそも今回のカンニング行為の目的は何なのか
「〇〇大学に受かりたいから」
うん、これが一番の問題"(-""-)"
「受かること」が目的で、修得することやその後に生かすことでは無い
だからカンニングするんだよね
僕は資格試験の講師をしているので思うのだけど「受かること」だけを目標にしてる場合、受かった段階で目標が達成されるので、その後は何も残らない
忘れても(修得していなくても)別に問題ない なにも困らない
が、資格の本質はそれでは困る
受かってから必要な知識や技能だからライセンスとして存在するのだから
そもそも受かればどうにでも卒業できる大学側に問題がある
現役大学生が「中学レベルの英語や数学がわからない」とか……
大学生の基礎学力の低下が年々進行しているというのは、すでに何年も前から警鐘されてる事実だ
大学に受かって「ウェ~イ!」で、なにも修得してないパリピが社会に出てなんの役に立つ?
会社で何を貢献できる? 対価として給与を払える?
優秀な企業はすでに気が付いてる、もはや卒業大学名のブランド力は無いことを
もはや学歴で測れないから、独自の採用基準を設けるw
問題解決能力、コミュニケーション能力、向上心、協調性
創造力、論理的思考、経済観念、独自性、根気強さなどなど
「カンニングでもなんでもOKにすれば?」
とは大げさな表現かもしれないが、ぶっちゃけ企業が求める「個人的能力」は問題解決能力だと思う
最初にあげた「三角形の面積を求める問題」を、あなたならどう解くだろう?
・自力で解く(いやあんなの小学生レベルだしwww)
(≧▽≦)YES! OK! 君はすごいね! 優秀だね!
・ネットで調べて解く
(≧▽≦)YES! OK! 今の時代、膨大な情報を覚える方が手間!
必要な時に必要な情報を得る手段があればいいよね!
・知人など誰かに答えを聞く
(≧▽≦)YES! OK! 君は優秀な友達に恵まれてるね!
解ける人がやって、解けない人はやらない方が効率的だね!
・わかんないから、出題した人(上司)に教えを乞う
(≧▽≦)YES! OK! 君は可愛い奴だな!
「立ってるものは親でも使え」って言うしな!
どれどれ! 教えてあげようじゃないか!!
・出された問題を別の問題にすげ違える
おっと……、そう切り返してくるわけね汗
そうな、もっと核心に迫った問題を解決しよっか!
(あるいは解けない問題に手をかけるより、解けるところから攻めるとかね)
最終的にどんな手段を使っても(合法でな!)解ければ問題ない
要は問題解決できればいい
営利団体は当然に結果が全てだ
(もちろん後々の結果に結びつく「経過」も看過できないけれどねw)
僕は先のカンニングニュースを見て最終的に思うのは、
「問題解決の方法の一つとしては認める、でも一企業として合法じゃないのは歓迎できない」
=「合法だったらどんな方法でもOK(≧▽≦)ノ」だ
専門職ほど「ライセンス」としてちゃんと「専門的知識」を修得してるかは必要だけど、それと並行して社会人として機能するかが重要
高性能だけど機能しなかったら価値はゼロ
低性能であっても機能してるのならOK!
伸びしろ(向上心、学ぶ意欲)があるなら、受け入れる企業次第!!
能力よりも人間性が最終的に重要なのは言うまでもない
「パンが無いならクッキーを食べればいいじゃない」
そもそも「学習」というものに対する考え方が旧時代すぎる
「暗記系」のものは専門職の「知識」だけしか使わない
それすら骨組み程度、覚えるのは概要で済む時代になった
専門職の「技能」は必要かもしれない
これは経験を積んで修得するしかない
ただ時代の変化に合わせて修得すべきことを変えていかねばならないが
では専門職ではない「総合職」な多くの企業はどうだろう?
先にも述べた通り多岐にわたるが、ひとくくりに言えば「人間力」だろうか
そういったものを今の初等教育(義務教育)レベルで養っていると言えるだろうか?
徐々にそういう風潮になってきている感はある
だが抜本的に改善するとなれば、この無駄な受験システム、とりわけ大学の構造から改善せねば成り立たない
今後ますます受験生は減る(少子化は止まらないのでw)
比例して学力が低下する可能性が高い
これは致し方が無いのかな?
その分、優秀な外国籍の学生が増えるのだろうか?
共通テストを実施している大学入試センターは、
「大学入学共通テストは、大学に入学を志願する者の高等学校段階における基礎的な学習の達成の程度を判定することを主たる目的とするものであり、各大学が、それぞれの判断と創意工夫に基づき適切に用いることにより、大学教育を受けるにふさわしい能力・意欲・適性等を多面的・総合的に評価・判定することに資するものです。」と宣っている
第一に、まず将来的に忘れてしまっても困らないモノで判定してることが問題
第二に、「基礎的な学習の達成の程度を判定する」にはテストを難しくしすぎ
第三に、「大学教育を受けるにふさわしい」というのが上から目線がむかつく
第四に、「能力・意欲・適性等を多面的・総合的に評価してる」とは思えない
第五に、むしろあんなペーパーテストで子供たちの資質を測れない
大学側が気づくべきなんだが、本来は「共通テスト」でふるいにかけ、優秀な人材を確保してさらに育成して世の排出したかったんだろうけれども、金で解決した子供は優秀か? 不正行為で入った奴は「ふさわしい」のか?
「ふるいにかける」というその考え自体が古い、そして大学の本来あるべき姿として怠慢だ
「狭き門」のお陰で収益が減っている現状
だったら門戸を広くして「誰もが学べる、意欲がある人を受け付ける学術機関」として機能したら?
魅力ある、学びたい、有益な「資格」「学術」「高度な専門知識」を教えたら?
それが本来あるべき姿でしょ? そして生徒が増えれば収益も上がるよね?笑
当然に排出するには「修得させて」からですよ!
「誰もが学べる、でもライセンス(修得)は難しい」が本来じゃないですか!
学術なんですから!
現行の受験が「ふるいにかける」のを目的としてるから「共通テスト」が無価値なのだ
大学の学部が「うちの内容を修得するためには、最低限このスキルが必要なんだよね」とやりゃあ済むだけの話なのに!
必要のないものまで習得させ無駄な時間を費やせる
そして忘れてもいい知識で測っただけで、あとは自動に卒業?
学術最高機関たる大学にもかかわらず、怠慢以外の何物でもない
平均レベルの学力を超えた者を共通テストに求めることが、そもそも逸脱してるのだ
5科目全部やる、修得しておく必要は無いはずだ
さらに言えば一定レベル、初級レベルで済む分野もあるだろうし、
例えば同じ理科でも、化学を目指すやつは生物は必要無い
もっと細分化しても良いはずだ
いらんことまで求めるのは進化の足枷でしかない
文学部や法学部を希望してるやつは三角形の面積なんて解ける必要無いし、希望学部以外を受講する必要もない
必要スキルや能力がない奴はついていけないだろう、卒業(修得)出来ないだろう
それでいい それが大学の価値につながるのだから
先日、面白いニュースを見た
現役高校生が中学生に学校では学べないことを教えるオンライン塾
「寺子屋ISHIZUE」
本来の「学ぶ」ということがここにあった
共感しかない
そして現役高校生がすでに実行に移し実践しているのだからすごい
学校教育のあり方
もしかしたら僕ら以上に現在の子供達の方が気が付いているのかもしれない
改革が必要な時代なのだということを




