苦労人と使用人達
レイモンド・コメリは平凡な容姿の親しい友人達には苦労人の運の悪い男と囁かれる。
学園では長期間休んでもほとんどの生徒に気づかれない印象の薄い生徒だったがコメリ男爵領では違う。
コメリ男爵家の使用人達にとってレイモンドは息子や孫のような存在であり子供の頃よりコメリ男爵領民のために努力する優しい坊ちゃん。世間では平凡と言われてもコメリ男爵領民にとっては優しく誠実で自慢の坊ちゃんだった。
他者評価に興味のないレイモンドは懸命に目の前のことを片付けながら生きているだけなので、男爵領民や学生達に自分がどう思われているかはどうでもよかった。
レイモンドの父親である前コメリ男爵は善良な人柄で人に騙されることも珍しくない。領民や近隣の貴族達に好かれているが舐められてもいる。利益が出なくても情に流され、手を差し出す男だったが領民と家族を愛していたので、頼りなくても領民に慕われる男爵だった。
コメリ男爵は妻が流行病で亡くなるとショックで葬儀の準備もできず、亡骸の手を握り泣き叫んでいた。偶然お忍びで立ち寄った第一王子が家臣に命じて葬儀や流行病への手配を整えた。
そのためコメリ男爵とレイモンドは悲しみにくれながらも、十分な別れの時間が過ごすことができた。そして、病は男爵領に広がることもなかったが二人が男爵領の危機を救われたことに気付いていなかった。
執事長だけが指示を出す少年が第一王子と気づき、幼くても家臣の心を労われる良い王に恵まれ国の未来は明るいとやり取りをしながら感心していた。
レイモンドとコメリ男爵が男爵夫人の死から立ち直りしばらくした頃にレイモンドの婚約が決まった。
「レイモンド、婚約者が決まった。ウルマ伯爵令嬢で可愛らしい子だよ」
レイモンドは父が情報に疎く、伯爵家からの縁談は断れないのも知っていたので静かに頷く。レイモンドはしっかり者の亡き母と執事長に育てられ、父のお人好しの所を反面教師にしていた。
レイモンドは婚約者が社交界で評判が悪いのは知っていたが、誠実にという母の教えを守っていた。
ウルマ伯爵家で初めての顔合わせをおえ、二度目の男爵領での逢瀬は侍女に相談して花束を用意した。
「ようこそ。これを」
レイモンドから花束を受け取りアリシアはため息をつく。
「花よりも装飾品がいいわ。私は、宝石も好きなの」
「そう」
2歳年下の不機嫌な少女に愛想笑いを浮かべ、レイモンドは男爵領を案内する。アリシアは寂れた男爵領はつまらなかった。何も興味をひく物はなく、領民に声を掛けられ、荷運びを手伝うレイモンドもありえないと思いながら眺める。
「帰るわ」
つまらない男爵領に我慢の限界だったアリシアは突然踵を返す。レイモンドが誠実ってなんだろうと初めて疑問に思った瞬間だった。
「男爵夫人なんて絶対に嫌」
アリシアは馬車に乗る時に雑草を纏めたように見える花束を捨てた。レイモンドの用意した花束は馬車に引かれて無残な姿だった。レイモンドは潰れた花束を拾い、母親の墓に供えてため息をつく。
使用人達は二人で出かけ、一人で帰宅したレイモンドを暖かく迎えた。レイモンドとアリシアの様子を見ていた領民の話を聞き、帰ってこないレイモンドを心配していたが本人が口を開かないので何も言えなかった。男爵夫人がいない分、婚約者が支えてほしいという使用人達の期待は砕けた。この頃からレイモンドは逃避に剣の稽古に励むようになる。自分では対処できないことは忘れて、他の事に集中する癖をつけてしまい使用人達は心配していた。
***
男爵が過労で倒れ、レイモンドが急遽男爵を継いだ。本来は後見であるウルマ伯爵が足を運び手伝うが一切の訪問はなく、レイモンドは父の友人の男爵に相談しながら手続きした。使用人達は後見と婚約者とはなんだろうと疑問に思っていた。ウルマ伯爵家は突然取引を押し付けたり、贈り物を強いる以外の訪問はない。
「坊ちゃん、新しいものを仕立てた方が」
「いらない。そんな時間ないし」
コメリ男爵を引き継ぎ、初めて夜会に参加するのに父のお古を着たレイモンドに侍女や執事は隠れて涙を流した。18歳なのに疲労の色が濃く、人生を諦めている大事な坊ちゃんが不憫で、坊ちゃんが幸せになれるようにと神に祈るしかできなかった。
使用人達は頼りにならないウルマ伯爵家には期待せず、自分達がしっかりと若男爵を支えなければと意気込んでいたため使用人達の結束は固かった。
翌年にアリシアとは正反対の夫人を迎える。訪問客も少なく静かなコメリ男爵邸が賑やかになり、レイモンドがたくましく成長する姿を誰も予想しなかった。
公爵令嬢と使用人達の種族以外の共通点は神に祈りを捧げることとレイモンドを慕うことだけだった。
そして取り扱い注意の爆弾が幸運の女神になるまでハラハラさせられるとは知らずに、使用人達は今日も不憫な坊ちゃんのために祈りを捧げていた。
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7年後
「シャーリー、どういうこと!?なんでうちに地下室が作られてるの!?」
「レイ様、リーシャだよ。勉強熱心はいいことだね。さすがレイ様の血」
「違うから。リーシャ、この部屋は使用禁止。お父様、嫌い?うん。嫌いでもいいから許可しないよ。え?」
「リーシャ、将来この邸は貴女の物でも今はレイ様の物よ。きちんと根回しと取引しないと駄目よ。今回の反省すべきは」
「シャーリー、そこじゃない。俺は娘を犯罪者にはしたくない」
コメリ男爵邸が一番賑やかになるのはコメリ男爵夫妻に娘のリーシャが生まれてからだった。
たくましく成長してもレイモンドは苦労人だった。美しく聡明な妻娘に恵まれても、その聡明さがいかに厄介なのかを知るのはレイモンドとコノバ家を深く知る者だけだった。




