閑話 過去の大きな秘密 後編
王太子は即位し国王になり、弟王子は王弟殿下と呼ばれるようになった。
国王夫妻は婚姻して4年経っても子供に恵まれない。
ミコトは国王に他の令嬢との夜伽をさり気なく進言するも断られる。その翌月に妹姫の用意した国王の夜伽役の侍女が妊娠した。
ミコトは侍女として一人の薬師を連れていた。
彼女は医師と産婆の知識も学ばせられ、常にミコトと夜伽役の体調管理と妊娠の有無を調べるように妹姫に命じられていた。
この頃には国王の夜伽役の侍女を3人用意していた。
ミコトは王弟と協力して、王の寝室に酒と睡眠薬で眠らせた王と妊娠した侍女の事後を演出させた。
国王は目覚めると驚く。
王の腕の中で目を開けた侍女は顔を歪ませ瞳を潤ませた。
「陛下が、陛下が…。申し訳ありません。ですが、」
侍女は何度も国王の夜伽役をこなしていたが、国王の前で生娘のような演技をしながら涙を溢した。
二人の体には情事の痕が刻まれていた。情事の痕を刻んだのは夜伽役の侍女達だったが、国王は気づかない。
動揺している国王は相手がミコトの気に入っている侍女だと気付き茫然としていた。
「陛下?あら…。おめでとうございます。おいでなさい。私が彼女を責任持って預かります」
朝食に現れない国王を心配しミコトが姿を見せた。ミコトは上品に笑って侍女を保護して立ち去った。国王は我に返り、ミコトを追いかける。
「すまなかった!!」
「頭を上げてください。私は、」
ミコトは笑みを浮かべて謝る国王に優しい言葉をかける。国王は愛する妃に嫌われていないのに安堵していた。
翌月ミコトは侍女の妊娠を国王に伝え、妾として受け入れる話に国王は顔を真っ青にした。信仰心の強い国王の中では不貞行為だった。国王はミコト以外を愛さず、傍におかないと決めていた。綺麗に微笑み王族の誕生を祝うミコトに罪悪感しかなかった。
侍女と御子を後宮に受け入れる話を聞きながら、ミコトが御子の誕生を楽しみにしているため無かったことにできないことに絶望した。
国王はミコトに説得されても、妾は受け入れなかった。その代わり子供と侍女は後宮でミコトに預けてほしいという籠妃の願いは渋々と受け入れた。
国王はミコトへの罪悪感を埋めるためにミコトとの夜伽を増やした。慎み深く常に礼儀を重んじ夜伽のときだけ、自身に甘える妃を腕に抱いて安心したかった。
国王が夜伽役の体に溺れれば溺れるほど、ミコトは王弟との時間を楽しむことができた。
「おめでとうございます。ミコト様」
しばらくしてミコトが身籠った。
妹姫は隠し通路を使って頻繁にミコトを訪問し、計画の微調整をしていた。極秘で産婆を用意して、コノバ公爵家から送る手配を整えた。
順調に進む出産準備。だがミコトは悩んでいた。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
妊娠を告げると王弟が優しく微笑み祝福してくれたのは嬉しい。愛しい人が優しくお腹を撫でてくれてからは、宿る命を愛しく思えるようになった。小さな命に愛さを抱けば抱くほど我が子が国王と自分との子供として育てられるのは嫌だった。国王に我が子を抱かれたくない。
いつまで経ってもミコトにとって国王は穢れで憎い男だった。
「嫌…。絶対に、この子が陛下を父と慕うなんて…」
ミコトは王弟に似た我が子と国王のやり取りを想像すればするほど悪寒に襲われた。
様子のおかしいミコトの話を王弟は根気強く聞いて決断した。
「養子に出そうか。公式には死産と発表すればいい」
王弟は死産にして養子に出すことを決めた。
成熟していない大人になりきれていない兄とミコトに子供が育てられるとは思えなかった。王族はほとんどが乳母や世話役の者が育てるが親だからこそこなせる役割もある。
幸運なことに王弟の周囲には親役に適任な者がいた。
コノバ公爵家よりモール公爵家のほうが権力を持ち、王都に近い。モール公爵家は愛情が深すぎず、常識的である。モール公爵夫人はミコトの姉。モール公爵は王弟にとって兄のような存在。モール公爵夫妻の子供と親しくする理由はいくらでも用意でき、遠目で自分達が成長を見守る立ち位置になれる。色んな意味で最適だった。
王弟の提案をモール公爵夫人は快諾した。
モール公爵は王弟もコノバに染まったと心の中で思いながら承諾した。
真実を知らない国王はミコトの妊娠を心から喜んだ。ミコトを気遣い頻繁に訪ねる国王。仲睦まじい国王夫妻に周囲が優しく微笑みを浮かべ二人の時間を作るために奔走した。ただミコトにとっては迷惑だった。国王の相手をしたくないミコトは体調不良を理由に面会謝絶で療養を決めた。王宮も新たな王族の誕生を祝い公務に姿を見せない妃に何も言わなかった。妃への不敬は国王が許さないため、不満を口に出す者はもともと少なかった。
ミコトのためにコノバ公爵家から産婆や医師が派遣されていた。
公式ではミコトの出産予定日を3月遅らせ伝えていた。
そのため産気づいたミコトに周囲は緊張が走っていた。
ミコトの腹心達には想定内だったので問題はなかった。その頃国王は他国を訪問していた。
出産に兄は邪魔だったため王弟が仕組んでいた。
ミコトの出産に立ち合ったのは妹姫の手の者だけ。そのためミコトの手を王弟が握っていても問題なかった。
「でんか」
ミコトは王弟の顔を見ながら男女の双子を産み落とした。
産婆が双子を王弟に抱かせた。
ミコトは我が子を優しく見つめて、涙を流した。
「かわいい。でんかにそっくり」
「娘はミコトかな」
「お二人共、それは後にしてください。」
幸せそうな二人に侍女がためらわずに声を掛けた。これから偽装の準備だった。
緊張感の走る王宮でどこから漏れるかわからないため迅速な動きが必要だった。
双子をミコトが抱き上げて額に口づけた。
「元気に育って」
ニコニコと笑っている姉と眠っている弟はタオルに包まれて、ワゴンに乗せられた。
荷物の中に隠して地下通路から忍びこんだ妹姫夫妻に双子が託された。
「ミコト、始めようか。落ち着いたら会いに行こう。抜け出す手配は任せてよ」
「はい。頑張ります」
侍女がミコトの顔に化粧を始めた。
顔色が悪く憔悴したように見えるように。
血まみれの偽物の赤子の死骸も用意していた。
真顔の王弟が部屋を出て、宰相に死産を伝えた。予定日より三月も早かったため誰も偽造と疑わなかった。
国王は報告を受けて慌てて帰参して、ミコトの死産と今後子供を産めないと聞き茫然とした。産婆や医師を裁くと荒れるのをモントスと王弟が止めた。
ミコトの死産は宰相と一部の大臣しか知らなかった。
ミコトは心身の疲労で面会謝絶。侍女や医師からミコトの様子を聞いた国王は死産で世継ぎが産めない王妃への誹謗を恐れ苦渋の決断をした。
極秘で産ませた侍女との子供を王子と認め、ミコトとの子供にすると決めた。ミコトには侍女を通して相談すると了承の返事を受け取った。
王宮では王子の誕生を盛大に祝われている時に国王だけは宮に籠り、落ち込むミコトに悩んでいた。
悩む国王にモントスがコノバへの里帰りを提案した。国王は王宮の明るい雰囲気を思い出し、ミコトがさらに心を痛めることを危惧しモントスの案に頷いた。
ミコトは侍女から国王から里帰りの提案を聞き、すぐに了承の返事を出した。
産後の肥立ちの悪い王妃を一月ほど療養のため自然豊かなコノバ公爵家に送り出す準備が整えられた。
ミコトが初めて国王に感謝した時だった。
国王の相手をしたくないために憔悴したフリをしていたミコトは送り出すために顔を出した国王に弱った顔を作り感謝を告げた。
ミコトはコノバ公爵家に里帰りした時に合わせてスミレも滞在していた。
ミコトは王家の護衛騎士達が帰ると雰囲気をいっぺんさせ双子を抱きしめた。
双子は王弟が女の子をシャーロット、男の子をロレンスと名付けていた。
スミレは幸せそうに双子の世話をするミコトの手伝いをしていた。
「ミコト、シャーロットはうちの子で通るわ。でもロレンスは」
「殿下にそっくり…」
スミレはうっとりしている頭に花が咲いている妹に苦笑した。
「私の子供として公表しようか?コノバ公爵家に養子にしてもらおうか」
王弟が部屋に入ってきた。
シャーロットはミコトとスミレと同じ黒髪と黒い瞳だった。
ロレンスは濃紺の髪に紺色の瞳を持ち、モール公爵家に同じ色を持つ者はいなかった。
「私が恋人に産ませて、肥立ちが悪く亡くなった。彼女を愛しているから妻は迎えない。名案かもしれない。ミコトがいいならそうするよ。世間一般にはミコトが亡くなったように聞こえるけど、嫌じゃないか?」
「愛してる…。私は殿下の妻ですもの。確かに恋人のミコト・コノバは亡くなりました。殿下がロレンスにお父様と呼ばれるなんて…。成長して並んだ二人を見たらもう…」
うっとり妄想の世界に入ったミコトをスミレが眺めていた。
王弟の配慮は不要だった。ミコトのロレンスを抱いている手が緩んでいたので、王弟が抱き直した。
夢見がちな妹は不満の声もあるが王妃としてきちんと務め上げている。本当の姿を知るのはごく一部だけである。もちろん国王も知らない。
スミレは幸せそうな妹達を見ながら、できるだけシャーロットに会わせる機会を作ろうと決めた。出産が近づいたという理由でスミレはずっとコノバ公爵家に滞在していた。
モントスは国王に付き添っていたため留守だった。息子のシャドウはしっかりしているので放っておいても大丈夫。シャドウはモール公爵家で前モール公爵や教師達に厳しく教育されていたが一切心配はしていない。
ミコトはコノバ公爵家で双子のシャーロットとロレンスを育てはじめた。
極秘で訪問する王弟とミコトは幸せな時間を過ごしていた。
国王の訪問はモール公爵と王弟と姉姫が足止めをしているとは知らずに。
体調不良を理由に滞在日を伸ばしミコトが後宮に帰ったのは半年後だった。
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王弟は姉姫と二人で向かい合っていた。
「母上、子供が産まれました」
「え?あら?お相手は?」
「産後の肥立ちが悪くなくなりました。身分も低く婚姻するつもりはありませんでした。産まれたのは男児です」
姉姫は息子が頻繁に夜に外出するのを知っていた。兄夫妻にもよく仕えていた。ミコトへの視線も他の女性に向けるものと同じものに変わっていた。
ただミコトは未練があるように思えていた。
ミコトが国王を愛しているようには見えなかった。常に綺麗な笑みで寄り添っているが、触れられるのを嫌がっているのに気付いていた。王弟に近づく令嬢を睨んでいるのを見た時に否定できなくなった。
国王不在時のエスコートは王弟を希望するのもミコトだった。
国王には話していない。
子供を亡くし、昔の恋人の子供を見たらさらに悲観する気がした。
国王も落ち込んでいたが王宮は第一王子の誕生を祝福していた。
「養子に出そうと思います。実子と公表するつもりがありませんでしたが、私に似た容姿なので隠すよりも公表したほうがいいでしょう。コノバ公爵夫人がもう一人子供が欲しいと言っていたので、極秘で相談して了承の返事をいただきました。母のいない後ろ盾のない第二王子として過ごすよりも、コノバ公爵家で家族に囲まれて過ごす方がいいでしょう。王位争いもおこりません」
「時期が悪いわ。貴方の望むようになさい。いずれ会わせてくれるのかしら?」
「母上が許していただけるなら後宮まで連れてきますよ。我が子とは可愛いものですね」
姉姫は幸せそうに笑う息子にほっとした。婚約者は兄に奪われ、恋人は亡くなった。傷心だった息子を救い忘れ形見を残してくれた女性に感謝を捧げた。個人資産を譲渡して、子供の幸せを願って養子に出したいという息子の願いを叶えるために手回しをはじめた。
国王は弟から子供が生まれ養子に出す話を聞いて頷いた。関心があるのは妃のミコトのことだけだった。
ロレンスはコノバ公爵夫妻に養子として引き取られることになった。
王弟の隠し子の噂は一気に広まった。今まで特定の相手がいなかったが王弟の話題は社交界を賑わせた。一度婚約しようとした女性に捨てられ、傷心の自身を癒してくれた最愛の人だったと語る姿に夫人達がうっとりとしていた。突然姿を消した恋人を見つけると子供を産み、生死の境を彷徨い逝ったという話に涙を流していた。話は盛られて悲恋として語られていた。彼女以外を愛さないという姿に感動を生んでいた。公表して3日後には国外の公務に出かけたため帰国する頃には話題は収まっていた。
王宮に戻ったミコトは昔のような明るさはなかった。
コノバ公爵家での幸せな生活との違いと王弟が他国の外交に出ているため本気で元気をなくしていた。
国王はようやく戻ってきたのに元気のない姿に途方にくれ友人達に相談していた。
モントスからコノバ公爵家で娘を見てミコトが笑っていた話を聞いて、スミレとシャーロットを呼び出した。
スミレはシャーロットを抱いて参内し国王に後宮まで案内されミコトと面会した。
ミコトはシャーロットを見て笑みを浮かべた。
国王は帰参し初めてミコトの笑顔を見た。
ミコトが微笑む姿を見て、モール公爵夫人とシャーロットの定期的な面会を命じた。姉妹仲が好く甥のシャドウも可愛がっているとモントスから聞いて知っていたため、元気を取り戻すのを待つことにした。
モール公爵夫人は週に1度後宮に招かれていた。国王は第一王子よりシャーロットを溺愛する妃に何も言わなかった。第一王子は乳母に任されておりミコトから会いにいくことはなかった。
徐々にミコトは明るさを取り戻し、国王はシャーロットの滞在を歓迎し頼りになるモントスに感謝していた。
シャーロットが3歳の頃にはモール公爵夫妻が留守の時は自分で預かりたいと願うほどだった。
国王は後宮は王妃の管理のため好きにさせた。姉姫も口出すことはなかった。
第一王子は乳母に預けられていた。
「ミコト姉様、今日はお泊まり?」
「ええ。姉様達が帰ってくるまで私と寝ましょう。苺を用意したのよ」
「はんぶんこね。シャーリー、姉様と寝る」
苺を食べ過ぎて怒られたシャーロットは母親と約束していた。母に似た優しいミコトの膝で過ごすのは好きな時間だった。
後宮はシャーロットの遊び場だった。
第一王子は教師に囲まれ厳しい教育を受けている中、母親に優しくされ遊んでばかりいるシャーロットが気に入らなかった。一応二人は従兄妹である。
第一王子は人目を盗んでシャーロットを見つけると虫を投げたり、大きい音を出したり驚かせて遊んでいた。そして意地悪な言葉を投げかけ、シャーロットの反応を楽しんでいた。
この隠れたトラウマ体験がシャーロットの性格を弱気で卑屈にしたきっかけである。
「シャーロット、馬に乗せてやるよ」
「やだ。あっちいって」
「いいから来いよ」
第一王子の遊び相手はシャーロットだけだった。ようやく乗馬を一人前と言われて披露するつもりだった。
第一王子は嫌がる小柄なシャーロットを担いで馬に乗せた。自分は前に乗り馬の腹を蹴り駆けだした。
馬に乗ったことのないシャーロットは必死に捕まっても無理だった。シャーロットの体が馬から投げ出したのを捕まえたのはシャドウだった。
「お兄様」
シャドウは妹を迎えに来て、悲鳴が聞こえたので駆けつけた。第一王子はシャーロットが落ちたのに気付かず馬を走らせていた。震えている妹を抱いて王妃の部屋に向かった。シャーロットはシャドウの膝の上で苺を食べてようやく泣きやんだ。それから馬がトラウマになり生涯第一王子の馬に相乗りしないと決めた。この後、第一王子は王妃と国王に厳しく叱責を受けた。
****
シャーロットと第一王子の婚約を決めたのは国王だった。
国王は第一王子が自身の子供か自信がなかった。そのため王家の血が一番濃い令嬢と婚約させたかった。国王もモール公爵夫人に王家の血が流れていることを知っていた。
そのためシャーロットが選ばれた。王妃のお気に入りで年齢も丁度良く国で一番力を持つ公爵家の令嬢は好条件だった。
頻繁に妃教育で参内すれば王妃も喜ぶと思い婚約を発表した。第一王子とシャーロットが遊んでいる姿も見ていたため二人が不仲とは思っていなかった。
モール公爵夫妻が反対するとは思わなかったため、会議の場でシャーロットを第一王子の婚約者にしたいと打診すると大多数の承諾を得られていた。
外堀を埋められたモール公爵は断れず、了承するしかなかった。
モントスにとって予想外の2度目の後悔する出来事だった。
そして外交から帰り王弟はシャーロットの婚約を聞き兄の暗殺を考えた時だった。思い付きで突っ走る兄に任せるより自分が王位を継いだ方が楽だろうかと考え込んでいた。
「伯父様、お願い。助けて」
頬を赤く染めたシャーロットが王弟の部屋を訪ねた。
「シャーリー、どうした」
「殿下に負けたくないの。ミズノとヒノト寄越せって。シャーリーは」
泣き出すシャーロットを王弟は抱き上げた。王弟は頻繁にモール公爵家やコノバ公爵家を訪問していた。シャーロットは両親が公務で不在時に必ず兄と自分に会いにくる父の優しい友人が大好きだった。
ミズノとヒノトはシャーロットの大事な特別な愛犬である。
「一番強いのは伯父様って。シャーリーは」
シャーロットの赤く腫れた頬を見て、第一王子への指導を決めた。第一王子に口で負けないようになりたいと言うシャーロットの願いを叶えることにした。
愛犬を取られないように王妃が手を回すと言ってもシャーロットにとって優しい王妃様では心配だった。
この頃、シャーロットは第一王子と一緒に授業を受けていた。一つ年上で厳しい教育を受けていた第一王子はシャーロットより優秀だった。シャーロットは自身の出来の悪さに卑屈になっていた。
でも負けられないことができた。
そのため、困ったら王弟殿下の元に走れという兄の教えに従った。
王妃と王弟に育てられたシャーロットが平凡から優秀になる少し前の話だった。
しばらくして、モール公爵夫妻と王弟と王妃の指導のもと演技力と社交能力を身に付け伝手を広げて、第一王子にだけは負けないシャーロットが誕生した。
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国王は暑さに弱く定期的に避暑地に第一王子とモール公爵夫妻を連れて出かけていた。
その時期に必ず参内するのはロレンスを連れたコノバ公爵だった。
ロレンス・コノバは顔立ちがそっくりのため王弟の実子であると有名だった。
コノバ公爵は参内するといつもロレンスを王弟に預けた。
「ロレンス、シャーリーが来てるんだ。」
ロレンスが王弟に手を引かれて後宮の庭に行くとミコトとシャーロットが散歩をしていた。
モール公爵夫妻とシャドウは国王と第一王子の避暑に同行していたためシャーロットは王妃の希望で後宮に預けられていた。この頃には王妃教育という立派な大義名分もあった。
「母様、お兄様は元気かな」
「シャドウは元気よ。寂しいわね。あら?ロレンスじゃない。」
ロレンスが手を振ってシャーロットに近づいた。
「シャーリー、久しぶり」
「久しぶり。今日は伯父様と一緒なんだね。ロレンスと伯父様そっくり」
「シャーリーも王妃様と、いや、すみません、ミコト姉様と似てるよな」
ニコニコ笑うシャーロットと王妃の咎める視線を感じてロレンスが視線を逸らして言い直した。
私的な場面では王妃と言うなと教えられていたのを思い出した。
「ロレンス、母様って呼んでみて」
「は?」
「ロレンス、妃殿下の願いだ」
「王妃様のお願いは絶対だよ」
ロレンスは笑顔の王妃と王弟と得意げな顔をするシャーロットを見て味方がいないことを察した。
「母様、これでいいですか?」
「せっかくだから遊びましょう。ここにいる間は母様よ」
「母様、シャーリーは?」
「シャーリーは私を父様って呼ぼうか。公爵夫妻は当分留守だろう?」
「うん。お土産買ってくるからお勉強頑張りなさいって約束。今だけ伯父様が父様ね」
「シャーリー、ほどほどにしろよ」
シャーロットとロレンスは従姉弟だった。コノバ公爵家でよく遊んでいたため仲もいい。
甘えん坊なシャーロットを適当に構うのがロレンス。シャーロットは適当でも遊んでもらえれば上機嫌である。
「ロレンス、お姉様って呼んでいいよ」
「はいはい。お姉様の仰せのままに」
楽しそうに笑うシャーロットと苦笑するロレンスを王妃は微笑んで見ていた。
「可愛い。ロレンスも泊まりなさい。3人で寝ましょう」
「帰ります。父上、助けてください」
「女性には優しくするって教えただろう。泊まるなら私の部屋でもいいけど」
「父上までふざけないで。僕はもう一人で寝られる」
困っているロレンスの服をシャーロットが引っ張った。
「ロレンス、シャーリーの苺わけてあげるよ」
「シャーリー、世の中には苺より高価なものはいくらでもあるんだよ」
「一番はヒノトとミズノだもん。知ってるよ」
堂々と胸を張るシャーロットにロレンスは不安になった。
「母様、これが王子の婚約者で大丈夫ですか?」
「とっておきを教えたのよ。ね?シャーリー」
「うん。母様に教わって完璧。ドレスも選んだ。シャーリーは頑張る」
得意げに笑うシャーロットにロレンスは国の未来が心配だった。シャーロットがバカをして反乱を起こされ、処刑されるのを想像していざとなったら国外逃亡の準備が必要かと初めて思った時だった。
この日はロレンスの願いは届かず、王宮に宿泊した。王妃とシャーロットと眠るのは避けたかったので王弟の部屋に泊まり朝食は4人で食べた。
王族以外で後宮に出入りが許されるのは男はシャドウとロレンスだけだった。
ロレンスは後宮で王弟に稽古をつけてもらい、シャーロットと王妃がお茶をしながら眺めるのは時々ある光景だった。
王妃の侍女だけは本物の親子が家族ごっこをする様子をぼんやり眺め、ばれそうなのに全くばれない妹姫の計画を不思議に思っていた。
「いいな」
「シャーリー?」
「ヒノトとミズノが護身術を覚えたいって。でも子供は駄目って」
「あら?手配してあげるわよ」
「内緒?」
「もちろん。母親は娘のためなら手段は選ばないの。男の子より女の子のほうが可愛いもの」
「殿下に内緒ね」
そっくりな顔で笑っているシャーロット達を王弟が眺めていた。ミコトと二人だけなら国外逃亡は簡単でもシャーロットとロレンスがいるなら国にいるほうが得策だった。
王弟はシャーロットの願い通りミズノとヒノトの教育を決めた。大事な我が子の安全のために手は抜かなかった。ロレンスには自衛を仕込んでもシャーロットに稽古をつけるつもりはなかった。
*****
第一王子は父親に大事にされているロレンスが羨ましかった。多忙な父は王弟のように遊んだり稽古をつけることはなかった。
自分には厳しい母親もロレンスとシャーロットには甘かった。
「母上を騙すなよ」
「騙してません」
「なんでいつも母上はシャーロットばかりといるんだ」
「殿下だってお父様とお兄様とずっといます。私は王妃様から妃教育を受けています。殿下より共にいる時間が長いのは当然です。もうお母様と一緒に眠る年ではないでしょ?」
「母上と眠るのが許される男は父上だけだ」
シャーロットは第一王子が嫌いでも可哀想に思った。シャーロットはいつも一人で眠っても多忙な兄が帰ってくるときは一緒に眠っている。
「シャーリー、一緒に寝てあげようか?」
「バカ。一人で寝られる」
「そっか。自分の子供には厳しいんだって。お父様はお兄様には厳しいのに殿下には優しい。お母様は私には怖いのにアルナには凄く優しい。伯父様はロレンスに優しいよ。でもコノバの伯父様はロレンスに厳しい。親になったら厳しく教育しないとだって。陛下はお忙しいけどよく殿下と視察に行かれるのは一緒にいたいからじゃないのかな」
「殿下、シャーロット様、そろそろ休憩は終わりですよ」
第一王子は木から飛び降りた。
「シャーロット」
「無理…。嫌って言ったのに」
「早くしろ」
一向に降りないシャーロットに第一王子は木を思いっきり蹴とばすと揺れでシャーロットが落ち、第一王子が受け止めた。
「いつになったら一人で降りられるんだよ」
「木に登れなくても困りません。いつも無理矢理乗せるのやめてください」
「風が気持ち良いだろう?将来同じ景色を見るには必要らしいよ」
侍女は喧嘩しながらも仲の良い二人を微笑ましく見ていた。第一王子がシャーロットを抱き上げているのはよくある光景だった。ただ第一王子が抱きかかえている時はその前に必ずシャーロットにとって嫌なことがおこっていると気づいている者はいなかった。
*****
国王が関心があるのは王妃だけだったのでモントスはいつも窘めていた。第一王子は王妃に疎まれていた。せめて父親からの愛情はしっかり与えるのは義務だと思っていた。
第一王子の境遇を不憫に思っているモントスは第一王子を気に掛けていた。シャドウは親の愛情を欲しがる年ではなく、シャーロットは過剰なほど溺愛されていた。モントスもシャーロットを可愛がっているが、一番気にしていたのは第一王子だった。
モントスは王宮で見かけた第一王子に声をかけた。
「殿下、稽古をつけましょうか?」
「いいのか?」
「はい。陛下は多忙なので、私で良ければ」
嬉しそうに笑う第一王子を見ながらモントスは微笑んで頭を撫でた。
待望の第一王子が愛情に飢えていると知るのは一部の者だけだった。
モントスは自分の同行する国王の視察に第一王子も連れて行った。長期の視察の時は、シャドウとスミレを世話役代わりに第一王子の傍に置いた。
第一王子に王妃がシャーロットやロレンスを可愛がる姿を見せないようにできるだけ手を回した。実地を積みながら成長していく第一王子が父親に似ている所が心配だった。
****
シャーロットは王子の婚約者のため共に過ごす時間を作るように父親に言われていた。二人の仲を良好に見せるのは大切な役目と教えられた。
勉強とは別に二人で過ごす自由時間を与えられていた。
シャーロットは第一王子が視察から帰って来る日にため息を溢した。これからまた王子との日々がはじまると思うと憂鬱でしかなかった。
第一王子の部屋に行き、侍女にお茶を出された。
器に苺が盛られていた。
自分の器に盛られた苺を半分、第一王子の器に移した。
スミレと苺は出された量の半分しか食べないと約束していた。以前、苺を食べ過ぎて食事をとらなかったことを知られて大激怒されてから約束を守っていた。
第一王子は自室に戻るとお茶を飲んでいるシャーロットがいた。
「お帰りなさいませ。殿下」
「ただいま。かわりはないか?」
「はい。王妃様は体調を崩すことなく過ごされてました」
「そうか」
第一王子は椅子に座り、苺を口に入れたのでシャーロットも食べはじめた。
シャーロットは王子より先に苺に手を出すのは不敬と思い、帰ってくるのを待っていた。
王子は明らかに自分の苺の量が多く盛られており笑った。なぜかシャーロットは苺を半分自分に渡す癖があった。
物足りなそうなシャーロットの口に苺をいれ、笑う顔を見て気に入っているのがわかった。公的な場では全く好みを口に出さないシャーロットも苺の前では別だった。
「シャーロット、これ」
王子はモントスにシャーロットと相談しろと言われた紙を渡した。
贈り物リストを見てシャーロットは目を丸くした。
「殿下の名前で注文して、請求は王家ですか?」
「ああ」
「かしこまりました」
頷いて紙を懐にしまってシャーロットは礼をして退室した。第一王子は贈り物を選ぶのは王妃の資質が問われると父から聞いていた。それから贈り物はリストを渡してシャーロットに任せていた。第一王子の中で贈り物の文化はなかったため、シャーロットに贈ることは一度もなかった。
モントスはこの二人のやり取りに気付いていなかった。
二人が協力して絆を深めることを望んで出した課題だった。うまくいっているように見えてすれ違っている二人に気付く者はいなかった。




