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卑屈な令嬢の転落人生 1 前編

第一王子の婚約者のシャーロットには秘密がある。

幼い頃から第一王子の婚約者として育てられ、常に優雅に毅然とした態度を心がけていた。

どんな時も優雅な仕草で笑みを絶やさず、動じないのが世間一般に知られるシャーロット・モール公爵令嬢である。


貴族の子女は15歳から3年間社交と教養を学ぶため全寮制の学園で生活をしていた。

学園を卒業すれば成人とされ一人前の貴族として認められた。

第一王子が生徒会長を務め最後の仕事である卒業パーティが催されていた。

生徒達は着飾り華やかな会場で豪華な食事やダンスを楽しみながら学生最後の思い出作りを楽しんでいた。

第一王子が愛らしい顔立ちで豊満な胸を持つ令嬢の腰を抱き、ステージに上がった。

楽団が演奏を止め、会場がざわめいた。

ステージ上の第一王子に気付いた者達が静かになり、上位貴族の子女は礼をした。

王族の話が始まる前に礼をするのはマナーだった。王族と交流のある上位貴族は、礼儀を徹底的に仕込まれている。他の生徒達は動きを止めたり、真似て礼をしたり様々だった。ただ口を開くものは誰もいなかった。王族の話に口を挟むのは不敬と生徒会役員より教え込まれていた。


「シャーロット・モールに国母の資質はない。私の愛する者を害した罪を命をもって償えと言いたいが、アリシアが望まなかった。父上のお気に入りであり、今までの働きに免じて許してやる。恩情だ。コメリ男爵との縁談を用意した。シャーロットは学園を卒業し、コメリ男爵家に入るがいい。連れて行け」


声高らかに第一王子が宣言した。

学園の大事なイベントである卒業パーティで第一王子はシャーロットに婚約破棄を宣言していた。第一王子が愛するアリシア・ウルマ伯爵令嬢へ嫉妬に狂い数々の嫌がらせをしたという罪状だった。

突然の婚約破棄宣言に真紅のドレスを纏ったシャーロットはゆっくりと頭を上げて第一王子を静かに見つめた。自分達の所為で生徒達の大事な卒業パーティの場を壊したこと罪悪感を微塵も態度に出さなかった。


「恐れながら殿下、陛下はご存知でしょうか?」

「未来の国母を守るのに父上の力は借りない。胸を患う父上にはいずれ伝えよう。衛兵連れていけ!!私はアリシアほど甘くない。お前の王都への立ち入りは許さない。命の保障はしないから覚えておけ」


国王は療養のため王都を離れていた。

第一王子の独断というシャーロットが一番気になることが聞けたので命令に従うことにした。国王陛下は心臓を患っていないという突っ込みはいれなかった。うだるような暑さに倒れただけである。

手を伸ばす騎士の手をシャーロットは振り払った。


「触れないでください。自身の足で歩けますわ。かしこまりました。失礼します」


興奮する王子に微笑みを浮かべ礼をして、踵を返すと漆黒の巻き髪がふわりとなびいた。シャーロットは優雅な足取りで立ち去った。断罪された令嬢には見えなかった。王子の発言に茫然としていた生徒達はいつもと変わらない美しい所作と笑みに見惚れていた。


「殿下。とうとう私と・・。」


アリシアは豊満な胸を押し付けてうっとりと第一王子の瞳を見上げた。第一王子はアリシアの全身から漂う甘い香りに気分が高揚し笑みを浮かべた。


「私は卒業するがそなたたちの未来は安泰だ。このパーティのことは心に留めよ。私とアリシアとの婚約が整った時にこの新たな旅立ちの思い出を口に出すがいい。それまでは口に出すなよ。明るい未来には準備が必要だ。だが相応しくない者を国母に据えることへの皆の憂いは晴らした。これで明日よりまた励めるだろう。学園にはうるさいシャーロットはいない。仕切り直しだ。輝かしい未来に乾杯しよう。」


慌てて給仕達がグラスとシャンパンを用意し準備を整えた。王子の命令で表面上はパーティは仕切り直された。心からパーティを楽しめたのは王子とアリシアと一部の者だけだった。品行方正で公正だったシャーロットへの仕打ちと箝口令を敷いた王子への不満を抱え、学園史上初の生徒に不安と不満を埋えつけた卒業パーティが催された。


会場を出たシャーロットを慌てて近衛騎士が追いかけた。


「シャーロット様、お待ちください。馬車はこちらでご用意が」


シャーロットは慌てる騎士に微笑みかけ誘導されるまま馬車に乗り込んだ。両親は留守であり、用意された王家の馬車の行先は公爵家ではない。用意周到な第一王子が自分と両親を接触させないように手を回すのはわかっていた。シャーロットに出来るのはシナリオ通りに馬車に乗り、護送されるだけだった。

馬車の中で一人になったシャーロットは生徒達に卒業パーティを壊してごめんなさいと心の中で謝罪した。そして恨みがモール公爵家に向きませんようにと祈りを捧げていた。

多忙な家族の仕事を苦情対応でさらに増やすのは避けたかった。


***

シャーロットは道中、学園の生徒達に謝罪しながら生家が恨まれないように祈りを捧げていた。

コメリ男爵邸に着き馬車が止まった。

シャーロットが馬車を降りると騎士から渡された書類に目を通し、コメリ男爵に心の中で謝罪した。

王都から遠く離れた辺境の地にあるコメリ男爵家までは半日かかっていた。

休憩もなく護衛した騎士や御者達にも心の中で謝罪した。

コメリ男爵邸に足を踏み入れるまで見張りの騎士が帰れないため、シャーロットは非常識な時間の訪問とわかりつつもコメリ男爵邸の扉を叩いた。


深夜の訪問者に不審な顔をした執事が扉を開けたのでシャーロットは礼をした。


「先触れもなく夜分遅くに申し訳ありません。火急の用にてコメリ男爵と面会をさせてください」


執事は優雅に礼をする豪華な深紅のドレスを纏った美しい令嬢と王家の紋章を持つ近衛騎士を見て慌ててコメリ男爵を呼びに走った。


「坊ちゃん、起きてください。坊ちゃん」


灯りをつけ、布団を剥ぐ執事にコメリ男爵であるレイモンドはゆっくり目を開けた。


「お客様です。早く、坊ちゃん、急いで」

「は?」


レイモンドは慌てる執事がボケたのかと思い再び目を閉じようとしたが、あまりのしつこさに負けて、ゆっくりとベッドから起き上がった。執事に腕を引かれ上着を羽織らされ、背中を押され、ぼんやりしたまま玄関まで足を運び、ぼさぼさの髪のまま訪問者を視界に捉えて足を止めた。

目を擦ってみたが見えるものは変わらなかった。

レイモンドは近衛騎士の前にいる漆黒の巻き髪が特徴の令嬢を知っていた。男爵領に足を運ぶ身分でも王家の使者として訪問するにもありえない令嬢だった。

古いコメリ男爵邸に不釣り合いな薔薇も霞む美しさと謳われていた真紅のドレスの令嬢を呆然と見ていた。

シャーロットはレイモンドが見えたので近衛騎士に向き直り微笑んだ。騎士は任務中は私語厳禁だが、これで彼らの護送任務は終わりのため話しかけられた。


「騎士様、送っていただきありがとうございました。私は無事にコメリ男爵とお会いできました。どうぞ、殿下の護衛にお戻りください」

「シャーロット様」


第一王子の側近の近衛騎士はいつもと態度の変わらないシャーロットを眉を下げて、切ない瞳で見つめていた。


「私は大丈夫です。お気遣いありがとうございます。どうか、殿下をお願い致します」

「シャーロット様、お気を確かにお持ちください。…きっと」


口を閉ざし自分を見つめて動かない近衛騎士にシャーロットは笑みを浮かべたまま見つめ返し礼をした。


「お心遣いいただきありがとうございます。お気をつけてお戻りください。いずれお礼はお父様にお願いします。無事に送り届けていただき心から感謝いたします。どうか殿下をお願い致します。もしも私にお心を砕いていただけるなら、そのお心は殿下にお願いします。どうかシャーロット・モールの最後のお願いをお聞き届け下さいませ」


シャーロットの慈愛に満ちた笑みに騎士達は拳を握り唇を噛み締め頷いた。第一王子から残酷な命令を受けても馬車の中で王家の繁栄を祈り続け、今もなお王子を想うシャーロットの最後の願いと言われたら頷くしかなかった。馬車の中で一心に祈りを捧げる美しい令嬢に手を差し伸べたくても気高く誇り高いシャーロット・モールが騎士の手を取り逃げ出すとは思えなかった。どんな時も王太子に連れ添い、どんな命令にも忠実に従うのが騎士達の知るモール公爵令嬢だった。

古びた邸に不釣り合いなシャーロットを強引に連れだせば、王子の命令に背いたことを責め、自刃するのがわかっていた。男爵よりも身分の高い騎士達は悔しさと無力さに拳を握った。憧れの令嬢を守れない自分達に出来るのは一つだけだった。


「かしこまりました。」


騎士達が男爵邸から出て行くのを見送り、シャーロットはレイモンドに向き直り礼をした。

距離が離れていたが許容範囲のため気にしなかった。


「先触れもなく申しわけありません。お初にお目にかかります。シャーロットと申します。第一王子殿下よりコメリ男爵様との婚姻を命じられました。どうか男爵領で私が過ごすことをお許しください。婚姻は破棄できませんが、もちろん形ばかりで構いません。」


レイモンドは現状が理解できなかった。執事に背中を押されてふらふらとシャーロットの前まで近づいた。


「モール嬢、俺、いや、私にはすでに婚約者が」

「ウルマ様はいずれ後宮に入ります。すでにコメリ男爵様との婚約は破棄されています。こちらを」


レイモンドはシャーロットから渡された書類を震える手で受け取り凝視した。

神殿と王家のサインの入ったシャーロットとレイモンドの婚姻証明書だった。

王家と神殿の了承さえ得れば婚姻を結ぶことができた。一般的には両家の当主と本人と神殿で婚儀を終えて、誓約書にサインをして国に申告をすれば成立する。前者の強引な方法での婚姻は反感を生むので使われず名ばかりのものであった。シャーロットの記憶では、はるか昔よりある古代の悪しき慣習を使う王族は存在しなかった。妃教育でも決して使ってはいけない慣習と教わっていた。


「ご用の際はコクの足に文を。必ず私のもとに届きますわ。どうか男爵領で過ごすことだけはお許しください。コク、いらっしゃい」


首に黒いリボンをつけた白い鳩が飛んできて、シャーロットの肩に止まった。シャーロットはコクの頭を指で撫で、柔らかい微笑みを零し、手を出すとコクが乗り移った。レイモンドは目の前のやり取りに目を奪われ見惚れていた。


「私のコクは名前を呼ぶとコメリ男爵様のもとに参りますわ。ご用の際はいつでもお呼びください。私達は失礼します。夜分の訪問申しわけありませんでした」


シャーロットは反応のない頬を染めるレイモンドに礼をして踵を返し、男爵邸を立ち去った。男爵邸を出るとシャーロットの従者のヒノトが音もなく現れた。


「シャーリー、良い場所を見つけた。」

「ありがとうございます」


ヒノトはシャーロットを抱き上げ、闇夜に消えた。

呆然としてようやく我に返ったレイモンドが外に出ると、すでにシャーロットの姿はなかった。


「彼女はどこに?いや、俺は夢を見ているんだろうか。そうだよな。疲れてるだけだ」


モール公爵家をレイモンドも知っていた。国内で一番力を持つ公爵家であり絶世の美形一族と言われていた。

モール公爵令嬢がコメリ男爵に嫁ぐなど夢にしても現実味がなかった。レイモンドに現実と突っ込みをいれるものはいなかった。唯一傍にいた執事は執事長に報告するため傍を離れていた。

レイモンドは夢と認識して寝室に戻り眠りについた。

*****


レイモンドが現実逃避している頃、シャーロットはヒノトに連れられ男爵領の森にある小屋の中にいた。


「上手くできてた?」


力のない声を出し、眉を下げて首を傾げるシャーロットの前にヒノトとそっくりな顔立ちの侍女のミズノが姿を現した。


「シャーリー、お疲れ様。もちろん上手だったわ。今日は休みましょう。疲れたでしょう?」

「そうだよ。これからもずっと一緒だよ。久々に一緒に寝る?」

「うん。怖かった。」


シャーロットはミズノの手を借りてドレスから夜着に着替えた。

ミズノがパチンと指を鳴らすと、シャーロットの体の汚れと化粧が落ち、巻き髪が解け真っ直ぐな黒髪を持つ本来のシャーロットの姿に戻った。

シャーロットはミズノが用意したベッドに寝転び両手を伸ばすとヒノトとミズノが犬の姿に変化し飛びついた。シャーロットはキラキラ輝く金色の毛を持つ二匹に顔を埋めた。2匹に癒され屈託のない笑みを浮かべ、そのままゆっくりと目を閉じた。二匹と眠るのは久しぶりだった。

シャーロットは秘密を持っていた。その一つはこの双子の存在だった。


****

シャーロットが男爵家に着いた頃モール公爵家の一室では空気が凍っていた。

卒業パーティ後はシャーロットは公爵家に帰宅予定だった。

シャーロットの兄のシャドウは妹の誕生日を祝うため好物のイチゴを取り寄せ、ささやかなサプライズを用意していた。王子の婚約者に選ばれ、頑張っている妹を甘やかすのはモール公爵家嫡男のシャドウにとって一番大事なことだった。

シャーロットの誕生日の一月前に第一王子に大仕事を任され、ようやく帰ってきた。3か月かかるものを妹の誕生日に間に合うために力を尽くしていた。一番大変だったのはシャドウの家臣達である。シャドウは家臣が屍になろうとも蹴とばし、喝をいれて使い倒した。家臣達はシャドウが怖い為必死に耐えた。ただモール公爵家の給金は国で一番高く尚且つ待遇も良いので、誰も逃げない。シャドウは妹さえ関わらなければ指示も的確で無茶振りもしない良き主だったからだ。時々おこる若旦那のご乱心にさえ耐えられれば国一番の奉公先だった。

シャドウの予定ではすでに帰宅したシャーロットが満面の笑みを浮かべてシャドウに抱きついて予定より早い兄の帰宅を喜んでいるはずだった。

シャドウがシャーロットを迎えにいくため支度を整えていると部屋に従妹のレール侯爵令嬢のアルナが飛び込んできた。


「兄様、姉様が、男爵家、バカ、婚姻、」

「は?落ち着け」


真っ赤な顔で声を荒げて、息を切らして単語を呟くアルナにシャドウはグラスに水を注ぎ渡した。

アルナはグラスの水を一気に飲み干し息を整えた。

アルナの脳裏には敬愛する従姉のシャーロットが今のアルナを見て、上品に微笑みながら嗜める姿が浮かんでいた。アルナは敬愛する従姉に恥じないようにしないとけないとわかってはいても動揺は抑えられなかった。

アルナは大きく深呼吸し、拳を握って、平静を保つように念じてシャドウの顔を見上げた。


「殿下が姉様がアリシア・ウルマに嫌がらせをした罪で彼女の婚約者のコメリ男爵との婚姻を命じて、連行されたわ。私が事実を知った時にはすでに姉様はいなかった。呼び出しなんて無視すれば良かった。愛想がよい毛色のかわった猫を気に入っていたけど、あれが国母なんて」

「殿下はあれを使ったのか!?」

「ええ。兄様も知らない婚姻を伯父様は許さないわ。だってコメリ男爵家よ?急いで連れ戻さないと。でも兵に見張られているわ。学園を抜け出すのも大変だったもの。」

「シャーリーにはヒノト達がいるから大丈夫だろう。父上達が帰るまでに準備を整えようか。自己責任だよな。王家断絶?あんなに良くしてやったのに恩を仇で返すとは。さて新しいシナリオを考えないとだな。シャーリーの婚約者じゃないなら遠慮はいらないよな」

「兄様、私も混ぜて。姉様への、ふふふ」


アルナとシャドウが冷たい空気を出しながら話し合っていた。

二人に突っ込みをいれるものはいなかった。モール公爵邸の優秀な使用人達は無言で亡命も視野にいれながら、二人に巻き込まれないように空気になっていた。二人の暴走を止めるシャーロットもモール公爵もいなかった。

家臣達は大事なお嬢様の無事の帰りを心から祈っていた。モール公爵は国王に同行しているため当分帰宅予定はなかった。



読んでいただきありがとうございます。

ご都合主義設定が多いですが、さらりと読んでいただけると幸いです。

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[一言] テンプレ破棄キター と言うか王は病気じゃなくてこのためにお前が毒盛ったんじゃね?と言われそうな事よくやるわ
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